表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『役立たずと追放された「魔力譲渡」スキルの俺、実は美少女騎士団の「聖魔力源」だった件』  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/46

第16話『聖魔力源の順番待ちと、白銀騎士団の受付窓口』

 翌朝、白銀聖騎士団の詰所前には、見慣れない馬車が三台停まっていた。


 一台は神殿の紋章つき。


 一台は王宮近衛騎士団の紋章つき。


 もう一台は、どこかの貴族家のものらしい。車体の側面に、やたら立派な銀の鳥の紋章が描かれていた。


 レオンは二階の窓からそれを見下ろし、静かにカーテンを閉めた。


「……見なかったことにしていいか?」


 背後で、セリアが即答する。


「駄目だ」


「だよな」


「現実から逃げるな」


「追放された時より現実が重い」


 レオンがため息をつくと、隣にいたミラが腕を組んで頷いた。


「昨日、クラウディアの指が動いたって噂、もう広まってるわね」


「早すぎないか?」


「王都の噂は魔獣より速いって言ったでしょ」


「討伐できないやつな」


「しかも増殖する」


 ミラが窓の隙間から外を覗く。


 そして、顔をしかめた。


「うわ、神殿の馬車から降りてきた人、たぶんシスティナ様よ」


「前に王宮で会った人か」


「神殿治癒院の人ね。聖女候補の療養者がいるって言ってた」


 リーネが、手元の資料を確認しながら言った。


「近衛騎士団側はアリア様でしょうか」


 その言葉を聞いた瞬間、ミラの眉が跳ねた。


「来たの? あの金髪きらきら高飛車騎士」


「ミラさん、呼び方」


「じゃあ、金髪きらきら近衛騎士」


「高飛車が抜けただけですね」


 リーネは困ったように笑う。


 エルザはすでに記録板を開いていた。


「本日午前八刻時点で、外部からの面会要請三件。神殿治癒院、近衛騎士団、フォルネ伯爵家。昨日の初回治療成功情報が、少なくとも三系統に伝播したと推測されます」


「フォルネ伯爵家って?」


 レオンが聞くと、セリアが答えた。


「王都西部の有力貴族だ。軍馬と騎兵隊の支援で知られる家だな」


「そこにも魔力回路を痛めた人が?」


「おそらくな。あるいは、まず様子見の接触か」


「様子見で馬車出してくるのか」


「貴族はそういう生き物だ」


 セリアは淡々としていた。


 だが、表情はかなり険しい。


「今日から対応を変える」


「対応?」


「ああ。これ以上、外部から直接お前に接触させるわけにはいかない。白銀聖騎士団内に、正式な受付窓口を置く」


 ミラがぱっと顔を上げた。


「出た! 白銀聖騎士団レオン窓口!」


「その名称は採用しない」


 セリアが即座に否定する。


「えー、分かりやすいのに」


「分かりやすさより品位を優先する」


 エルザが記録板を見ながら言った。


「正式名称案は『特別魔力供給支援調整室』です」


「硬い!」


 ミラが叫ぶ。


「言いづらい!」


「王宮文書には適しています」


「絶対みんな裏でレオン窓口って呼ぶわよ」


「その可能性は高いです」


「じゃあもう最初からそれでいいじゃない」


「却下だ」


 セリアの声は低かった。


 リーネが微笑みながら間に入る。


「では、外向きは『特別魔力支援室』、内部では略して『支援室』くらいにしましょうか」


「それなら妥当だ」


 セリアが頷く。


 ミラは少し不満そうに唇を尖らせた。


「つまんない」


「窓口名で面白さを求めるな」


 レオンは苦笑した。


 しかし、笑っていられる状況ではないのも分かっていた。


 昨日、クラウディアの右手指先が動いた。


 ただそれだけ。


 完治ではない。

 槍を握れるようになったわけでもない。


 だが、二年間動かなかった指が動いた。


 その事実だけで、王都の空気は変わる。


 苦しんでいる者がいる。

 その家族がいる。

 彼らは当然、レオンの力に希望を見る。


 だが、その希望の全部を、レオン一人が受け止めることはできない。


「レオン」


 セリアが呼んだ。


「何だ?」


「今から、三組の使者と会う。ただし、お前は最初から出ない」


「俺抜きで?」


「ああ。まずはこちらで要件を聞き、診療記録や対象者本人の意思確認の有無を確認する。お前に会わせるかどうかは、その後だ」


「分かった」


「不満は?」


「ない。むしろ助かる」


 レオンが正直に言うと、セリアの表情が少し和らいだ。


「そうか」


「昨日みたいなのが何件も続いたら、たぶん俺だけじゃ判断できない」


「だから支援室を作る」


「名前は硬いけど頼もしいな」


「硬さは防具だ」


 リーネが嬉しそうに頷いた。


「いい言葉ですね」


「リーネが言いそうな言葉だと思った」


「そうですか?」


「うん。言葉と服と立場は鎧、って前にも言ってたし」


 リーネは少しだけ目を丸くした。


 それから、柔らかく笑う。


「覚えていてくださったんですね」


「大事そうだったから」


 リーネの頬がほんのり赤くなる。


 ミラがすかさず指を差した。


「出た! 自然に褒めるやつ!」


「今のもか?」


「今のも!」


 エルザが記録板に目を落とす。


「記録。レオンさんの自然肯定発言により、リーネの表情反応あり」


「エルザさん」


 リーネがにこりと笑った。


「その記録、あとで確認させてくださいね」


「……削除を検討します」


「リーネ、強い」


 ミラが小声で言った。


 セリアは咳払いする。


「話を戻す。まず神殿、次に近衛、最後に貴族家だ。レオンは隣室で待機。必要があれば呼ぶ」


「隣室?」


「団長室の隣だ」


「また近いな」


「警護上必要だ」


「はいはい、必要必要」


 ミラが言う。


 セリアはもう反応しなかった。


 慣れてきている。


 それはそれで、ミラが少しつまらなそうだった。


    ◇


 神殿治癒院のシスティナは、前に王宮で見た時と同じく、穏やかな雰囲気の女性だった。


 白衣に淡い金の刺繍。

 茶色の髪を後ろでまとめ、声も柔らかい。


 だが、団長室に通されるなり、彼女は深く頭を下げた。


「本日は急な訪問となり、申し訳ございません」


「用件は分かっている」


 セリアは机越しに座り、落ち着いた声で言った。


 レオンは隣室で待機中だ。


 団長室にはセリア、リーネ、エルザ。

 ミラは廊下側で警戒している。


「聖女候補の件だな」


「はい」


 システィナは顔を上げた。


「神殿治癒院には現在、魔力枯渇症により長期療養中の聖女候補が三名おります。そのうち一名、ノエルという少女が、特に重い状態です」


「年齢は?」


「十七歳です」


「本人は、治療を望んでいるのか」


 セリアの問いに、システィナは一瞬だけ目を伏せた。


「……そこが、難しいところです」


「難しい?」


「ノエルは、これ以上期待することを拒んでいます。神殿側は治療の可能性を探りたい。しかし本人は、また失望するくらいなら何もしたくないと」


 リーネの表情が静かに曇る。


「クラウディア様と似ていますね」


「はい。ただ、ノエルはさらに心を閉ざしています」


 セリアは腕を組んだ。


「なら、本人同意がない限り不可だ」


「承知しております」


 システィナは即座に頷いた。


「ですから本日は、治療の依頼ではなく、相談です。本人が望む形で、まず説明の機会を設けられないかと」


 エルザが記録板に書き込む。


「神殿側、本人同意前提。強制意図は低いと記録します」


「ありがとうございます」


 システィナはほっとしたように息を吐いた。


 その顔は、本当に患者を案じる治癒師のものだった。


 セリアは少し考えてから言った。


「資料を提出してくれ。診療記録、本人への説明経緯、神殿側の同席希望者一覧。治療ではなく面談希望として支援室で受け付ける」


「ありがとうございます」


「ただし、レオン本人に直接会わせるかは、こちらで判断する」


「もちろんです」


 システィナは深く頷いた。


「レオン様が一人の患者に希望を与えたことは聞いています。だからこそ、無理にお願いすることはしたくありません」


 リーネが静かに微笑んだ。


「その言葉を、支援室の記録に残しておきますね」


「はい」


 神殿の要請は、思ったより穏やかだった。


 少なくとも表向きは。


    ◇


 次に来たのは、近衛騎士団のアリア・グランフィールだった。


 金髪。

 碧眼。

 背筋の伸びた立ち姿。

 近衛騎士団の白い制服が、やたら似合っている。


 ミラは彼女が廊下に現れた瞬間、分かりやすく眉を寄せた。


「来たわね、金髪きらきら近衛騎士」


「ごきげんよう、白銀の突撃小動物」


「誰が小動物よ!」


「元気そうで何よりですわ」


「この人、初手から煽ってくる!」


 団長室の空気が一気に騒がしくなった。


 セリアが低く言う。


「アリア殿。用件を」


「失礼しましたわ」


 アリアは優雅に一礼した。


 しかし視線は、ちらりと隣室の扉へ向いている。


「レオン様はいらっしゃらないのですか?」


「まずはこちらで要件を聞く」


「厳重ですこと」


「必要だ」


「ええ。今はその意味が分かりますわ」


 アリアの声は、前回より少しだけ真面目だった。


「昨日、クラウディア様の右手指先に反応が出たと聞きました」


「噂が早いな」


「近衛騎士団ですもの」


「情報収集と噂話は違う」


「近いものですわ」


 ミラが小声で言う。


「開き直った」


 アリアは気にせず続ける。


「本日は、近衛騎士団として正式に申請を出す前の相談です。私自身の魔力回路損傷について、いずれレオン様に診ていただく可能性を検討したく」


「本人が目の前にいる分、神殿より話は早いな」


 セリアが言う。


 アリアは苦笑した。


「そうですわね。私は望んでいます。ただし、無理に割り込むつもりはありません」


 ミラが意外そうな顔をした。


「あんたにしては控えめね」


「クラウディア様の件を見て、少し考えましたの」


「何を?」


「私はまだ剣を握れます。痛みはありますが、動けます。ならば、槍を握れなかった彼女や、神殿の療養者より先に割り込む理由はありません」


 ミラが言葉に詰まった。


 アリアは胸に手を当て、静かに言った。


「ただ、近衛騎士団にも似た者はいます。表に出ないだけで、王宮防衛で傷を負った騎士は少なくありません。私情ではなく、近衛騎士団としていずれ正式な枠を設けていただきたい」


 セリアは少しだけ目を細める。


「近衛は順番待ちに入る、という理解でいいか」


「ええ」


 アリアはあっさり頷いた。


「ただし、私個人としては、レオン様に一言ご挨拶したい気持ちはありますわ」


「駄目」


 ミラが即答した。


 セリアより早かった。


 アリアが楽しそうに微笑む。


「あら。あなたが決めるのですか?」


「レオンに会うと、あんた絶対握手しようとするでしょ」


「否定はできませんわね」


「ほら!」


 ミラが勝ち誇る。


 アリアは肩をすくめた。


「以前の反応があまりに印象的でしたので」


「その言い方やめなさい!」


「魔力の話ですわ」


「みんなそれ言う!」


 リーネが口元を押さえて笑う。


 エルザが記録板に書く。


「近衛騎士団、正式申請予定。アリア個人、レオンさんとの再接触希望あり。ミラ、強く警戒」


「最後いらない!」


「重要です」


 アリアは楽しげだったが、最後に少しだけ声を落とした。


「冗談はさておき、セリア団長。彼を守るなら、近衛騎士団にも一定の情報共有をしておくべきです。王宮内で彼を利用しようとする者が出た時、私たちも動けます」


「見返りは?」


「順番待ちに入れていただくこと」


「分かりやすいな」


「貴族社会の遠回しな言葉より、あなたにはこちらの方がよろしいでしょう?」


 セリアは少しだけ口元を緩めた。


「嫌いではない」


「光栄ですわ」


 ミラがむうっとした顔をする。


「何かアリアが味方っぽくなるの、納得いかない」


「ミラさん、味方は多い方がいいですよ」


 リーネが言う。


「分かってるけど!」


 近衛の要請もまた、支援室で正式に受けることになった。


    ◇


 最後のフォルネ伯爵家の使者は、二人とは違っていた。


 人当たりは柔らかい。


 礼儀もある。


 だが、言葉の端々に、こちらの出方を探るような気配があった。


「我が家の若君は、騎兵訓練中の事故により魔力循環に不調を抱えております。レオン殿のお力を少しお借りできればと」


 使者はそう言った。


 セリアが即座に問い返す。


「本人は治療を望んでいるのか」


「もちろんでございます。ご当主様も大変心を痛めておりまして」


「本人は?」


「若君は、家の期待を背負うお方ですので」


「本人は、治療を望んでいるのか」


 セリアは同じ質問を繰り返した。


 使者の笑みが、少しだけ揺らぐ。


「……確認してまいります」


「診療記録も提出してもらう。本人同意なしでは受け付けない」


「しかし、若君は未成年であり、ご当主様のご意向が――」


「本人同意なしでは受け付けない」


 三度目。


 部屋の空気が冷えた。


 隣室で待機していたレオンにも、その声は聞こえていた。


 セリアの声。


 硬く、強く、迷いがない。


 やがて使者は深く頭を下げた。


「承知いたしました。確認の上、改めて申請いたします」


 扉が閉まる。


 少しして、セリアたちが隣室へ戻ってきた。


 ミラが開口一番に言う。


「あれは嫌」


「同感だ」


 セリアも短く答えた。


 リーネの表情も硬い。


「本人の意思が見えませんでしたね」


 エルザが記録板を確認する。


「フォルネ伯爵家の申請は保留。本人同意と診療記録の提出がない限り、レオンさんへの面会不可」


「助かる」


 レオンは本音を言った。


「正直、今のは隣で聞いてるだけでも嫌だった」


 セリアがこちらを見る。


「だから、お前を出さなかった」


「正解だった」


「そうだろう」


 セリアは少しだけ誇らしげだった。


 ミラがすかさず言う。


「団長、今ちょっと褒められて嬉しそう」


「ミラ」


「はい、でも言う価値ありました」


 レオンは笑った。


 外部からの要請。


 その全部が悪いわけではない。


 神殿のように慎重な相談もある。

 アリアのように、駆け引きをしながらも筋を通す者もいる。

 だが、フォルネ伯爵家のように、本人の意思より家の都合を先に出す相手もいる。


 だから窓口が必要なのだ。


 レオン自身を守るためだけではなく、治療を受ける側の人間も守るために。


「セリア」


「何だ?」


「支援室、必要だな」


「最初からそう言っている」


「名前は硬いけど」


「まだ言うか」


「でも、頼もしい」


 セリアは一瞬だけ黙った。


 それから、視線を逸らす。


「そうか」


 ミラがにやにやする。


「団長、また嬉しそう」


「ミラ」


「今日は何回言っても価値あります」


「その理屈は認めない」


 リーネが穏やかに笑い、エルザが「団長反応、本日三回目」と記録した。


「消せ」


「業務記録です」


「どの業務だ」


「支援室運営に関する士気変動」


「もっともらしくするな」


 隣室に笑いが広がった。


    ◇


 その日の午後、白銀聖騎士団内に正式な掲示が出された。


『特別魔力支援室設置について』


 目的は、王国特別保護対象レオン・アルヴァスへの外部要請の調整。

 患者本人の意思確認。

 診療記録の精査。

 治療時の安全確保。

 レオン本人の心身負担管理。


 室長はセリア・ヴァルフレア。


 副担当はリーネ・クラウディア。


 記録管理はエルザ・ノクターン。


 護衛兼現場補佐はミラ・フォルテ。


 そして、最後にこう書かれていた。


『本人の同意なき魔力供給要請は、受け付けない』


 レオンは掲示を見て、しばらく黙っていた。


 ミラが隣で腕を組む。


「どう?」


「すごいなと思って」


「何が?」


「俺の力のために、こんな仕組みができるんだなって」


「レオンの力のためだけじゃないわよ」


 ミラは真面目な顔で言った。


「レオン自身のため。それと、治してほしい側の人のため」


「……そうだな」


「だから、ちゃんと頼りなさいよ」


「頼ってる」


「もっと」


「これ以上?」


「もっと」


 レオンが笑うと、ミラは少し照れたように顔を逸らした。


「頼られるの、嫌じゃないし」


 その声は小さかった。


 レオンは、あえて軽く返した。


「じゃあ、頼りにしてる」


「またそういうこと言う!」


「言ってほしそうだったから」


「言ってほしくないとは言ってないけど!」


 騒ぎを聞きつけて、リーネがやってくる。


「あら、仲良しですね」


「リーネ!」


「本当のことです」


 エルザも現れる。


「記録。ミラ、支援室護衛担当としての自覚と、レオンさんへの被信頼欲求が上昇」


「その記録、絶対消して!」


「拒否します」


 最後にセリアが来た。


 掲示を見て、静かに頷く。


「これで、最低限の形はできた」


「最低限なのか?」


「これから増える。要請も、文書も、面倒事も」


「嫌な予言だな」


「現実だ」


 セリアはレオンを見る。


「だが、面倒事は私たちが引き受ける。お前は、相手を見ることに集中しろ」


「今日も同じことを言われた気がする」


「大事なことは何度でも言う」


「分かった」


「本当に?」


「本当に」


 セリアは満足げに頷いた。


 ミラが小声で言う。


「夫婦みたい」


「ミラ」


「はい、聞こえるように言いました」


「開き直るな」


 笑い声が廊下に響いた。


    ◇


 その夜。


 神殿治癒院では、システィナが一人の少女の部屋を訪れていた。


 白い寝台に座る少女、ノエル。


 十七歳。


 かつて聖女候補と呼ばれた彼女は、膝の上の手をじっと見つめていた。


「また治療の話?」


 ノエルの声は冷たかった。


「治療ではありません。まずは、お話です」


「同じことよ。どうせまた、期待しろって言うんでしょう」


 システィナは首を横に振る。


「今回は違います。会うかどうかも、あなたが決めていいそうです」


「……私が?」


 ノエルが初めて顔を上げた。


「ええ。レオン様という方は、本人の同意なしでは魔力に触れないと」


 ノエルはしばらく黙った。


 そして、小さく笑った。


「変な人」


「そうかもしれません」


「聖魔力源なんでしょう? 王国が騒いでいるって、皆言ってる」


「はい」


「なのに、私みたいなのに選ばせるの?」


「そういう方のようです」


 ノエルは窓の外を見た。


 夜の神殿庭園に、白い花が揺れている。


「……会うだけなら」


 システィナは静かに微笑んだ。


「はい」


「でも、期待はしない」


「それでいいと思います」


 ノエルは少しだけ目を伏せた。


「本当に、期待しなくていいの?」


「はい。会って、嫌ならそれで終わりです」


 その言葉に、ノエルの指がかすかに動いた。


「じゃあ……少しだけ」


 小さな声だった。


 だが、閉ざされた扉がほんの少し開く音でもあった。


    ◇


 同じ頃、近衛騎士団の訓練場では、アリア・グランフィールが剣を振っていた。


 一閃。

 二閃。

 三閃。


 美しい剣筋。


 だが、四度目の踏み込みで、彼女の眉がわずかに歪む。


 胸の奥に走る鈍い痛み。


 誰にも見せないように剣を止める。


「……まだ、動けますわ」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 そこへ副官が近づいてきた。


「アリア様、白銀聖騎士団より返答が」


「どうでした?」


「近衛騎士団からの申請は、支援室で正式受付。順番待ち扱いとなります」


「順番待ち」


 アリアは少し笑った。


「いいですわ。白銀らしい」


「不満では?」


「不満はあります。ですが、筋は通っています」


 彼女は剣を鞘へ収めた。


「それに、割り込みは美しくありませんもの」


 そう言いながらも、胸元に手を当てる。


 あの握手の時に流れた温かさを、まだ覚えている。


「レオン様、ですか」


 アリアは小さく呟いた。


「本当に、厄介な方ですわね」


    ◇


 そして、白銀聖騎士団の詰所。


 レオンは自室で、今日届いた申請一覧を見ていた。


 神殿治癒院。

 近衛騎士団。

 フォルネ伯爵家。


 さらに夕方には、別の小貴族家から問い合わせが二件。


 まだ正式ではないが、噂は広がっている。


「……すごいことになってきたな」


 レオンが呟くと、壁の向こうからセリアの声がした。


「起きているのか」


「起きてる」


「寝ろ」


「隣室から命令が飛んできた」


「明日も忙しい」


「分かってる」


「本当に?」


「本当に」


 少し間が空いた。


 それから、セリアが言った。


「今日、よく耐えたな」


「俺はほとんど隣室にいただけだ」


「それでもだ。自分が出ればすぐ済むと思った場面もあっただろう」


「……あった」


 特に神殿の話。


 ノエルという聖女候補の話を聞いた時、直接話してみたいと思った。


 でも、それをすぐ実行しなかった。


 支援室を通す。


 手順を守る。


 それはたぶん、今日一番大事なことだった。


「耐えることも、必要な力だ」


 セリアは壁越しに言った。


「お前の魔力と同じくらいな」


「重いな」


「事実だ」


「ありがとう」


「……礼を言われることではない」


「言いたかったから」


 壁の向こうで、セリアが少し黙った。


 たぶん、照れている。


 レオンはそれを想像して少し笑った。


「何を笑っている」


「分かるのか?」


「何となくだ」


「すごいな」


「お前ほどではない」


 壁一枚越しに、二人は小さく笑った。


 外部からの要請は、これから増える。


 神殿も、近衛も、貴族も、レオンの力を求め始めている。


 それはきっと、喜ばしいことばかりではない。


 だが、白銀聖騎士団には新しい部屋ができた。


 特別魔力支援室。


 少し硬い名前の、レオンを守るための盾。


 そして同時に、彼の魔力を本当に必要とする誰かへ、正しく届けるための門。


 役立たずと呼ばれた力は、もう誰かに雑に使われるものではない。


 誰に渡すか。


 どう渡すか。


 どこで止めるか。


 そのすべてを、仲間たちと決めていく。


 レオンは申請一覧を閉じ、灯りを落とした。


 明日もきっと、面倒事が来る。


 でも、隣にはセリアがいる。


 廊下には白銀聖騎士団の仲間がいる。


 そう思うと、不思議と眠れそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ