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『役立たずと追放された「魔力譲渡」スキルの俺、実は美少女騎士団の「聖魔力源」だった件』  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第23話『神殿保護協定と、聖魔力源を囲う白い檻』

 白銀聖騎士団の朝は、剣の音で始まる。


 それが普通だった。


 訓練場では若い騎士たちが木剣を打ち合い、馬房では馬の鼻を鳴らす音がして、厨房からは焼きたてのパンの匂いが流れてくる。


 けれど、その日の朝は少し違った。


 特別魔力支援室の机の上に、王宮印のついた封書が置かれていたからだ。


 神殿の封書ではない。


 王宮から届いた正式文書。


 だが、中身は神殿に関わるものだった。


「……嫌な予感しかしない」


 ミラが腕を組んで言った。


 その顔は、完全に戦場へ向かう前のものだった。


 レオンは椅子に座り、机の上の封書を見る。


「王宮からなのに?」


「王宮からだからよ。神殿だけなら団長が突っぱねればいいけど、王宮が絡むと話が面倒になるじゃない」


「突っぱねる前提なのか」


「中身によるけど、たぶん突っぱねるやつ」


 ミラは断言した。


 リーネは落ち着いた様子で茶を配っているが、表情は少し硬い。


 エルザはすでに記録板と別紙を用意していた。


 セリアは封書を手に取る。


「読むぞ」


 全員が黙った。


 封が切られる音だけが、部屋に響く。


 セリアは文面に目を通した。


 読み始めてすぐ、眉間に深い皺が寄った。


「……神殿が、王宮へ協定案を提出した」


「協定?」


 レオンが聞き返す。


 セリアは封書を机に置いた。


「名称は、『聖属性保持者および聖女候補に対する特別魔力支援保護協定』」


「長い」


 ミラが即座に言った。


「長い文書名はだいたい面倒なのよ」


 エルザが文書を受け取り、素早く目を走らせる。


「要点を整理します」


「頼む」


「第一に、レオンさんの能力を神殿・王宮・白銀聖騎士団の三者共同管理下で保護すること。第二に、聖女候補および聖属性保持者への支援要請について、神殿側に優先協議権を認めること。第三に、神殿認定の治癒師が、レオンさんの支援活動に常時立ち会うこと」


「常時?」


 レオンの声が自然に低くなった。


 リーネも表情を変える。


「常時立ち会いは、かなり踏み込んでいますね」


「第四」


 エルザは続けた。


「神殿の判断により緊急性が認められる場合、白銀聖騎士団は速やかにレオンさんとの面談機会を調整すること」


 ミラが机を叩いた。


「ほら! やっぱり面倒なやつ!」


「面談機会って、治療とは書いてないんだな」


 レオンが言うと、エルザは頷いた。


「はい。ですが、面談機会と書くことで、接触前段階へ持ち込みやすくしています。文面上は柔らかいですが、実質的には優先接近権に近い」


「白い檻だな」


 セリアが低く言った。


 白い鎖。


 昨日はそう呼んだ。


 今日は、もっと大きい。


 神殿は、レオンを直接縛るのではなく、制度で囲おうとしている。


 保護という名前の檻。


「これ、受けたらどうなる?」


 レオンが聞くと、リーネが静かに答えた。


「神殿が常に関わることになります。ノエル様のように神殿から距離を置きたい方にとっては、負担が大きいでしょう」


「レオン自身にも負担が増えます」


 エルザが続ける。


「誰に会うか、いつ会うかを決める時、神殿の意見が毎回入ります。白銀聖騎士団単独で守るより、判断が遅くなり、政治的になります」


 ミラが吐き捨てるように言った。


「要するに、神殿がレオンの隣に椅子置こうとしてるわけね」


「乱暴だが、分かりやすい表現だ」


 セリアが言う。


「そして、その椅子に座るのがシスティナ殿だけとは限らない」


 その言葉で、部屋が静まった。


 システィナなら、まだいい。


 彼女はノエル本人を見ていた。


 だが、昨日の高位神官のような者が常時立ち会うなら。


 ノエルは、また閉じる。


 レオンはそう思った。


「断ろう」


 ミラが言う。


「こんなの、絶対駄目」


「感情としては同意だ」


 セリアは腕を組んだ。


「だが、王宮から意見照会が来ている。神殿案に対し、白銀聖騎士団として回答を求められている形だ」


「王宮は、通す気なのか?」


 レオンが尋ねる。


「分からない。少なくとも、すぐに却下するつもりならこちらへ回さない」


 セリアの声は冷静だった。


「つまり、協議する価値はあると見ている」


「王国としては、聖魔力源を安定管理したいでしょうから」


 リーネが言った。


「誰かが独占するより、複数機関で管理する方が一見公平に見えます」


「一見、か」


「はい」


 リーネは少しだけ目を伏せる。


「でも、本当に守られるべきなのは、機関の公平性ではありません。レオンさん本人と、治療や面談を望む方々の意思です」


「では、対案を出す」


 セリアが即断した。


 その目は、すでに団長のものだった。


「神殿案をそのまま受け入れることはできない。だが、全拒否すれば王宮から協調性を疑われる。こちらから、本人意思保護を中心にした協定案を返す」


「白銀案ってこと?」


 ミラが言う。


「そうだ」


 エルザがすぐ筆を取った。


「主要項目を提案します。第一、レオンさん本人の同意なき面談・診断・治療を禁止。第二、患者本人の同意なき要請を禁止。第三、支援室を一次窓口とする。第四、神殿の立会いは神殿関係者が患者側担当である場合に限る。第五、立会人の選定には患者本人とレオンさん双方の拒否権を認める」


「拒否権」


 レオンはその言葉に反応した。


「それ、必要だな」


「最重要です」


 リーネが言った。


「保護というなら、拒否できることまで含めなければなりません」


 セリアが頷く。


「よし。それを軸にする」


 ミラが少しだけ笑った。


「神殿の白い檻に、こっちは扉をつけるわけね」


「扉だけでは足りない」


 セリアが言った。


「鍵を本人に渡す」


 その言葉に、レオンは少し驚いた。


「セリア、それいいな」


「そうか」


「うん。すごくいい」


 セリアは一瞬だけ言葉を止めた。


 そして、少しだけ視線を逸らす。


「……採用する」


 ミラが見逃すはずがない。


「団長、今ちょっと嬉しそう」


「ミラ」


「はい、でも今日は言う価値あります」


「今日は忙しい。余計なことを言うな」


「忙しいからこそ、空気を軽くしてるんです」


「ものは言いようだな」


 リーネがくすりと笑う。


 エルザは淡々と記録板に書いた。


「ミラの軽口、室内緊張緩和に寄与」


「え、今の本当に褒めてる?」


「はい」


「ならいいけど」


 少しだけ笑いが戻った。


 だが、すぐにセリアが文書を指で叩いた。


「午後、王宮で協議が行われる。白銀聖騎士団からは私、リーネ、エルザ、レオンが出る」


「私は?」


 ミラが身を乗り出す。


「お前は詰所の警備と支援室の留守を頼む」


「えー!」


「神殿側が別働きでノエル殿へ接触する可能性がある。システィナ殿との連絡役が必要だ」


 ミラの表情が変わった。


「……それなら残る」


「頼む」


「任せて」


 短い返事だった。


 ミラはこういう時、本当に頼りになる。


 レオンがそう思っていると、ミラがじろっと見た。


「何?」


「いや、頼りになるなと思って」


「だから急に褒めるな!」


「本当のことだから」


「そういうところ!」


 ミラは顔を赤くしたまま、そっぽを向いた。


 セリアが少しだけレオンを見る。


「お前は本当に自然に言うな」


「悪いことか?」


「……悪くはない」


 セリアの耳も、ほんの少し赤かった。


    ◇


 王宮の協議室は、以前よりも重い空気だった。


 大きな窓から光は差し込んでいる。

 机も椅子も磨かれている。

 壁の紋章も立派だ。


 それでも、空気は重い。


 出席者は、王宮文官二名。

 神殿側から高位神官三名。

 王立魔導院からイザベラ。

 近衛騎士団から、連絡役としてアリア。

 そして白銀聖騎士団から、セリア、リーネ、エルザ、レオン。


 アリアはレオンたちを見ると、優雅に一礼した。


「ごきげんよう。今日はなかなか面倒な会になりそうですわね」


「最初からそれを言うのか」


 レオンが苦笑すると、アリアは肩をすくめた。


「綺麗な言葉で包むより、先に言った方が楽ですもの」


 ミラがいれば、絶対に「珍しく正論」と言っただろう。


 セリアはアリアへ短く頷いた。


「近衛側の立場は?」


「王宮内での安全確保と情報共有。現時点で、神殿案を全面支持するつもりはありません」


「意外だな」


「聖魔力源を一機関に寄せすぎる危うさは、近衛も理解していますわ」


 アリアはレオンをちらりと見た。


「それに、順番待ちをしている身としては、列の横から別の受付を作られるのは困りますもの」


「そこ?」


「そこも大事ですわ」


 少しだけ空気が軽くなりかけたが、神殿側の高位神官が咳払いしたことで、部屋は再び硬くなった。


 協議が始まった。


 王宮文官が文書を読み上げ、神殿案の概要を説明する。


 聖属性保持者の救済。

 聖女候補の回復支援。

 レオンの能力保護。

 複数機関による公正な運用。


 言葉だけなら、何も間違っていない。


 むしろ、正しく聞こえる。


 だからこそ厄介だった。


 神官長代理として出席した高位神官が、穏やかな声で言った。


「我々は、レオン殿を害したいわけではありません。むしろ、彼の力が正しく用いられるよう、神殿として支援したいのです」


 セリアは冷静に答える。


「支援ならば、本人の拒否権が必要だ」


「もちろん、本人の意思は尊重いたします」


 神官は微笑む。


「しかし、聖属性の治療には神殿の知見が不可欠です。聖女候補たちは繊細な存在。適切な導きなしに判断を委ねれば、救いの機会を逃すこともあります」


「導きという言葉が、本人の意思を上書きするなら不要だ」


 セリアの声は低かった。


 部屋の空気が冷える。


 神官は笑みを保ったまま、視線をレオンへ向けた。


「レオン殿。あなたは、苦しむ者が目の前にいても、その者が恐怖から救いを拒むなら、何もしないと?」


 来た。


 レオンはそう思った。


 これは、答えにくい問いだ。


 苦しむ人を見捨てるのか。

 そう聞かれているようなものだ。


 だが、今のレオンは一人ではなかった。


 セリアが隣にいる。

 リーネがいる。

 エルザが記録している。

 アリアも、少し離れてこちらを見ている。


 レオンはゆっくり息を吸った。


「何もしないこともあります」


 神官の眉がわずかに動いた。


「それは、救いを放棄するという意味ですか」


「違います」


 レオンは首を横に振った。


「相手が嫌だと言っている時に、無理やり手を伸ばさないという意味です」


「しかし、恐怖から拒む者もいる」


「います。だから、話します。待ちます。何が怖いのか聞きます。でも、怖いと言っている人に、救いだからと触れることはしません」


 部屋は静かだった。


 レオンは続けた。


「俺は、自分の力で誰かが楽になるなら使いたいです。でも、本人が望まない場所へ流したら、それは治療じゃなくて押しつけです」


 リーネが静かに頷く。


 アリアの目が少し細くなった。


 神官は穏やかな声を崩さない。


「では、本人が判断できないほど弱っている場合は?」


「そのために主治療担当や記録があるんだと思います。でも、それでも本人を飛ばしていい理由にはならない」


 レオンは、机の上の協定案を見た。


「保護って言うなら、拒否できることも保護してください」


 その言葉に、王宮文官の筆が止まった。


 神官たちも、わずかに沈黙する。


 セリアがそこで、白銀案を提出した。


「白銀聖騎士団から対案を出す」


 エルザが文書を配る。


 本人同意。

 患者本人の同意。

 支援室を一次窓口とすること。

 立会人への拒否権。

 面談中止権。

 緊急時にも第三者記録を残すこと。

 神殿の関与は、本人または患者側が望む場合に限定すること。


 神官の一人が眉をひそめた。


「これでは、神殿の専門性が十分に活かせません」


 リーネが静かに口を開いた。


「専門性は、本人の上に置くものではありません」


 穏やかな声だった。


 だが、強い。


「私は治癒騎士です。治癒に関わる者として、神殿の知見を尊重します。でも、知見は患者を支えるためにあります。患者の意思を押さえ込むためのものではありません」


 神官は少しだけ言葉に詰まった。


 イザベラが眼鏡を押し上げる。


「魔導院としても、白銀案には合理性があると考えます」


 意外な援護だった。


 神殿側がイザベラを見る。


「ローエン殿?」


「レオン様の能力は未解明です。本人意思と患者同意を軽視した運用は、魔力反応の暴走や心理的拒絶反応を招く可能性があります。研究上も、拙速な運用は推奨できません」


「研究上も、ですか」


 アリアが小さく笑った。


「あなたらしい援護ですわね」


「事実です」


 イザベラは悪びれない。


 アリアもそこで口を開いた。


「近衛騎士団としても、白銀案を基礎にした運用を支持します」


 神殿側の視線が鋭くなる。


 アリアは優雅に微笑んだ。


「理由は単純です。王宮内でレオン様を保護する場合、指揮系統が曖昧になる協定は危険です。神殿、白銀、王宮が同時に権限を主張すれば、緊急時に守れません」


 セリアがわずかに頷く。


 アリアは続けた。


「窓口は一つ。記録は明確に。拒否権は保障。これが近衛としても最も安全です」


 王宮文官たちは顔を見合わせた。


 空気が変わり始めていた。


 神殿案は、清らかで正しい言葉を持っている。


 だが、白銀案は現実の安全を持っていた。


 しばらく議論が続いた。


 神殿は専門性を主張し、白銀は本人意思を主張する。

 王宮は管理の安定を求め、近衛は指揮系統を気にする。

 魔導院は記録と安全性を重視する。


 そして最終的に、王宮文官が暫定結論を出した。


「本協定については、神殿案をそのまま採用することは見送ります。白銀聖騎士団案を基礎として、王宮法務部にて再調整するものとします」


 神殿側の表情が硬くなる。


 セリアは表情を変えない。


 レオンは、ようやく息を吐いた。


 勝ったわけではない。


 終わったわけでもない。


 だが、少なくとも今日、白い檻はそのまま閉じられずに済んだ。


    ◇


 協議室を出たあと、廊下でアリアがレオンに声をかけた。


「レオン様」


「はい」


「今日の発言、よかったですわ」


「ありがとうございます」


「保護というなら、拒否できることも保護する。あれは効きました」


「必死だっただけです」


「必死な言葉は、時々きれいな理屈より強いですわ」


 アリアは微笑む。


 その横でセリアが静かに言った。


「アリア殿。今日の援護には感謝する」


「まあ。セリア団長に素直に礼を言われるとは、明日は雨かもしれませんわね」


「礼を撤回するぞ」


「冗談ですわ」


 アリアは笑った。


「ただし、これで神殿が引くとは思えません。王宮内でも、レオン様をどう扱うかについて意見は割れます」


「分かっている」


「近衛側の情報は、支援室へ流します」


「頼む」


 ミラがいれば、また複雑そうな顔をしただろう。


 だが、今日のアリアは確かに味方だった。


 レオンは頭を下げる。


「アリアさんも、ありがとうございました」


「どういたしまして」


 アリアは少しだけ目を細めた。


「……本当は、握手の一つでも求めたいところですが」


「アリア」


 セリアの声が低くなる。


「冗談ですわ」


「半分は本気だろう」


「二割です」


「まだ多い」


 アリアは楽しそうに笑いながら去っていった。


 セリアは小さくため息をつく。


「油断ならない」


「でも助かった」


「ああ。それは事実だ」


 リーネが微笑む。


「味方が増えるのは良いことです」


 エルザが記録板に書き込みながら言った。


「ただし、味方にも接触制限は必要です」


「それは絶対なんだな」


 レオンが苦笑すると、セリアが即答した。


「絶対だ」


    ◇


 白銀聖騎士団へ戻ると、ミラが玄関で待っていた。


「どうだった!?」


 勢いよく聞かれ、レオンは少し笑った。


「とりあえず、神殿案はそのまま通らなかった」


「よし!」


 ミラは拳を握った。


「白い檻、壊した?」


「壊したというより、扉と鍵をつけた」


 セリアが答える。


 ミラは一瞬きょとんとしたあと、にやっと笑った。


「いいじゃない。鍵は本人に?」


「ああ」


「それならよし」


 リーネがシスティナから届いていた連絡を確認する。


「ノエル様には、今日の協議内容を簡単に伝えるそうです。ただし、神殿上層部の細かい動きは不安を煽るので、必要な範囲に留めると」


「それでいいと思う」


 レオンは言った。


「ノエルには、まず次の面談を安心して選んでほしい」


「お前らしいな」


 セリアが言う。


「そうか?」


「そうだ」


 ミラが横からにやにやする。


「団長、今の声ちょっと優しい」


「ミラ」


「はい、留守番頑張ったので一回くらい見逃してください」


「……今回だけだ」


「やった」


 ミラが本当に嬉しそうに笑うので、レオンもつられて笑った。


 その笑いの中で、ようやく肩の力が抜けていく。


 今日は戦った。


 剣も槍も使っていない。

 魔力もほとんど使っていない。

 それでも、確かに戦った。


 白い言葉の檻に、扉と鍵をつけるために。


    ◇


 その夜、神殿治癒院の部屋で、ノエルはシスティナから話を聞いた。


 神殿上層部が協定案を出したこと。

 白銀聖騎士団が、本人の拒否権を入れるよう主張したこと。

 レオンが、「嫌だと言える場所でしか会わない」と言ったこと。

 そして、協定案はそのまま通らなかったこと。


 ノエルは、聖歌集を膝に置いたまま黙っていた。


「……私のことで、そんな会議をしたの?」


「あなた一人だけのことではありません。でも、あなたの意思を守ることも含まれていました」


「面倒」


「はい」


「私、まだ歌ってないのに」


「はい」


「治療もしてないのに」


「はい」


 ノエルは少しだけ唇を噛んだ。


「でも……少し安心した」


 システィナの目が柔らかくなる。


「そうですか」


「嫌って言っていいって、会議でも言ったんでしょう?」


「はい」


「変な人たち」


「そうですね」


「でも、次も行く」


 ノエルは聖歌集を開いた。


 今日読んだ一行。


 その下の、まだ読んでいない二行目に指を置く。


「次は、二行目まで読む」


 システィナは泣かなかった。


 泣きそうになったけれど、ノエルが嫌がると分かっていたから、笑った。


「はい」


    ◇


 同じ夜、白銀聖騎士団の詰所。


 レオンは自室で、今日の協議記録を読み返していた。


 王宮の暫定結論。


 神殿案は見送り。

 白銀案を基礎に再調整。

 本人意思、患者同意、拒否権、支援室窓口を重視。


 その下に、エルザの追記。


『白い檻に扉と鍵を設置。表現としてはミラ案が有効』


 レオンは吹き出しそうになった。


 エルザも、少しずつ表現が妙になってきている。


 壁の向こうから、いつもの声。


「まだ起きているのか」


「起きてる」


「寝ろ」


「今日は疲れた」


「だろうな」


「セリアも?」


「疲れた」


 即答だった。


 レオンは少し笑う。


「正直だな」


「お前には隠しにくい」


「魔力は流してないのに?」


「それだけではないと言ったはずだ」


 壁越しの声は、少しだけ柔らかかった。


 レオンは報告書を閉じる。


「今日は、ありがとう」


「何に対してだ」


「隣にいてくれて」


 沈黙。


 少し長い沈黙。


 やがて、セリアが小さく言った。


「……それは、私の役目だ」


「団長だから?」


「それだけではない」


 その言葉に、レオンは何も返せなかった。


 胸の奥に、静かな温度が残る。


「レオン」


「何だ?」


「今日、お前の言葉は必要だった」


「そうかな」


「そうだ。神殿の言葉は綺麗だった。だからこそ、お前の素直な言葉が必要だった」


「綺麗な言葉に勝てた?」


「勝ち負けではない」


「じゃあ?」


「ほどいた」


 セリアは言った。


「白い鎖を、少しほどいた」


 レオンは、ゆっくり息を吐いた。


 ほどいた。


 切ったのではなく。

 壊したのでもなく。

 少しずつ、絡まったものをほどく。


 自分たちのやっていることに、その言葉はよく合っていた。


「明日も絡まるかな」


「絡まるだろう」


「嫌な予告だな」


「だが、ほどけばいい」


「一緒に?」


「当然だ」


 レオンは笑った。


「おやすみ、セリア」


「ああ。おやすみ、レオン」


 灯りを落とす。


 神殿の白い檻は、まだ消えていない。


 だが、扉は作った。

 鍵は本人に渡すと決めた。


 聖魔力源を求める声は増えていく。

 救いを求める人も、利用しようとする人も。


 それでも、レオンは少しだけ分かり始めていた。


 この力は、ただ魔力を渡すためだけのものではない。


 誰かの意思を守るためにも、使えるのだと。

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