第三章 其の弐 開幕 新緑の祝福
ついにこの日がやってきた。
巧と千早のデートの日。
待ち合わせに現れたのはめかしこんで一段と魅力を放つ少女の姿だった。
快晴。
……待ち合わせってだけで何というか胸にチリチリとした感覚を覚えてしまう。
ぶっちゃけ現地へ直接行く方が早いのだが、神奈の強権発動により指定された駅前バスロータリーに向かっている。
時計を確認すると予定の20分前。
よし、まだ余裕はありそうだ。
ありそうだったのだが
「あ、巧♪ おはようっ」
とても弾んだ千早の声が木陰から俺を迎えていた。
「え?」
もう居た。という感覚と同時に視界に入った少女の姿に思わず見入っていた。
薄青色のワンピースは半袖とスカートのすそのゆとりあるフリル状の折り返しが風に靡き、腰と首元にリボンがさりげなくアクセントを添える。日差しから彼女を守る麦わら帽子は手元にあり、景色の中で特別輝いて見えた。
見慣れた制服姿とは違う、私服姿の神ヶ丘千早がそこにいた。
「巧? どうしたの?」
「あ、えっと、その……千早」
「?」
「……め、めちゃくちゃ可愛い」
視線を逸らして聞こえないようにボソッと呟いた。
聞かれると恥ずかしいが、言わずにはいられなかった。
恐る恐る視線を千早に戻すと耳まで真っ赤にして手にした麦わら帽子で口元を隠していた。
「……ありがと」
とても恥ずかしそうに上目遣いで小さく答えてくれていた。
「あ、えっと、バス……ちょっと待ちそうだな」
誤魔化すように話しかける。
「う、うん、そうだね。で、でも、待ってる時間も楽しいよ?」
微笑んで答えてくれる千早を、俺はまともに見ることができずにいた。
まともに見ることはできないが……見ていたくもあった。
そんな時間は停留所にバスが到着するまで続くのだった。
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程よく澄んだ空気がゲート前を包んでいた。
大阪府立・花の文化園
高向という初見泣かせの地名を持つ丘陵地にその施設はある。
「はー、何とか事前情報取れてよかったです。ホントに高校生の初々しい初デートを監視ってどんな業を背負ったんですかね私達」
初夏の陽気にさらされながら萱島樟葉は入園チケットの支払処理を済ませる。
「流石に距離がありすぎるな。もう少し近づきたいところだが」
誠司郎はギリギリ届く視界に懸念を零す。視線の向こうには巧と千早が居た。
「やたらと黒い誰かさんが目立つんです。自覚してください」
私服姿の樟葉が頭痛を押し殺した渋面と半眼で応えていた。
白寄りアイボリーの半袖ブラウスと、淡いカーキのロングスカート。
歩きまわることを想定してか、足元はスニーカーだ。
対する誠司郎は、樟葉の言葉通り「漆黒」の一言、黒いポロに黒い細身パンツで黒いスニーカータイプのライディングシューズ。とどめは黒のボディバッグだった……。
何故か肩にはSILKとロゴが打たれたカメラ三脚バッグをかけている。
「下ろしたてなんだがな?」
不思議そうに首をかしげる。
「そういう問題じゃありませんよっ。大黒天かあんたはっ」
「そんな大層なもんじゃない」
「違うっそうじゃないっ。それになんで黒のKAWASAKI NINJA H2なんてやたら目立つバイクでやってくるんですか、お子様たちがめちゃくちゃ注目してましたよ」
今は駐車場に鎮座しているが、自衛隊装備も手掛ける川崎重工が世に送り出した地上を疾走る戦闘機。
到着直後は家族連れの子供が「すげぇっ!」「カッコいいっ」と、もの凄くキラキラした瞳で、ウォオゥンッとエキゾーストサウンドが鳴り響くモンスターバイクを眺めていた。
……あまつさえ人だかりができていた。
尾行って何だっけ?
「あれが一番役に立つからな」
「もーやだ、この人会話通じないぃ……」
かくして黒の申し子との戦いはこれからも続くのだった。
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さらに入場ゲートの裏側。
「なぁ、天見……」
角刈りの男子高校生、正木範義ことノリが不思議そうな顔で隣の同級生に呼びかける。
角刈りでサングラスをかけ、若干ミリタリーな装いのためミニチュアターミネーターが出来上がっている。
「何?」
「なんで俺、タクのデートを尾行せにゃならんのよ?」
ジンワリ滲む冷や汗。どうにも居たたまれなさが誤魔化せない。
「私が心配だからに決まってるでしょ」
「せやったら一人で行きぃな」
「一人だったら目立つでしょうが?」
そういう神奈の服装はかなり普段と印象を変えていた。
市内……大阪市の繁華街で見かけるようなギャルファッションというやつである。
茶髪のウィッグも被っており完全に別人だった。
「なんで俺が付き合わされてんねん」
「正木だって巧が心配でしょ?」
言われてうぐっと言葉に詰まる。
「まぁ、巧と恋愛偏差値がどんぐりだからアドバイスとかできないだろうけど気にしてるでしょ」
「さりげなくディスって来んのやめれん?」
「一応友情は認めてるわよ」
「いやさ、それならなんでカズにせんのよ。別にあいつでもえぇやん」
「……いや、山野は……ねぇ」
若干嫌そうに眉を顰める。
「考えてみて……変装しろって言っても180超えてる身長」
「うぐっ」
「で、何かあった時、例えば巧たちとニアミスしちゃったとき何言うか」
「うぐぐっ」
「正木の方が偽装キャラ作りやすいし」
「素直に褒められてる気がせんのだが……」
「仕方ないでしょ……少なくとも信用してるのよ? バレないように行くわよ」
むしろ、ミニチュアターミネーターとギャルのセットの方が目立つのではないかというツッコミを入れる者はこの場に居なかった。
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陽光が木々の隙間から差し込んで、光の帯を何本も生み出していた。
爽やかな風を感じながら歩道を並んで進むと欧風のアンティーク調な庭園ゲートが姿を現す。
「見て巧、バラ園だよ♪」
スカートのすそを揺らしながら千早がバラで彩られたゲートをくぐる。
『不思議の国に入ってくみたいだな……』
千早の装いがそういう連想を引き出していた。
そして、それがとてもよく似合っていた。
辺り一面に様々なバラが咲き誇っていた。
丁寧に整えられた庭園は、小説や映画で見るような雰囲気で俺たちを出迎えている。
甘い香りがこそばゆくもあり、どこか陶酔させられそうでもあった。
基本的に花に興味はないのだが、それでもこのバラ園の美しさは感じるものがある。
「わぁ♪」
千早の表情が一際輝いていた。
「ねぇ、見て巧。凄く綺麗だよ」
こちらをクルッと肩越しに振り返るその様が映画のワンシーンのように意識へ焼き付く。
何もないはずなのに、耳まで赤くなっていく。
「あ、えと……結構いいかもな」
直視できない。
けれど、見ていたい。
歓喜と焦燥が混ざったような何とも言えない感覚だった。
「ねぇ、巧、一緒にいこ♪」
恐る恐る手を差し出してくる。
その白い手が宝石のように眩しく見えた。
「あ、うん」
俺は俺で同じく恐る恐るその手に触れる。
互いに触れ合った瞬間ビクッと手を引いてしまっていた。
「わっ、と」
互いに顔を見合わせる。
赤くなった互いの顔を見て
「くっ、ぷ……っ、はははっ」
思わず吹き出していた。
千早は一瞬キョトンとしていたが、くすくすと小さく笑っていた。
「あはっ、あはは⋯⋯っ もう何やってんだろうね」
「こっちこそごめん、ほら」
今度は俺の方から手を伸ばす。
「うん、エスコートよろしくね」
やわらかい笑顔にとても愛おしさを感じながら触れた手の体温を感じていた。
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「……」
オペラグラス越しに様子を見ていた萱島樟葉は肩を微かに震わせ、頬にツゥッと流れる涙をハンカチで拭っていた。
「尊い……っ」
無意識にグッとこぶしを握る。
「何を言ってるんだ?」
「シャラップッ! 先輩っ、あの甘酸っぱいところから超激甘になった空間見て何も感じないんですかっ」
「……? 何をだ?」
「くぉの朴念仁めぇぇえぇぇ」
宗派がそもそも相容れなかった。
ついに巧と千早のデートが始まりました♪
二人の初々しい姿を堪能してください。
萱島樟葉さん……ここから中々おもろい人になってしまいました。
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