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第三章 其の壱 臨界 胃痛の限界値

無事に学校に復帰した楠木巧。

そして、帰ってきた巧に対し凄まじく入れ込む千早と手綱を握る神奈。

しかして、もはや神奈の方に限界が……。

 ほんの数日だった。

 一週間にも満たない僅か数日。

 巧が退院してからたったそれだけなのに……はっきり言って怒涛の日々だった。

 私は悟った。

 もはや後は無い、と。


 先週の事だった。巧が退院して、学校に戻り千早が初っ端からやらかしてクラスが騒然となったものの、千早と巧に起こった背景がやんわり伝わるにつれ、千早が興奮状態になっていることはクラスの共通認識になっていた。


 ……これでよかったんだろうか?


 表面上はそれでも大人しかったんだと思う。

 時々、生活指導から呼び出しをくらいそうな発言が飛び出すくらいだ。


 くらい?


 まぁ、あれだ。クラスの女子、お前らに言いたい。面白半分で好き勝手な事を吹き込むな。

 今のその娘はマヂでやりかねない。

 私が全部の発言網羅できるはずもなく、千早の中にどんな情報が密輸され蓄積されているのか確認するのも恐ろしい。

『ねぇ、神奈、危険日ってなにかな? 安全日なら大丈夫だよって何がだろ?』と素で言われたときはジュースを吹き出しかけた。

 えっと、とりあえず平日は曲がりなりにも巧と毎日学校で顔を合わせることができ、特攻しそうになる千早をほどほどに抑え込むのはだいぶ慣れた。


 ……本当にこれでいいのか?


 いや、とりあえずなるようになった。

 そう思う。

 しかし、学校というやつは土日は休みになる。

 盲点だった。

 巧と千早は私を介した知り合いであって、直接の通信手段を持ち合わせていない、という当たり前の事実に遅ればせながら気付かされた。

『神奈ぁ……巧がぁ、巧が居なくて辛いよぉっ、一日に一度は巧に会えたのにぃぃっ』

 というLINE通話がひっきりなしにかかってくる。

 ある意味、入院中の方がお見舞いという体で能動的に日参できていたのが抑止力だったのだと痛感する。

 放っておくのも怖いので相手をしていたが……ぶっちゃけキツイ。

 なだめすかして、時にはおだて。

 まぁ、疲れはするものの、千早の思いそのものは凄く純粋なもので嫌な気持ちになる類ではない。

 問題は濃度である。

 コンデンスミルクを煮詰めて圧縮し、樽で寝かせ、砂糖細工にぶちまけた後、これでもかと大盛に盛った脳天直撃な甘々連想をひたすら聞かされるのは地味にキツイ。

 しかも何が恐ろしいかというと、千早の「巧、会えないフラストレーション」自体は一切解消されていないのだ。

 つまり、何が起こるかというと。

『巧に会いたい……会いたいよぉ』

 ここに帰結するのだ。

 月曜の朝は酷かった……。

 この娘が遠目で巧を見つけた瞬間頬を染めてほわ〜んと魂を飛ばしていた。

 分かりやすくキャパオーバーしていた。

 「処理中です。しばらくお待ちください」というメッセージが出ているようだった。


 再起動した瞬間、まるで「赤い布見た闘牛」のような暴走娘を取り押さえ、沈静化させるために遅刻しかけたのは今思い出しても胃がしくしくと痛みだす。


 どうしてこうなった……。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 天見神奈はいつになく真剣な眼差しで神ヶ丘千早を見据えていた。

「ねぇ千早? 巧をデートに誘ってみない?」

「え?」

 鳩が豆鉄砲を食ったようなというのがそのままな顔。

 だったのだが、ほどなくして意味が浸透するとパッと花のような笑顔を咲かせる。

「……えっ♪」

 嬉しそうだが、それでもどこか気恥ずかしそうにモジモジクネクネし始めていた。

「で、で、でもでもっ、私まだまだ心の準備がっ。あわわっ、お気に入りのショーツとブラを急いで洗濯しなきゃ……っ」

 朱に染めた頬に左手を当て、右の人差し指が空中で「の」の字を描きつつ零す。

「待てぃっ」

 開幕早々、暴走している。


 いや、初デートでどこまで覚悟を決める気だ、この娘は。


「でも、なんで下着なんて念入りに綺麗にする必要あるんだろ? 見えない所なのに不思議」

 と、千早が小首を傾げて言い放っていた。

 その表情には素朴な疑問だけが浮かんでいる。本気の、純度100%の疑問のみが。


「……っ!? あーっもうこのアンバランス暴走娘はあぁぁぁぁっ」


 分かってないのに妙な気合入れるんじゃないっ、誤解を招く。

「どうしたの神奈、そんな大声出して?」

「……誰か助けて」

『ヤバいわ。このままだと私の胃がねじ切れる』

 腹部を押さえながら半泣きの天見神奈は唸っていた。

 よもや高校生活で友人相手に精神的ロデオをやらされるとは夢にも思わなかった。

 先のような、どう考えても「私、不純異性交遊願望があるよ♪」としか思えない発言は一度や二度ではない。

 「巧はどこへ行ったのかな?」から始まるのはいい、「私、巧が望むならどこでも(食堂でも買い物でも)行っちゃう♡」「巧の寝顔(学校での昼寝)大好き♡ 可愛い♪ 隣で見てて飽きないよ♪」だの「私、巧にだったら何されても(健全)良いの♡」だの第三者が聞けば保護者呼び出し必至の際どい発言祭りだった。

 いや、本当に何の含みもないだけなら問題は無い。慣れればいい。


 恐ろしいのは切っ掛けさえあれば、この娘は本当にやりかねない。第三者が考えるような事態まであっさり突き抜けると予想できてしまうことだ。


 神奈の孤独な戦いはまだまだ序章に過ぎなかった。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


『というわけだから巧、あんたは今度の土曜日は千早と出かけなさい』

 スマホ越しに幼馴染の高圧的な裁定が下っていた。

「……どういう訳なのかが一切説明なかったと思うんだが……」

『お願い。もう私を助けると思って』

「余計にわからんけど……まぁ、その千早が望むんなら……」

 言ってみて耳まで熱くなるのがわかる。

『えっ? ホントッ♪』

 唐突に千早の声が割って入っていた。

「え? え?」

『あー、ごめんこっちはスピーカーホンで話してる。千早も一緒よ』

『うん、騙すみたいなことしてごめんね……でも、私、嬉しいよ。巧』

「え、あ、うん。そ、それなら良かった」

『詳細は詰めたら後でLINEするからちゃんと読みなさいよね。未読スルー常習犯』

「あー、もー悪かったよ」

『……ね、ねぇ、巧?』

 これは、千早だ。

「えと、なんだ千早?」

『私と……LINEアドレス交換してほしい』

「あ……」

 そういえば俺と千早はあくまでも神奈を通した友人であって直接連絡する程の付き合い自体は無かった。

 しかし、最近の千早の態度を見ていれば、直接やり取りしていない方がおかしい。

「うん、そうだな。じゃ、俺のIDを神奈から回s……」

『やだっ、直接交換が良いっ!』

「え? あ、うん。じゃぁ、また明日」

『うん♪ 約束だよ。巧に会えるの毎日楽しみにしてる』

 屈託のない笑顔を浮かべているだろう言葉に少し胸が締め付けられる感覚を覚える。

「えっと……俺もだ」

『……っ!!』

『……ごめん、もう通話切っていいかな……?』

 神奈のとてつもなく疲れた声がスピーカー越しに聞こえてきた。

 なんだか聞いてるだけで胃に重いものがきそうな声だった。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 そして、それは神奈が指定した当日、土曜日の朝の事だった。

「お前、やっぱりか……」

 何故か千早と待ち合わせする1時間前に神奈が俺の家を訪れていた。

 玄関に俺を呼び出したのち顔を引きつらせつつ額に手を当てながら放った第一声がアレである。

「何が?」

「あんたは本気でその格好で出かける気なの?」

 やたらドスの利いた声で念押しされる。

 いや、本気も何も出発三十分前なのだから、この格好で行くに決まっている。

 そもそも俺の服装は先日神奈に渡された上着とズボンである。

 何故文句を言われなくてはならないのか?

「? いや、お前から渡されたやつ以外はいつも通りだし、むしろ下ろしたて⋯⋯」

 俺は自分の身なりを確認する。

 トップス? とやらは神奈が渡してきた薄手で紺のシャツ、前を開いて着るタイプだ。

 ズボンはなんか濃紺のストレートとかいう細くて履きづらいやつだった。

 まだ履いてないが玄関にはいつものランニングシューズの新品を用意してある。

 それを履く予定……だったのだが。

「その『一本っ!!』と胸に書かれたインナーシャツはなんなのよぉっ!?」

 怒号に思わずビクッと後ずさる。

 俺のTシャツの胸元には迸る叫びを表現したようなフォントで「一本っ!!」と大書されている。

「いや、お気に入りの一枚で気合入るし」

「入れる気合が間違ってるのよ! あんたは千早に失望されに行くの? いや、あの娘、失望はしないだろうけど微妙な顔をされたいの?」

 何故だろう? 「ほんとしょうがないなぁ……」って顔をした千早が脳裏をよぎった。

「え~と」

「とにかくそれは却下っ!! 他見繕うわよっ。お邪魔しますっ」

 いうが早いか、神奈は家に上がり込んでズンズンと俺の部屋に向かって進撃していった。

「あら? 神奈ちゃん」

 母さんが特に驚いた様子もなく呼びかける。

「お邪魔してます。ちょっとこのポンコツに服装の教育的指導させてもらいたくて……てか、こいつの他のシャツってどんなのあります?」

 胸倉掴みながら言うことだろうか、あまり穏やかではないと思う。

「そうね。この子のお気に入りならちょうど取り込んだところよ。ほら」

 そう言って母さんが出したシャツは輝くような白いシャツだった。

「うん、意外とまともね……ん?」

 言いながら神奈はふとシャツの裏側に目をやった。

「ねぇ巧……」

「なんだよ」

「背中の『必殺』ってなんだぁぁぁぁっ!!」

「いや、気合がね……」

「そんな気合は窓から捨ててしまえっ!!」

 神奈の怒号が収まったのち、無地のシャツを指定され、靴はスニーカーへ変更となった。

 解せぬ。


デート回導入となります♪

冒頭の神奈があまりにもおいたわしい……(´;ω;`)ウゥゥ

千早が余りに止まらないため限界が来てしまわれました。


まぁ、巧のファッションセンスはあれです。

運動部系の男子高校生にファッションセンス期待すんな。(ある意味期待通り


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