第30話『休めない近衛騎士と、休ませるための支援室』
特別魔力支援室の壁に、新しい板が掛けられた。
大きな木製の予定板である。
上には、エルザの整った文字でこう書かれていた。
『特別魔力支援対象者・進行状況』
その下に、三つの欄。
『治療継続』
『面談継続』
『順番待ち』
さらに、名前が並ぶ。
治療継続――クラウディア・エルンスト。
面談継続――ノエル。
順番待ち――アリア・グランフィール。
レオンはそれを見上げて、少しだけ遠い目をした。
「……本当に、支援室っぽくなってきたな」
隣でミラが腕を組む。
「レオン窓口が、だいぶ大きくなったわね」
「その呼び方、まだ残ってるのか」
「団員の間では普通に残ってるわよ」
「やめさせられない?」
「無理。分かりやすいもん」
ミラは悪びれずに言った。
エルザが記録板を抱えたまま、予定板へ小さな札を追加する。
クラウディアの横には『次回:手首反応再確認』。
ノエルの横には『次回:面談・聖歌集三行目未定』。
アリアの横には『初回治療予定:七日後/条件:二日間任務停止』。
その最後の札を見たミラが、また眉を寄せた。
「アリア、本当に二日休むかしら」
「本人は受け入れた」
セリアが机の前で書類を確認しながら答える。
「問題は近衛騎士団側だ」
「やっぱりそこ?」
「ああ」
セリアは一通の文書を机の上に置いた。
近衛騎士団からの返答だった。
レオンが覗き込む。
「何て?」
エルザがすぐに要点を読み上げた。
「アリア様の初回治療条件について、近衛騎士団医務担当は概ね同意。ただし、王宮防衛の勤務調整上、治療後二日間の完全任務停止ではなく、軽任務への変更で対応可能か再検討を求める、とのことです」
ミラが即座に反応した。
「ほら来た! 休ませない気だ!」
「軽任務って、どんな?」
レオンが聞くと、セリアは文書を指で叩いた。
「儀礼警備、王宮内待機、書類確認、近衛詰所内指揮補助などとある」
「それ、休みなのか?」
「違う」
セリアは即答した。
リーネも首を横に振る。
「治療後の魔力循環が変化した状態では、軽任務でも負担になる可能性があります。特にアリア様のような方は、待機と言われても周囲に何かあれば動いてしまうでしょう」
「絶対動くわね」
ミラが言った。
「あの人、優雅に笑いながら『少し確認して参りますわ』って言って、そのまま剣抜くタイプよ」
「想像しやすいな」
「でしょ?」
エルザが淡々と記録する。
「ミラのアリア様行動予測、妥当性高」
「何か嬉しくない褒め方」
「褒めています」
「でしょうね!」
レオンは文書を見ながら、少し考えた。
アリアが二日休むことに同意した。
でも、近衛騎士団側は完全停止を渋っている。
彼女が重要な戦力だからだろう。
それは分かる。
しかし、分かるからといって受け入れていい話ではない。
「これ、断るんだよな?」
レオンが聞くと、セリアは頷いた。
「当然だ。治療後二日間は完全休養。王宮内待機も不可。剣の携帯も、可能なら預かる」
「剣まで?」
ミラが驚く。
「そこまでしないと、あの人は動く」
「……否定できない」
ミラは唸った。
リーネが少し心配そうに言う。
「剣を預かるとなると、アリア様にとってはかなり重い条件になりますね」
「だから本人に確認する」
セリアは短く言った。
「今日、アリア殿が来る。近衛騎士団側の文書を受けて、本人と条件を再確認する」
「今日?」
レオンが驚くと、セリアは当然のように答えた。
「先ほど連絡が来た」
「聞いてない」
「今言った」
「いつものやつだ」
ミラが頬を膨らませる。
「アリア、絶対また変なこと言うわよ。『剣を預ける代わりにレオン様のお手を』とか」
「言わないだろ」
「言う!」
セリアも少し考えてから言った。
「言う可能性はある」
「団長まで!?」
リーネが困ったように笑う。
「では、先に禁止事項に入れておきましょうか」
エルザが筆を取る。
「初回治療条件確認書・追記。治療前後の握手、不要な接触、儀礼的手合わせ、剣の代替としてレオンさんの手を求める発言は禁止」
「最後、具体的すぎないか?」
レオンが言うと、エルザは無表情で答えた。
「想定される危険は明文化すべきです」
ミラが力強く頷く。
「その通り!」
セリアも否定しなかった。
レオンは少しだけ頭を抱えた。
「アリアさんの治療、始まる前から大変だな」
「始まったらもっと大変だ」
セリアは真顔で言った。
誰も否定しなかった。
◇
午後、アリアは近衛騎士団の馬車ではなく、徒歩で白銀聖騎士団の詰所に現れた。
いつもの白い近衛制服。
金髪は整っている。
背筋も真っ直ぐ。
だが、今日は腰の剣に、白い布が巻かれていた。
訓練や実戦ではなく、儀礼状態を示す布だ。
ミラはそれを見て、少し目を細めた。
「今日は抜く気なし?」
アリアは優雅に一礼した。
「ごきげんよう、ミラ様。さすが、まず剣を見るのですわね」
「そりゃ見るわよ。あんたの場合、口より剣の方が正直だから」
「あら。では今日は、少しは信用していただけます?」
「半分くらい」
「厳しいですわ」
「信用は段階治療だから」
アリアが一瞬だけ目を丸くした。
それから、ふっと笑う。
「その表現は悪くありませんわね」
「でしょ?」
ミラが少し得意げになる。
レオンはそのやり取りを見て、やはりこの二人は相性がいいと思った。
本人たちに言うと両方から怒られそうなので、言わないが。
セリアがアリアを支援室へ案内する。
「本日は、治療条件の再確認だ。近衛側から軽任務への変更提案が来ている」
「ええ。存じています」
アリアの表情は少しだけ硬かった。
「先に言っておきますが、私は白銀聖騎士団の条件に従うつもりです」
ミラが目を丸くする。
「意外と素直」
「失礼ですわね」
「でも、近衛側は渋ってるんでしょ?」
「渋っていますわ。特に副長が」
アリアはため息をついた。
彼女が人前でため息をつくのは珍しい。
「副長?」
レオンが聞くと、アリアは説明した。
「近衛騎士団副長、ガレス・フォード卿。実務に厳しく、王宮防衛の穴を何より嫌う方です。私の治療そのものには反対していませんが、二日間の完全離脱には難色を示しています」
「王宮防衛が心配なんだな」
「それもあります。ただ……」
アリアは少しだけ目を伏せた。
「私が休む前例を作ることも、嫌なのだと思います」
部屋が静かになった。
リーネが柔らかく尋ねる。
「前例、ですか」
「近衛騎士は多少の痛みでは下がらない。そういう空気があります。私が治療後の経過観察で二日休むとなれば、他の騎士たちも痛みを申告しやすくなる」
「それ、いいことじゃないの?」
ミラが言う。
アリアは苦笑した。
「白銀では、そう考えるのでしょうね」
「近衛では違うのか」
「近衛では、穴を開けることを恐れます。誰かが休むと、その分を誰かが埋める。王宮防衛は常に完璧でなければならない。そう教えられてきました」
セリアが腕を組む。
「完璧な防衛など存在しない」
「ええ。頭では分かっています」
アリアは静かに答えた。
「でも、近衛は完璧であるふりを求められます」
その言葉は、重かった。
白銀聖騎士団と近衛騎士団は違う。
白銀は現場の騎士団だ。怪我も失敗も、ある程度は表に出る。
しかし近衛は王宮を守る象徴でもある。
強く、美しく、隙なく。
その中にいるアリアは、痛みを隠すしかなかったのだろう。
「アリアさんは、どうしたいんですか」
レオンは聞いた。
全員の視線がアリアに集まる。
彼女は少しだけ笑った。
「難しいことを聞きますわね」
「本人の意思確認です」
エルザがすぐに言った。
「支援室の基本です」
「逃げ道を塞がれましたわ」
アリアは肩をすくめた。
それから、まっすぐ答える。
「治療を受けたいです。そして、治療後は二日休みます」
短く、はっきりした声だった。
「剣を置くのは怖いです。列から外れるのも怖い。でも、壊れる方が怖いと、ようやく認めました」
ミラが少しだけ目を見開いた。
アリアは彼女を見る。
「あなたに言われましたから。私が勝手に壊れたら、誰に勝てばいいのか、と」
ミラの顔が赤くなる。
「あれは、その……勢いで」
「私は嬉しかったですわ」
「っ、急に素直になるのやめて!」
アリアは小さく笑う。
その笑いは、いつものからかいではなかった。
レオンは静かに頷いた。
「じゃあ、その意思で進めましょう」
「はい」
セリアは文書を一枚出した。
「条件確認書だ。内容を読み上げる」
エルザが補足用の紙を用意する。
セリアは淡々と読み始めた。
「初回治療は七日後。治療は左手接触のみ。時間は最大三分。胸部への直接接触なし。治療後、最低二日間の王宮防衛任務停止。剣術訓練禁止。魔力結界展開禁止。王宮内待機も不可。必要があれば剣を一時的に近衛騎士団管理下で封印する」
「封印」
アリアが小さく繰り返す。
「なかなか強い表現ですわね」
「必要なら、白銀側で預かることもできる」
セリアが言う。
アリアは少し目を細めた。
「ミラ様に預けたら、素振りされそうですわ」
「するわけないでしょ!」
「ほんの少し興味は?」
「……ちょっとだけ」
「正直ですわね」
「だから預からない!」
リーネが笑いをこらえる。
エルザが記録板に書きかけ、ミラに睨まれて止めた。
「自制しました」
「よし」
アリアは条件書に視線を落とした。
「この条件、近衛側は渋るでしょうね」
「だろうな」
セリアは言った。
「だから本人署名が必要だ」
「私が自分で望んだと?」
「そうだ」
アリアはしばらく黙った。
そして、ゆっくり筆を取った。
「分かりました」
彼女は署名した。
アリア・グランフィール。
美しい文字だった。
だが、その一筆一筆には、少しだけ重さがあった。
剣を置くことへの怖さ。
それでも治療を受けるという意思。
その両方が宿っているようだった。
◇
署名が終わったところで、支援室の扉が叩かれた。
「団長。近衛騎士団副長ガレス・フォード卿がお見えです」
空気が一瞬で硬くなった。
アリアの表情も変わる。
「……早いですわね」
セリアは眉一つ動かさない。
「通せ」
しばらくして入ってきたのは、四十代半ばほどの男性騎士だった。
濃い灰色の髪。
鋭い目。
近衛騎士団の白い制服を、隙なく着こなしている。
ガレス・フォード。
王宮防衛の実務を握る副長。
彼は部屋へ入るなり、形式通りの礼をした。
「白銀聖騎士団長セリア・ヴァルフレア殿。急な訪問、失礼する」
「用件は」
セリアは早い。
ガレスは少しだけ眉を動かしたが、すぐに本題へ入った。
「アリア・グランフィールの治療条件について、確認に参った。二日間の完全任務停止は、近衛運用上、非常に重い」
「必要な条件だ」
「軽任務であれば問題ないはずだ。王宮内待機、儀礼出席、訓練見学程度なら――」
「不可だ」
セリアの返答は短かった。
ガレスの目が鋭くなる。
「理由を聞こう」
「治療後の魔力循環変化が予測不能だからだ。アリア殿は痛みを隠す傾向がある。軽任務と称して現場に置けば、異常時に動く可能性が高い」
「近衛騎士として当然だ」
「患者としては危険だ」
空気が一気に冷える。
ガレスはレオンへ視線を向けた。
「あなたがレオン・アルヴァス殿か」
「はい」
「あなたの力には感謝している。だが、近衛騎士の任務を軽んじられては困る」
レオンは、その言葉に少しだけ息を止めた。
敵意ではない。
だが、強い圧がある。
近衛騎士団の誇り。
王宮防衛の責任。
それを背負っている声だった。
「軽んじていません」
レオンは言った。
「だから、休んでほしいんです」
ガレスの目が細くなる。
「どういう意味か」
「アリアさんが大事な戦力なら、二日休ませてでも壊さない方がいいと思います」
「二日で済む保証は?」
「ありません」
レオンは正直に答えた。
「治療後の状態次第では、もっと必要になるかもしれません」
「ならなおさら、近衛運用上は受け入れがたい」
「でも、今のまま痛みを隠して任務を続けて、ある日剣が振れなくなる方が困るんじゃないですか」
ガレスは黙った。
レオンは続ける。
「俺は近衛のことを詳しく知りません。でも、アリアさんが痛みを七って言うまで、かなり時間がかかりました。たぶん普段はもっと隠してます」
アリアがわずかに目を伏せる。
「治療するなら、その隠す癖ごと考えないと危ない。休ませるのは、任務を軽く見てるからじゃなくて、戻る場所を守るためです」
ガレスはレオンをじっと見た。
その視線は重い。
だが、レオンは逸らさなかった。
セリアが隣にいる。
リーネも、エルザも、ミラもいる。
アリア本人もいる。
だから、言葉を続けられた。
「剣を置く時間も、剣を守るために必要だと思います」
それは、セリアの追記の言葉だった。
言ってから、少しだけ照れくさくなる。
セリアがこちらを見た気がした。
ガレスはしばらく黙ったあと、アリアへ視線を向けた。
「グランフィール。お前の意思は」
アリアは立ち上がった。
背筋を伸ばす。
近衛騎士として。
そして、患者として。
「私は治療を受けます。治療後、最低二日間の任務停止を受け入れます」
「近衛の穴はどうする」
「副長が埋めてくださるでしょう」
アリアは微笑んだ。
いつもの優雅な笑みだったが、今日は少しだけ挑むような色があった。
「そのための副長ですもの」
ミラが小さく吹き出しかけて、必死にこらえた。
ガレスの眉がぴくりと動く。
「言うようになったな」
「白銀聖騎士団の影響かもしれません」
「悪影響ではないだろうな」
「良い影響ですわ」
アリアははっきりと言った。
「私は、壊れる前に治療を受けます。これは任務放棄ではありません。近衛騎士として剣を振り続けるための判断です」
ガレスは長く沈黙した。
やがて、大きく息を吐く。
「……二日だ」
「最低二日です」
エルザが即座に補足した。
ガレスが彼女を見る。
「白銀の記録係か」
「はい」
「容赦がないな」
「安全のためです」
ガレスは少しだけ口元を動かした。
笑ったのかもしれない。
「分かった。近衛騎士団として、初回治療後最低二日の完全任務停止を認める。ただし、三日目以降の復帰可否については、近衛医務担当と白銀支援室の共同確認とする」
セリアが頷く。
「妥当だ」
「剣の扱いは?」
「近衛側で封印管理してほしい」
アリアが自分から言った。
ガレスが再び彼女を見る。
「よいのか」
「はい。白銀に預けると、ミラが素振りしたくなるそうなので」
「しないって言ってるでしょ!」
ミラが叫んだ。
ガレスは一瞬だけ呆気に取られ、それから低く笑った。
「白銀は騒がしいな」
「よく言われます」
セリアが真顔で答えた。
「団長まで認めないでください!」
ミラが突っ込む。
支援室に、やっと笑いが戻った。
◇
ガレスが帰ったあと、アリアは少しだけ椅子に沈んだ。
「疲れましたわ……」
「珍しく本音が早い」
ミラが言う。
「あなたたちの前では、隠しても無駄だと学びました」
「学習が早いわね」
「近衛騎士ですから」
「そこは関係あるの?」
アリアは笑った。
その笑顔は、前より少し楽そうだった。
レオンは言った。
「アリアさん、さっきの言葉、よかったです」
「私の?」
「剣を振り続けるための判断って」
アリアは少しだけ視線を逸らした。
「……レオン様の言葉を借りましたのよ」
「俺の?」
「壊さないために正直に言ってください、と。あれが効きました」
今度はレオンが照れる番だった。
ミラがすかさず指を差す。
「レオン、今照れた!」
「照れるだろ、これは」
「珍しく認めた!」
リーネが微笑み、エルザが記録板を開く。
「レオンさん、アリア様からの評価に照れ反応」
「書かなくていい」
「重要です」
「何にだ」
「支援室内心理動向に」
「便利すぎるだろ、その項目」
セリアが少しだけ口元を緩めた。
それから、静かに言った。
「アリア殿。これで初回治療の条件は整った。七日後、予定通り行う」
「はい」
「その日まで、痛みを隠すな。訓練量も記録する」
「承知しました」
「本当に?」
ミラがすぐ言う。
「本当に、ですわ」
アリアはミラを見た。
「ミラ。もし私が隠していたら、怒ってくださる?」
ミラは一瞬、固まった。
それから、顔を赤くして叫ぶ。
「怒るわよ! めちゃくちゃ怒る!」
「頼もしいですわ」
「そういう言い方やめて!」
アリアは楽しそうに笑った。
支援室の予定板に、エルザが新しい札を追加した。
アリア・グランフィール。
『初回治療:七日後/治療後最低二日完全休養/近衛承認済』
その札が掛けられた瞬間、何かが一つ進んだ気がした。
◇
その夜、近衛騎士団宿舎では、ガレス副長がアリアの剣に封印布を巻いた。
治療当日から二日間。
剣は近衛騎士団武具庫に保管される。
アリアは、その様子を黙って見ていた。
「後悔しているか」
ガレスが聞く。
「少し」
「正直だな」
「白銀の影響です」
「便利に使うな」
アリアは小さく笑った。
「ですが、必要だと思っています」
「そうか」
ガレスは封印布を結び終える。
「二日で戻ってこい」
「最低二日ですわ」
「白銀の記録係みたいなことを言うな」
「安全のためです」
アリアは少しだけ得意げに言った。
ガレスは苦笑した。
「本当に、影響されているな」
「悪くない影響ですわ」
アリアは剣を見つめる。
少し怖い。
けれど、前ほどではない。
剣を置く時間も、剣を守るために必要。
その言葉を、胸の奥で繰り返した。
◇
白銀聖騎士団詰所の夜。
レオンは自室で、今日の報告書を読んでいた。
『アリア初回治療条件、近衛騎士団副長承認。治療後最低二日完全休養。剣は近衛武具庫で封印管理。本人意思確認済』
その下に、ミラの走り書き。
『アリアが隠したら怒る』
リーネの追記。
『怒ってくれる人がいることも、治療の支えになる』
エルザの追記。
『ミラの怒りは支援資源として有効』
レオンはそこで少し笑った。
最後に、セリアの追記。
『休ませることも、守ることだ』
壁の向こうから、いつもの声。
「まだ起きているのか」
「起きてる」
「寝ろ」
「今日は言われる前に寝ようと思ってた」
「なら、なぜ起きている」
「報告書が面白くて」
「報告書は娯楽ではない」
「ミラの走り書きが面白い」
「それは否定しない」
レオンは笑った。
少しして、セリアが言った。
「今日は、よく言った」
「ガレス副長に?」
「ああ」
「怖かった」
「だろうな」
「でも、言えてよかった」
「私もそう思う」
壁越しの声が、少し柔らかい。
「セリアの言葉、借りた」
「剣を置く時間も、剣を守るために必要、か」
「うん」
「使える言葉なら、使えばいい」
「ありがとう」
「受け取っておく」
そのやり取りが、もう自然になっていた。
レオンは布団に入る。
「アリアさん、七日後か」
「ああ」
「また大変そうだな」
「確実に大変だ」
「でも、少し楽しみでもある」
「油断するな」
「しない」
「本当に?」
「本当に」
セリアは少し間を置き、静かに言った。
「ならいい」
「おやすみ、セリア」
「ああ。おやすみ、レオン」
灯りを落とす。
アリアの初回治療条件は整った。
近衛騎士団も、完全休養を認めた。
七日後、金色の近衛騎士は剣を置く。
剣を捨てるためではない。
これからも握り続けるために。
その一歩を支えるのが、次の支援室の仕事だった。




