表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/28

第27話 赤い中枢で聖女にほどかれたので、敵の技師が初めて一歩下がった

赤い中枢の奥で、ゼルギオが杖を構えた。


今度は、ただ観察しているだけではなかった。


杖の先から、赤い線が束になって伸びる。


旧式の残骸を操る線ではない。


中枢そのものを動かす線だ。


「観察段階を終了する」


ゼルギオは言った。


「中枢防衛へ移行」


「ようやく自分で動くのか」


「必要になった」


「それはいい報告だ」


俺は削れた腕を上げた。


「お前が困っているってことだからな」


ゼルギオの目が細くなる。


赤い線が、槍のように伸びた。


俺は前に出る。


リリアは白い光を構える。


ドルムは医療鞄を抱え直し、俺たちの間に立つ位置を探した。


待機ではない。


後ろでもない。


完全な前でもない。


自分で選んだ場所。


「ここにいる」


ドルムが言った。


中枢の赤い光が、大きく揺れた。


俺は赤い槍を受け止めた。


腕に絡む。


肩に絡む。


そして、胸の核へ向かって伸びる。


まずい。


これは外側の拘束だけではない。


中枢の赤い命令が、俺の核の隙間へ指を入れてくる。


体が止まった。


「ガルムさん!」


リリアが駆け寄る。


「来るな」


言ったつもりだった。


だが、声が出なかった。


リリアの手が、俺の胸に触れた。


最初に会った日、俺の汚れを拭いた手だ。


今度は布ではない。


白い光だった。


「ほどきます」


声が近い。


「深く……入るな」


今度は、どうにか声が出た。


「はい。深くは入りません」


リリアの光が、赤い命令の端を探す。


俺の核が、嫌な音を立てた。


痛い、とは違う。


だが、気分はかなり悪い。


「鍵も、使えば傷むんです」


リリアが小さく言った。


「だから、壁も少しは大人しくしてください」


「壁に説教するな」


「します」


白い光が、赤い残滓をほどいた。


胸の奥に絡んでいた赤い指が、一本ずつ外れていく。


リリアの白い光が、細く乱れる。


ドルムがリリアの袖を掴む。


だが、止めない。


強く引き戻しはしない。


今は、支えている。


「リリア」


俺は言った。


「もういい」


「まだです」


「よくない」


「ガルムさんが止まる方が、よくありません」


そう言って、リリアは最後の赤い線をほどいた。


体が戻る。


重かった腕が、自分のものになる。


胸の核が、ごん、と鳴った。


照れではない。


たぶん、復旧音だ。


いや、今は何でもいい。


俺は動ける。


「助かった」


俺は言った。


リリアが少しだけ目を見開いた。


「今、素直に言いましたね」


「今は非常時だ」


「はい」


ドルムの核が青く揺れた。


たぶん、聞いていた。


聞いていていい。


ゼルギオが杖を振る。


赤い槍がさらに増える。


だが、さっきまでとは違う。


俺の核からほどけた赤。


ドルムの青。


リリアの白。


三つの光が、中枢の壁に別々の線を作っている。


赤い命令の流れが、乱れている。


「リリア」


「はい」


「ほどけ」


「はい」


「ドルム」


「ここにいる」


返事になっているようで、なっていない。


だが、今はそれが一番の返事だった。


俺は赤い槍を押し返し、中枢の奥へ踏み込んだ。


ゼルギオが初めて、自分の足で一歩下がった。


それを見て、俺の核が少しだけ鳴った。


今度は、別の音だ。


「中枢連結、乱れ」


ゼルギオの声が硬くなる。


「原因は理解した。補助機の自己位置宣言と、聖女の浄化の相乗。旧式ガルムの核反応が媒介している」


「理解できたなら止まれ」


「再現性は低い」


「再現するな」


赤い槍がまた来る。


俺は腕で受ける。


今度は、ただ受けない。


槍をつかみ、引く。


赤い線の束がこちらへ寄る。


中枢の奥にある赤い結び目が、少しだけ露出した。


リリアの白い光がそこへ伸びる。


ドルムの青が、白い光の道を支える。


ドルムはもう、何も言わなかった。


ただ、青い核をまっすぐ灯していた。


中枢の赤い結び目が、はっきり歪む。


「そこだ!」


俺は赤い線を引きちぎる。


リリアの白が、結び目に触れる。


深く刺すのではない。


絡んだ糸を、ほどく。


ドルムの青が、ほどけた道を押し広げる。


赤い命令が、ばらばらにほどけていく。


待機。


排除。


再起動。


服従。


廃棄。


嫌な言葉が、壁から剥がれて消える。


術式装置が、はじめて悲鳴みたいな音を立てた。


「中枢連結、崩壊」


ゼルギオの声から、余裕が消えた。


胸元の管理タグが一つ、ぱきりと割れる。


核片だったものが床に落ちた。


ゼルギオはそれを見た。


初めて、顔から温度が抜けた。


「今回の観察は、ここまでとする」


「逃げるのか」


「保存だ」


「……最後まで気持ち悪い言い方だな」


ゼルギオの足元に、赤黒い術式円が開く。


リリアが一歩前に出た。


「待ってください」


「待つ理由がない」


ゼルギオは割れた管理タグを拾わなかった。


「旧式ガルム。聖女リリア。補助機ドルム。記録を更新する」


「次を当然みたいに残すな」


赤黒い光が濃くなる。


「ゼルギオ!」


俺は踏み込んだ。


だが、足元の中枢が崩れた。


一瞬、床が抜ける。


ゼルギオの姿が赤黒い光の向こうへ消える。


最後に、割れた管理タグだけが床に残った。


拾う気にはならなかった。


拾うと、こいつの在庫票を引き継ぐみたいで嫌だ。


術式装置が崩れ始めた。


壁が剥がれる。


床が割れる。


天井から赤い文字が落ちる。


赤い文字だけではない。


壁を作っていた古い装甲板が、一枚ずつ剥がれて落ちた。


核の欠片。


術式杭。


番号札。


赤い線で無理やりつなぎ合わされていたものが、つなぎ目からほどけていく。


通路の形をしていたものが、ただの残骸に戻っていく。


壊れる音ではなかった。


長く握り続けた手を、ようやく開いたような音だった。


リリアがふらついた。


ドルムが袖を引く。


俺は二人の前に出た。


崩れる赤い壁を腕で受ける。


腕はさっき削れたばかりだ。


だが、まだついている。


使う。


「出口は!」


リリアが叫ぶ。


「知らん!」


「ガルムさん!」


「今探してる!」


崩れる通路の中で、出口になりそうな場所はどこにもなかった。


赤い壁。


赤い床。


赤い天井。


どこを見ても、剥がれ落ちる赤ばかりだ。


俺はリリアとドルムを背中に庇いながら、崩れる方向と崩れない方向を見分けた。


労働者の勘だ。


魔王軍で、崩れる足場の上を何度も歩かされた。


その経験が、初めて役に立った。


役に立ってほしくない経験だった。


赤い壁が剥がれた奥に、青い光が見えた。


赤ではない。


青い脈動。


地脈だ。


あの地下で灯った青とは違う。


もっと古く、もっと深い光。


守護兵を生んだ古い力。


その出口が、術式装置の奥に隠れていた。


「ガルムさん、あれは」


「見たくないものだ」


「でも」


「分かってる。見るしかない」


青い脈動の向こうで、黒い光が一瞬だけ揺れた。


ほんの一瞬。


だが、確かにあった。


赤ではない。


青でもない。


黒い光。


俺は何も言わなかった。


言葉にすると、そいつがこちらを向く気がしたからだ。


同時に、遠くで何かが揺れた気がした。


倉庫だ。


二十七号。


見えるはずはない。


だが、中枢の赤い糸が切れた瞬間、あの核が青く震えた気がした。


完全に青くなったわけではない。


でも、赤だけではなくなった。


「二十七号さん」


リリアがつぶやいた。


「まだ、います」


「そうだな」


俺は青い地脈の出口を見た。


崩れた中枢。


逃げたゼルギオ。


消えたヴァルザ。


残った黒い光。


そして、遠くで青く揺れた二十七号。


終わった。


とは、とても言えない。


「……まだ終わってないな」


俺は言った。


リリアがうなずく。


ドルムは、医療鞄を抱え直した。


その核は、青いまま揺れなかった。


俺は崩れた中枢の奥。


青い地脈の出口へ向かって、足を踏み出した。


休憩室どころか、職場が地下まで広がった。


労働環境としては最低だ。


だが、そこへ行けば、二十七号に届く気がした。


名前ではない。


まだ名前ではない。


そのはずの何かに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ