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第21話 敵の技師が旧式ゴーレムを在庫扱いしてきたので、俺の労働意欲が最悪になった

二十七号を砦に運び込むと、門前がしばらく固まった。


無理もない。


壊れかけた旧式ゴーレム。


赤と青の間で揺れる核。


魔獣用の太い縄。


それを引いている騎士たち。


横に立つ巨大なバルグ。


医療鞄を抱えたドルム。


顔色の悪いリリア。


そして俺。


どう見ても、平和な帰還ではない。


せいぜい、厄介ごとが荷台に乗って戻ってきた図だ。


「ガルム殿、東門脇の倉庫を使う」


アルダが言った。


「俺の待機室だぞ」


「まだ入っていなかっただろう」


「入っていないからこそ俺のものだ」


「理屈が分からん」


「俺も少し分からん」


東門脇の石造り倉庫。


つまり、俺の専用待機室になるはずだった場所。


そこに、二十七号が運び込まれることになった。


床は補強済み。


雨風は防げる。


人目もある程度は避けられる。


条件だけ見れば、たしかに適している。


腹立たしい。


俺の休み場所として整えたものが、即座に旧式ゴーレム保護区に変わる。


契約書の効き目が強すぎる。


「ガルムさん」


リリアが言った。


「ありがとうございます」


「礼を言うな。俺はまだ貸すと言っていない」


「でも、入れてくれました」


「状況が勝手に入ってきただけだ」


リリアは少しだけ笑った。


笑いは薄い。


まだ消耗している。


そのくせ、二十七号から目を離さない。


やめろ。


そういう目は、あとで自分に返ってくる。


俺は知っている。


知らないことにしたいが、知っている。


倉庫の中央に、二十七号を横たえる。


縄は外さない。


だが、きつく締めすぎないようにする。


拘束ではなく固定。


アルダがそう言った。


俺もそういうことにした。


そういうことにしないと、縄の音が胸に悪い。


「核の状態は」


アルダが問う。


リリアが二十七号の胸を見た。


「赤い命令術式が、何層も重なっています。今は浅くほどいただけです」


「深くほどくと?」


「私にも、流れ込みます」


リリアの指が、ほんのわずかに動いた。


震えたと言うほどではない。


だが、俺には見えた。


「今はやるな」


俺は言った。


リリアはうなずいた。


うなずいたが、視線は二十七号から離れない。


そこが問題だ。


バルグは倉庫の外に立った。


入れなかった。


入口が足りない。


「バルグ、そこに立つな。扉が閉まらん」


「防衛配置」


「ただの通行妨害だ」


「防衛と通行妨害、両立」


「器用に嫌な両立をするな」


ドルムは、倉庫の隅に医療鞄を置いた。


置いてから、少し迷うように二十七号を見る。


「赤……多い」


「分かるのか」


ドルムの核が小さく揺れる。


「重い……命令」


リリアが静かに息を飲んだ。


「ドルムさんにも、分かるんですね」


「嫌……分かる」


それだけ言って、ドルムは黙った。


十分だった。


二十七号の核が、不安定に揺れる。


赤と青が、倉庫の壁に薄く映る。


まるで誰かが内側から扉を叩いているみたいだ。


「ここで一晩もつか」


アルダが言う。


「俺に聞くな」


「主機だからではなく、受け止めた者として聞いている」


「言い方を変えればいいと思うな」


俺は二十七号を見た。


動きは止まっている。


だが、止まっているだけだ。


中で何かが暴れている。


それくらいは分かる。


「もたせるしかない」


俺は言った。


「ただし、赤いのが強くなったら全員下がれ。俺が押さえる」


「ガルムさん」


リリアが声を上げる。


「お前は後ろだ」


俺は先に言った。


「赤い命令をほどく役だろ。前で折れるな」


リリアは口を閉じた。


文句がありそうな顔だ。


あるだろうな。


だが今は聞かない。


聞くと、たぶん面倒な正しさが返ってくる。


その時だった。


二十七号の核が、急に赤く強く光った。


縄が軋む。


倉庫の床が鳴る。


ドルムが一歩下がる。


バルグの胸が外で光る。


「命令……再接続」


ドルムが低く言った。


「どこからだ」


アルダが剣を抜く。


答えは、すぐ外から来た。


倉庫の外。


門前広場の向こう。


低い拍手の音がした。


一回。


二回。


三回。


わざとらしい。


嫌な音だ。


「やはり、持ち帰ったか」


知らない男の声だった。


細く、乾いている。


人を人として見ていない声。


俺は外へ出た。


アルダも続く。


リリアも出ようとした。


俺は手で制した。


今度は止まった。


止まっただけで、目は広場の方を見ている。


十分に厄介だ。


広場の向こうに、黒い外套の男が立っていた。


昨日、谷で見たやつだ。


胸元の部品飾りが、赤い夕日を受けて鈍く光る。


核片。


指部品。


欠けた小さな装甲板。


それらが、管理タグみたいに並んでいる。


見た目だけで、近づきたくない。


「誰だ」


アルダが剣を構えた。


男は薄く笑った。


「魔王軍技術統括補佐、ゼルギオ。旧式資源管理を担当している」


「資源」


リリアの声が硬くなった。


ゼルギオは、リリアを見た。


見る、というより測った。


「聖女。命令術式への干渉あり。利用価値、高」


次に、俺を見る。


「旧式ガルム。主機相当。核安定度、異常。測定不能」


そして、倉庫の中へ視線をずらした。


「旧式二十七号。抵抗痕あり。実験価値、中」


そこまで聞いて、俺は一歩前に出た。


「それ以上、数えるな」


声が低くなった。


自分でも分かった。


ゼルギオは首を傾ける。


「数えなければ、管理できない」


「管理する気なら、まずその飾りを外せ」


俺はゼルギオの胸元を指した。


「何をぶら下げてるか、分かってるのか」


「在庫票だ」


ゼルギオは平然と言った。


「どの個体から何が取れるか、忘れないためのな」


広場の空気が、一段冷えた。


こいつは本気で言っている。


怒っているわけでもない。


脅しているわけでもない。


ただ、棚の中身を説明するように言っている。


「あなたは」


リリアが一歩前に出かけた。


「名前を知らないんですか」


「不要だ」


ゼルギオは答えた。


「番号で足りる。名前は誤差を生む。誤差は管理を鈍らせる」


リリアの指が、外套の端を握った。


白い布が、細く皺になる。


昨日の記憶の影は、もう見えない。


だが、彼女の返事だけが、ほんの少し遅れた。


「リリア」


俺は呼んだ。


「後ろだ」


「……はい」


今度は下がった。


よし。


少しは通じる。


ゼルギオは俺を見た。


「興味深い。旧式が聖女を庇う。命令系統にない行動だ」


「趣味だ」


「趣味」


ゼルギオが初めて、少しだけ楽しそうに笑った。


「不要行動の自己正当化か。記録に値する」


俺は答えなかった。


答えると、こいつの言葉の棚に並べられる気がした。


その時、倉庫の中で二十七号の縄が大きく軋んだ。


赤い光が漏れる。


ゼルギオが杖を軽く上げている。


「二十七号。抵抗する核ほど、データが取れる」


リリアの指が止まった。


俺はその横顔を見た。


聞こえている。


刺さっている。


それでも、前には出てこない。


出てこないでいる。


それだけで、今は十分だった。


「お前が」


リリアの声が震えた。


怒りで。


「命令術式を重ねたんですか」


「正確には、再洗脳術式の適応試験だ」


ゼルギオは言った。


「同じ命令を重ねても、壊れ方には差が出る。抵抗する個体は貴重だ」


アルダの剣が低く鳴った。


「貴様」


「騎士団長アルダ。排除は可能だが、今は優先しない」


「黙れ」


俺は言った。


ゼルギオの目が、わずかに細くなる。


「旧式ガルム。反応増大」


「黙れと言った」


「命令ではない」


「当たり前だ」


「なら従う必要はない」


ゼルギオが杖を振った。


倉庫の中で、二十七号が動いた。


縄が弾けかける。


だが、今度の動きは違った。


二十七号の核そのものが暴れているというより、外から赤い糸で引かれている。


倉庫の壁の隙間から、細い術式鎖が何本も伸びていた。


空気の中に、赤い線が張られている。


操り糸だ。


「外……命令」


ドルムの声がした。


俺は振り返る。


ドルムは二十七号ではなく、赤い術式鎖を見ていた。


「内……では、ない」


「外から引いてるのか」


ドルムの核が震える。


「外から……引いてる」


それだけで十分だった。


廃棄場で見た時とは違う。


谷から運び出した時とも違う。


今止めるべきは、二十七号の腕ではない。


こいつを動かしている赤い糸だ。


「バルグ!」


俺は叫んだ。


「入口を壊さず、赤い鎖だけ掴め!」


「難度、高」


「やれ!」


「了解」


バルグの巨大な腕が、倉庫の入口から差し込まれる。


入口の石が少し鳴った。


鳴っただけだ。


まだ壊れてはいない。


偉い。


いや、偉くはない。


当然だ。


バルグの指が、赤い術式鎖をつかむ。


鎖が弾ける。


二十七号の動きが一瞬乱れた。


「リリア!」


「はい!」


「核じゃない。鎖の端だけだ」


リリアの白い光が、細く伸びる。


二十七号には触れない。


外から絡む赤い術式鎖の端だけを、そっとほどく。


深く入らない。


手を伸ばしすぎない。


白い光が、赤い糸を一本ほどいた。


二十七号の核が、青く小さく揺れる。


「できる」


リリアが小さく言った。


「できるが、増えるな」


俺は広場を見た。


ゼルギオの杖から、さらに赤い術式鎖が伸びる。


一本。


二本。


三本。


数えるな。


いや、今は数えろ。


数えないと潰される。


俺は倉庫から飛び出した。


ゼルギオへ向かう。


本人を殴る。


これが一番早い。


たぶん。


「旧式が術者を狙うか」


ゼルギオは楽しそうでも、焦っているようでもなかった。


赤い術式鎖が、俺の足元を走る。


二十七号ではなく、俺の核を狙うように伸びてきた。


「ガルムさん!」


リリアの声がした。


「俺に来るなら話が早い」


赤い鎖が俺の腕に絡む。


外から巻きつく。


命令を通すというより、動きを縛る力だ。


解除済みの俺にも、一時的に絡む。


そういう種類の術式らしい。


気分が悪い。


非常に悪い。


「旧式ガルムにも反応あり。やはり主機系統は的になる」


ゼルギオがつぶやく。


「研究熱心だな」


俺は腕を振った。


赤い鎖が一部ちぎれる。


だが、完全には切れない。


「その熱心さを、もっとまともな職場で使え」


「魔王軍は十分まともだ。資源は余さず使う」


「その時点で終わってる」


俺は一歩踏み込んだ。


ゼルギオの杖が届く距離。


だが、あと一歩のところで、赤い術式円が足元に広がった。


転移か。


逃げる気だ。


アルダが横から踏み込む。


剣が赤い光を裂く。


だが、一歩遅い。


「二十七号は預ける」


ゼルギオは言った。


「預ける?」


俺は腕に絡む鎖を引きちぎりながら睨んだ。


「再接続術式を残した。砦の中に置けば、君たちは守ろうとする。守ろうとするほど、こちらは内側から観察できる」


ゼルギオは笑わなかった。


「檻に入れたつもりかもしれないが、逆だ。砦の中に、実験器具を運び込んだだけだ」


「お前の言葉は、いちいち腹の底に石を入れてくるな」


「旧式ガルム」


声だけが残る。


「君は、壊すより止める方に出力を使う。非効率だ」


「うるせえ」


「だが、面白い」


赤い光が消えた。


ゼルギオはいなくなった。


広場に沈黙が落ちる。


倉庫の中では、二十七号の核がまだ赤と青の間で揺れている。


完全には落ち着いていない。


再接続術式。


砦の中に残された赤い糸。


つまり、あいつはまだ触れる。


ここにいなくても。


姿が消えていても。


「ガルム殿」


アルダが言った。


「警備を増やす。術式対策も」


「やれ」


俺は即答した。


アルダが少し驚いた顔をした。


「早いな」


「俺の待機室で二度暴れられた」


「そこか」


「そこだけじゃない」


アルダは頷いた。


短い問答で終わった。


それでいい。


長い会議にすると、赤い糸が増えそうな気がする。


リリアは倉庫の入口で、二十七号を見ている。


顔色は悪い。


だが、さっきより手は震えていない。


震えないように握っているのかもしれない。


ドルムは、その横に立っていた。


医療鞄は床に置いたまま。


自分の手で、置いたまま。


バルグは入口の石を見ている。


「損傷、軽微」


「軽微にするな。俺の待機室だ」


「修理、可能」


「お前が直すと入口がさらに広がりそうだ」


バルグは黙った。


記録しなかった。


少し成長している。


腹立つ。


「ガルムさん」


リリアが言った。


「二十七号さんは、まだここにいます」


「いるな」


「ゼルギオは、あの人を置いていきました」


「ああ」


「でも、置いていかれたから、ここにいるわけではありません」


俺はリリアを見た。


リリアは二十七号を見ている。


「私たちが、連れてきました」


その言い方は、重い。


重いが、逃げ道がない。


「……そうだな」


俺は言った。


「連れてきた」


二十七号の核が、一度だけ赤く鳴った。


縄は動いていない。


二十七号も動いていない。


それでも、赤い光だけが壁に映った。


ゼルギオはいない。


いないのに、まだ触っている。


俺はその赤い光を見て、倉庫の入口に立った。


休むための部屋だった場所で、俺は初めて見張りについた。

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