第17話 聖女の浄化、ゴーレムの核にだけ妙に効くらしい
「ガルムさん、もう一度浄化してもいいですか?」
「言い方が整備不良の再検査なんだよ」
リリアが、朝からそんなことを言ってきた。
俺は門脇の広場に立っていた。
広場と言っても、昨日から半分はバルグの置き場所になっている。
置き場所。
言い方は悪いが、ほかに言いようがない。
バルグはでかい。
ただ立っているだけで、風景の所有権を主張してくる。
門の横に立たせると門が狭い。
倉庫の横に立たせると俺の待機室が暗い。
広場に立たせると市場の端が潰れる。
現在、街全体が少しずつ譲り合っている。
大型支援機一体のために。
支援とは何だったのか。
「整備不良ではありません」
リリアは真面目に首を振った。
「ドルムさんとバルグさんの核の反応を、もう少し確認したいんです」
「確認という言葉も信用できなくなってきた」
「なぜですか?」
「確認の次に、だいたい対応が来る」
「必要なら、対応します」
「ほら来た」
リリアの隣にはドルムもいた。
小柄な旧式ゴーレムは、昨日より少しだけ核の青が落ち着いている。
ただし、まだ動きは硬い。
命令されるのを待つ癖が抜けていない。
立つ。
止まる。
視線を向ける。
それだけのことに、いちいち誰かの許可を探しているように見える。
俺は見ないふりをした。
見てしまうと、余計なことを考える。
余計なことを考えると、だいたい仕事になる。
「ガルム、確認を開始」
バルグが俺を見た。
「お前が言うと、確認が大きくなる」
バルグは少し考えた。
「確認規模、縮小努力」
「努力で門を揺らすなよ」
「まずは門扉の修理からだ」
アルダが言った。
騎士団長は朝から現場指揮をしている。
真面目な男だ。
真面目すぎて、修理の現場でも姿勢がいい。
「昨日の戦闘で蝶番が歪んだ。閉まるには閉まるが、動きが重い」
「それは俺のせいではない」
「誰も責めていない」
「先に言っておく必要がある」
バルグが一歩前に出た。
「修理、支援」
「待て」
遅かった。
バルグは両手で門扉をつかみ、持ち上げた。
人間なら数十人で動かす大門だ。
それが、地面から離れた。
門が門ではなくなった。
巨大な板だ。
巨大な板を持った巨大なゴーレムだ。
情報量が多い。
「修理対象、保持」
「保持するな!」
アルダが額を押さえた。
「バルグ殿。門扉は外すものではない。支えながら歪みを直す予定だった」
「予定、未共有」
「共有する前に持ち上げたんだ」
「ガルム、指示を」
「俺に戻すな」
その時だった。
門扉の下。
普段なら見えない敷石の隙間で、赤い光がちらついた。
俺は口を閉じた。
リリアも気づいた。
アルダの顔が変わる。
「全員、下がれ」
赤い光は、敷石の奥に打ち込まれた細い杭から出ていた。
金属製の杭。
表面には、魔王軍の命令術式と同じ赤い紋様。
昨日の偵察兵が使った術式装置に似ている。
だがこれは、地面に固定されている。
隠してあった。
門の真下に。
「術式杭か」
アルダが低く言った。
「昨日の連中、置き土産までしていったのか」
「門の修理で敵の置き土産を掘るな」
俺は言った。
「掘ったのはバルグ殿だ」
「俺の近くで正論を言うな」
バルグは門扉を持ったまま、杭を見下ろしている。
「命令術式、残留」
「見れば分かる。いや、見たくなかったが」
赤い光が強くなった。
術式杭から、細い鎖のような光が伸びる。
向かった先は、ドルムではない。
バルグだった。
「大型支援機、再接続」
杭から、無機質な音が漏れた。
バルグの胸の青い核光が、一瞬だけ赤く揺れる。
「命令……接続」
バルグの声が低く沈んだ。
持ち上げていた門扉が、ぎしりと鳴る。
「バルグ、門を離せ!」
「否定……保持……」
「そうじゃない。落とすなという意味ではない。いや落とすな」
自分でも何を言っているのか分からなくなった。
赤い術式鎖が、バルグの核に絡んでいる。
大型だから耐えている。
だが、耐えているだけだ。
命令が通っていないわけではない。
バルグの片膝が、ほんの少し沈んだ。
「ガルム……指示を」
「指示じゃない」
俺は一歩前に出た。
「戻ってこい」
言ってから、失敗したと思った。
戻ってこい、は重い。
俺が言うには重すぎる。
だが、バルグは胸の青と赤を揺らしながら、俺を見た。
「戻る……対象……不明」
「俺に聞くな」
「ガルム……」
赤い鎖が、さらに強くなる。
その光を見たドルムの核が震えた。
直接狙われたわけではない。
だが、昨日まで何度も命令に縛られてきた核には、見るだけで十分だったらしい。
「命令……」
ドルムがつぶやいた。
リリアが振り返る。
「ドルムさん?」
ドルムは動かない。
命令を待っているのではない。
言葉を探しているように見えた。
「……嫌」
それだけだった。
短い。
小さい。
かすれていた。
けれど、命令待ちの旧式が、命令を嫌だと言った。
門前の音が、一瞬遠くなった。
バルグの軋みも、門扉のきしみも、騎士たちの足音も、薄くなった気がした。
「……嫌、か」
俺は小さく言った。
ドルムはそれ以上、何も言わない。
でも十分だった。
十分すぎて、処理に困った。
リリアの表情が変わった。
穏やかなままだ。
でも、目だけが少し強くなる。
「バルグさん」
リリアはバルグの前に立った。
「今、ほどきます」
「ほどく?」
俺は聞き返した。
「壊すんじゃないのか」
「壊したら、バルグさんの核にも傷が残ります」
「面倒な仕様だな」
「はい」
リリアは手を伸ばした。
白い光が、バルグの胸へ触れる。
赤い術式鎖が、白い光に押される。
いや、押されているのではない。
ほどけている。
絡まった糸を、一本ずつ外していくように。
リリアの指先が、ほんの少し震えた。
俺は見た。
見てしまった。
「今、何が流れた」
「命令の残りです」
「残り?」
「バルグさんに押しつけられていたものです」
「それをお前が受けたのか」
「少しだけです」
「少し、を便利に使うな」
リリアの顔から、少しだけ血の気が引いている。
それでも手は離さない。
バルグの青い核光が、赤の奥から戻ってくる。
「リリア」
「大丈夫です」
即答だった。
即答する時は、だいたい大丈夫ではない。
「今のは浅い浄化だろ」
「はい」
「浅くてそれか」
俺は術式鎖を見た。
リリアの白い手を見た。
「廃棄場に何体いるかも分からない旧式を相手にしたら、どうなる」
リリアは答えなかった。
答えないのが、答えだった。
嫌な沈黙だ。
赤い鎖が切れた。
術式杭の光が弱くなる。
バルグの核は、青く戻った。
門扉はまだ持たれている。
そこは離せ。
「命令、解除」
バルグが低く言った。
「門扉、保持継続」
「もういい。置け」
「了解」
今度は慎重に門扉を下ろした。
慎重だった。
だが地面は揺れた。
慎重の単位がでかい。
「門扉、設置完了」
「最初からそうしていれば、もう少し平和だった」
「支援、完了」
「完了してない。門の下から敵の杭が出てきた」
バルグは少しだけ黙った。
「発見、支援」
「都合よく解釈するな」
アルダが術式杭の前に膝をついた。
「光が弱まっている。今なら抜ける」
「触るなと言った本人が触りそうになるな」
「抜かなければ調べられない」
「調べるな。燃やせ」
「燃やしても分からん」
「分からないまま終わる勇気を持て」
アルダは無視した。
騎士に厚い布と鉄の箱を持ってこさせる。
術式杭は慎重に抜かれた。
地面の奥から引きずり出された杭は、思ったより長かった。
門の下に、ずっと刺さっていたらしい。
気分が悪い。
自分の足元に、勝手に命令の釘を打たれていたようなものだ。
「昨日の偵察兵が仕込んだのか」
「おそらくな」
アルダが答える。
「バルグ殿かドルム殿、あるいはガルム殿に再接続するための下準備だろう」
「俺を混ぜるな」
「神鉱守護兵の主機なら、狙われる可能性はある」
「主機を認めた覚えはない」
「敵は認めているかもしれん」
「敵の認識で俺の勤務表を作るな」
リリアは、まだバルグのそばにいた。
指先が少し震えている。
白い手が、さっきまで赤い命令をほどいていた手が。
俺はそれを見なかったことにしたかった。
できなかった。
ドルムが、ゆっくりとリリアの方を見る。
「命令……嫌」
もう一度、そう言った。
今度は、少しだけはっきりしていた。
リリアが振り返る。
「はい」
「嫌……」
「はい」
リリアはそれ以上、何も言わなかった。
肯定だけした。
名前を呼ぶ時と同じ声だった。
ドルムの核が、小さく青く灯る。
バルグの青い核光も、静かにまたたく。
門の下から掘り出された赤い杭は、鉄の箱の中で沈黙している。
だが、沈黙しているから安全というわけではない。
俺はもう、それくらいは学んだ。
学びたくなかった。
「ガルム殿」
アルダが箱を騎士に渡しながら言った。
「この杭を解析すれば、廃棄場の座標がさらに詳しく分かるかもしれん」
「出たな」
「何がだ」
「確認の次の対応だ」
アルダは少し黙った。
「否定はできない」
「しろ。騎士団長だろ」
「必要な確認だ」
「その言い方が一番嫌いだ」
リリアが立ち上がろうとして、少しふらついた。
俺は反射的に手を出した。
石の手が、リリアの背中の少し後ろで止まる。
触れる前に、リリアは自分で立った。
「大丈夫です」
「その言葉の信用度は、さっき下がった」
リリアは困ったように笑った。
だが、笑いは少し薄かった。
「ガルムさん」
「なんだ」
「命令術式は、核を傷つけるだけではありません」
リリアは術式杭の入った箱を見た。
「押しつけられた側が、逆らおうとしているんです。だから、苦しい」
ドルムが小さく震えた。
バルグは黙っている。
アルダも、何も言わない。
「もし廃棄場に、同じような旧式ゴーレムがいるなら……」
「言うな」
俺は先に止めた。
「その先は仕事になる」
「でも」
「分かってる」
言ってしまった。
分かってる。
その一言は、かなりまずい。
知らんと言うべきだった。
聞こえなかったと言うべきだった。
俺はただの元門番だ。
主機ではない。
管理者でもない。
聖女の護衛でも、旧式相談窓口でもない。
「……ガルムさん?」
リリアが俺を見る。
「今のは、分かっているような音がしただけだ」
「音ですか」
「そうだ。石がこすれた音だ」
「整備しましょうか」
「するな。分かったことになる」
リリアが少しだけ笑った。
今度は、ちゃんと笑えていた。
バルグが門の横に戻る。
今度は門を塞がない位置を選んだ。
少しだけ学習している。
困る。
成長されると、情が湧く。
「バルグ」
「確認を待機」
「……その位置でいい」
「了解」
「褒めてはいない」
「配置維持」
ドルムは動かなかった。
半歩も動かない。
ただ、リリアの方を見ていた。
命令を待つためではない。
たぶん、自分の言葉が届いたかを確かめるために。
それもまた、処理に困る。
「ガルムさん」
リリアが静かに言った。
「廃棄場のこと、調べましょう」
俺は空を見た。
今日はよく晴れている。
晴れている日は、だいたい遠くまで見える。
見えなくていいものまで。
「……今は、杭の解析が先だ」
俺は言った。
「それからだ」
リリアはうなずいた。
「はい」
俺は「信じるな」と言いかけて、やめた。
言えば、また信じられる気がした。
鉄の箱の中で、術式杭が鈍く光った。
リリアの指先も、まだ少し震えていた。
俺は、その二つを交互に見た。
赤い杭。
白い手。
どちらも、見なかったことにしたい。
だが、見てしまった。
見てしまったものは、たいてい仕事になる。
最悪だ。
今回は、その最悪が少し重かった。




