第16話『聖魔力源の順番待ちと、白銀騎士団の受付窓口』
翌朝、白銀聖騎士団の詰所前には、見慣れない馬車が三台停まっていた。
一台は神殿の紋章つき。
一台は王宮近衛騎士団の紋章つき。
もう一台は、どこかの貴族家のものらしい。車体の側面に、やたら立派な銀の鳥の紋章が描かれていた。
レオンは二階の窓からそれを見下ろし、静かにカーテンを閉めた。
「……見なかったことにしていいか?」
背後で、セリアが即答する。
「駄目だ」
「だよな」
「現実から逃げるな」
「追放された時より現実が重い」
レオンがため息をつくと、隣にいたミラが腕を組んで頷いた。
「昨日、クラウディアの指が動いたって噂、もう広まってるわね」
「早すぎないか?」
「王都の噂は魔獣より速いって言ったでしょ」
「討伐できないやつな」
「しかも増殖する」
ミラが窓の隙間から外を覗く。
そして、顔をしかめた。
「うわ、神殿の馬車から降りてきた人、たぶんシスティナ様よ」
「前に王宮で会った人か」
「神殿治癒院の人ね。聖女候補の療養者がいるって言ってた」
リーネが、手元の資料を確認しながら言った。
「近衛騎士団側はアリア様でしょうか」
その言葉を聞いた瞬間、ミラの眉が跳ねた。
「来たの? あの金髪きらきら高飛車騎士」
「ミラさん、呼び方」
「じゃあ、金髪きらきら近衛騎士」
「高飛車が抜けただけですね」
リーネは困ったように笑う。
エルザはすでに記録板を開いていた。
「本日午前八刻時点で、外部からの面会要請三件。神殿治癒院、近衛騎士団、フォルネ伯爵家。昨日の初回治療成功情報が、少なくとも三系統に伝播したと推測されます」
「フォルネ伯爵家って?」
レオンが聞くと、セリアが答えた。
「王都西部の有力貴族だ。軍馬と騎兵隊の支援で知られる家だな」
「そこにも魔力回路を痛めた人が?」
「おそらくな。あるいは、まず様子見の接触か」
「様子見で馬車出してくるのか」
「貴族はそういう生き物だ」
セリアは淡々としていた。
だが、表情はかなり険しい。
「今日から対応を変える」
「対応?」
「ああ。これ以上、外部から直接お前に接触させるわけにはいかない。白銀聖騎士団内に、正式な受付窓口を置く」
ミラがぱっと顔を上げた。
「出た! 白銀聖騎士団レオン窓口!」
「その名称は採用しない」
セリアが即座に否定する。
「えー、分かりやすいのに」
「分かりやすさより品位を優先する」
エルザが記録板を見ながら言った。
「正式名称案は『特別魔力供給支援調整室』です」
「硬い!」
ミラが叫ぶ。
「言いづらい!」
「王宮文書には適しています」
「絶対みんな裏でレオン窓口って呼ぶわよ」
「その可能性は高いです」
「じゃあもう最初からそれでいいじゃない」
「却下だ」
セリアの声は低かった。
リーネが微笑みながら間に入る。
「では、外向きは『特別魔力支援室』、内部では略して『支援室』くらいにしましょうか」
「それなら妥当だ」
セリアが頷く。
ミラは少し不満そうに唇を尖らせた。
「つまんない」
「窓口名で面白さを求めるな」
レオンは苦笑した。
しかし、笑っていられる状況ではないのも分かっていた。
昨日、クラウディアの右手指先が動いた。
ただそれだけ。
完治ではない。
槍を握れるようになったわけでもない。
だが、二年間動かなかった指が動いた。
その事実だけで、王都の空気は変わる。
苦しんでいる者がいる。
その家族がいる。
彼らは当然、レオンの力に希望を見る。
だが、その希望の全部を、レオン一人が受け止めることはできない。
「レオン」
セリアが呼んだ。
「何だ?」
「今から、三組の使者と会う。ただし、お前は最初から出ない」
「俺抜きで?」
「ああ。まずはこちらで要件を聞き、診療記録や対象者本人の意思確認の有無を確認する。お前に会わせるかどうかは、その後だ」
「分かった」
「不満は?」
「ない。むしろ助かる」
レオンが正直に言うと、セリアの表情が少し和らいだ。
「そうか」
「昨日みたいなのが何件も続いたら、たぶん俺だけじゃ判断できない」
「だから支援室を作る」
「名前は硬いけど頼もしいな」
「硬さは防具だ」
リーネが嬉しそうに頷いた。
「いい言葉ですね」
「リーネが言いそうな言葉だと思った」
「そうですか?」
「うん。言葉と服と立場は鎧、って前にも言ってたし」
リーネは少しだけ目を丸くした。
それから、柔らかく笑う。
「覚えていてくださったんですね」
「大事そうだったから」
リーネの頬がほんのり赤くなる。
ミラがすかさず指を差した。
「出た! 自然に褒めるやつ!」
「今のもか?」
「今のも!」
エルザが記録板に目を落とす。
「記録。レオンさんの自然肯定発言により、リーネの表情反応あり」
「エルザさん」
リーネがにこりと笑った。
「その記録、あとで確認させてくださいね」
「……削除を検討します」
「リーネ、強い」
ミラが小声で言った。
セリアは咳払いする。
「話を戻す。まず神殿、次に近衛、最後に貴族家だ。レオンは隣室で待機。必要があれば呼ぶ」
「隣室?」
「団長室の隣だ」
「また近いな」
「警護上必要だ」
「はいはい、必要必要」
ミラが言う。
セリアはもう反応しなかった。
慣れてきている。
それはそれで、ミラが少しつまらなそうだった。
◇
神殿治癒院のシスティナは、前に王宮で見た時と同じく、穏やかな雰囲気の女性だった。
白衣に淡い金の刺繍。
茶色の髪を後ろでまとめ、声も柔らかい。
だが、団長室に通されるなり、彼女は深く頭を下げた。
「本日は急な訪問となり、申し訳ございません」
「用件は分かっている」
セリアは机越しに座り、落ち着いた声で言った。
レオンは隣室で待機中だ。
団長室にはセリア、リーネ、エルザ。
ミラは廊下側で警戒している。
「聖女候補の件だな」
「はい」
システィナは顔を上げた。
「神殿治癒院には現在、魔力枯渇症により長期療養中の聖女候補が三名おります。そのうち一名、ノエルという少女が、特に重い状態です」
「年齢は?」
「十七歳です」
「本人は、治療を望んでいるのか」
セリアの問いに、システィナは一瞬だけ目を伏せた。
「……そこが、難しいところです」
「難しい?」
「ノエルは、これ以上期待することを拒んでいます。神殿側は治療の可能性を探りたい。しかし本人は、また失望するくらいなら何もしたくないと」
リーネの表情が静かに曇る。
「クラウディア様と似ていますね」
「はい。ただ、ノエルはさらに心を閉ざしています」
セリアは腕を組んだ。
「なら、本人同意がない限り不可だ」
「承知しております」
システィナは即座に頷いた。
「ですから本日は、治療の依頼ではなく、相談です。本人が望む形で、まず説明の機会を設けられないかと」
エルザが記録板に書き込む。
「神殿側、本人同意前提。強制意図は低いと記録します」
「ありがとうございます」
システィナはほっとしたように息を吐いた。
その顔は、本当に患者を案じる治癒師のものだった。
セリアは少し考えてから言った。
「資料を提出してくれ。診療記録、本人への説明経緯、神殿側の同席希望者一覧。治療ではなく面談希望として支援室で受け付ける」
「ありがとうございます」
「ただし、レオン本人に直接会わせるかは、こちらで判断する」
「もちろんです」
システィナは深く頷いた。
「レオン様が一人の患者に希望を与えたことは聞いています。だからこそ、無理にお願いすることはしたくありません」
リーネが静かに微笑んだ。
「その言葉を、支援室の記録に残しておきますね」
「はい」
神殿の要請は、思ったより穏やかだった。
少なくとも表向きは。
◇
次に来たのは、近衛騎士団のアリア・グランフィールだった。
金髪。
碧眼。
背筋の伸びた立ち姿。
近衛騎士団の白い制服が、やたら似合っている。
ミラは彼女が廊下に現れた瞬間、分かりやすく眉を寄せた。
「来たわね、金髪きらきら近衛騎士」
「ごきげんよう、白銀の突撃小動物」
「誰が小動物よ!」
「元気そうで何よりですわ」
「この人、初手から煽ってくる!」
団長室の空気が一気に騒がしくなった。
セリアが低く言う。
「アリア殿。用件を」
「失礼しましたわ」
アリアは優雅に一礼した。
しかし視線は、ちらりと隣室の扉へ向いている。
「レオン様はいらっしゃらないのですか?」
「まずはこちらで要件を聞く」
「厳重ですこと」
「必要だ」
「ええ。今はその意味が分かりますわ」
アリアの声は、前回より少しだけ真面目だった。
「昨日、クラウディア様の右手指先に反応が出たと聞きました」
「噂が早いな」
「近衛騎士団ですもの」
「情報収集と噂話は違う」
「近いものですわ」
ミラが小声で言う。
「開き直った」
アリアは気にせず続ける。
「本日は、近衛騎士団として正式に申請を出す前の相談です。私自身の魔力回路損傷について、いずれレオン様に診ていただく可能性を検討したく」
「本人が目の前にいる分、神殿より話は早いな」
セリアが言う。
アリアは苦笑した。
「そうですわね。私は望んでいます。ただし、無理に割り込むつもりはありません」
ミラが意外そうな顔をした。
「あんたにしては控えめね」
「クラウディア様の件を見て、少し考えましたの」
「何を?」
「私はまだ剣を握れます。痛みはありますが、動けます。ならば、槍を握れなかった彼女や、神殿の療養者より先に割り込む理由はありません」
ミラが言葉に詰まった。
アリアは胸に手を当て、静かに言った。
「ただ、近衛騎士団にも似た者はいます。表に出ないだけで、王宮防衛で傷を負った騎士は少なくありません。私情ではなく、近衛騎士団としていずれ正式な枠を設けていただきたい」
セリアは少しだけ目を細める。
「近衛は順番待ちに入る、という理解でいいか」
「ええ」
アリアはあっさり頷いた。
「ただし、私個人としては、レオン様に一言ご挨拶したい気持ちはありますわ」
「駄目」
ミラが即答した。
セリアより早かった。
アリアが楽しそうに微笑む。
「あら。あなたが決めるのですか?」
「レオンに会うと、あんた絶対握手しようとするでしょ」
「否定はできませんわね」
「ほら!」
ミラが勝ち誇る。
アリアは肩をすくめた。
「以前の反応があまりに印象的でしたので」
「その言い方やめなさい!」
「魔力の話ですわ」
「みんなそれ言う!」
リーネが口元を押さえて笑う。
エルザが記録板に書く。
「近衛騎士団、正式申請予定。アリア個人、レオンさんとの再接触希望あり。ミラ、強く警戒」
「最後いらない!」
「重要です」
アリアは楽しげだったが、最後に少しだけ声を落とした。
「冗談はさておき、セリア団長。彼を守るなら、近衛騎士団にも一定の情報共有をしておくべきです。王宮内で彼を利用しようとする者が出た時、私たちも動けます」
「見返りは?」
「順番待ちに入れていただくこと」
「分かりやすいな」
「貴族社会の遠回しな言葉より、あなたにはこちらの方がよろしいでしょう?」
セリアは少しだけ口元を緩めた。
「嫌いではない」
「光栄ですわ」
ミラがむうっとした顔をする。
「何かアリアが味方っぽくなるの、納得いかない」
「ミラさん、味方は多い方がいいですよ」
リーネが言う。
「分かってるけど!」
近衛の要請もまた、支援室で正式に受けることになった。
◇
最後のフォルネ伯爵家の使者は、二人とは違っていた。
人当たりは柔らかい。
礼儀もある。
だが、言葉の端々に、こちらの出方を探るような気配があった。
「我が家の若君は、騎兵訓練中の事故により魔力循環に不調を抱えております。レオン殿のお力を少しお借りできればと」
使者はそう言った。
セリアが即座に問い返す。
「本人は治療を望んでいるのか」
「もちろんでございます。ご当主様も大変心を痛めておりまして」
「本人は?」
「若君は、家の期待を背負うお方ですので」
「本人は、治療を望んでいるのか」
セリアは同じ質問を繰り返した。
使者の笑みが、少しだけ揺らぐ。
「……確認してまいります」
「診療記録も提出してもらう。本人同意なしでは受け付けない」
「しかし、若君は未成年であり、ご当主様のご意向が――」
「本人同意なしでは受け付けない」
三度目。
部屋の空気が冷えた。
隣室で待機していたレオンにも、その声は聞こえていた。
セリアの声。
硬く、強く、迷いがない。
やがて使者は深く頭を下げた。
「承知いたしました。確認の上、改めて申請いたします」
扉が閉まる。
少しして、セリアたちが隣室へ戻ってきた。
ミラが開口一番に言う。
「あれは嫌」
「同感だ」
セリアも短く答えた。
リーネの表情も硬い。
「本人の意思が見えませんでしたね」
エルザが記録板を確認する。
「フォルネ伯爵家の申請は保留。本人同意と診療記録の提出がない限り、レオンさんへの面会不可」
「助かる」
レオンは本音を言った。
「正直、今のは隣で聞いてるだけでも嫌だった」
セリアがこちらを見る。
「だから、お前を出さなかった」
「正解だった」
「そうだろう」
セリアは少しだけ誇らしげだった。
ミラがすかさず言う。
「団長、今ちょっと褒められて嬉しそう」
「ミラ」
「はい、でも言う価値ありました」
レオンは笑った。
外部からの要請。
その全部が悪いわけではない。
神殿のように慎重な相談もある。
アリアのように、駆け引きをしながらも筋を通す者もいる。
だが、フォルネ伯爵家のように、本人の意思より家の都合を先に出す相手もいる。
だから窓口が必要なのだ。
レオン自身を守るためだけではなく、治療を受ける側の人間も守るために。
「セリア」
「何だ?」
「支援室、必要だな」
「最初からそう言っている」
「名前は硬いけど」
「まだ言うか」
「でも、頼もしい」
セリアは一瞬だけ黙った。
それから、視線を逸らす。
「そうか」
ミラがにやにやする。
「団長、また嬉しそう」
「ミラ」
「今日は何回言っても価値あります」
「その理屈は認めない」
リーネが穏やかに笑い、エルザが「団長反応、本日三回目」と記録した。
「消せ」
「業務記録です」
「どの業務だ」
「支援室運営に関する士気変動」
「もっともらしくするな」
隣室に笑いが広がった。
◇
その日の午後、白銀聖騎士団内に正式な掲示が出された。
『特別魔力支援室設置について』
目的は、王国特別保護対象レオン・アルヴァスへの外部要請の調整。
患者本人の意思確認。
診療記録の精査。
治療時の安全確保。
レオン本人の心身負担管理。
室長はセリア・ヴァルフレア。
副担当はリーネ・クラウディア。
記録管理はエルザ・ノクターン。
護衛兼現場補佐はミラ・フォルテ。
そして、最後にこう書かれていた。
『本人の同意なき魔力供給要請は、受け付けない』
レオンは掲示を見て、しばらく黙っていた。
ミラが隣で腕を組む。
「どう?」
「すごいなと思って」
「何が?」
「俺の力のために、こんな仕組みができるんだなって」
「レオンの力のためだけじゃないわよ」
ミラは真面目な顔で言った。
「レオン自身のため。それと、治してほしい側の人のため」
「……そうだな」
「だから、ちゃんと頼りなさいよ」
「頼ってる」
「もっと」
「これ以上?」
「もっと」
レオンが笑うと、ミラは少し照れたように顔を逸らした。
「頼られるの、嫌じゃないし」
その声は小さかった。
レオンは、あえて軽く返した。
「じゃあ、頼りにしてる」
「またそういうこと言う!」
「言ってほしそうだったから」
「言ってほしくないとは言ってないけど!」
騒ぎを聞きつけて、リーネがやってくる。
「あら、仲良しですね」
「リーネ!」
「本当のことです」
エルザも現れる。
「記録。ミラ、支援室護衛担当としての自覚と、レオンさんへの被信頼欲求が上昇」
「その記録、絶対消して!」
「拒否します」
最後にセリアが来た。
掲示を見て、静かに頷く。
「これで、最低限の形はできた」
「最低限なのか?」
「これから増える。要請も、文書も、面倒事も」
「嫌な予言だな」
「現実だ」
セリアはレオンを見る。
「だが、面倒事は私たちが引き受ける。お前は、相手を見ることに集中しろ」
「今日も同じことを言われた気がする」
「大事なことは何度でも言う」
「分かった」
「本当に?」
「本当に」
セリアは満足げに頷いた。
ミラが小声で言う。
「夫婦みたい」
「ミラ」
「はい、聞こえるように言いました」
「開き直るな」
笑い声が廊下に響いた。
◇
その夜。
神殿治癒院では、システィナが一人の少女の部屋を訪れていた。
白い寝台に座る少女、ノエル。
十七歳。
かつて聖女候補と呼ばれた彼女は、膝の上の手をじっと見つめていた。
「また治療の話?」
ノエルの声は冷たかった。
「治療ではありません。まずは、お話です」
「同じことよ。どうせまた、期待しろって言うんでしょう」
システィナは首を横に振る。
「今回は違います。会うかどうかも、あなたが決めていいそうです」
「……私が?」
ノエルが初めて顔を上げた。
「ええ。レオン様という方は、本人の同意なしでは魔力に触れないと」
ノエルはしばらく黙った。
そして、小さく笑った。
「変な人」
「そうかもしれません」
「聖魔力源なんでしょう? 王国が騒いでいるって、皆言ってる」
「はい」
「なのに、私みたいなのに選ばせるの?」
「そういう方のようです」
ノエルは窓の外を見た。
夜の神殿庭園に、白い花が揺れている。
「……会うだけなら」
システィナは静かに微笑んだ。
「はい」
「でも、期待はしない」
「それでいいと思います」
ノエルは少しだけ目を伏せた。
「本当に、期待しなくていいの?」
「はい。会って、嫌ならそれで終わりです」
その言葉に、ノエルの指がかすかに動いた。
「じゃあ……少しだけ」
小さな声だった。
だが、閉ざされた扉がほんの少し開く音でもあった。
◇
同じ頃、近衛騎士団の訓練場では、アリア・グランフィールが剣を振っていた。
一閃。
二閃。
三閃。
美しい剣筋。
だが、四度目の踏み込みで、彼女の眉がわずかに歪む。
胸の奥に走る鈍い痛み。
誰にも見せないように剣を止める。
「……まだ、動けますわ」
自分に言い聞かせるように呟く。
そこへ副官が近づいてきた。
「アリア様、白銀聖騎士団より返答が」
「どうでした?」
「近衛騎士団からの申請は、支援室で正式受付。順番待ち扱いとなります」
「順番待ち」
アリアは少し笑った。
「いいですわ。白銀らしい」
「不満では?」
「不満はあります。ですが、筋は通っています」
彼女は剣を鞘へ収めた。
「それに、割り込みは美しくありませんもの」
そう言いながらも、胸元に手を当てる。
あの握手の時に流れた温かさを、まだ覚えている。
「レオン様、ですか」
アリアは小さく呟いた。
「本当に、厄介な方ですわね」
◇
そして、白銀聖騎士団の詰所。
レオンは自室で、今日届いた申請一覧を見ていた。
神殿治癒院。
近衛騎士団。
フォルネ伯爵家。
さらに夕方には、別の小貴族家から問い合わせが二件。
まだ正式ではないが、噂は広がっている。
「……すごいことになってきたな」
レオンが呟くと、壁の向こうからセリアの声がした。
「起きているのか」
「起きてる」
「寝ろ」
「隣室から命令が飛んできた」
「明日も忙しい」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
少し間が空いた。
それから、セリアが言った。
「今日、よく耐えたな」
「俺はほとんど隣室にいただけだ」
「それでもだ。自分が出ればすぐ済むと思った場面もあっただろう」
「……あった」
特に神殿の話。
ノエルという聖女候補の話を聞いた時、直接話してみたいと思った。
でも、それをすぐ実行しなかった。
支援室を通す。
手順を守る。
それはたぶん、今日一番大事なことだった。
「耐えることも、必要な力だ」
セリアは壁越しに言った。
「お前の魔力と同じくらいな」
「重いな」
「事実だ」
「ありがとう」
「……礼を言われることではない」
「言いたかったから」
壁の向こうで、セリアが少し黙った。
たぶん、照れている。
レオンはそれを想像して少し笑った。
「何を笑っている」
「分かるのか?」
「何となくだ」
「すごいな」
「お前ほどではない」
壁一枚越しに、二人は小さく笑った。
外部からの要請は、これから増える。
神殿も、近衛も、貴族も、レオンの力を求め始めている。
それはきっと、喜ばしいことばかりではない。
だが、白銀聖騎士団には新しい部屋ができた。
特別魔力支援室。
少し硬い名前の、レオンを守るための盾。
そして同時に、彼の魔力を本当に必要とする誰かへ、正しく届けるための門。
役立たずと呼ばれた力は、もう誰かに雑に使われるものではない。
誰に渡すか。
どう渡すか。
どこで止めるか。
そのすべてを、仲間たちと決めていく。
レオンは申請一覧を閉じ、灯りを落とした。
明日もきっと、面倒事が来る。
でも、隣にはセリアがいる。
廊下には白銀聖騎士団の仲間がいる。
そう思うと、不思議と眠れそうだった。




