12 物語で退治する
人は、物語に心を動かされる。
ときに怯え、ときに救われる。
ならば――
やさしい物語が、恐れをほどくこともあるはずだ。
「草双紙の中で退治って……。この中に、桃太郎とか源頼光とか、登場させるってことですか?」
水絵が聞き返すと、鏡之介はぶっと吹き出した。
「桃太郎に頼光って……あっはははっ!」
吹き出しただけでは足らず、大笑い。
水絵には、鏡之介が何故笑っているのか、さっぱり分からない。
「何がそんなにおかしいんです?」
しかし、鏡之介のほうは、笑いが止まらないらしく、返事も出来ないし、仕舞いには、笑いすぎて咳き込む始末。
さすがに水絵も腹が立ち、不機嫌な顔で睨むと、鏡之介はようやく笑いを収めた。
「いや、草双紙の中に桃太郎が現れて、猫又をやっつけるとは……水絵らしいと言えば、水絵らしいのかもしれねえが……」
そこでまた思い出したのか、くすくすと笑う。
「笑ってないで、真剣に考えてください! どうすればいいんですか?」
腹立ち紛れに、草双紙をぶんぶん振り回しながら言うと、鏡之介はにやりと笑った。
「その草双紙、誠太郎には面白いんだろうが、小さい子が読むには、ちっとばかり怖すぎるな」
水絵の手から、「大江戸猫又物語」をひょいっと取り上げる。
「人を恨んで仕返しする話ばかりだ。けど、猫又ってのは、仕返ししかしねえものか?」
問われて、水絵は自分が今まで読んできた草双紙を思い出す。
「そう言えば、仕返しするほうが珍しいかもしれません。わたしが読んだのは、恩返しをする話のほうが、多かったです」
「だろ?」
ふっと笑われて、気づく。
「そうか! 怖い猫又じゃなくて、人に恩返しする優しい猫又の話を読めば、るいちゃんも、気が楽になるかも……」
「そういうことだ」
鏡之介が頷く。その顔は、さっきの大笑いとは違い、穏やかな笑みを浮かべていた。
「鏡之介さん、明日……」
みなまで言わせず、鏡之介が告げる。
「明日の寺子屋、俺一人でなんとかする。水絵は、草双紙探しに行ってこい」
――翌日、夕方。
水絵が草臥れはてて眞性寺に戻った時、寺子はすでに帰っていた。
一人、手習いに朱入れしている鏡之介は、水絵に気づくと顔を上げた。
「草双紙、見つかったか」
「それが……」
水絵は、鏡之介の前に座るとため息を吐いた。歩き回った足が痛い。
目指す草双紙が見つかっていれば、こんなに疲れを感じることはなかったかもしれないが――。
「とりあえず、いくつかは買ってみたんですけど……」
今日一日のことを、鏡之介に話す。
水絵が最初に言ったのは、貸本屋だ。しょっちゅう本を借りているので、水絵は常連。貸本屋は、色々探してみてくれたが、これぞ、という物は見つからない。
それから、水絵が向かったのは、神田。
「地本問屋を回ったんですけど、あんまりいいのがなくて……」
だから、日本橋まで足を伸ばした。
「そっちでも、るいちゃんに向いてるのは、見つかりませんでした。まあまあかな、と思ったのがこれなんですけど……」
水絵が出した三冊の草双紙を、鏡之介はぱらぱらとめくる。
「水絵は、これでいいって思ってねえんだろ?」
水絵は頷く。
「怖くない猫又の話を探したんですけど……どれもちょっと違うって気がするんです」
賢い猫又が僧侶と問答したり、美女に化けて妻となったりでは、るいは喜ばない。
「商売繁盛とか、出世するとかも、るいちゃんにはしっくりこないんじゃないかと思うんです」
「俺もそう思う」
鏡之介は草双紙を床に置くと、水絵に尋ねた。
「水絵は、どんな話ならるいが喜ぶと思ったんだ」
「たとえば……子猫を助けてもらった母猫が、恩返しするとか。猫又とはちょっと違うかもしれませんけど、小さいうちに亡くなってしまった猫が、極楽で楽しく暮らしているとか……」
すると、鏡之介はまた、はははっと声を上げて笑った。
「なんですか?」
水絵がむっとすると、鏡之介は、笑いを収めて言った。
「水絵には、もう答えが出てるじゃねえか。貸本屋にも地本問屋にも売ってない草双紙は、自分で作るしかないだろう?」
「はああ!?」
水絵は、呆れて大声を出してしまった。
「そんなの、無理に決まってるじゃないですか。わたしは戯作者じゃないんですから」
すると、鏡之介は真顔になって言った。
「戯作者だって、生まれた時から戯作者だったわけじゃねえ。面白い話を考えて、書いて、戯作者になるんだ。おまえはもう、面白い話は思いついているんだから、あとは書くだけだろ?」
「書くだけって……」
ずいぶん簡単に言ってくれる、と思っていると、たたみかけるように鏡之介が言う。
「読み書きは得意だろ、水絵先生?」
水絵は、なんと答えていいか分からない。
「それに、お伽話みたいなのは、しょっちゅう作って、ちびたちに聞かせてやってるじゃねえか」
などと言い出す。
「え?」
「縫い物教えながら話してやってるあれ、おまえが作った話だろ?」
そう言われて、心の臓がどくんっと鳴る。
「気づいてたんですか?」
「最初のうちは、ずいぶんいろんなおとぎ話を知ってるんだなぁと思ってたんだが、どうも妙だと気づいてな」
縫い物を教えている時、鏡之介はそろばんを教えている。
「そろばん教えながら、聞いてたんですか?」
すると、鏡之介は苦笑した。
「聞こうと思わなくても、耳に入ってきちまうんだよ。桃太郎やかぐや姫なら、聞き流したんだが。次から次へと新しい話が出てくるんで、どうにも気になってな。全部、おまえが考えたんだろ?」
「そうですけど……どれも、その時の思いつきで話していただけです。るいちゃんが気に入るような話を作れるかどうか……」
草双紙という形に出来るかどうか、不安がわき上がる。
「そうか? ちびたちは夢中で聞いていたぞ? 縫い物の手が止まって、おまえに叱られたりしてたじゃねえか」
そんなところまで見ていたのか……と、水絵は驚く。それと同時に、鏡之介がそこまで言うなら、自分には出来るのかもしれない、と思った。
「わたしに、できますか?」
それでも、念を押さずにはいられない水絵に、鏡之介はきっぱりと言った。
「子どもが喜ぶ話を作れる……それも、おまえの才だ」
「わたしの…才?」
鏡之介は、真剣な表情で水絵に言った。
「そのおまえの才、るいのために使ってやれ」
物語を読む側から、作る側へ。
それはほんの小さな一歩のようでいて、とても大きな変化でもある。
水絵の「才」が、るいの心をほどく鍵になる。




