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第24話 雨宿りの翌日に旧式ゴーレムが一斉起動したので、俺の休憩室が完全に終わった

雨は、翌朝には上がっていた。


屋根から落ちる水滴が、ぽたり、ぽたりと石畳を叩いている。


空はまだ白い。


地面は濡れている。


倉庫の前には、泥の足跡がいくつも残っていた。


騎士。


リリア。


アルダ。


ドルム。


俺。


そして、バルグの足跡。


バルグの足跡だけ、池みたいになっている。


通っただけで地形が変わるな。


「地盤、軟弱」


バルグが低く言った。


「お前が踏んだからだ」


「否定不能」


「そこは否定しろ。いや、しなくていい」


朝から会話が面倒だった。


倉庫の中では、二十七号が横たわっている。


子どもが置いていった毛布は、二十七号の欠けた肩の近くにある。


濡れてはいない。


夜の間、誰かが少し奥へ寄せたらしい。


誰か。


たぶんリリアだ。


もしくはドルムだ。


俺ではない。


俺は入口で見張っていただけだ。


見張っていただけなのに、なぜか朝になっていた。


休憩室としては完全に終わっている。


「ガルム殿」


アルダが中庭の方から歩いてきた。


外套はまだ湿っている。


目の下も少し暗い。


「術式札の効果は出ている。夜の間、外からの再接続は弱まっていた」


「いい報告だな」


「ただし」


「今、いい報告が死んだ」


アルダは石板を差し出した。


「夜明け前から、廃棄場方面の魔力反応が増えている」


「石板を裏返せ」


「裏返しても反応は消えん」


「不便だな、現実」


「状況は悪い」


そこまで言われると、さすがに笑えない。


俺は倉庫の奥を見た。


二十七号の核は、青と赤の間で静かに揺れている。


静か。


静かだが、安全ではない。


この言葉にも慣れてきた。


慣れたくなかった。


「廃棄場の旧式が動いたのか」


俺が聞くと、アルダは頷いた。


「まだ断定はできない。だが、谷の方向で複数の核反応が同時に増えた。ゼルギオが動いた可能性が高い」


リリアの表情が硬くなる。


ドルムの核も小さく揺れた。


「複数」


ドルムが言った。


「多い……赤」


「分かるのか」


「遠い……でも、赤」


ドルムは胸の核を両手で押さえるようにした。


人間の真似ではない。


たぶん、揺れを抑えようとしている。


「嫌……多い」


俺は濡れた石畳を見た。


昨日まで雨宿りの場所だった倉庫の前が、もう戦場の入口みたいに見える。


嫌な変化は早い。


「ゼルギオのやつ、こっちに廃棄場を歩かせてるのか」


俺は言った。


「おそらく、再洗脳術式の本格起動だ」


アルダが低く言う。


「廃棄場に残した術式装置を使って、旧式たちをまとめて動かしている」


「まとめるな」


「私に言われても困る」


「分かっている。だが言いたくなった」


その時だった。


倉庫の中で、二十七号の核が赤く鳴った。


昨日のような、小さな反応ではない。


ごん、と壁を叩くような光だった。


縄がきしむ。


毛布が少しずれる。


リリアが一歩前に出る。


俺は手で制した。


「待て」


「でも」


「今は見る」


「見るだけですか」


「見るのも仕事になった」


二十七号の核から、赤い糸が伸びた。


外から来たのではない。


内側から、起き上がるように。


結界杭は、外から伸びる赤い糸を弱めている。


だが、二十七号の中に置き忘れられた術式までは消せない。


外から叩かれたのではない。


中に残された赤い火種が、遠くの術式に呼ばれて起きた。


「外からじゃない」


ドルムが言った。


「中……起きる」


「起きるな」


俺は二十七号の横に立つ。


「お前は昨日、雨宿りしてただろうが。雨宿りの翌日に出勤するな」


リリアが俺を見る。


「ガルムさん、それは二十七号さんに言っていますか」


「術式に言っている」


「術式に出勤という概念は」


「ある。あいつらは勝手に働く」


赤い光が強くなる。


二十七号の片腕が持ち上がりかけた。


だが、昨日より乱暴ではない。


動こうとしている。


止まろうとしている。


その二つが、同じ腕の中で喧嘩している。


「二十七号さん」


リリアが呼んだ。


「聞こえますか」


二十七号の核が、一瞬だけ青く揺れる。


赤がまた押し返す。


縄がきしむ。


ドルムが医療鞄を横に置いた。


両手を空ける。


「赤……外も……中も」


「どういう意味だ」


俺が聞くと、ドルムは言葉を探すように少し黙った。


「遠い赤……呼ぶ。中の赤……返事」


「廃棄場から呼ばれて、こいつの中の術式が返事してるのか」


ドルムの核が揺れる。


「たぶん」


たぶんと言った。


ドルムが。


命令でも、待機でも、嫌でもない。


曖昧な言葉だ。


自分の判断に近い言葉だ。


こういう時に成長するな。


いや、今は助かる。


助かるが、困る。


砦の鐘が鳴った。


警戒鐘だ。


朝飯の鐘ではない。


帰還の鐘でもない。


悪い知らせの音だ。


「東の街道に反応!」


見張り台から声が飛ぶ。


「旧式ゴーレムらしき大型反応あり!」


倉庫の中が一気に動く。


騎士たちが走る。


アルダが外へ出る。


リリアが二十七号のそばから離れない。


ドルムも動かない。


俺も動けない。


二十七号の核が赤く鳴り続けている。


こいつを置いて外へ出るか。


こいつを押さえて中に残るか。


嫌な選択肢は、いつも律儀に並ぶ。


「ガルム殿!」


アルダが外から叫ぶ。


「街道側に旧式が向かっている!」


「数は!」


「見えるだけで五。後続不明!」


五。


見えるだけで。


後続不明。


嫌な数え方だ。


「リリア」


俺は言った。


「ここは任せる」


リリアが一瞬だけ目を見開いた。


「はい」


「深く入るな。赤が強くなったら、緩めるだけでいい」


「分かっています」


「ドルム」


ドルムの核が揺れる。


「リリアが無理をしたら、止めろ。鞄でも袖でも何でも引っ張れ」


ドルムは、リリアを見た。


それから、小さく核を揺らした。


「止める」


リリアは何か言いかけて、やめた。


今、ちゃんとやめた。


少し成長している。


全員が少しずつ面倒な方向に成長している。


「バルグ」


「待機」


「中の壁だ。入口を壊さず、二十七号を押さえろ」


「難度、中」


「下がったな」


「学習」


「腹立つが助かる」


バルグの腕が入口に差し込まれる。


今度は石を鳴らさない角度だった。


俺は倉庫の外へ出た。


雨上がりの空気が、濡れた石の匂いを運んでくる。


東門の向こう。


街道の先で、赤い光がいくつも揺れていた。


その向こうには、昨日子どもたちが帰っていった家並みがある。


市場へ続く小さな道。


洗濯紐。


雨水をためた桶。


軒先に置かれた籠。


昨日まで普通の街だったものが、今日は旧式の進路に並んでいる。


谷でもない。


倉庫でもない。


ここは街側だ。


守るものが、多すぎる。


旧式ゴーレム。


五体。


いや、六体。


その後ろに、まだ影がある。


歩き方はばらばらだ。


片腕のない旧式は、肩からぶつかるように進んでくる。


脚を引きずる旧式は、倒れそうになりながらも門柱へ向かう。


外殻の割れた旧式は、赤い鎖だけを騎士へ伸ばした。


首のない旧式は、核の向きだけでこちらを探している。


胸の装甲が半分剥がれた旧式は、青い光を奥に残したまま、赤に引っ張られている。


片腕のない旧式は、一度だけ足を止めた。


止まったのか、止められたのか、分からない。


だが赤い鎖が鳴ると、また肩から前へ出た。


脚を引きずる旧式の核も、門ではなく、倉庫の方へ一瞬だけ揺れた。


帰る場所を探したのか。


命令に逆らったのか。


分からない。


分からないから、壊せない。


命令されて。


番号のまま。


「あの人は」


リリアの声が、倉庫の方からかすかに届いた。


「まだ、番号を歩かせるんですね」


番号を歩かせる。


嫌な言い方だ。


だが、正しい。


正しいのが嫌だ。


「ガルム殿!」


アルダが剣を構えていた。


騎士たちは門の前に展開している。


「壊すなよ」


俺は言った。


アルダがこちらを見る。


「それはこちらの台詞だ」


「俺が一番苦手な注文だ」


「だが、やるのだろう」


真面目な顔で言うな。


逃げ道が減る。


俺は門の前に立った。


背中には門。


その奥には倉庫。


さらに奥には、毛布を持ってきた子どもたちの家がある。


「後ろを頼む」


俺は言った。


アルダの目が少しだけ開いた。


俺も、自分で言って少し驚いた。


「……任せろ」


短い返事だった。


助かる。


長いと照れる。


片腕の旧式が、肩から突っ込んできた。


拳ではない。


武器でもない。


ただ、残った体を全部ぶつけてくる。


俺はその肩を受け止める。


外殻が軋む。


力を入れすぎると砕ける。


俺は押し返すのではなく、横へずらした。


旧式の足が濡れた石畳を滑り、門柱ではなく広場の空いた方へ流れる。


「そっちは市場じゃない。空き地だ」


当然、返事はない。


脚を引きずる旧式が、倒れ込みながら騎士の列に迫る。


アルダが前に出る。


剣の腹で赤い鎖を弾き、肩で騎士を下がらせる。


「核を狙うな!」


「分かっている!」


「足も砕くな!」


「注文が多い!」


「俺も思ってる!」


外殻の割れた旧式は、本体よりも赤い鎖の方が速かった。


鎖が騎士の足元を狙う。


俺は地面を踏み、石畳を割った。


割れた石が鎖の進路をずらす。


あとで修理費を請求されるかもしれない。


嫌だ。


でも、今は割れろ。


人より石畳の方がましだ。


首のない旧式が、核の向きを変えた。


俺ではなく、門の内側。


街の匂いがする方へ。


「そっちは違う」


俺は腕を伸ばし、そいつの胴を止めた。


「違わないのかもしれないが、今は違う」


言いながら、自分でも意味が分からなかった。


旧式に帰る場所があったのかもしれない。


でも今は、赤い命令で街へ向かっているだけだ。


それだけは違う。


胸の装甲が半分剥がれた旧式の核が、青く小さく揺れた。


赤がすぐに押し返す。


俺はそいつの拳を肩で受けた。


重い。


効かない。


効かないが、気分は悪い。


倉庫の方で、白い光が小さく上がった。


リリアだ。


二十七号を押さえている。


赤い光も揺れる。


ドルムの声は聞こえない。


だが、たぶん見ている。


バルグの腕が入口にある。


中は中で戦っている。


外は外で戦っている。


職場が二つに増えた。


この表現はよくない。


だが、ほかに言いようがない。


その時、街道の奥から、さらに大きな赤い光が上がった。


廃棄場の方向。


遠いはずなのに、空の低いところが赤く染まる。


ゼルギオの術式だ。


旧式たちの核が一斉に強く鳴った。


目の前の五体だけではない。


後続の影も動き出す。


砦の石畳の下から、声が響いた。


いや、声というより、術式装置の無機質な音声だった。


「全旧式ゴーレム、起動」


どこにも口はない。


なのに、地面そのものが喋ったみたいだった。


腹が立つ。


「どこから喋ってる!」


俺は叫んだ。


返事はない。


返事がない方が腹立つ。


旧式たちが一斉にこちらを見る。


目はない。


だが、核の向きが揃った。


俺の方へ。


「なぜ全員こっちを見る」


アルダが隣で構える。


「ガルム殿を上位識別しているのでは」


「今それを言うな」


五体の旧式が、同時に動いた。


濡れた石畳が揺れる。


騎士たちが下がる。


俺は前に出た。


出たくない。


本当に出たくない。


だが、後ろには門がある。


倉庫がある。


雨宿りしている二十七号がいる。


毛布がある。


あの子どもたちの家もある。


「やることが多すぎる」


俺は言った。


「門番、壁、旧式押さえ……いや、数えるのをやめよう。増える」


赤い鎖が、俺の胸へ向かって伸びる。


解除済みの俺にも、一時的に絡むやつだ。


ゼルギオと初めてやり合った時に食らった。


覚えている。


覚えたくなかった。


赤い鎖が絡む。


気分が悪い。


だが、今度は少しだけ早く腕を動かせた。


鎖をつかむ。


引く。


術式の先で、旧式たちの動きが一瞬乱れる。


「アルダ!」


「分かっている!」


アルダが騎士たちに叫ぶ。


「核を狙うな! 押し返すだけでいい!」


騎士たちが動く。


殺す動きではない。


止める動きだ。


訓練された騎士が、いつもと違うことをする。


それは簡単ではないはずだ。


だが、やっている。


やれている。


胸の奥が、少しだけ鳴りかけた。


俺は聞かなかったことにした。


「ガルムさん!」


倉庫の方からリリアの声がした。


俺は振り向かない。


振り向いたら、一体が抜ける。


「何だ!」


「二十七号さん、まだ持っています!」


「こっちは五体だ!」


「増えます!」


「嫌な報告をありがとう!」


街道の奥。


後続の旧式が、赤く光りながら近づいてくる。


数は、もう数えたくない。


だが数えないと止められない。


一。


二。


三。


さらに後ろ。


もっと。


術式装置の声が、また石畳の下から響いた。


「第二列、起動」


守れ。


止めろ。


壊すな。


ゼルギオはそう言わない。


だが、そうさせる状況だけを置いていく。


性格が悪い。


見えない敵の笑いほど腹立たしいものはない。


二十七号のいる倉庫から、青い光が一度だけ漏れた。


雨宿りの青ではない。


抵抗の青だ。


その光を見て、俺は前を向いた。


「アルダ」


「何だ」


「門の内側には通すな」


「当然だ」


「壊すな」


「難しい注文だな」


「俺も言われてる」


アルダが少しだけ笑った。


戦場で笑うな。


いや、今は少し助かる。


俺は片腕の旧式を広場側へ流し、脚を引きずる旧式の進路を肩で止め、赤い鎖を伸ばす旧式の糸を足で踏みつけた。


旧式たちの外殻は、どれも脆い。


だが、核の奥には青が残っている。


完全な残骸ではない。


救えるかもしれない。


またその厄介な可能性がある。


門の内側から、子どもの声がした。


「ガルム!」


昨日の子どもか。


やめろ。


見に来るな。


「下がれ!」


俺は叫んだ。


「そこは観覧席じゃない!」


騎士が子どもたちを下げる。


その声が遠ざかる。


よし。


よしではない。


なぜ俺が子どもの避難まで気にしている。


だが、下がったならいい。


赤い光が、さらに強くなる。


旧式たちの動きが荒くなる。


ゼルギオの再洗脳術式が、段階を上げたのだろう。


「リリア!」


俺は叫んだ。


「そっちはどうだ!」


少し遅れて、リリアの声が返る。


「二十七号さん、まだこちらにいます!」


その答えは、妙だった。


動いていない、ではない。


暴れていない、でもない。


こちらにいます。


リリアらしい言い方だ。


俺は少しだけ笑いそうになった。


笑う暇はない。


胸の装甲が剥がれた旧式が突っ込んできた。


俺は真正面から受け止める。


重い。


かなり重い。


だが、止まった。


「そうか」


俺は言った。


「なら、こっちもまだここにいる」


誰に言ったのかは分からない。


リリアか。


二十七号か。


旧式たちか。


俺自身か。


赤い鎖が胸に絡む。


青い核が奥で鳴る。


俺は石畳に足を沈め、門の前に立ち続けた。


旧式たちの奥で、さらに赤い光が増えた。


一つ。


二つ。


三つ。


数えたくないのに、数えなければ止められない。


砦の石畳の下から、術式装置の声がもう一度響く。


「第三列、起動準備」


まだ終わっていない。


むしろ、今ので始まりだった。

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