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第18話 廃棄場の報告書に旧式二十七号と書いてあったので、嫌な予感しかしない

「ガルム殿。術式杭の解析結果が出た」


「出るな」


俺は即答した。


報告が来る時間は、いつだって悪い時間だ。


アルダは砦の中庭に、石板と羊皮紙を抱えて立っていた。


中庭では、騎士たちが偵察用の荷を整えている。


馬具。


地図筒。


水袋。


携帯食。


縄。


見ているだけで、移動と労働の気配がする。


やめてほしい。


労働は気配だけでも疲れる。


「出るな、とはどういう意味だ」


「解析結果は出なくていい」


「出たものは消えない」


「世の中には、知らない方が平和なものがある」


「今回の件は、知らないままにはできん」


「最悪の返答だ」


リリアが、アルダの隣に立っていた。


白い外套。


静かな表情。


ただ、今日は医療鞄を手にしている。


まだ出発すると決まったわけではない。


決まっていないはずだ。


なのに鞄がある。


鞄というものは危険だ。


持った瞬間、行く前提になる。


「ガルムさん」


リリアが俺を見る。


「大丈夫です」


「まだ何も聞いていない」


「先に言っておきました」


「その言葉の信用度は昨日下がった」


リリアは困ったように笑った。


笑えている。


だが、昨日の白い手を思い出す。


赤い命令術式をほどいた手。


術式杭を見た時、かすかに震えていた手。


俺は石の指を握った。


握ったところで、何かが変わるわけではない。


「バルグは?」


アルダが周囲を見る。


「そこだ」


俺は顎で示した。


中庭の端。


バルグが立っている。


なるべく邪魔にならない位置を選んだらしい。


選んだ結果、荷車の前にいる。


荷車が動けない。


「バルグ」


「確認を待機」


「荷車から離れろ」


「荷車、保護対象」


「お前が近いせいで出発できない」


「位置修正」


バルグが一歩動いた。


地面が揺れた。


今度は馬が二頭、同時に後ずさった。


「止まれ」


「停止」


「動くたびに準備が遅れるな」


「否定したい」


「願望で否定するな」


ドルムは、リリアの少し後ろにいた。


いつものように命令待ちの姿勢に近い。


だが、視線は地面ではなく、医療鞄に向いている。


いや、視線と言っていいのかは分からない。


核の向きの話だ。


ゴーレムの視線は分かりにくい。


俺の視線も分かりにくいらしい。


便利だ。


不便でもある。


「話を戻すぞ」


アルダが羊皮紙を広げた。


「術式杭には、魔王軍の命令術式に加えて、座標断片が残っていた」


「座標断片」


「魔王軍領境付近の谷だ」


アルダは中庭の作業台に地図を広げた。


魔王領境。


山脈の切れ目。


枯れた川筋。


その先に、赤い印がつけられている。


嫌な赤だ。


昨日の術式杭と同じ色に見える。


「この谷は、古い戦場跡でもある」


アルダが言った。


「魔王軍が占領した後、廃棄場として使っている可能性が高い」


「何の廃棄場だ」


聞きたくなかった。


だが、聞いてしまった。


アルダは一拍置いた。


「旧式ゴーレムだ」


中庭の音が少し遠くなった。


荷をまとめる騎士の声。


馬具の金具が鳴る音。


バルグの重い駆動音。


それらが一度、薄くなる。


旧式。


廃棄。


この二つは、俺の胸に置くには形が悪い。


「魔王軍は、使い物にならなくなった旧式をそこへ運び込んでいるらしい」


アルダは続けた。


「ただの廃棄ではない。核や刻印が残っている個体は、再利用候補として記録されている」


「記録するな」


思わず出た。


バルグの記録癖へのツッコミではない。


もっと別の、嫌なものへの反射だった。


旧式。


廃棄。


再利用候補。


固い言葉ほど、中身はろくでもない。


「報告書には番号が並んでいる」


アルダが羊皮紙をめくった。


「旧式十二号。旧式十九号。旧式二十七号。旧式三十一号……」


俺は口を開きかけた。


読むな、と言いかけた。


だが、やめた。


言ったところで、番号は消えない。


それが一番腹立たしい。


リリアの指が、羊皮紙の上で止まった。


一行。


そこに、赤い線が引かれている。


アルダがその箇所を読む。


「旧式二十七号。古代文字保有。命令術式への抵抗痕あり。再利用候補」


リリアの視線が、報告書の上で一度泳いだ。


見えた。


本人はすぐに目を戻したが、遅い。


「抵抗痕」


リリアが小さく言った。


「命令に、逆らった跡ですか」


「おそらくな」


アルダの声は低い。


「核に命令術式を何度も重ねられ、それでも完全には従わなかった痕跡だと思われる」


「完全には従わなかった」


リリアは同じ言葉を繰り返した。


声は静かだった。


静かすぎた。


昨日のドルムの声を思い出す。


命令……嫌。


小さな、でも確かな言葉。


「その二十七号は、まだ動いているのか」


俺は聞いた。


聞きたくなかった。


だが、聞いてしまった。


「不明だ」


アルダは答えた。


「報告書は数日前のものだ。術式杭に残っていた断片から復元した。現在の状態は分からない」


「分からないなら、今すぐ行く理由にはならないな」


「分からないから、確認する必要がある」


「言い方を変えて逃げ道を塞ぐな」


リリアが羊皮紙を見たまま、口を開いた。


「番号ではなく」


声が小さい。


けれど、はっきり聞こえた。


「名前が、あるはずです」


俺はリリアを見た。


リリアは報告書を見ている。


二十七号。


ただの番号。


だがリリアの顔は、それをただの番号として見ていない。


昨日、バルグの命令をほどいた時と同じ顔だった。


穏やかで。


引かない顔。


「報告書に名前はない」


俺は言った。


「だから」


リリアが顔を上げる。


「名前で呼ばれないまま、そこにいるんです」


やめろ。


そういう言い方をするな。


番号は楽だ。


距離を取れる。


二十七号は二十七号だ。


まだ見ていない。


まだ知らない。


まだ関係ない。


そうやって、石の胸の内側に線を引ける。


名前があると、その線が薄くなる。


「名前をつけるなよ」


俺は言った。


「まだ会ってもいない」


「はい」


リリアはうなずいた。


「つけません」


素直な返事だった。


だが、安心できない。


「探します」


ほら見ろ。


素直な者ほど、別方向に強い。


バルグが低く言った。


「旧式二十七号。抵抗痕あり」


「復唱するな」


「抵抗個体、保護候補」


「候補にするな」


「判断、未確定」


「それ以上、事務っぽくするな」


ドルムの核が、小さく揺れた。


リリアの医療鞄の方へ、ほんの少し体を向ける。


「ドルム?」


俺が声をかけると、ドルムは動きを止めた。


命令されたから止まったのではない。


たぶん。


たぶんと言うしかないのが、面倒だ。


「無理なら残れ」


俺は言った。


「命令じゃない。確認だ」


ドルムの核が揺れる。


「残る……」


「そうだ。残ってもいい」


ドルムは少し黙った。


それから、リリアの鞄へ手を伸ばした。


ぎこちない動きだった。


途中で止まりかける。


だが、止まらない。


「……荷物」


「何?」


「持つ」


リリアが目を見開いた。


俺も黙った。


アルダも黙った。


バルグだけが胸の青い光をゆっくりまたたかせる。


「持つ、か」


俺は言った。


「誰も命令してないぞ」


「命令……では、ない」


ドルムはそう言った。


短い。


たどたどしい。


だが、昨日の「嫌」とは違う。


嫌がるだけではなく、自分から何かを選ぼうとしている。


処理に困る。


非常に困る。


「リリア」


俺は言った。


「鞄は重いのか」


「少しだけです」


「少しだけ、は信用しない」


俺はドルムを見た。


「持つなら、壊すなよ」


「壊す……嫌」


「そこにつなげるな」


リリアがそっと医療鞄を差し出した。


ドルムは、両手でそれを受け取った。


小さな鞄だ。


ドルムの手には、まだ少し大きく見える。


それでも、持った。


命令されずに。


誰かが置いた物を、ただ運ぶために。


「ドルム殿の同行についてだが」


アルダが静かに話を戻した。


「無理はさせない。ただ、廃棄場の弱い核反応を見るには、ドルム殿の方が適している可能性がある」


「バルグでは駄目なのか」


俺は聞いた。


「バルグ殿の核光は強すぎる。支援機としての出力が大きい。弱い反応を拾うには、補助機系統に近いドルム殿の方が反応しやすい」


「弱い方が役に立つみたいに言うな」


「そういう意味ではない」


「分かってる。分かってるが、言いたくなった」


ドルムは鞄を持ったまま、黙っている。


その核は、さっきより落ち着いていた。


「現地確認は必要だ」


アルダが言った。


「ただし、いきなり谷へ踏み込むのは危険だ。まずは周辺偵察。魔王軍の見張り、術式装置、搬入口の確認を行う」


「偵察なら騎士団の仕事だろ」


「もちろん騎士団が行う」


「よし」


「だが、術式反応への対処はガルム殿たちの協力が必要になる」


「よくない」


「旧式ゴーレムの核反応は、我々だけでは判別しにくい」


「便利な言葉だな、協力」


「必要な言葉だ」


「嫌な言葉でもある」


リリアがこちらを見た。


「ガルムさん」


「その声で呼ぶな」


「まだ何も言っていません」


「言う前から分かる」


「行きましょう」


確認、とは言わなかった。


それが少しだけずるい。


「言い切ったな」


「はい」


「柔らかい声で逃げ道を塞ぐな」


「塞いでいますか?」


「塞いでいる」


「では、少しだけ開けます」


「開けるのか」


「行きたくない理由を、ひとつ言ってください」


俺は口を開いた。


言える。


いくらでも言える。


遠い。


危ない。


魔王軍領境。


谷。


廃棄場。


旧式ゴーレム。


赤い術式。


リリアの手がまた震えるかもしれない。


ドルムがまた命令に引っ張られるかもしれない。


バルグがでかい。


最後のは関係ある。


大いにある。


だが、言葉を並べても、目の前の報告書の赤い線は消えなかった。


二十七号。


そこだけが、妙に目に残る。


「……荷物が重い」


俺は言った。


リリアが瞬きをした。


「はい?」


「遠征用の荷物が重い。俺は持たないぞ」


リリアは少しだけ笑った。


「はい。持たなくて大丈夫です」


「そこで安心するな。もっと重要な理由があったはずだ」


「でも、今言ったのは荷物です」


「口が勝手に労働条件を優先した」


アルダが地図を畳む。


「では、明朝に偵察隊を出す。経路は夕方までに詰める」


「決まったみたいに言うな」


「決まった」


「相談の形式だけ取るな」


「必要な相談はした」


「俺の拒否権は」


「聞いた」


「聞いただけか」


「聞いた」


真面目な顔で言うな。


反論しづらい。


騎士たちが荷をまとめていく。


地図筒が閉じられる。


馬具が積まれる。


リリアは医療鞄をドルムに預けたまま、報告書の方へ戻った。


俺はそれを見ていた。


いや、見るつもりはなかった。


勝手に視界に入っただけだ。


リリアは、報告書の端を折らなかった。


ただ、二十七号の行に指を置いたまま、しばらく動かなかった。


名前はまだない。


俺はそう思った。


思っただけで、口には出さなかった。


口に出したら、たぶん余計に重くなる。


紙の上の番号が、ただの番号に見えなくなっていた。

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