第二章 其の壱 黎明 営みと揺らぎ
入院中の巧に訪れる二人の警察官、追矢誠司郎と萱島樟葉。
二人は巧の「鬼」に関する証言を聞き取りに来たのだが、当の巧は一度警察聴取でけんもほろろな対応を受けていた。
果たして必要な情報は得られるのか?
とある国立病院、リノリウムの床で歩みを進める一組の男女が居た。
「先輩、事情聴取は基本私が聞きますから、先輩は聞き役でお願いします」
揺れるポニーテール。
グレーのスーツに身を包んだ理知的な女性がめがねの角度を変えながら言った。
「あぁ、頼む。俺が聞くとどうにも萎縮させるらしい」
横の『全身が黒い』と表現するほかない青年が答える。
漆黒のスーツをまとい、長い黒髪は首元に纏められている。
スラリとした長身と鋭い眼光が印象的だが、表情がどことなく乏しい印象がある。
「……自覚があって何よりです」
隣の男ほどではないが、さっさか歩く彼女も女性としてはなかなかの長身だった。
横目でジロッと共連れを見たのち人知れず溜息をつく。
『ほんっとーに朴念仁ですからねこの人』
内心で小さく毒づきながら目的の病室まで歩みを進める。
相手は地元の男子高校生。所轄警官の話を聞く限り捜査にも協力的なのでその点は心配はしていない。
ただ一つ懸念事項はある。
「初手で全面否定されちゃった話を改めてどこまで話してくれることやら……」
小さくこぼす。
最初の事情聴取内容は読んだ。
そこにはこう結ばれていた。
-精神錯乱状態と見られる。
『まぁ、そんなふうに判断されちゃうのも無理ないんですけどね』
「着いたな」
長身の男性が足を止めていた。
病室には名札が掛けられている。
『楠木 巧』
「さて、行きますか」
意識を立て直し、呼び鈴を押す。
「あ、はいっ」
すかさず室内から応答。
「すいません。連絡していた警察のものです」
「はい、聞いています。どうぞ」
「おじゃましますね」
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「楠木君ですね? 初めまして」
二十代前半の綺麗な女性が警察手帳を目の前に提示して見せていた。
「今回の事件調査を担当する大阪府警捜査一課の萱島樟葉です」
「同じく捜査一課 追矢誠司郎だ」
思わずドキリとする。
捜査一課。
刑事ドラマでは定番の「殺人事件」を担当する部署だ。
そうか、あれってやっぱりそういう事件になるんだ。
横にいるのは同じく相当な男前、スラっとした長身に全身黒ずくめ。
長い黒髪、黒スーツ、ネクタイだけが白黒チェックパターンで、見ていると色彩感覚がおかしくなりそうである。
「この間の事件で詳しく話を聞きたくてお邪魔したの」
「はい、聞いています」
「素直に起こったことそのままを教えて、前に取り合ってもらえなかったところを特に」
フチの薄い眼鏡に軽く触れて目の前の女性、萱島樟葉さんは俺をじっと見つめる。
心を見透かされるような錯覚を覚えてしまう。
「あ、そんなに緊張しないで」
「あ、はい」
思わず一息ついてしまった。
落ち着かせるための穏やかな笑顔に効果を実感してしまう。
「事前の聴取書類は読ませてもらってるから、それなりに把握はしてるんだけど何個か確認させてほしいの。でも最初はこちらの理解と楠木君の記憶が一致してるか確認するから、ちょっと面倒だと思うけど付き合ってね」
言いながら苦笑を浮かべていた。
多分、面倒くさい作業になるんだろうという予感がしていた。
「はい」
「楠木君はお友達、神ヶ丘千早さんがストーカーに襲われているという話を聞いて現場の長野公園に駆け付けた。まずここはいいかしら?」
「はい、そうです」
「公園の山道、歩道ね。ここを駆け上がりながら神ヶ丘さんに呼びかけてる。合ってる?」
「大丈夫です」
「その時に返事は?」
「ありませんでした」
「確認したいんだけど、なぜ大声で呼びかけたのかしら? あなたが危ないんじゃない?」
「その、夢中だったんです。神ヶ丘さん……を助けないとって、俺が注意を引いたら逃げやすくなるんじゃないかって思って」
「そっか、優しいんだね。お姉さん感心しちゃった。あ、からかってるわけじゃないのよ。こんな時にすごい勇気だと思う」
「いや、そんな大したことは」
「謙遜しないの」
聴取をいったん中断して俺をまっすぐに見る瞳には敬意があった。
「彼女……ってわけじゃないんでしょ?」
『彼女』という言葉に一瞬ギクリッとする。
俺と千早、確かにそんな関係ではない。
神奈を通した同級生の友達に過ぎない。過ぎないはずなんだけど……自分でもよくわからないザワツキを感じていた。
「えっと、その、はい」
「なおさら凄いよ。今日日、彼女のためにだってそこまでやってくれる男の子はそういないもの」
こてりと小首をかしげて微笑んでいた。
「いい男の子だよ。ほんと」
褒めて、くれてるんだろうか。
「さて、それじゃ続き行くね。途中、緑の広場……えっと中腹の公園エリアだけどここまで駆け上がって神ヶ丘さんを見つけられなかった」
「はい、途中と思わなくもなかったんですけど、展望台だって頭いっぱいでそのまま上に向かいました」
「呼びかけは?」
「しました。でも返事は無くて、駆け上がっていったらなんか展望台の方で物音っていうか気配があって階段駆け上がったんです……それで」
そこから……俺は視線を逸らす。話していいのだろうか?
ついこの間妄言扱いされた話だ。
救急車手配された時に「精神錯乱」って単語がやり取りされていたのをハッキリと聞いている。
「それで……」
目の前の女性警官は一度苦笑いを浮かべた。
「困らせちゃったかな?」
萱島さんがスイっと頭を下げる。
「ごめんね楠木君」
「……え?」
「これは私個人の意見なんだけどね……以前君にした警察の対応は間違ってた」
「……」
「君が何を言っても、君の立場が悪くはならないし、そんなこと絶対にさせない。だから、ありのままでいいの……私たちはそれを聞きたくて来たの。どんな話でもまっすぐに聞かせてほしい」
優しさと真剣さ、じっと俺の瞳を見つめる。
何というか脱力する。
そうだな、呆れられたとしても、『俺が見た状況』をそのまま伝えればいい。
判断するのは向こうだし、俺に何か咎めがあるものでもないだろう。
「分かりました」
俺は意を決して、夢だと思いたいほど非現実的で鮮烈な記憶を語ることにした。
「俺がそこで見たのは、『女の姿をした鬼』です」
あの時、感じた思いをそのまま口にしていた。
チラッと萱島さんを見ると、その表情は真剣そのもので聞く姿勢を一切崩していない。
『続けて』という言外の声が聞こえてくる。
「展望台を登ったところで、俺は振り払われたんだと思います。服をひっかけられたと思った瞬間、地面転がってその後に壁に叩きつけられててその時頭を打ちました」
「意識は大丈夫だった?」
その心配そうな瞳は、当時の俺の肉体的なものに対する事だと受け取れた。
以前の警官による聴取の際にこの話を出した瞬間、「気遣う方向」が変わったのを覚えている。
少なくとも萱島さんは変わっていない。
「はい、ただ、もう視界はグラグラになってて、それでも長い髪を逆立てて、眉間から角のように突き立った髪があって、多分こっちを見てました」
脳裏に、あの時の生命力に満ちた存在が蘇る。
何か言っているようで、聞き取れない言葉。
「……さらに攻撃してこなかったの?」
「あ、はい。そうだ。俺の肩ですけど吹き飛ばされた時に抉られてて……その、俺の肉を食ってました」
「っ!?」
その瞬間、萱島さんが目を見張った。後ろに立つ追矢さんは大きく反応こそしなかったものの、場に鋭い緊張が走る。
「えっ……と、それで君は……その、大丈夫、だったんだよね?」
萱島さんが取り繕うように確認する。
「え? はい。そりゃ大丈夫じゃなきゃ今話せてませんし」
「そ、それもそうよね」
立て直そうとしているようにも見えた。
さっきの反応は間違いなく本気の驚愕が含まれていたと思う。
二人が共有している何かに大きく触れたのは間違いない。
「それで、その鬼はどうしたの?」
その眼差しは真剣そのもので俺の話を一切疑っていないことが見て取れた。
「えっと、一度目の前から消えた、っていうか展望台から飛び去ったんです。でも、少し……1分もなかったかな。また現れて今度は神ヶ丘のストーカーの死体を咥えて今度こそ飛び去ってどっかに行きました」
「……」
俺の話を聞いた萱島さんは放心したように視線が定まらない状態だった。
「あ、の?」
「っ、ごめんなさいね。ちょっとびっくりしちゃって」
「萱島樟葉、代わるか?」
横に立つ追矢さんが問いかけていた。
「大丈夫です先輩。楠木君、確認したいんだけど……神ヶ丘さんのストーカーの死体っていつ気づいたのかしら?」
「あ……そうだ。最初に鬼がその場からいなくなったときです。その展望台から外に落ちて叩きつけられてたのを、見つけました」
「叩き……そっかぁ、そこ見ちゃったかぁ……大丈夫だった?」
どういう状態のストーカーを見たのか大体察したらしい萱島さんからの気遣いを感じる。
「その、前後が衝撃的過ぎて……それそのものは逆に普通に見えちゃって」
「それもそうよね……」
「その……」
俺はおずおずと声をかける。
「信じて……くれるんですか?」
俺の怖々とした確認に萱島さんは笑顔で応えてくれた。
「えぇ、ありがとう。私たちが探してた情報よ」
心からだろうお礼の言葉に俺は何とも言えない充足を感じていた。
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「それじゃ話してくれてありがとう。入院中の、まして不安な所に協力してくれて本当に感謝しているわ」
萱島樟葉は病室にいる少年にお礼を述べると深々と礼をする。
淀みなく身をひるがえして、病院の出口に向かって歩みを進めた。
並び立つのは黒ずくめの青年。
「おそらくあの少年は狙われるな」
男は静かに、そして、はっきりと宣言していた。
「ですよねぇ。しっかり肩喰われちゃってますし」
樟葉は苦虫を噛みつぶしたような顔で、今後の方策に思考を巡らせる。
「味を覚えた以上、確率は高い。当面張り付くぞ」
「あぁぁぁ、やっぱりそうなりますよね。残業代ぃぃ……」
「あると思うのか?」
「労働基準法〜」
虚しい泣き言はリノリウムの廊下の向こうに消えていった。
序章の最後に出てきた黒ずくめと電話の相手初登場です。
誠司郎はあらゆる場面で動きの変わらない人ではあります。
萱島樟葉は……これからのご活躍にご期待ください。
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是非お願いします。




