第2話『倒れていた美少女騎士団長を助けたら、なぜか抱きしめられました』
「……離れないで」
その一言で、路地裏の空気は完全に死んだ。
夕暮れの王都。
薄暗い路地。
白銀の鎧をまとった銀髪の騎士団長。
その騎士団長を抱きかかえている、ついさっき冒険者パーティーを追放されたばかりの男。
そして、倒れていたはずの騎士団長が、男の服を掴んだまま熱っぽい声で「離れないで」と呟いた。
どう考えても、説明が難しい。
「……あの」
レオンは、目の前に立つ女性騎士たちへ向けて、できるだけ穏やかな声を出した。
「誤解しないでほしいんだが」
「誤解するなという方が難しい状況です」
真っ先に返事をしたのは、紫がかった黒髪の女騎士だった。
細身の身体に魔導騎士用の軽鎧。
無表情に近い顔立ちだが、その瞳だけはやたら鋭い。
彼女は腰の短杖に手を添えたまま、じっとレオンを見ている。
「まず、団長から手を離してください」
「それができたら苦労しないんだ」
「なぜですか」
「団長さんの方が離してくれない」
レオンが視線を落とす。
銀髪の騎士団長――セリアは、まだ意識が半分ぼんやりしているのか、レオンの胸元をぎゅっと掴んでいた。
しかも片手だけではない。
両手である。
白銀の騎士団長が、捨てられた子猫みたいにしがみついている。
本人の名誉のためにも、早急にどうにかした方がいい。
「セリア団長?」
金髪の少女めいた顔立ちの騎士が、おそるおそる呼びかける。
リボンでまとめた長い髪が揺れた。
「団長、聞こえますか? ミラです。ミラ・フォルテです。えっと、その……その男に何か変なことをされたんですか?」
「変なことって何だよ」
レオンは思わず突っ込んだ。
ミラと名乗った騎士は、ぱっと頬を赤くした。
「わ、分かってるでしょ! 団長がこんな、男の人にくっつくなんて普通じゃないんだから!」
「俺も普通じゃないと思ってる」
「だったら離れなさいよ!」
「だから離れられないんだって」
「力ずくで剥がせばいいでしょ!」
「魔力が乱れてる相手を無理に引き剥がしたら、下手するとまた暴走する」
その言葉に、女性騎士たちの表情が変わった。
軽い誤解混じりの警戒から、職務上の真剣な顔へ。
「……魔力暴走を見抜いたのですか」
紫髪の魔導騎士が、声を少し低くした。
「見抜いたというか、感じた。かなり危ない状態だった。魔力回路が詰まって、それでも無理に流そうとして、身体の内側で跳ね返ってる」
「あなた、医療魔導師ですか」
「違う。ただの冒険者だ」
「冒険者が、なぜそこまで分かるのです」
「俺のスキルが《魔力譲渡》だからだよ」
その場に、妙な沈黙が落ちた。
ミラがぽかんと口を開ける。
紫髪の騎士も、わずかに眉を動かした。
その後ろにいた、柔らかな栗色の髪をした女性騎士が、そっと前へ出てくる。
他の二人に比べると雰囲気が穏やかで、鎧の上からでも回復術士らしい白い法衣の飾りが見えた。
「《魔力譲渡》……ですか?」
「ああ」
「低級補助スキルの?」
「言い方は刺さるけど、まあ世間的にはそうだな」
「ご、ごめんなさい。馬鹿にしたわけではなくて」
彼女は慌てて頭を下げた。
「私はリーネ・クラウディア。白銀聖騎士団の治癒騎士です」
「レオン・アルヴァス。……一応、冒険者だ」
「一応?」
「今日、パーティーを追い出されたところだから」
言った瞬間、ミラが微妙な顔をした。
「何それ。すごく怪しいんだけど」
「俺も自分で言ってて怪しいと思う」
「認めるのね!?」
「嘘ついても仕方ないだろ」
レオンがそう答えると、ミラは少しだけ言葉に詰まった。
その態度が意外だったのかもしれない。
だが、状況はまだ終わっていない。
セリアの呼吸はさっきより落ち着いているものの、魔力の乱れは完全には消えていなかった。
むしろ、レオンが少しでも魔力を緩めると、彼女の身体の奥でまた聖属性の魔力が跳ね始める。
「……まだ駄目か」
レオンは小さく呟いた。
セリアの指先が震えている。
額には薄く汗が滲んでいた。
「リーネさん」
「はい」
「団長さんは、最近かなり無理をしてたんじゃないか?」
リーネの顔が強張った。
「……どうして、それを」
「魔力の底がすり減ってる。普通の魔力切れじゃない。何度も限界を超えて戦って、そのたびに回復薬か魔石で無理やり戻した感じだ」
「そこまで……分かるんですか」
「分かるというより、流れてくる。相手の魔力に触れると、状態が少しだけ」
レオンは言いながら、自分でも妙だと思った。
今までは、こんなふうにはっきり感じたことはなかった。
ガルドたちに魔力を渡していた時は、せいぜい「疲れているな」とか「魔力が少し足りないな」程度だった。
だが、セリアに触れている今は違う。
彼女の魔力の流れ。
詰まり。
傷。
奥底で膨れ上がる、白銀の炎のような聖属性魔力。
それらが、手のひら越しに伝わってくる。
いや、手のひらだけではない。
抱きかかえた腕。
胸元に寄りかかる重み。
鎧越しに伝わる体温。
意識すればするほど、妙に生々しい。
「……近いな」
レオンが思わず呟くと、ミラが即座に反応した。
「今さら!? 最初から近いわよ!」
「俺だって好きでこの距離にしてるわけじゃない」
「団長のこと、変な目で見てないでしょうね?」
「見てない」
「本当に?」
「……見ないよう努力してる」
「そこは即答しなさいよ!」
ミラが顔を真っ赤にして叫ぶ。
レオンとしても言い訳したい。
相手は恐ろしく綺麗な女性だった。
銀髪は夕暮れの光を受けて淡く輝き、長い睫毛が頬に影を落としている。
凛々しい鎧姿なのに、今は弱りきってレオンに身を預けている。
これで何も感じるなという方が無理だ。
だが、命に関わる状況で変なことを考えるほど、レオンは馬鹿ではない。
「リーネさん。どこか横になれる場所は?」
「騎士団の詰所が近くにあります。ただ……団長を動かしても大丈夫でしょうか」
「俺が魔力を繋いだままなら、多分」
「繋いだまま?」
リーネが首を傾げる。
レオンは困ったように、セリアを見下ろした。
「今、俺の魔力で団長さんの暴走を抑えてる。手を離すと不安定になる。だから、移動中もどこかしら触れてないといけない」
「どこかしら……」
ミラが眉をひそめる。
「具体的には?」
「手首とか背中とか。できれば心臓に近い場所の方が安定する」
「し、心臓に近い場所!?」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「そういう意味に聞こえるのよ!」
ミラが剣の柄を握る。
レオンは本気で焦った。
「待て。俺だって別に団長さんに抱きつきたいわけじゃない」
その瞬間。
意識の薄いセリアが、さらにレオンの服を引き寄せた。
「……嫌では、ない……」
「団長!?」
「違う! 今のは多分、意識が混濁してるだけだ!」
「あなたが一番慌ててるじゃない!」
路地裏に、なんとも言えない空気が流れた。
紫髪の魔導騎士が、静かにため息をつく。
「ミラ、落ち着いてください。団長の魔力反応は安定しています。この男性が害を加えている様子はありません」
「エルザまで何言ってるのよ!」
「事実です」
エルザと呼ばれた魔導騎士は、レオンのそばに膝をついた。
そして短杖をかざし、セリアの魔力状態を確認する。
「……異常です」
「やっぱり悪いのか?」
「逆です。あり得ないほど落ち着いています。先ほどまで団長の聖魔力は、暴走寸前でした。私たちが追いついた時には、街区ごと吹き飛ばす危険すらあった」
レオンは背中に冷たい汗を感じた。
「そんなにか」
「はい。ですが今は、まるで温泉に浸かって眠っている猫のようです」
「例えが急に可愛いな」
「団長は、平時は厳格ですが、寝起きは少し猫に似ています」
「エルザ! 団長の秘密を初対面の男に漏らさないで!」
「機密でしたか」
「たぶん機密よ!」
ミラが頭を抱える。
リーネは困ったように笑いながらも、セリアの顔色を確認した。
「でも、本当に顔色が戻っています。唇の色も、呼吸も……さっきまでとは全然違う」
「なら早く運ぼう。このまま路地裏にいるのはまずい」
レオンがそう言うと、三人の騎士たちは顔を見合わせた。
警戒はまだ残っている。
だが、セリアを救ったのも事実。
最終的に、リーネが頷いた。
「分かりました。レオンさん、団長を詰所まで運ぶ間、魔力の維持をお願いできますか」
「ああ」
「報酬は必ずお支払いします」
「報酬より、まずこの状況の誤解を解いてほしい」
「努力します」
「努力か……」
少し不安だった。
だが今は、それどころではない。
レオンはセリアを抱え直した。
鎧を着ているはずなのに、彼女の身体は驚くほど軽い。
それだけ消耗しているということだろう。
セリアは薄く目を開け、ぼんやりとレオンを見上げた。
「……あなたの、名前は……?」
「レオン」
「レオン……」
彼女はその名を、確かめるように呟いた。
「覚えた……」
「無理に覚えなくていい。今は寝てろ」
「……命令、されるのは……嫌いだ」
「じゃあお願いだ。寝てくれ」
セリアはしばらくレオンを見つめた後、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……それなら、聞いてあげる」
その表情に、レオンは一瞬だけ言葉を失った。
凛々しいだけではない。
弱っているせいもあるのだろうが、その微笑みは妙に無防備だった。
ミラが横からじとっと睨む。
「……何見惚れてるの」
「見惚れてない」
「間があった」
「怪我人の状態を見てただけだ」
「ふーん?」
完全に信用されていない。
レオンは軽く肩をすくめ、セリアを抱えたまま歩き出した。
◇
白銀聖騎士団の詰所は、王都東区にある古い石造りの建物だった。
騎士団というから厳めしい砦のような場所を想像していたが、実際には礼拝堂を改装したような造りで、窓には聖属性魔法の結界紋が刻まれている。
中へ入ると、待機していた騎士たちが一斉に立ち上がった。
「団長!?」
「セリア団長が!」
「男に抱えられている!?」
「どこの誰ですか、その男!」
騒ぎが一瞬で広がる。
レオンは心の中で頭を抱えた。
駄目だ。
誤解が増えていく。
「違う! この人は団長を助けてくれたの!」
ミラが叫ぶ。
レオンは少し感心した。
さっきまで疑っていたわりに、ちゃんと説明してくれるらしい。
「ただ、団長がこの人から離れたがらないだけで!」
「説明が下手すぎる!」
レオンは思わず声を上げた。
騎士たちの視線がさらに鋭くなる。
リーネが慌てて間に入った。
「皆さん、落ち着いてください。団長は魔力暴走の危険がありました。レオンさんの魔力譲渡で安定しています」
「魔力譲渡?」
「それで団長が?」
「あり得るの?」
ざわめきが広がる。
その中で、エルザが淡々と言った。
「事実です。レオンさんが触れている間、団長の魔力は安定しています。離すと乱れます」
「触れている間……」
「離すと乱れる……」
「団長が……」
変な方向に解釈されている気がする。
「頼むから真面目に受け取ってくれ」
レオンは低く言った。
そこでようやく、リーネが奥の医務室へ案内してくれた。
セリアを寝台に寝かせる。
だが、問題はここからだった。
「……離れないで」
またである。
セリアが、レオンの手を掴んだまま離さない。
意識はほとんど戻っていないのに、手だけは妙に強い。
「団長、普段はこんな方ではないんです」
リーネが申し訳なさそうに言う。
「分かってる。多分、俺の魔力に身体が反応してるんだと思う」
「魔力に……?」
「極端な魔力欠乏の時に、一番相性のいい魔力を補給されると、身体がそれを離さないようにすることがある。聞いたことがある程度だけど」
レオンが説明すると、エルザが頷いた。
「魔力飢餓反応ですね。理論上は存在します。ただし、ここまで強い反応は初めて見ました」
「つまり、団長はこの男の魔力を欲しがってるってこと?」
ミラが言う。
部屋の空気が止まった。
リーネが赤くなる。
エルザは無表情。
レオンは額を押さえた。
「言い方を考えろ」
「だ、だって事実でしょ!」
「事実でも言い方ってものがある」
「じゃあ何て言えばいいのよ!」
「団長の魔力回路が俺の魔力を必要としている、とか」
「同じじゃない!」
「全然違う!」
ミラとの会話は妙に疲れる。
だが、不思議と嫌な疲れではなかった。
さっきまでいた《黒狼の牙》では、こんな会話はなかった。
馬鹿にされるか。
無視されるか。
都合よく使われるか。
それだけだった。
ここでは警戒されている。
疑われてもいる。
けれど、少なくとも誰かの命を助けるために、皆が本気で動いている。
その空気は、悪くなかった。
「レオンさん」
リーネが真剣な顔で言った。
「もう少しだけ、団長に魔力を分けてもらえませんか。もちろん、無理のない範囲で構いません」
「ああ。大丈夫だ」
「本当に? 魔力譲渡は、自分の魔力を消耗するのでしょう?」
「普通はそうだけど、今は妙に負担が軽い」
レオンは自分の手を見た。
セリアに流しているはずなのに、魔力が枯れる感覚がない。
むしろ逆だった。
身体の奥から、温かな泉のように魔力が湧き続けている。
自分でも知らなかった感覚だ。
「……何なんだ、これ」
小さく呟いた時。
セリアの身体が淡く光った。
白銀の光。
だが先ほどの暴走とは違う。
優しく、柔らかく、部屋全体を包み込むような光だった。
「これは……」
リーネが息を呑む。
「団長の聖痕が、回復してる……?」
セリアの首元に刻まれていた小さな紋様が、淡く輝いていた。
傷ついたように欠けていた線が、少しずつ繋がっていく。
エルザの表情が、初めてはっきり揺れた。
「あり得ません。聖痕の損傷は、宮廷魔導師でも治療できなかったはずです」
「聖痕?」
レオンが聞き返す。
リーネが静かに説明する。
「聖騎士が持つ、聖属性魔力の器です。団長は半年前の魔獣災害で、それを損傷しました。それ以来、魔力を使うたびに身体へ反動が出ていたんです」
「そんな状態で戦ってたのか」
「団長は、誰よりも責任感が強い方ですから」
リーネの声に、尊敬と心配が滲んでいた。
レオンは寝台の上のセリアを見る。
強い人なのだろう。
そして、強いからこそ無理をした。
それはなんとなく分かった。
「……馬鹿だな」
思わず、そんな言葉が漏れた。
ミラが眉を吊り上げる。
「団長を馬鹿って言った!?」
「悪口じゃない。自分の身体を壊してまで戦うなんて、馬鹿だろ」
「それは……そうだけど」
「ちゃんと休めばいいのに」
「休めないから、団長なんじゃない」
ミラの声が小さくなった。
レオンは何も言えなくなる。
責任。
立場。
守らなければならないもの。
そういうものを背負ったことのない自分が、簡単に言える話ではない。
でも。
「じゃあ、休めるようにするしかないな」
レオンはセリアの手を握り直した。
魔力を、少しだけ深く流す。
強引に押し込むのではなく、流れを整えるように。
詰まった水路へ、清らかな水を通すように。
セリアの眉間から力が抜けた。
「……ん……」
吐息が漏れる。
リーネが赤面して視線を逸らした。
ミラが耳まで赤くなる。
エルザだけが真顔で記録を取っている。
「……今の声は治療上必要な反応です」
「エルザ、わざわざ言わないで!」
「記録には重要です」
「記録しないで!」
レオンは無言で天井を見上げた。
この騎士団、大丈夫なのだろうか。
王国最強と聞いた気がするが、別の意味で心配になってきた。
◇
それから半刻ほどして、セリアはようやく目を覚ました。
蒼い瞳がゆっくり開く。
最初に映ったのは、レオンの顔だったらしい。
セリアは数秒、ぼんやりと彼を見つめた。
そして。
「……誰だ、お前は」
「さっき名前を覚えたって言ってただろ」
「私が?」
「ああ」
「……覚えていない」
「まあ、そうだろうな」
レオンが苦笑すると、セリアは自分の状況に気づいた。
寝台。
医務室。
周囲に並ぶ部下たち。
そして、自分が握りしめているレオンの手。
セリアの顔が、みるみる赤くなった。
「なっ……!?」
勢いよく手を離そうとする。
だが、その瞬間、彼女の魔力がびくんと乱れた。
「っ……!」
「動くな」
レオンは反射的にセリアの手を握り直した。
セリアが固まる。
部屋も固まる。
「……お前」
セリアの声が震えた。
「私の手を、なぜ当然のように握っている」
「離すと魔力が乱れるからだ」
「説明が短すぎる!」
さすが団長。
意識が戻ると圧が強い。
ミラが横から口を挟む。
「団長、この人が助けてくれたんです。路地裏で倒れていた団長を」
「路地裏……?」
「魔力暴走寸前でした。レオンさんの魔力譲渡で安定したんです」
リーネが続ける。
セリアはまだ混乱しているようだったが、自分の身体の状態を確認した瞬間、表情が変わった。
「……痛みがない」
彼女は自分の胸元に手を当てた。
「聖痕の灼ける感覚も……ない」
「完全ではありませんが、回復傾向にあります」
エルザが記録を見ながら言う。
「レオンさんの魔力は、団長の聖痕損傷に対して極めて高い修復効果を示しました」
「修復……?」
「はい。ついでに、団長はレオンさんから離れないでと発言しました」
「エルザ!?」
セリアが叫んだ。
顔が真っ赤だった。
「な、なぜそれを報告する!」
「重要な症状なので」
「症状ではない!」
「では本心ですか」
「違う!」
見事な即答だった。
レオンは少し笑ってしまった。
それに気づいたセリアが、鋭く睨む。
「何がおかしい」
「いや。団長さん、思ったより元気そうで安心した」
「……っ」
セリアは言い返そうとして、言葉を止めた。
そして、少しだけ視線を逸らす。
「……助けられたのは、事実らしいな」
「ああ」
「礼を言う。レオン・アルヴァス」
「覚えてるじゃないか」
「部下の説明で聞いた」
「そういうことにしておく」
「含みのある言い方をするな」
セリアはまだ赤い顔で、こほんと咳払いした。
そして騎士団長らしく背筋を伸ばそうとして、途中でふらついた。
「団長!」
リーネが駆け寄る。
レオンも自然に手を支えた。
セリアの肩がびくっと震える。
「す、すまない」
「無理するなって」
「私は団長だ。無様な姿は見せられない」
「もう十分見せてると思うけど」
「レオンさん!?」
リーネが焦る。
ミラも目を剥いた。
「あなた、団長に向かってよくそんなこと言えるわね!」
「いや、事実だろ」
「事実でも言っていいことと悪いことがあるのよ!」
だが、セリアは怒らなかった。
少しだけ目を丸くして、それからふっと息を吐いた。
「……そうだな。確かに、無様だった」
「団長……」
「倒れて、部下に心配をかけ、見知らぬ男に救われた。騎士団長としては失格だ」
「そこまで言ってない」
レオンは即座に返した。
「無理して倒れたのは悪い。でも、誰かを守ろうとして限界を超えたんだろ。だったら、失格ってほどじゃない」
セリアが黙る。
リーネも、ミラも、エルザも、少し驚いたようにレオンを見ていた。
レオンは肩をすくめる。
「俺はさっきまで、役立たずって言われて追い出された身だ。だから偉そうなことは言えないけど」
彼はセリアの手を見た。
細く、綺麗な指。
けれど剣を握る者の硬さがある。
「守ろうとして傷ついた人を、無様とは思わない」
部屋が静かになった。
セリアは、レオンから視線を逸らさなかった。
やがて、小さく呟く。
「……変な男だな」
「よく言われる」
「役立たずと言われたのか」
「ああ」
「見る目のない連中だ」
その一言は、思っていたよりも深くレオンの胸に響いた。
さっきまで酒場で浴びせられた言葉。
無能。
不要。
役立たず。
それらが、少しだけ薄れていく。
「私はセリア・ヴァルフレア。白銀聖騎士団の団長だ」
セリアは、まだレオンの手を握ったまま、静かに言った。
「レオン・アルヴァス。お前に頼みたいことがある」
「何だ?」
「しばらく、私のそばにいてくれ」
「…………」
また、部屋の空気が死んだ。
ミラが口をぱくぱくさせる。
リーネが頬を押さえる。
エルザが無言で記録を再開する。
セリアは数拍遅れて、自分の発言の響きに気づいたらしい。
耳まで真っ赤になった。
「ち、違う! そういう意味ではない! 魔力の話だ!」
「分かってる」
「本当に分かっているのか!?」
「多分」
「その顔は分かっていない顔だ!」
レオンは少し笑った。
追放されたその日に、美少女騎士団長から「そばにいてくれ」と言われる。
人生というものは、時々悪趣味なくらい急に転がる。
ただ、少なくとも。
今度は誰かに必要とされている。
それだけは、確かだった。
◇
同じ頃。
王都西区の安宿で、《黒狼の牙》の面々は明日の魔獣討伐に向けて準備をしていた。
「回復薬は?」
「持ったわよ」
「魔石は?」
「十分ある」
フィオナは面倒くさそうに答えた。
ガルドは上機嫌に剣を磨いている。
「レオンの奴、今頃泣いてるだろうな」
「さあね」
「ま、明日の依頼を成功させりゃ、俺たちがあいつなしでも余裕だって証明できる」
ダインが笑う。
「逆に動きやすくなるんじゃねぇの? あいつ、戦闘中いつも後ろで地味に立ってただけだし」
「違いねぇ」
ガルドたちは笑った。
誰も気づいていなかった。
今まで自分たちが、なぜ長時間戦えていたのか。
なぜ魔力切れ寸前でも魔法を撃てていたのか。
なぜ傷の治りが早かったのか。
なぜ、格上の魔獣相手に無理が利いていたのか。
そのすべてが、もう二度と戻らないことに。




