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『役立たずと追放された「魔力譲渡」スキルの俺、実は美少女騎士団の「聖魔力源」だった件』  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第20話『近衛騎士アリア、正式に順番待ちへ並ぶ』

 特別魔力支援室ができてから、白銀聖騎士団の詰所には見慣れない封書が増えた。


 神殿からの白い封筒。

 王宮からの金縁の書状。

 貴族家からのやたら厚い封書。

 冒険者ギルドからの事務連絡。


 そして今日、机の上に置かれているのは、王宮近衛騎士団からの正式申請書だった。


「……紙が立派すぎる」


 レオンは、長机の上の申請書を見て呟いた。


 近衛騎士団の紋章が押された白い紙は、触るのをためらうほど上質だった。

 紙の端には銀の飾り線。

 封蝋も丁寧に剥がされている。


 中身は簡潔だった。


『王宮防衛任務に従事する近衛騎士団員の魔力回路損傷について、白銀聖騎士団付特別魔力供給士レオン・アルヴァス殿による事前診断を申請する』


 対象者名。


 アリア・グランフィール。


「本人から、正式に来たわね」


 ミラが腕を組んで、むすっとした顔をしている。


 その顔は不機嫌というより、妙な対抗心が混じっていた。


「何か嫌そうだな」


 レオンが言うと、ミラは即座に反応した。


「嫌じゃないわよ。ただ、あの金髪きらきら近衛騎士が、きっちり手順を守って申請してきたのがちょっと悔しいだけ」


「それは、いいことなんじゃないか?」


「いいことだから悔しいの!」


「難しい感情だな」


 リーネが微笑みながら申請書を確認している。


「アリア様らしいですね。挑発はしますが、筋は通す方ですから」


「リーネ、あの人の肩持つの?」


「持っていませんよ。ただ、事実を言っただけです」


「むう……」


 ミラは納得しきれない顔で椅子に沈んだ。


 エルザは、添付された診療記録に目を通していた。


「損傷箇所は胸部中央から左腕側。剣術系魔力回路と防御結界系の重複部分に裂傷があります」


「剣を振る時に痛むのか?」


 レオンが尋ねると、エルザは頷いた。


「おそらく。特に踏み込みから切り返しに移る瞬間、魔力が一気に胸部を通るはずです。そこで痛みが出る可能性が高い」


 ミラが小さく舌打ちした。


「だからこの前、少し踏み込み浅かったんだ」


「気づいていたのか」


「気づくわよ。あいつ、腹立つくらい綺麗に動くから。いつもと違うと目立つの」


「仲いいな」


「よくない!」


 ミラはすぐに叫んだ。


「ライバル! ただのライバル!」


「はいはい」


 レオンが軽く流すと、ミラはさらに赤くなった。


「今の返事、雑!」


 セリアは申請書を最後まで読み、静かに机へ置いた。


「内容に不備はない。本人同意あり。診療記録も十分。近衛騎士団長の承認もついている」


「じゃあ、受けるのか?」


「あくまで事前診断だ。治療ではない」


 セリアはレオンを見る。


「そして、アリア殿はおそらくお前と直接話す気だ」


「だろうな」


「握手は許可しない」


「いきなりそこ?」


「重要だ」


 セリアは真顔だった。


 ミラが勢いよく頷く。


「そう! 絶対あの人、優雅な顔で手を出してくるから!」


「挨拶で握手は普通では?」


 リーネが言うと、ミラは身を乗り出した。


「普通じゃないの! レオンの場合は光るの! 魔力流れるの! あの人、絶対分かっててやる!」


 エルザが淡々と補足する。


「前回の王宮会議で、アリア様との握手時に白金色の魔力反応が発生しています。無意識供給の可能性があるため、接触制限は妥当です」


「ほら!」


 ミラが勝ち誇る。


 レオンは自分の手を見た。


「俺の手、どんどん扱いが厳重になってるな」


「お前自身のためだ」


 セリアが言った。


「手を差し出されたからといって、無意識に応じるな。誰かに触れる時は、必ず目的と同意を確認する」


「分かってる」


「本当に?」


「本当に」


「ならいい」


 セリアは頷いた。


 ただ、少しだけ目が鋭い。


 たぶん、アリアのことをかなり警戒している。


 ミラの対抗心とは違う。

 セリアの場合は、レオンを守るための警戒だ。


 ……そう分かっているのに、少しだけ胸が温かくなるのは、たぶんもう仕方ない。


「何だ」


 セリアが気づいた。


「いや、今日も守られてるなと思って」


「当然だ」


「即答だな」


「当然だからな」


 セリアは真顔で返した。


 ミラが机に額をつける。


「朝から強い……」


「何がだ」


「団長とレオンの無自覚会話が」


「無自覚ではない」


 セリアが少しむきになる。


「自覚あるんですか?」


 リーネがにこやかに尋ねた。


 セリアは言葉に詰まった。


 エルザが記録板を開く。


「記録。団長、自覚の有無について回答不能」


「消せ」


「支援室の心理安全管理に必要です」


「不要だ」


 会議室に笑いが広がった。


 外から見れば、王国最重要級の聖魔力源を守るための会議。

 中身は、いつもの白銀聖騎士団だった。


    ◇


 アリア・グランフィールが白銀聖騎士団の詰所へ到着したのは、午後の二刻だった。


 近衛騎士団の馬車は、外から見ても品があった。

 白い車体に金の紋章。

 派手すぎず、しかし確実に高価だと分かる造り。


 馬車から降りたアリアは、今日も完璧だった。


 金髪はきれいに結い上げられ、近衛騎士団の白い制服には皺一つない。

 腰には細身の剣。

 背筋は真っすぐ。

 微笑みは優雅。


 ただ、レオンは気づいた。


 彼女は馬車を降りる時、ほんの一瞬だけ胸元に手を当てた。


 痛みを抑えるように。


 それはすぐに消えたが、見間違いではなかった。


「ごきげんよう、白銀聖騎士団の皆様」


 アリアは詰所の玄関前で優雅に一礼した。


「本日は正式な手順に従い、診断をお願いに参りましたわ」


 ミラが腕を組む。


「ちゃんと手順守ってきたのは評価する」


「まあ、ありがとうございます。白銀の突撃小動物に褒められるとは光栄ですわ」


「誰が小動物よ!」


「元気そうで何よりです」


「この人、絶対わざと!」


 アリアは楽しそうに笑っている。


 セリアが一歩前に出た。


「アリア殿。今日は事前診断だ。治療ではない。接触も、こちらの許可なしには認めない」


「承知しております」


 アリアは素直に頷いた。


「握手も控えますわ」


 ミラが目を細める。


「本当に?」


「ええ。本当ですわ」


「その顔、ちょっと残念そう」


「正直に言えば、少しだけ」


「やっぱり!」


 アリアは微笑む。


「前回の魔力反応は、非常に印象的でしたもの」


「そういう言い方やめなさい!」


「魔力の話ですわ」


「みんなそれ言う!」


 このやり取りに、玄関近くにいた団員たちが小さく笑っていた。


 アリアは白銀聖騎士団の空気に、思ったより自然に入ってくる。


 それがミラには余計に気に入らないらしい。


 レオンは軽く頭を下げた。


「今日はよろしくお願いします、アリアさん」


「こちらこそ、レオン様」


 アリアはレオンを見た。


 その碧眼は、冗談の奥に本物の期待を隠している。


「今日は手を出しませんから、ご安心を」


「それを言われると逆に警戒します」


「あら、信頼が足りませんわね」


「前回、勝手に魔力反応が出たので」


「勝手ではありませんわ。相性が良かっただけです」


「アリア」


 セリアの声が低くなる。


「冗談ですわ」


「半分は本気だろう」


「三割です」


「多い」


 ミラが即座に言う。


「団長、アリアの扱い分かってきましたね」


「必要に迫られてな」


 アリアは愉快そうに笑ったが、その笑みは長く続かなかった。


 詰所の中へ入る時、彼女の足がほんのわずかに止まったからだ。


 レオンには分かった。


 胸の奥の魔力が、歩く衝撃で揺れたのだ。


 痛みを表情に出さないようにしている。


「アリアさん」


「何でしょう」


「無理して歩いてませんか」


 アリアの微笑みが、一瞬だけ固まった。


 ミラがはっとする。


「レオン、分かるの?」


「少し。魔力が揺れてる」


 アリアは小さく息を吐いた。


「……本当に、厄介な方ですわね」


「厄介?」


「隠しているものを、さらりと見つけるんですもの」


 アリアは微笑み直した。


 だが、先ほどより少し素の顔に近かった。


「ええ、少し痛みます。でも歩けますわ」


「診断前に悪化させても困ります」


 リーネがすぐに言った。


「診断室まで歩く距離を短くしましょう。ミラさん、予備の椅子を」


「分かった」


 ミラは反射的に動いた。


 文句を言うより先に、身体が動いていた。


 それを見たアリアが少し目を細める。


「優しいですのね」


「うるさい。診断前に倒れられたら面倒なだけ」


「はいはい」


「はいは一回!」


 ミラの言葉に、アリアが笑った。


 その笑いは、少しだけ弱かった。


    ◇


 事前診断は、白銀聖騎士団の医務室で行われることになった。


 王立治癒院ではない。


 近衛騎士団側から「白銀聖騎士団の管理下で構わない」と申請があったためだ。


 このあたりもアリアらしい。


 挑発はするが、手順を壊さない。


 医務室には、レオン、セリア、リーネ、ミラ、エルザ。

 そして対象者のアリア。


 近衛側の付き添いは、診断室の外で待機することになった。


「では、始める前に確認します」


 リーネが記録板を手に、落ち着いた声で言った。


「本日は事前診断です。治療ではありません。接触は必要最低限。最初は魔力結晶による外部測定。直接接触は、本人同意と白銀聖騎士団側の判断があった場合のみ」


「承知しています」


 アリアは椅子に座り、背筋を伸ばした。


「本人の意思確認をします。アリア様、本日の診断を受けますか」


「受けます」


「無理に受けさせられているわけではありませんか」


「ありません。私自身の意思です」


 その返事は明確だった。


 レオンは、アリアの顔を見た。


 強い。

 美しい。

 でも、どこかで痛みを隠している。


 アリアは視線に気づき、少し笑った。


「レオン様。あまりじっと見られると、診断前に心拍が上がりますわ」


「すみません」


「謝られると、こちらが悪いみたいです」


「どう返せば正解なんですか」


「そうですわね。『診断に必要なので』とおっしゃればよろしいかと」


 ミラが即座に叫ぶ。


「その言い方、絶対からかってる!」


「半分ほど」


「多い!」


 セリアが低く言う。


「アリア殿。診断前だ。余計な挑発は控えろ」


「はい、団長様」


「返事が軽い」


「失礼しました」


 アリアは軽く頭を下げる。


 だが、顔にはまだ笑みがある。


 エルザが測定結晶を並べた。


「まずは非接触で魔力反応を見ます。胸部中央の損傷反応が強い場合、直接接触は行いません」


「はい」


 アリアは右手を胸元に当て、静かに目を閉じた。


 エルザが測定杖を起動する。


 結晶が淡い白金色に光る。


 次の瞬間、その光の一部が鋭く乱れた。


 まるで薄い布が裂けるように、中央から左側へ走る亀裂。


 レオンは思わず眉を寄せた。


「……深いな」


 アリアが目を開ける。


「分かりますの?」


「胸の奥から左腕にかけて、魔力が引っかかってる」


「さすがですわね」


 アリアは笑おうとした。


 だが、その笑みが少し歪む。


 リーネがすぐに言った。


「痛みますか?」


「少し」


「少しでは分かりません」


「……剣を振った後の鈍痛に似ています」


 ミラが表情を変えた。


「アリア、あんた、それで訓練続けてたの?」


「近衛騎士ですもの」


「答えになってない!」


「あなたも白銀騎士なら分かるでしょう?」


「分かるから怒ってるのよ!」


 ミラの声には本気の苛立ちがあった。


 アリアは少し驚いたように瞬きする。


 そして、ふっと笑った。


「そういうところは、本当に真っ直ぐですわね」


「茶化さないで」


「茶化していません」


 アリアの声が少しだけ静かになる。


「心配されることに慣れていないだけですわ」


 その言葉で、医務室が少し静かになった。


 アリアは近衛の若手筆頭。

 侯爵令嬢。

 完璧な剣。

 優雅な立ち居振る舞い。


 きっと、心配されるより、期待されることの方が多かったのだろう。


 レオンは、クラウディアやノエルのことを思い出した。


 役割。


 期待。


 それに応えられるうちは、誇りになる。

 でも、傷ついた時には鎖になる。


「アリアさん」


 レオンは静かに言った。


「今日、無理に強がらなくていいです」


 アリアは目を細める。


「その言葉、少しずるいですわね」


「ずるい?」


「強がっていることを前提にしていますもの」


「違いますか?」


 アリアは少し黙った。


 それから、肩の力を抜く。


「……違いませんわ」


 ミラが目を丸くした。


「アリアが認めた」


「珍しいことのように言わないでくださる?」


「珍しいじゃない」


「否定はしません」


「すると思ったのに!」


 少し笑いが起きた。


 その笑いで、アリアの魔力の揺れがわずかに落ち着いた。


 エルザが結晶を見ながら言う。


「精神緊張の低下に伴い、損傷部周辺の反応も安定しました。直接接触診断は可能。ただし時間は短く」


 セリアがレオンを見る。


「どうする」


「本人がいいなら、手から少しだけ診ます。胸には触れない」


「妥当だ」


 リーネが頷く。


「手首から左腕側の流れを見るだけにしましょう」


 セリアはアリアに向き直った。


「アリア殿。接触診断を行うか」


「行います」


「部位は左手。時間は二分以内。痛みが増せば即時中断」


「承知しました」


「握手ではない。診断だ」


 ミラが強調した。


 アリアは笑った。


「分かっていますわ。ミラ様は本当に心配性ですわね」


「心配じゃない。監視」


「では、監視ありがとうございます」


「もう!」


 ミラが赤くなる。


 レオンは椅子を少し引き、アリアの前に座った。


「触れます」


「はい」


 アリアの左手が差し出される。


 白い手袋は外されていた。


 指先は細く、剣を握る者の硬さもある。


 レオンはその手にそっと触れた。


 瞬間。


 前回の王宮での握手より、はっきりと魔力の流れが見えた。


 白金色の鋭い魔力。

 剣のように整っている。

 だが、胸の奥に走る損傷が、左腕へ流れる魔力を乱している。


「……痛み、ありますか?」


「今はありません。ただ、温かいです」


 アリアの声が少しだけ低くなった。


 いつもの余裕ある調子ではない。


 レオンは魔力を流さないように注意しながら、相手の流れを読む。


 だが、触れているだけでわずかに反応する。


 聖魔力源の魔力が、アリアの損傷部へ向かおうとしている。


 危ない。


 まだ診断だけだ。


 レオンは意識して魔力を抑えた。


 セリアがすぐに気づく。


「レオン」


「大丈夫。流れそうになっただけ」


 アリアの指がわずかに動いた。


「流れていないのに、分かりますわ」


「何が?」


「あなたの魔力が、こちらへ来ようとしているのが」


 アリアは目を伏せる。


「不思議ですわね。痛みを隠していた場所に、扉の外から誰かがノックしているみたい」


 その表現に、リーネが少しだけ目を細めた。


「損傷部への共鳴反応ですね」


 エルザが記録する。


「接触のみで反応あり。治療適性は高い可能性。ただし、胸部中央損傷のため初回治療は慎重に行う必要あり」


 ミラがそわそわしている。


「ねえ、もう手離してもよくない?」


「まだ一分です」


 エルザが言う。


「一分も握ってる!」


「診断です」


「分かってるけど!」


 アリアが微笑む。


「嫉妬ですの?」


「違う!」


「では監視?」


「そう!」


「では、しっかり見ていてくださいませ」


「言われなくても見てる!」


 ミラの声が少し大きくなる。


 レオンは苦笑しそうになったが、集中を切らさないようにした。


 アリアの手は温かくなり始めている。


 だが、これ以上は駄目だ。


「二分」


 エルザが告げる。


 レオンはすぐに手を離した。


 アリアの指が一瞬、名残惜しそうに動いたように見えた。


 しかし彼女はすぐに手を引き、優雅に微笑む。


「ありがとうございます。診断だけでも、ずいぶん楽になった気がしますわ」


「本格的な治療は、記録を確認してからです」


 セリアが釘を刺す。


「承知しております」


 アリアは素直に頷いた。


「ただ、正直に言えば……これは欲しくなりますわね」


 医務室が静かになる。


 アリアはレオンを見た。


 その目には冗談ではない色があった。


「クラウディア様が『もう少し』と言った気持ちが、分かりました。たった二分、手に触れただけで、奥の痛みが少し揺らいだ。もっと流してもらえれば、もっと楽になるかもしれない。そう思ってしまいます」


 ミラが黙った。


 リーネも、エルザも、セリアも。


 アリアは自分の手を見つめる。


「だから、順番待ちという仕組みは必要ですわ。欲しがる側は、思ったより簡単に欲張ります」


 その言葉は、重かった。


 アリアは自分の中に生まれた欲を、ちゃんと見ている。


 だからこそ、レオンは少し安心した。


「アリアさんは、治療を受けたいですか」


「受けたいですわ」


 即答だった。


 彼女は顔を上げる。


「でも、今すぐではなくていい。白銀聖騎士団の順番に従います。クラウディア様、ノエル様、その他の重症者。私より優先すべき方がいるなら、待ちます」


 ミラがぽつりと言った。


「……あんた、ちゃんとしてるじゃない」


「失礼ですわね。私は最初からちゃんとしています」


「普段の言動が損してるのよ」


「あなたにだけは言われたくありませんわ」


「何でよ!」


 いつもの応酬が戻った。


 けれど、さっきまでとは少し違う。


 ミラの中で、アリアへの見方が少し変わったのだろう。


 セリアは診断記録を確認し、言った。


「近衛騎士団の申請は受理する。治療可否は支援室で審議。優先順位は重症度、本人同意、緊急性を総合して決定する」


「感謝いたします」


 アリアは深く頭を下げた。


「それと、セリア団長」


「何だ」


「近衛騎士団として、レオン様の護衛協力を正式に申し出ます」


 空気が変わった。


 セリアの目が細くなる。


「条件は?」


「見返りは、情報共有と支援室への正式参加枠。もちろん、白銀聖騎士団の指揮権を侵害するつもりはありません」


「近衛が支援室に関わると?」


「王宮内からの圧力に対抗するには、近衛内部の情報も必要ですわ」


 アリアの声は真剣だった。


「今日、診断を受けて分かりました。レオン様の力は、人を狂わせかねない。善意でも、欲でも、焦りでも。なら、守る側は多い方がいい」


 ミラは何も言わなかった。


 リーネが静かにセリアを見る。


 エルザは記録板を止め、判断を待っている。


 セリアは少し考えた。


「正式参加ではなく、連絡役から始める」


「妥当ですわ」


「情報共有は文書で。口約束はしない」


「もちろん」


「レオンへの直接接触は禁止継続」


「……残念ですが、承知しました」


「残念がるな」


 アリアは微笑んだ。


 セリアはため息をつきながらも、少しだけ警戒を緩めたようだった。


「では、支援室の近衛連絡役として、アリア・グランフィールを仮登録する」


「ありがとうございます」


 アリアは優雅に礼をした。


 その横でミラが小さく呟く。


「また面倒な人が増えた」


「聞こえていますわ」


「聞こえるように言ったの」


「ならば、よろしくお願いしますわね、白銀の突撃小動物」


「だから小動物じゃない!」


 医務室に笑いが広がった。


    ◇


 アリアが帰ったあと、レオンは医務室の椅子に座って深く息を吐いた。


「疲れた……」


「今日は魔力をほとんど使っていないはずだ」


 エルザが言う。


「精神的にだよ」


「理解しました。アリア様対応による精神負荷は高めです」


「記録に残すのか」


「重要です」


 ミラが椅子に座り、腕を組む。


「あの人、やっぱり腹立つけど……まあ、悪い人じゃないのよね」


「素直じゃないな」


「うるさい」


「でも、支援室に味方が増えるのはいいことだ」


「それは分かってる」


 ミラは少しだけ視線を落とした。


「分かってるけど、レオンの周りにどんどん女の人が増えるの、何か落ち着かない」


 言ってから、自分で固まった。


 リーネが「あら」と小さく笑う。


 エルザが記録板を持ち上げる。


 セリアの目がわずかに動く。


 レオンは一瞬、どう返せばいいか分からなかった。


「えっと……」


「今のなし!」


 ミラが顔を真っ赤にして立ち上がる。


「なしだから! 警護上の話! 警護上、落ち着かないって意味!」


「そ、そうか」


「そう!」


 ミラは勢いよく部屋を出ていこうとして、扉の前で振り返った。


「でも、頼られるのは嫌じゃないから!」


 そう叫んで、今度こそ出ていった。


 医務室に沈黙が残る。


 リーネが口元を押さえて笑っている。


「ミラさん、可愛いですね」


 エルザが淡々と記録する。


「ミラ、自己感情の言語化に失敗。ただし本音漏出の可能性あり」


「本人がいないところで記録するな」


 セリアが言った。


「では本人の前で確認しますか」


「やめてやれ」


 レオンは額を押さえた。


「俺、何か悪いことしたか?」


「していない」


 セリアが答える。


「ただ、お前の周囲が少しずつ騒がしくなっているだけだ」


「かなり騒がしくないか?」


「これからもっとだ」


「嫌な予告だな」


 セリアはレオンの前に立った。


「だから、支援室が必要になる」


「アリアも味方に?」


「仮だ」


「厳しいな」


「簡単に信用はしない。だが、使える力は使う」


「団長っぽい」


「団長だからな」


 レオンは笑った。


 その笑いを見て、セリアの表情も少し和らぐ。


「レオン」


「何だ?」


「今日、アリア殿の手を離す時、迷わなかったな」


「時間だったから」


「そうか」


「セリアが見てたし」


 セリアが固まった。


 リーネがにこりと笑う。


 エルザが無言で記録板を構える。


「……それは、どういう意味だ」


 セリアの声が少しだけ揺れた。


「いや、セリアが止めてくれると思うと、こっちも止まりやすいというか」


「そうか」


「うん」


「……そうか」


 同じ言葉を二度繰り返して、セリアは視線を逸らした。


 耳が赤い。


 リーネが小さく言う。


「団長、本日一番の反応ですね」


「リーネ」


「はい、黙ります」


 エルザが淡々と告げる。


「記録済みです」


「消せ」


「医療心理記録です」


「便利に使うな」


 医務室に、また笑いが戻った。


    ◇


 その夜、近衛騎士団の宿舎。


 アリアは自室で手袋を外し、自分の左手を見つめていた。


 たった二分。


 診断だけ。


 それなのに、胸の奥の鈍い痛みが少し軽い。


 剣を振るときに常にまとわりついていた重さが、薄皮一枚分だけ剥がれたような感覚。


「これが、聖魔力源……」


 アリアは小さく呟いた。


 欲しくなる。


 あの温かさを、もう一度。


 もっと深く。


 もっと長く。


 そう思ってしまう。


 だからこそ、白銀聖騎士団の手順は正しい。


 欲しいと思う者ほど、自分では止まれない。


「厄介ですわね、本当に」


 アリアは笑った。


 その笑みは、いつもの余裕あるものではない。


 少しだけ悔しそうで、少しだけ嬉しそうだった。


 机の上には、支援室連絡役の仮登録書。


 白銀聖騎士団と近衛騎士団。


 本来なら距離のある二つの騎士団が、レオンを中心に少しずつ繋がり始めている。


「ミラ様は、また怒るでしょうね」


 そう呟くと、自然に笑みがこぼれた。


 痛みはまだある。


 でも、少しだけ前を向ける。


 そのことが、アリアには悔しいほど嬉しかった。


    ◇


 同じ夜、白銀聖騎士団詰所。


 レオンは自室で、今日の診断記録を読んでいた。


 アリア・グランフィール。


 胸部中央から左腕にかけての剣術系魔力回路損傷。

 接触診断による共鳴反応あり。

 治療適性は高い可能性。

 ただし本人の欲求反応も確認。段階治療必須。


 最後に、セリアの追記がある。


『アリア殿は味方になり得る。ただし、レオンへの接触制限は継続』


 レオンは思わず笑った。


「そこは絶対なんだな」


 壁の向こうから、すぐに声がした。


「何がだ」


「起きてたのか」


「お前が独り言を言う程度には近い」


「壁、薄くないか?」


「警護上必要な距離だ」


「また必要」


「必要だ」


 レオンは笑いながら、報告書を閉じた。


「今日はアリアさんの申請、受けてよかったのか?」


「よかった」


 セリアは即答した。


「近衛内の情報が得られるのは大きい。アリア殿本人も、少なくとも手順を守る意思がある」


「ミラは複雑そうだった」


「ミラは素直ではないだけだ」


「セリアは?」


 少し沈黙。


「……私も、複雑ではある」


「アリアさんが支援室に入ること?」


「それもある」


「他には?」


 壁の向こうで、セリアが言葉を選んでいる気配がした。


「お前を必要とする者が増えることだ」


「不安?」


「不安だ」


 今日も、セリアは正直だった。


「だが、必要とされること自体を否定するつもりはない。お前の力で救われる者がいるなら、それは大切なことだ」


「うん」


「だからこそ、守る仕組みを増やす。味方を増やす。お前が壊れないように」


「ありがとう」


「礼はいらない」


「言いたかったから」


「……そうか」


 壁の向こうで、少しだけ沈黙が落ちる。


 レオンは灯りを落としながら言った。


「おやすみ、セリア」


「ああ。おやすみ、レオン」


 近衛騎士アリアが、正式に順番待ちへ並んだ。


 神殿のノエルは、まだ治療を望んでいない。

 公爵令嬢クラウディアは、少しずつ指先を取り戻している。

 そしてアリアは、自分の痛みを認めた。


 聖魔力源を求める人は増えていく。


 そのたびに、レオンの周りは騒がしくなる。


 けれど今はまだ、その騒がしさが少しだけ心強かった。

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