最終話
「ちょっと待って・・・。朱里と結婚ってそんな急な話・・・。」
カップを両手で支えながら理子はゆっくりとそう口にする。その呟きに答えたのは悠里だった。
「勝手だとは思います。まだ学生である理子にこんなことを求めているのですから。しかし他に何かいい考えがありますか?」
「そういうことじゃなくて。私が言いたいのは、皆私を守るためって言ってるけど何も私の考えなんか聞かないで決めてるじゃない。」
悠里も翔里も、まるで朱里と一緒になることが最善の方法であるかのように話している。それが理子を守るためだとはいえ、理子にとってみれば本人の意見も聞かずに話しを進めているのを好ましく思うはずはない。
「朱里との写真のことは私にだって責任があるんだもの、こんな風にただ決められるなんて私は嫌だよ。」
「・・・ということは理子はもう決めてるんだよね。誰を選ぶのか、どうするのか。」
はっきりと悠里の提案に拒否を示す理子に、揺れるコーヒーの波面を見ていた朱里がすっと視線を理子へと向けた。
「うん。・・・私は誰も選ばない。それが今の私の選択。」
「それはひとりに選べないからっていう選択なのか?」
以前にも理子は3人の中から誰も選べないという理由で別れを告げようとしたことを、翔里は確認するように尋ねる。
「ううん、そうじゃなくて前々から思ってたことなの。このままだったら私は3人の将来の妨げになるかもって。でも考えるのが怖くて逃げてばっかりいた。だから今日、弥生さんに言われてはっきりした。」
「彼女が何と言おうと、理子を蔑ろに思うことなんか未来永劫ありえません。」
普段は現実的な悠里が不確かな将来を約束するかのような言葉をつむぐのに、理子は少しだけ微笑みを浮かべながら頭を振る。
「そうじゃないの。今の私のままだったら誰かひとりを選んでもきっと近い将来、自分に対して何度もこれで正しかったのかと後悔するかもしれない。それは今の自分に自信がないから。」
思いを寄せてくれる3人の気持ちは嬉しいし、それぞれに3人に惹かれている自分がいるのも認める。けれど今の自分には胸を張って
彼らと対等に付き合える自信がない。
現時点で流されるように朱里を選んでも、きっと後に後悔することになるかもしれない。そんなことになれば本気で向かい合ってくれている朱里にも顔向けができなくなるだろう。
「私にとっては悠ちゃんも、朱里も、翔くんも大切なひとなの。だから中途半端な気持ちでなんか一人に決められない。」
選べない、ではなく選ばない。
その選択は兄弟3人にとっては最善の選択ではないのかもしれない。
でもそれが今、一番自分の望む選択なのだ。
「だから時間を私にちょうだい。皆に守られるだけの私じゃなく、一人でやっていけるだけの環境と時間を。」
「どういう意味だ?」
理子の言葉に翔里は言葉の意味を捉えようと問いかける。
「大学から連絡があって。1年間の交換留学生のひとりに私が選ばれたけど受け入れるかって。即決はしなかったけどなるべく早くに連絡がほしいって言われたの。」
さきほどの電話は大学からの事務だった。どうやら何人かが最終審査に絞られたが、そこからがなかなか決まらなく連絡が遅くなったと言っていたのを理子は思い出しながらも3人へと伝える。
「留学っていつの間にそんな話になってたんだ?」
「色々とあったらしくて、私も本当は今日まで知らなかったの。」
「・・・理子の返事はもう決まっているんですよね?」
翔里の問いに答えるように理子が言うと、悠里はまっすぐに理子の目を見た。
「・・・うん。急だとは思ったけどいい機会だと思うの。1年間、私は3人と離れて生活してみる。その間に3人の気持ちが変わるかもしれないし、私も何か変化があるかもしれない。」
3歳のときに引き取られてから、兄弟3人とはずっと一緒に生活をしてきた。守られるのが当たり前になっている今の状態では、きっとこの先にある困難にぶつかってもまた3人に頼ってしまうかもしれない。
強くなりたい。
そして自信を持ってこの人が自分の将来の相手なのだと言える自信がほしい。
理子の決断に誰もが突然のことに言葉を失くす。理子が誰も選ばないという考えの裏には独り立ちしたいという強い思いが見え、
複雑ではあるが反対することができなかった。
「悠ちゃんも家のことは考えないで、好きな仕事をしたらいいと思う。朱里だってこれからの拠点を海外へ移せるかもしれないし。翔くんだってもっと大学に近いところにアパートだって借りられる。もう私のためにここにいる必要はないんだよ。」
3人が常に理子のことを第一に考え、行動していたことは理子にもわかっていた。それに甘えてばかりの自分とは決別しなくては
これからも自分に自信など持つことができないだろう。
「僕はさ、別に理子と一緒にいられるんだったら戸籍とか、法律とかあまり興味はないんだ。」
黙っていた朱里が理子の言葉に反応するようにゆっくりと口を開く。
「もちろん理子と将来一緒になれるっていう形が結婚だっていうなら僕だって嬉しいけど、でも理子が望まないことは僕もしたくはない。」
「1年なんて意外とあっという間なんだよな。その間くらい俺がここで桐生の家のことくらい仕切れるさ。」
悠里がドイツへ行く1年間と理子が留学する1年間。その日数は大学と始めたばかりの仕事に追われれば、案外早く時がたつだろうと思いながら翔里は言う。
「いつだって理子には驚かされてばかりですね。それに朱里と翔里のほうが私よりも大人だ。離れる時間ではなく、考える時間を理子に与えようとしている。」
いつだって桐生の面倒を一切引き受けてきたと思っていたのに、実際には弟たちのほうが自分よりも理子のためにと理子の提案を受け入れている。
「悠ちゃんは反対・・・?」
無意識なのだろうが少しだけ上目使いに悠里に視線を送る理子に、悠里は自分自身に苦笑しながらも頭を振った。
「いいえ。それが理子の為ならば。でも写真の件はどうしますか?」
「それだったら悠兄の言うようにこっちから最初に公表するよ。もちろん理子のことは一切ふせてね。」
朱里の言葉に翔里が思ったままに尋ねる。
「できるのか?そんなことが。」
「事務所の協力を得れば難しいことじゃないと思う。それに僕は役者だからね。」
事実だと思わせる自分の演技力に、頭の切れる陽子、広く顔の効く社長に相談すれば何とかなるかもしれない。
いや、何とかするのだ。全ては理子のために。
理子の選んだ選択によって、さっきまで考えもしなかったことが頭に浮かんでくるのを朱里は自信に満ちた表情で答えた。
聡い朱里のことだ。きっと杞憂などでは終わらないだろうと悠里も翔里もこのとき確信する。
「みんな、ありがとう。私、桐生家の子で本当によかった。」
泣きそうになるのを堪えながらも、その嬉しさを微笑みにかえて理子は心からそう思う。
1年後にどうなるのかなんて誰にも想像はつかない。
1年経って理子の気持ちが誰かに決まっても、その時点でその相手は理子に気持ちはなくなっているかもしれない。
しかし、それならそれでお互いに1年間は必要な時間だったのだろうと理子は思うだろう。
それでも理子が桐生の家の家族であることにかわりはない。
「悠ちゃん、朱里、翔くん。」
呼びなれた名前に3人はそのまま理子を見つめる。
「愛してるよ。」
今まで聞きたくても聞けなかった理子のその初めての一言に3人はふんわりと微笑んだ。
終。
とりあえず第二部終了といったところでしょうか。前回同様、3人の中から選ぶという選択は今回もなかったけれど、理子自身が流されずに前へ進もうとするのも、ひとつの選択ではないかと思って今回こういう終わり方にしました。これからしばらく創作期間にはいりますが、次回には成長した理子と兄弟3人を見ていただけたらと思います。
最後まで読んでくださった皆様、メッセージをくれた方々のおかげでここまで書くことができました。
ありがとうございました!
よかったら『おまけ』も読んでみてくださいね。




