その後の32
その提案に誰もが驚いたように悠里を凝視した。
「写真を公表するって自ら世間に朱里と理子の関係をばらすのか?」
翔里が繋いでいた理子の手に知らずに力をこめる。その強さに一瞬だけ理子は眉間に皺を寄せるも、何か言う前に悠里が
立ち上がってやんわりと翔里に注意した。
「理子、コーヒーをいれてもらえますか?私も手伝いますので。」
翔里の質問には答えずに理子を自然にキッチンへと向かわせると、悠里もそのあとを追う。
仕方なく朱里と翔里もそのあとへと続くと、悠里が並べたコーヒーカップに理子がコーヒーを注ぎいれているところだった。
翔里と悠里には何もいれずにブラックのまま、朱里には砂糖とミルクをたっぷりいれ、そして自分用にはミルクだけと好みにあった
コーヒーを入れると、そのまま3人の前に差し出す。
「ありがと。それで写真を公表するって何か考えでもあるんだろ?」
コーヒーを受け取った朱里が理子に礼を言いながらも、悠里の言った意味を知ろうと再び質問する。キッチンテーブルのカウンターチェアに腰かけるようにしていた悠里はコーヒーを一口飲むと自らの考えを話し出した。
「いずれこのままでは好き勝手に想像されるだけです。それならばこちら側から写真とともに理子の存在を説明してしまえば、向こうも手出しができないでしょう。」
「説明するって義理の妹だって公表するのか?」
悠里の隣にいた翔里が、しかしそれでは意味がないのではと、訝しながらも悠里の言いたいことを先回りして言う。
「はい。そしてふたりは婚約中であると発表するんです。」
その言葉に悠里以外の全員が驚いたように悠里を見つめるも、衝撃的な言葉を放った当の本人は淡々と話を続けている。
「血縁関係がなかろうと、同じ姓を持つもの同士が男女関係にあると知られれば世間は良い感情は持ちません。けれど当の本人たちが結婚を前提にして付き合っていたら?多少の抵抗はあるかもしれませんが、それでも今のように黙っているよりかははるかにましな解決策だと私は思います。」
「ちょっと待て、悠兄。理子は確かに養子だけど、桐生の姓のままで結婚することなんて不可能だろう。」
翔里が悠里の提案に待ったをかける。理子は特別養子縁組だったはずだ。そんな彼女が同じ桐生の名前で婚姻を結べることは
可能ではないはずだ。
「いえ、できますよ。理子か、朱里が桐生の戸籍からはずれればいいだけのことです。」
「でも以前に藤堂雅人が特別養子だと婚姻は結べないって言ってたじゃないか。」
悠里の提案に翔里が以前に雅人から言われたことを思い出して伝える。あの時、雅人は理子が特別養子縁組であるかぎり、兄弟の誰とも結婚はできないと言っていたはずだ。
「ええ、私もその時はそう思っていました。ですが先日、間宮さんのところに尋ねて詳しく聞いたんです。その結果、よくあることではないそうですが婚姻は可能だそうです。」
間宮さんといえば桐生家の顧問弁護士だ。その彼女が言うのならば事実そうなのだろう。
けれど突然言い出した悠里の心理がわからずに朱里が口を開いた。
「僕でも結婚できるってことは、それは悠兄や翔里にも同じことが言えるんだろう?なんで悠兄は僕にだけ理子と婚約しろだなんて言うんだ?」
理子の3人対する気持ちは悠里だって知っているはずだ。誰が一番だと理子が言っていない限り、悠里が何故に自分と理子を公の場で認めさせようとするのかが分からなかった。
「だから、それが一番最適な方法だからです。・・・言い換えれば他に方法がないんですよ。」
「それが理子を守る一番の方法なのか?」
「今、私に考えられることといえば、それくらいしか思いつかないんです。翔里も思うところはあるでしょうが理子の為なんです。」
翔里の問いかけに悠里はまっすぐに翔里の目を見ながら答える。
「・・・俺は結婚してもまだ独り立ちできる状態じゃない。それに朱里のことで騒がれても一応は規制がひかれるしな。」
いくら兄が有名人であろうと翔里は未成年であり一般人だ。完璧には無理でも、ある程度のプライバシーは尊重されることを悠里は
見越して言っているのは翔里にもわかった。
それならば悠里は?
一般人であろうと公共の病院で働いている彼が、朱里のことで色々と言われるかもしれない可能性は大だ。そんな翔里の思いを察したのか、悠里が自ら口を開いた。
「実はドイツに行くことを本格的に考えているんです。とりあえず1年間の話なので、その間に日本には戻ってこられなくなるでしょうし、家のことは間宮さんに頼んでいくので問題はないと思います。」
以前から興味があって、一緒に働かないかと声もかけられていた。家のことが心配ということもあったが信用できる弁護士に、信頼できる弟たちがいれば自分などいなくても安泰だろう。
そう思っていたのを遮るかのように朱里が口を開いた。
「僕には悠兄が逃げているようにしか思えない。悠兄だって理子の気持ちは知っているはずだ。なのになんで理子の前からいなくなろうとするんだよ。」
斜め向かいに座っていた朱里が思っていたことをそのまま悠里へとぶつけるも、悠里はコーヒーカップに目線を落としたままだ。
「・・・私は理子が幸せならばそれでいいんです。理子は誰かひとりを選ぶか、誰も選ばないかと言った。だったら私は兄弟である朱里か翔里と幸せになってほしいんです。」
理子がこの先、誰ともわからぬ男と付き合うくらいならば同じ血をわけた兄弟と幸せになってほしい。それが自分のエゴと逃げだということも分かってはいるが、そうでも思わないと一生、理子を失ったという喪失感は消えないだろう。
翔里もそれは同じ考えだった。
結婚といきなりいわれて実感もないが、今の状態で理子を守るために必要なものはきっと自分には足りないものが多々あるのだろう。
長兄であり、一番の責任と自覚を持った悠里がこの家を出て行くとなれば、残りは自分か朱里しかいない。となると必然的に選ばれるのは地位も経済力もある朱里であることに異論はない。
「・・・俺も理子は朱里と一緒になるのが一番だと思う。公表されれば、多少は波立つだろうけど悠兄の言ったように理子を守る最適な方法だろうな。」
悠里の提案に賛成するように翔里もそう口にした。何かを言いかけていた朱里は複雑そうな表情をしたまま黙ってコーヒーの波面に視線を落としている。
そしてその沈黙を破ったのは今まで黙っていた理子だった。
次回、最終話予定です。




