第1話『役立たずの魔力譲渡士、追放される』
「――だからよ、お前はもういらねぇって言ってんだよ」
湿った酒場の空気の中、その言葉だけが妙にはっきり聞こえた。
レオン・アルヴァスは、テーブル越しに元仲間たちを見つめる。
昼間だというのに酒臭い冒険者ギルド。
依頼帰りの連中が騒ぐ中、彼のパーティーリーダーであるガルドは、露骨に苛立った顔で椅子にふんぞり返っていた。
「聞いてんのか、レオン」
「……聞いてる」
「なら話は早ぇ。今日で追放だ」
周囲が少しざわついた。
冒険者の追放劇なんて珍しくもない。
だが、Sランク昇格目前と言われていた人気パーティー《黒狼の牙》だったから、余計に目立つ。
「お前、何ができる?」
ガルドが鼻で笑う。
「剣は並。魔法も使えねぇ。攻撃もできねぇ。んで、スキルは『魔力譲渡』」
わざとらしく肩をすくめる。
「魔力を他人に渡すだけ。はっ、雑用係にもならねぇ」
周囲からクスクスと笑い声が漏れた。
「いやでも、《魔力譲渡》って支援系だろ?」
「低級だけどな」
「今どき魔力回復薬の方が便利だろ」
そんな声まで聞こえてくる。
レオンは黙った。
反論しても無駄だと分かっていた。
この世界では、“直接戦える力”こそが価値だった。
火を出す。
雷を放つ。
巨大な魔物を叩き斬る。
そういう派手な能力が称賛される。
一方、《魔力譲渡》は地味だった。
自分の魔力を他人へ渡すだけ。
しかも効率が悪く、普通の回復薬でも代用可能と言われている。
だから“外れスキル”。
それが世間の評価だった。
「……今まで、後衛支援はしてきたつもりだけど」
レオンが静かに言うと、ガルドは鼻で笑った。
「支援ぃ?」
隣に座っていた女魔導士フィオナが露骨にため息をつく。
「正直、いてもいなくても変わらなかったわよね」
その言葉が、少しだけ胸に刺さった。
フィオナは最初、レオンに優しかった。
だがパーティーの知名度が上がるにつれ、次第に露骨に見下すようになっていった。
「だいたいさぁ」
前衛の槍使いダインが酒を飲みながら笑う。
「お前が魔力渡してたとか言うけど、別に実感ねぇんだよな」
「そうそう」
「分かる」
軽い調子で頷く仲間たち。
レオンは小さく息を吐いた。
実感がないのは当然だ。
戦闘前。
疲労時。
魔力切れ寸前。
レオンはずっと、誰にも言わず支援を続けていた。
それが当たり前だと思っていたから。
「ま、そういうわけだ」
ガルドが金貨袋を投げる。
「退職金代わりだ。受け取っとけ」
袋は軽かった。
驚くほど軽かった。
三年間。
命を懸けた対価としては、笑えるほどに。
「今日から《黒狼の牙》は四人でやる」
「……そうか」
レオンはそれ以上何も言わず、立ち上がった。
引き留める者はいない。
酒場の空気はもう次の話題へ移っていた。
「次の依頼どうする?」
「王都西の魔獣討伐だろ?」
「楽勝じゃね?」
レオンは背を向けた。
そして、酒場を出た。
◇
王都アストリア。
石畳の大通りを歩きながら、レオンは空を見上げた。
夕暮れだった。
茜色の光が街を染めている。
「……これからどうするかな」
独り言が漏れる。
貯金は少ない。
コネもない。
冒険者として一人でやるには、レオンの能力は弱すぎた。
「はぁ……」
ため息を吐いた、その時だった。
――ドサッ。
路地裏から鈍い音がした。
「?」
レオンは足を止める。
嫌な予感がした。
ゆっくり近づくと、そこには一人の女性が倒れていた。
白銀の鎧。
長い銀髪。
息を呑むほど整った顔立ち。
年齢は二十前後だろうか。
だが、その美しさより先に異常が目についた。
「魔力欠乏……?」
彼女の肌は青白い。
呼吸も浅い。
しかも周囲の魔力が異常に乱れていた。
かなり危険な状態だ。
「おい、大丈夫か!」
レオンが抱き起こす。
すると彼女がかすかに目を開けた。
透き通るような蒼い瞳。
「……だめ……近づかないで……」
「何言ってるんだ」
「魔力が……暴走……」
直後。
ビリッ!!
空気が震えた。
周囲の石畳にヒビが走る。
「っ!?」
レオンは目を見開く。
凄まじい聖属性魔力。
普通の人間なら吹き飛ばされる。
だが。
「……苦しいのか?」
レオンが彼女の背に触れた瞬間。
暴走していた魔力が、一気に静かになった。
「……え?」
銀髪の女性が目を見開く。
レオン自身も驚いていた。
だが身体は自然に動いていた。
まるで水を流すように。
呼吸を合わせるように。
レオンの魔力が、彼女へ流れていく。
「……あ……」
女性の身体が小さく震えた。
「温かい……」
彼女の額がレオンの胸へ寄りかかる。
荒れていた呼吸が少しずつ落ち着いていく。
「すごい……こんなに自然に……」
「無理に喋るな」
「あなた……何者……?」
「ただの《魔力譲渡》持ちだよ」
そう言った瞬間。
女性の目が大きく見開かれた。
「……うそ」
「?」
「そんなはず……ない……」
彼女は震える手で、レオンの服を掴んだ。
「あなたの魔力……普通じゃない……」
その声は、どこか熱を帯びていた。
「身体の奥まで……満たされる……」
「お、おい」
距離が近い。
近すぎる。
銀髪の美少女騎士が、ほとんど抱きつくような体勢になっていた。
柔らかい感触まで当たっている。
「ちょ、ちょっと離れ――」
だが次の瞬間。
彼女の身体から、ふわりと力が抜けた。
完全に気絶したのだ。
「……マジか」
レオンは困った顔をした。
すると遠くから慌ただしい足音が響いてくる。
「団長!!」
「セリア団長!!」
複数の女性の声。
次の瞬間、路地へ飛び込んできたのは、同じ白銀の鎧を纏った少女騎士たちだった。
そして。
彼女たちは一斉に固まった。
「…………」
「…………」
「…………」
無理もない。
路地裏。
美少女騎士団長らしき女性。
それを抱きかかえる黒髪の男。
しかも密着状態。
さらに団長の顔は赤い。
「……え?」
金髪の少女騎士が引きつった声を漏らした。
「だ、団長が……男の人に抱きついてる……?」
紫髪の女騎士も呆然としている。
「ありえない……」
レオンは嫌な予感しかしなかった。
「いや、違う。これは――」
説明しようとした瞬間。
気絶していた銀髪の女性――セリアが、うっすら目を開けた。
そして。
レオンの服をぎゅっと掴んだまま、小さな声で呟く。
「……離れないで……」
「…………」
空気が凍った。
レオンは悟った。
――あ、これ絶対ややこしくなる。




