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第13話 石くずだった俺、人間の国の守護神に認定される

「ガルムさん、起きていますか?」


「待機中だ」


「寝てはいないんですね」


「ゴーレムは寝ない。だが、今日は気分的に寝込みたい」


四天王ザリウスとの戦いから一夜が明けた。


人間側の砦、その中庭。


俺はいつもの石材の上に座っていた。


元魔王軍第七城門防衛部隊所属、旧式ゴーレム、ガルム。


魔王軍から石くずと呼ばれて追放され、聖女リリアに拾われ、磨かれたら中身が伝説のオリハルコンだった。


そして昨日、魔王軍四天王の大魔法を跳ね返してしまった。


もう意味が分からない。


魔導砲を弾くくらいなら、まだ分かる。


いや、分からないが、最近は慣れかけていた。


だが、街ごと消す大魔法を反射するのは、さすがに仕様外だろう。


誰か説明書を出してくれ。


製造から三百年以上経っているので保証期間は切れていそうだが。


俺の体には、まだ細い傷がいくつか残っている。


リリアが朝から丁寧に浄化してくれたおかげで、嫌な冷たさは消えていた。


だが、傷は完全には消えない。


オリハルコンにも傷はつく。


壊れないわけではない。


それを知った翌日に、街の人々が俺を見に来ている。


広場の向こうに、騎士や兵士、避難民、街の人たちが集まっていた。


何だ。


この圧は。


「リリア」


「はい」


「あれは何だ」


「皆さん、ガルムさんにお礼を言いたいそうです」


「集団礼は怖いと言ったはずだ」


「今日は、少し正式な場になります」


「正式」


嫌な単語だ。


正式、認定、任命、責任。


この辺りの言葉は、だいたい重い。


「俺はまだ仮所属の契約書未整備非常勤門番だぞ」


「それも今日、少し変わると思います」


「変わるな」


リリアは困ったように笑った。


その顔を見て、俺の核が鳴る。


もう故障とは呼ばない。


たぶん。


だが、呼び名を変えたところで、落ち着かないことに変わりはない。


そこへアルダがやってきた。


鎧は磨かれ、表情はいつもより硬い。


「ガルム殿」


「殿はもう諦めた。だが今日だけは軽く呼べ」


「これより、エルド門街および砦の合同感謝式を行う」


「重くなった!」


俺は立ち上がろうとして、やめた。


逃げようとしたのだが、周囲に子どもたちがいる。


逃げづらい。


いつものことだ。


「感謝式って何だ。俺はただ立っていただけだ」


「街を守った」


「結果的にだ」


「四天王の大魔法を退けた」


「跳ね返っただけだ」


「聖女様と民を守った」


「退路が塞がっていただけだ」


騎士団長は少しだけ笑った。


「その言い訳にも、皆慣れてきた」


「慣れるな」


リリアが俺の隣に立った。


「大丈夫です。私も一緒にいます」


「それを言われると逃げにくい」


「逃げたいんですか?」


「逃げたい」


「では、終わったら一緒に休みましょう」


「逃げを休憩に変換された」


リリアは微笑んだ。


俺は諦めて、広場の中央へ向かった。



エルド門街の広場には、人が集まっていた。


昨日の戦闘で、街の外壁や門前の地面には大きな傷跡が残っている。


だが、街は残った。


家も、広場も、井戸も、祈りの鐘も。


そして、人々も。


俺は広場の中央に立たされた。


立たされた、というか、気づけばそこにいた。


三百年の門番癖で、立てと言われると立ってしまう。


よくない癖だ。


アルダが前に進み出る。


「皆、聞いてほしい」


広場が静まった。


「この数日、我々は魔王軍の襲撃を幾度も受けた。新型魔導ゴーレム部隊、暗殺者、処刑部隊、そして四天王ザリウス」


人々の顔に緊張が走る。


昨日の恐怖は、まだ消えていない。


空を覆った紫黒の魔法。


街が消えるかもしれないという圧。


俺だって思い出すと逃げたくなる。


「そのすべてから、聖女リリア様と我々を守った者がいる」


やめろ。


話の流れが重い。


責任がこっちに向かってくる。


「ガルム殿だ」


視線が一斉に俺へ向く。


やめろ。


全方向から期待を当てるな。


オリハルコンでもこれはきつい。


「いや、俺は」


言いかけると、リリアがそっと俺を見る。


止めてはいない。


ただ、見守っている。


ずるい。


俺は言い訳を飲み込んだ。


アルダは続ける。


「ガルム殿は元魔王軍のゴーレムだ。最初、我々は彼を疑った。危険な兵器だと考えた。それは間違いではなかったと思う」


広場の空気が少し張る。


だが、騎士団長は俺を見て、深く頭を下げた。


「だが、我々はもう一つ間違えていた」


「間違い?」


「彼を、ただの兵器だと思ったことだ」


俺は黙った。


「ガルム殿は、文句を言いながら前に出る。逃げたいと言いながら、誰かが危ない時には立ち止まる。敵だった旧式ゴーレムすら、壊さずに止めた」


ドルムのことだ。


俺は少し目の光をそらした。


あれは別に優しさではない。


壊すと処分書類が面倒だっただけだ。


そう言おうとしたが、リリアが隣で小さく微笑んでいる。


言いづらい。


「ゆえに、エルド門街および砦の守備隊は、ガルム殿を正式にこの地の守護者として認めたい」


広場がざわめいた。


俺もざわめいた。


内部的に。


「待て」


俺は手を上げた。


「正式という単語が出た。危険だ」


アルダが真面目な顔でうなずく。


「ガルム殿には、エルド門街および砦の守護神として」


「神はやめろ!」


俺の叫びが広場に響いた。


人々が一瞬静まる。


そして、あちこちで笑いが起きた。


馬鹿にする笑いではない。


緊張がほどける笑い。


俺は少しだけ困る。


昔、魔王軍で笑われた時とは違う。


それが、まだうまく処理できない。


「神は重い。殿より重い。守護者くらいにしろ」


アルダは少し考えた。


「では、正式名称は守護者。民からの呼称は守護神様」


「抜け道を作るな!」


子どもたちが笑った。


この前の男の子が前に出てくる。


手には、小さな布がある。


前にくれた『まもってくれてありがとう』の布とは別のものだ。


「守護神様」


「だから神は」


「ありがとう」


男の子が、布を差し出した。


そこには、少し歪んだ文字でこう刺繍されていた。


『ここにいてね』


胸の核が鳴った。


大きくではない。


静かに。


深く。


俺は布を見下ろした。


ここにいてね。


重い。


すごく重い。


でも、嫌な重さではなかった。


「……俺は、いつでも逃げるぞ」


男の子が笑った。


「でも、いるでしょ?」


「……質問が鋭い」


俺は布を受け取った。


石の指でも落とさないように、いつになく慎重に。


リリアが隣で嬉しそうに見ている。


やめろ。


そういう顔をされると、こちらの言い訳が全部崩れる。


「ガルムさん」


「何だ」


「よかったですね」


「よくない。責任が増えた」


「でも、嬉しそうです」


「顔がないから判定不能だ」


「核が光っています」


「不具合だ」


「はい」


「信じるな」


「はい」


リリアは笑った。


そこへ、アルダがもう一枚の羊皮紙とペンを差し出してきた。


「最後に、認定状への署名を」


「待て」


俺は受け取って、固まった。


ゴーレムの石の指は、ペンを握る用にできていない。


「……これ、書けないんだが」


「指印で構わん」


「指印という最終手段、ちゃんと用意してあるのか」


「想定済みだ」


「準備よすぎる! 退路がないだろ!」


俺は指の腹に朱を塗られ、羊皮紙へ押し付けられた。


ぐにゃり、と巨大な印が広がる。


羊皮紙の半分が、俺の指印で塗りつぶされた。


たぶん、認定状史上、もっとも大きく、もっとも読めない印だった。


「立派なものだ」


アルダが満足げにうなずく。


「不格好の間違いだろ!」


広場の人々が拍手を始める。


騎士たちも、兵士たちも、避難民たちも。


拍手というものは、ゴーレムにとって非常に困る。


どう受け取ればいいか分からない。


魔王軍では、拍手などされたことがなかった。


命令。


罵声。


嘲笑。


それが普通だった。


だから、俺はどうしていいか分からず、とりあえず指を一本上げた。


子どもたちが歓声を上げた。


どうやらこれでいいらしい。



同じ頃。


魔王城の軍務室には、重い空気が満ちていた。


ヴァルザは机の前に立っている。


その正面には、魔王軍上層部の黒衣の使者。


さらに、負傷した四天王ザリウスの代理として、紫の紋章を持つ魔導士が控えている。


机の上には報告書が積まれていた。


新型魔導ゴーレム部隊、壊滅。


グラゼル敗北。


ザリウス重傷。


防衛線の不安定化。


第七城門の修理頻発。


ガルム帰還交渉失敗。


そして。


旧式ゴーレム、ガルムが古代神鉱守護兵である可能性、極めて高し。


「ヴァルザ」


黒衣の使者が冷たく言った。


「説明を」


ヴァルザの喉が動いた。


「ガルムの価値については、現在調査中で」


「調査中?」


使者は一枚の古代文献の写しを持ち上げた。


「古代文献には明記されている。神鉱守護兵ガルム型。外装を岩石で覆い、魔王城第七城門に封印配置。長期防衛任務に適応。中核素材、オリハルコン」


ヴァルザは答えられない。


「これを貴様は、石くずと呼び、追放した」


「当時は外見上の劣化が著しく、戦力価値を」


「確認を怠った」


短い言葉だった。


だが、ヴァルザの顔色が変わる。


「さらに、追放後、人間側に拾われたガルムは覚醒。魔王軍新型部隊を破壊し、四天王の大魔法すら反射した」


「それは、聖女の介入による偶発的な」


「言い訳は不要だ」


使者の声は冷たい。


「貴様の新型魔導ゴーレム部隊は、旧式の代替に失敗した。補給路、城門、前線維持に障害が発生している。兵士たちの不満も拡大している」


ヴァルザは拳を握る。


「新型部隊の運用は、まだ調整段階で」


「そして、その調整段階で、最重要防衛資産を敵側に渡した」


敵側。


その言葉に、ヴァルザの口元が引きつる。


捨てたのだ。


奪われたのではない。


渡したのでもない。


自分で捨てた。


だが、上層部の記録では、もはや「敵側に渡した」と同義だった。


「ヴァルザ。貴様を新型魔導ゴーレム部隊統括の任から解く」


軍務室が静まり返る。


若い参謀が息をのむ。


ヴァルザの顔から血の気が引いた。


「お待ちください。私はまだ」


「第七城門防衛再編の権限も剥奪する」


「しかし、ガルム回収計画は」


「失敗した」


使者は淡々と言った。


「今後、ガルムへの対応は上層部および四天王残存勢力が協議する。貴様は謹慎だ」


「謹慎……」


「正式処分は追って下る」


ヴァルザは何か言おうとした。


だが、声が出なかった。


机の上には、ガルムを追放した時の処分書類の控えが置かれている。


ご丁寧に判子まで押してある。


かつて自分が、地面に投げ捨てた書類。


その一枚が、今度は自分を裁く証拠になっていた。


黒衣の使者たちが去る。


軍務室に残されたヴァルザは、椅子に崩れるように座った。


「……石くずが」


そう呟いた声に、もう力はなかった。


若い参謀は何も言わない。


ただ、机の上の古代文献と処分書類を見ていた。


魔王軍は失った。


古く、汚く、口の悪い。


けれど三百年、門を守り続けた守護兵を。



感謝式が終わった後。


俺はエルド門街の外れ、街門の前に座っていた。


正式には守護者。


民間呼称は守護神様。


不服である。


非常に不服である。


だが、布は手放せなかった。


『ここにいてね』


そう刺繍された布を、俺は膝の上に置いている。


膝と言っていいのかは不明だが、まあ膝だ。


リリアが隣に座った。


「お疲れさまでした」


「疲れた。戦闘より疲れた」


「感謝されるのは苦手ですか?」


「苦手だ。どう返せばいいか分からん」


「指を一本上げていましたね」


「あれしか持ち技がない」


「皆さん、喜んでいました」


「ならいいが」


沈黙。


夕方の風が街門を通り抜ける。


かつて俺は、魔王城の第七城門に立っていた。


三百年。


命令されたから。


他に行く場所もなかったから。


それだけだった。


今、俺は人間の街門の前にいる。


命令ではない。


契約書もまだ怪しい。


退職金も未回収。


でも。


ここにいてね、と言われた。


リリアが俺を名前で呼んだ。


街の人々が礼を言った。


騎士たちが頭を下げた。


子どもが手を振った。


それは、思っていたよりずっと重い。


だが、悪くない重さだった。


「リリア」


「はい」


「俺は、守護神ではないぞ」


「はい」


「ただの旧式ゴーレムだ」


「はい」


「口が悪くて、逃げたがりで、責任を取りたくない」


「はい」


「でも」


俺は街門の向こうを見る。


夕日に照らされた街。


石畳。


笑い声。


修理中の壁。


俺の守った場所。


「ここが壊されるのは、少し困る」


リリアはすぐには答えなかった。


その沈黙が、やさしかった。


「はい」


彼女は静かに言った。


「では、少しだけ守ってください」


「少しだけか」


「少しずつで大丈夫です」


「またそれだ」


俺はため息をついた。


「便利な言葉だな、本当に」


リリアは笑った。


その笑顔を見て、核が鳴った。


もう、故障ではない。


たぶん。


「……やってらんねえ」


俺は小さくつぶやいた。


でも、その声は以前ほど苦くなかった。


風が吹いた。


砦の旗が、ゆっくりとはためく。


俺は門前の自分の影を見下ろした。


以前、荒野で見たひび割れた影とは、少しだけ違う形をしていた。



夜。


砦の修理場では、ドルムが静かに待機していた。


第七城門の倉庫にいた旧式ゴーレム。


魔王軍の命令術式を壊され、今は人間側の魔導技師たちによって調査と修理を受けている。


胸の核には、古代文字の刻印。


リリアや魔導技師たちは、その意味をまだ完全には読めていない。


ただ、一部だけ分かったことがある。


刻印には、識別名らしきものが含まれていた。


神鉱守護兵、補助機。


それは、ドルムもまたただの旧式ではない可能性を示していた。


修理場の隅で、ドルムの核が青く光る。


「ガルム……識別……守護対象……不明……」


かすかな声。


誰も聞いていなかった。


その頃、遠く離れた魔王領の地下で、何かが小さく軋んだ。


闇の中に、青い光が、ひとつだけ灯った。



同じ夜。


俺は砦の中庭で、くしゃみが出そうな気配に襲われていた。


くしゃみの器官はない。


だが、確かにそんな感じがする。


「……誰か噂してるな」


俺は空を見上げた。


星が出ている。


平和な夜だ。


少なくとも今は。


隣ではリリアが、街の子どもたちからもらった布を丁寧に畳んでいる。


「どうしました?」


「嫌な予感がする」


「魔王軍ですか?」


「いや」


俺は胸の核に手を当てた。


なぜか、遠くで誰かが目を覚ましたような気がした。


同じ石。


同じ核。


同じ古い命令の残り香。


「もっと古いやつだ」


「古い?」


「分からん。分からんが、面倒の気配がする」


リリアは少しだけ笑った。


「ガルムさんは、いつも面倒と言いますね」


「実際、面倒だからな」


「でも、逃げませんよね」


「逃げるぞ」


「本当に?」


俺は黙った。


空を見た。


街を見た。


砦を見た。


リリアを見た。


そして、手元の布を見た。


『ここにいてね』


やってらんねえ。


本当に。


「……状況による」


リリアは嬉しそうに笑った。


俺は目の光をそらす。


何かが、ひとつ終わったような気配がした。


だが、どうやら俺の退職後生活は、まだまだ静かにはならないらしい。


「契約書、早く作ってもらわんとな」


「はい。守護者としての正式契約ですね」


「重くするな!」


俺の叫びが、夜の砦に響いた。


その声を聞いて、見張りの騎士たちが笑う。


もう、誰もそれを石くずの声とは呼ばなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

これにて第1章は完結となります。


少しでも楽しんでいただけましたら、

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次章も引き続き投稿していきますので、

よろしければまたお付き合いください。

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