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11 草双紙の中の怪

人は、ときに見たものよりも、見てしまった「物語」に怯える。

それが、ただの紙の上の話であっても。



 ――翌日。

 水絵たちは、ふたたび礼次を呼び止めた。

 そして、寺子たちが皆帰ったのを確かめた後、鏡之介が礼次に言った。


「猫又の正体がわかった」


「ほんと!?」


 驚きに目を見開く礼次の前に、水絵は一冊の草双紙を、すっと置いた。

 その表紙を見た途端、礼次の表情は、驚きから気まずさに変わった。そして、ごくごく小さな声で、


「ごめんなさい」


 と言うと、うつむいて、拳を握りしめた。

 礼次の前に置かれた草双紙の表紙には、大きな口を開けた、恐ろしい姿の猫又が描かれていた。

 水絵は、残りの四冊も重ねて隣に置いた。


「これ、誠太郎の本よね?」


 礼次はこくりと頷き、ちょっと涙ぐみながら言った。


「誠太郎さま、母上さまに禁じられていたのに、草双紙、買っちゃったんだ。それが、母上さまに見つかってしまって……」


 水絵と鏡之介は、思わず顔を見合わせた。そんなことだろうとは思っていたが……。


「それで、礼次が預かったのか」


 鏡之介に問われ、再び頷く。

 子どもにありがちなことだと、水絵は思った。

 一冊だけなら……と、買ってしまい、気づけばどんどん増えていく。

 幸い――と言っていいかどうかは分からないが――母親に見つかったのは一冊だけだったという。それは燃やされてしまったが、残りの五冊は免れた。

 しかし、母の怒りは大きく、眞性寺に行くことは禁じられてしまった。


「だから、誠太郎さま、私塾の帰りにうちの髪結床に寄って」


 残りを礼次に預けた。


「おれ、すぐに寺子屋の『誠太郎文庫』に並べるつもりだったんだけど……」


 クロの葬儀や、その後のるいの不調に気を取られ、すっかり忘れてしまっていた……と、礼次は白状した。

 思い出して、「誠太郎文庫」に並べたのが、四日ほど前だという。

 つまり、るいがこれを読んだのは、自分の家ということになる。

 この草双紙には、猫又の怪異物語が数編収められている。猫又が老女や美女に化けて人をたぶらかしたり、時には人の命まで奪う。


 だが、るいが見てしまった猫又は――。

 水絵は、「大江戸猫又物語」の、中程を開いた。


「るいちゃんが布団から出られなくなったのは、この話のせいだと思う」


 それは、子猫を殺された母猫の復讐譚だった。我が子を殺された母猫が猫又となって、子猫の命を奪った男に襲いかかる、という話だ。


「クロが死んじゃったから? ミケが猫又になって、るいを襲うと思ってるってこと? そんなのおかしい。クロが死んだのは、るいのせいじゃない!」


 泣きながら叫ぶ礼次に、鏡之介は穏やかに言った。


「ああ。るいのせいじゃねえ。るいは、ちゃんとクロをかわいがっていた。ミケがるいを恨む筋合いはねえ。それは、みんな知っている。けどな、そのみんな知っていることを、るいだけが知らねえんだ」


「そんな……」


 礼次は「大江戸猫又物語」を、憎い仇のように見つめた。

 水絵はちらっと、鏡之介を見た。おそらく、るいがミケを恐れているのは、そのせいだけではない。葬儀の翌日、るいは悲しみのあまり、「大っ嫌い!」と言って、ミケを責めていた。だから、なおさらミケを恐れるようになったのだろう。

 そのことを知っているのは、水絵と鏡之介のふたりだけ。目が合うと、鏡之介はかすかに首を横に振った。あのことは言うな、という意味だろう。


「おれのせいだ……」


 礼次がつぶやいた。


「おれが、すぐに、寺子屋に持って行ったら、るいは読まなかったんだから」


 すると、鏡之介はとても優しい声音で言った。


「それは違うな。おまえの家にあっても、『誠太郎文庫』の中にあっても、るいはこれを読んだだろうよ。猫が大好きなんだから」


 その言葉を聞いた礼次は、袖でぐいっと涙を拭くと、鏡之介と水絵を交互に見ながら言った。


「おれは、何をしたらいい?」


 礼次の頭をそっと撫でながら、鏡之介は微笑んだ。


「昨日と同じだ。猫又退治は大人の仕事だ。俺たちに任せろ。礼次のすることは、できるだけるいのそばにいてやること」


 礼次は、昨日と同じように、こっくり頷いた。


「今度は猫又退治ですか? 確かに、大人の仕事だとは思いますけど……」


 礼次が帰った後、水絵は鏡之介に昨日と同じような文句を言った。


「今度も、勝手に『俺たち』なんて言っちゃうし。絵の中の猫又を、どうやって退治するんですか」


 草双紙に描かれた猫又の挿絵を見ながら、水絵はため息を吐く。

 本当に、呆れるくらい恐ろしげな猫又の絵だった。るいが怖がるのも無理はない。


「だいたい、この猫又の絵、恐ろしすぎるんですよ。もうちょっと、愛嬌がある猫にしてくれればいいのに……」


 水絵がそう言った途端、鏡之介は膝をぽんっと叩いた。


「それだ!!」


 鏡之介にしては珍しい大声にびっくりして、水絵は草双紙を取り落としそうになる。


「おどかさないでくださいよ。……で、『それだ』って、どういうことです? この猫の絵を描き変えるってことですか? そんなことしたって」


 るいの気が変わるとは思えない……と水絵が言うより先に、鏡之介が笑った。


「草双紙の中の猫又はな、草双紙の中で退治するのが筋ってもんだ」


猫又退治――といっても、今回は刀も呪文も出てきません。

相手は、草双紙の中の化けもの。

ならば戦いの場も、やはり――紙の上。

次回をお楽しみに。



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