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第一章 其の弐 深淵 漆黒の乙女

事件を経て、検査入院となった巧の下へ、見舞いに来た神ヶ丘千早と天見神奈。

明らかに様子の変わった千早に戸惑う巧と神奈。

神奈の門限もあり、引き上げることとなったのだが……。

 夕日で茜色に染まった歩道を神奈と千早は並びゆく。

「明日が早く来ないかなぁ……」

 ふわふわとそのまま跳んでいきそうな足取り。

 幸せを噛み締めるように表情を蕩けさせている。

「千早、落ち着きなさいよ」

「うーん、明日は何を持っていこうかなぁ、巧の好物……病院だったらダメかぁ。あ、いっそのこと私自身がお見舞いですって……」

 自身の発言に顔を真っ赤にしていく。

「やめいっ! ちょっと千早、浮かれ過ぎ……ほんとになんでそこまで……」

 こめかみに手を当てて、処置なしとばかりに頭を振るしかない。

「え? だって」

 クルッと顔だけ振り返る。

 ふっと真剣な眼差しを見せ、胸元に当てた手をギュッと握りしめた。

「助けに来て……くれたんだよ。本当に心細くて、すごくすごく苦しい時に……そんな時に巧だよ」

 頬を染めて、瞳を潤ませ大切な何かを押し抱く表情。今にも泣きそうで、何かに打ち震えて。

 スッと目線を神奈に向ける。

「神奈だって、元々の私の気持ち……知ってるでしょ?」

 真っ直ぐすぎる瞳。

「まぁ、ね」

 千早をじっと見つめる瞳は呆れながらも優しげだった。

「でもさ、なんでそんなに」

 素朴な疑問。

「ん?」

「好きなのは知ってたよ。でもさ、なんでそんなに好きなの?」

 いくらなんでも突き抜けすぎている。

 多分壁を何十枚か突き破っている。

 確かに昨日の事件は凄まじかった。一気にベタ惚れになるのも無理はない。

 けれど、それも下地の好意はあってこそだろう。

「んー」

 唇に人さし指を当て少し虚空を見上げながら考え込む。

 そして、困ったように神奈へ向き直る。

「分かんない」

 困ったようでそれで居てとても幸せそうな笑顔。

「あのねぇ……」

「でもね、昨日までの漠然とした『好き』より今の『好き』はもっと凄いよ。他に何にも要らないくらい……」

「……」

「私は巧が良いっ。巧だけが良いの。もう絶対って決めちゃった」

「いくらなんでも振り切れ過ぎよ」

「もう決めたのっ、遠慮してまごまごしてたら変なのに付け回されてもう終わりかもって思った時にね。……聞こえたの。巧の声で……『どこだ』って、来てくれたんだって泣いちゃいそうになって。でも、それでも私、もう少しでどうにかされそうになって、頭が真っ白になって目の前が真っ赤になったら。巧の声で『逃げろ』って聞こえた気がしたの。だから、必死に逃げて。気づいたら血塗れの巧を見つけて……」

「千早……」

 そして、グッと顔を上げた。

「だから、私はもう止まらないよっ。何かに邪魔される前に、巧と行きつくところまで行っちゃいたい」

「……手遅れだったかぁ」

 眉間に指を当ててグリグリもみほぐすしかない。

「はぁ……巧が他の娘と付き合うとかなったらどうなっちゃうのやら……」

 小さく、ほんの小さく呟いただけ、だった。

「……」

 千早がこっちをじぃっと見ている。

 一見さっきとさほど変わった様には見えない。

 しかして、その目は漆黒に染まり深淵を映していた。

「ナニイッテルノカナ?」

「え? いや、その」

「ソンナコトゼッタイユルサナイヨ。ワタシドウナッチャウカワカンナイョ」

 ブラックホールのような目が全てを飲み込んでいた。

「……」

 手遅れだった。

 何がとは言うまい。

 一度天を仰ぐ。

「まぁ頑張れ」

 誰に? 何をだろうか。

「……落ち着きなさい。私から見てもあいつだってまんざらでもなさそうだから」

「えっ♪ ホント」

「えぇ本当よ。でも、焦っちゃダメよ。ビックリするからね」

「え、あ、そっか、そうだよね……でも、そっかぁ、まんざらでもないのかぁ」

 朱に染まった頬に手を当て、千早は一人で幸せそうに緩んでいく。

「それに千早、行き着くところってどこまで行く気なのよ」

 頭を抱えたくなる衝動に駆られながら、人差し指でこめかみをグリグリするにとどめておいた。

「え?」

 千早はハタと振り返り、顔中を真っ赤に染めると少しうつむき加減に口元にゆるく握った手を添えた。

「そ、その……手を握ったりと、ひ、膝枕してあげたり、その…キスしちゃったり、とか」

 自分の想像にへにゃりと笑い、幸せオーラが目に見えるようだった。

『ピュアかっ!! ……私の魂は穢れていました』

 改めて千早を見る。

 人畜無害、天真爛漫、純粋無垢。

 色んな四字熟語が脳裏をよぎった。

 ……深淵なんて知らなければよいのである。

 それで全員幸せになれるならなんの問題があろうか。二人が無事結ばれれば万事解決なのである。

「とりあえず」

 改めて日が傾いてきた空を見上げて。

「……私が手を下す必要はなくなったかな」

 恋愛初心者同士の拙い交際なら見守っていたらいい、変に暴走するのが心配なだけだった。

 特に男子高校生の巧が変にはっちゃけて千早が傷つくようなことだけは絶対嫌だった。

 だから、中途半端な気持ちで行くな、巧に対してそう警告したはずだった……。

 しかし、現時点で不成立時の深淵リスクが判明したことで、ミッションクリティカルへと格上げされてしまっていた。

 万一の時、その時はいかなる惨劇が起こるかなど考えてはいけない。

 あとは絶対的禁忌事項さえ踏み越えなければ良いのだ。

 ある意味懸念事項は一つ片付いたともいえる。

 

 ……別の問題は発生しないことを祈ろう。

出力のおかしくなったヒロインが改めて暴走するお話になりました。

彼女なりに理由はあるんです。

「片思いの相手が窮地に助けに来てくれた」「死ぬかと思った。もしまたこんなことがあって片思いを抱えたままでは死ねない」と覚悟を決めてしまった側面があります。

神奈もよもやこうなるとはおもっておらず……ですね。


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