おまけ
「し、閉まらない。どうしよう、トランク小さかったかなあ。」
「それってトランクの大きさよりも中身が多いからじゃないの?」
「というよりも朱里の用意した菓子類が多すぎなんじゃないか。」
理子の部屋のベッドに座りながら翔里が呆れたように、フローリングの床でトランクと格闘している理子と、その脇に座りながらトランクのポケットから取り出したポッキーを食べている朱里を見下ろしている。
「荷物、入りきりませんか?」
「あ、悠ちゃん。うん、何とか入れてみようとは思ってるんだけど。」
部屋のドアを開けた悠里の両手には人数分の麦茶の入ったグラスがあり、それをひとつずつ手渡していく。
「悠ちゃんはもう準備できてるの?」
「ええ、私の場合は向こうで用意してくれるものが多いので大して準備する必要がないんです。」
そう答えながら悠里は机の前にあった椅子に座った。
理子の決意後、留学の話はとんとん拍子に決まり、今は翌日に出発するための準備に追われているところだった。悠里も病院の院長をなんとか説得し、病院に席はおきつつ研究生として1年間の留学を認めてもらったのだ。
「でも学校での寮生活なんて大丈夫なのか?理子。」
飲み終えたグラスをトレーの上に戻しながら、いまだトランクの中身をどうしようかと悩んでいる理子に翔里が尋ねる。
「ホームステイもあったけど、やっぱり自分で生活してみたくって。心配もあるけど、それ以上に楽しみなほうが大きいかな。」
「そうじゃなくてさ。その寮って男女兼用なんだろ?変な男が寄り付かないかって翔里は心配なんだよ。」
理子の答えに朱里がそうじゃないと訂正しながら翔里をからかうと、むっとしながらも否定しないところを見るとどうやら図星だったらしい。
「変な男って・・・。翔くんも心配しすぎだよ。さっきも生水は飲むな、知らない人から物はもらうなって。もう子供じゃないんだから。」
「私も隣国ですから時間があれば、会いに行きますし大丈夫ですよ。」
微笑みながら言う悠里の言葉どおり、理子が留学するのはドイツの隣国のデンマークだ。言葉がある程度できるというのも留学先を決めた理由だったが、桐生の両親と実の両親が一度は住んだその国を自分の目で見たかったのが主な理由だった。
「悠兄って本当に抜け目ないというか。まあ、でも僕も今度の作品は海外中心に撮るみたいだし。僕も遊びに行くからさ。 」
「二人ともちゃっかりしてるよな。俺なんか桐生の家のこと全て任された上に、大学に仕事に空手教室まで入ってるんだ、いくら身があっても足りないぜ。」
ベッドに座ったままの翔里が呆れたような声を出すのを、理子は一旦、床から立ち上がるとベッドに座る翔里の横へと座った。
「翔くんには毎日は無理かもしれないけどメールするから。1年間なんてあっという間だよ、その分の思い出だって私たちにはいっぱいあるじゃない。」
なだめるように言うと翔里がそれならば、と理子の顎に手を添え頼んでみる。
「1年間会えないんだから、1年分の思い出くれるよな?」
「1年分の思い出って・・・何?」
何か嫌な予感はしながらも恐る恐る尋ねる理子の耳元に、いつの間にかそばにいた朱里がそっと理子の耳に
翔里の言いたいことを伝える。
「っ・・・・!」
「あ。理子、顔真っ赤。想像しちゃった?」
考えるのでさえ恥ずかしくなりそうなことをさらりと告げた朱里を睨もうとするのを、悠里の一言が遮る。
「私たち3人を愛しているんですから、平等にしましょうね。」
朱里が囁いたことなど聞こえていないはずなのに、意思疎通したかのように悠里はそう妖しい笑みで言うと、ゆっくりと椅子から立ち上がり、そのまま理子の前へと跪いた。
美しく、聡明な3人の兄弟に囲まれた理子。
これからの関係はきっと人には言えない桐生家の事情となるのを、兄弟たちは理子を見つめながらもそう満足気に感じていた。