後日談 彼女のお宅訪問記 ―事前ですか? 事後ですか?― その2
何も知らずに神ヶ丘家に向かう巧。
巧は「千早を助けてくれたお礼を言ってもらう」ため
千早は「結婚の挨拶」のため
盛大に行違う思惑をもって決戦の地へ
いつもは行かない隣の駅。
この駅周辺は歴史的背景が結構あり、数百年単位の旧家が立ち並ぶ場所さえある。
俺は千早と並んで駅から旧道・高野街道を歩いていく。
「今日はお父さんもお母さんも一緒に待っててくれてるよ」
「そんな気を使わなくていいのに……」
「もう巧の方こそちゃんとしてねっ」
少し頬を膨らませながら千早が俺を横目で睨んでくる。
「……それもそうだな」
「大丈夫だよ。巧は私のことを何度も助けてくれた人だもん。お父さんもお母さんも絶対反対なんてしないと思うよ」
「ん?」
今、何かおかしなことを言わなかったか?
いや、家に来るのを拒まないってことだよな?
うん、男友達が家に招かれるなんてそうそうないだろうし。
考えがまとまる前に、千早が笑顔を伴ってクルリとふり返る。
「ようこそ♪ 私のお家へ」
そう言って一軒の戸建てに視線を向ける。
特段目立つ要素というものはないけれど、閑静な住宅街にある落ち着いた家。
さりげない佇まいそのものに品がある。
旧道に面し、駅からもさほど離れていない場所。
「そっか、ここが千早の家か」
千早の家、それだけで特別な何かを感じてしまう。
「うん、今日は巧はお客さんだけど……お父さんとお母さんへの挨拶だけはしっかりしてね。それだけはお願いだよ」
ずずぃっとにじり寄って念押しされる。
「あぁ、失礼のないようにするよ」
「うん、お願いするね♪」
屈託ない笑顔で言いながら千早はドアノブに手をかけ開く。
「お母さんただいま。巧、連れてきたよ」
家の中へ呼びかける。
奥の方からトタトタと誰かがやってくる気配。
「おかえりなさい。千早」
穏やかな声と共に現れたのは一人の女性。前にも会ったことがある。
その時は入院中だった。
千早のお母さんだ。
「楠木君、いらっしゃい。待ってたわ。千早を助けてくれてありがとうございました。この娘が今ここに無事でいられるのは楠木君のお陰よ」
「いや、そんな、俺は大したことはしてないです」
千早によく似た面立ち、おそらく千早が20年以上の時を重ねればこうなりそうな雰囲気を持った人だった。
少し千早より背が高い。
まぁ、千早が小柄だというのもあるんだけど。
「あ、あの今日はお招きいただきありがとうございます」
思わず頭をバッと下げていた。
「うふふ、そんなに緊張しなくていいのよ♪ 私も主人もあなたに会えるのを楽しみにしていたの」
少し弾んだような声。
主人? あ、そうか、今日はお父さんも居るんだ。
……あれ? そういえば何で?
考える間もなく、案内されるとリビングには理知的そうな雰囲気の四十代くらいの男性。
スラっとしていて、清潔感がある眼鏡をかけたいかにもなナイスミドル。
「やぁ、よく来てくれたね楠木君。あの時は娘を助けてくれてありがとう。心から感謝している」
俺を見て早々に頭を下げてくれる。
「いや、そんなっ、俺はホントに大したことしてないです。ただ千は……神ヶ丘さんを助けたくて必死だっただけで」
「大したことだよ。君の怪我を見て、大したことじゃないなんて言えるはずがないだろう? 実際に娘もひどくショックを受けていた。君が来てくれてどれほど心強かったか、嬉しかったかを散々聞かされたよ」
若干の苦笑いを浮かべながら千早のお父さんは頭を上げていた。
「娘にとって、君はかけがえのない存在になったようだ。それはよくわかっている」
そこで少し困ったような表情を浮かべていた。
「まぁ、そうだね。まずは掛けようか。こちらのソファーへ」
そう言って座り心地のよさそうなソファーを勧めてくれる。
「あ、はい。ありがとうございます」
「そんなに緊張しなくていいよ。私たちは君が来てくれたことをとても嬉しく思っているんだ。ほら、隣の娘も嬉しそうだ」
「え?」
言われて隣を見ると千早がニコニコと満面の笑顔で掛けている。
あれ? なんで千早もこっちに座ってるんだろ?
親御さん二人とも対面だよな? 俺と千早がセットで正面……何、この並び?
「改めて自己紹介させてもらうよ。千早の父で神ヶ丘正成だ。大学で教授職に就いている。千早が世話になってるようでありがたく思っている」
「あ、そんな。こちらこそその、お世話になってます」
「余り堅くならなくていいよ。隣にいるのが妻で」
「千早の母、神ヶ丘千草です。巧君のことはいつも千早から聞いているわ。千早ったら毎日巧君の事ばっかり話すのよ。本当にあなたの事が大好きなの」
「も、もーお母さんっ」
俺も思わず顔が赤くなる。彼女の両親にまで関係を認知されているというのは何とも居心地が悪くもあった。
「私は千早が強く望んでるし、巧君がまっすぐな子だって思うから良いなって考えてるのよ」
穏やかに微笑みながら俺を見ていた。
「あ、はい。ありがとうございます」
俺の受け答えにくすくすと笑いながらたおやかな笑みを隣のお父さんに向ける。
「あなた。私は良いと思いますよ」
「私もできれば反対などと考えているわけではない。ただあまりに早いと思うだけだ」
困ったような顔でこちらを見ている。
「え? あの……早いって?」
「っ」
俺の言葉を聞いて、お父さんの眉がピクリと動いた。
「千早……」
千早のお父さんが瞑目して人差し指で頭を押さえていた。
「楠木君に今日が何の用事でここに来たのか伝えてるのか?」
「へ?」
問われた千早は目をパチクリとさせていた。
「うん、お父さんとお母さんへの挨拶」
「何の?」
重ねて問われキョトンとした顔で首を傾げた。
「恋人の家でお父さんとお母さんへ挨拶って、『お嬢さんを僕にください』以外にあるの?」
「はい?」
間の抜けた声しか出てこない。
そして、俺は学校での別れ際の神奈を思い出していた。
あぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!?
ちょおぉぉおっ、神奈ぁっ、止めてくれよぉっ
せめて、俺に教えるくらいしてくれぇっ!!
「……楠木君、すまないね。さすがに娘が先走っていたようだ」
「あ、いえ、その……」
お父さんが大体の状況を察してくれているようだった。
「何だかこちらこそすいません」
俺の答えに一瞬目を見開き、相好を崩す。
「ふふ、君のその素直さは財産だな。まぁ、事故に遭ったようなものだ」
「いや、でも、俺も気づいていれば……その今日平日ですし、空けてもらったんでは?」
「あぁ……気にしないでくれ。元々、講義の無い日で休みにしていた」
穏やかな雰囲気にこちらも気が楽になる。
「それに、こちらとしても安心したよ。何をそんなに焦っているのかと驚いた」
「……こちらも驚きました」
「だろうね。さすがにそれは仕方ない」
「あれ? あれ?」
俺たちが和やかに話し合っている様を見て千早がキョトンとしている。
「えっと? 結婚許してもらえるの?」
千早が確認するように問いかけていた。
俺は何とも言えない表情をするしかなかった。
向かいのお父さんが疲れたようにため息をつく。
「千早、ちょっとそこに座りなさい」
そう言って俺から少し離れた場所の位置を指さす。
「?」
千早は不思議そうな顔で席を移動する。
「まず確認だ。千早、今回の話は楠木君にどう伝えた?」
「えっと、お父さんとお母さんが詳しく話をしたいからうちに来てほしいって、私を助けてくれたことの御礼も言いたいって」
「……結婚の挨拶という事については?」
「え? うん。私と巧は恋人で、結婚したいって思ってるから、挨拶ってそういう事でしょ?」
俺は頭を抱えていた。千早のお父さんも目を閉じて頭を押さえている。
その隣で千早のお母さんは穏やかに微笑んでいた。
「千早……巧君にちゃんと結婚の挨拶だからって言っておかないと」
とても穏やかな声。
「お母さん……」
「巧君も最初から結婚の挨拶だって知ってたら、お父さんに『娘さんを僕に下さい』って言ってくれたはずよ」
俺はそのまま机にダイビングしそうになる。
ちがぁぁぁぁうっ!!
俺は心の中で絶叫していた。
いや、時期が来たら言うよっ! しかるべき時に言う覚悟はあるよっ!!
でも、それ、今じゃないっ、今じゃないからぁっ!!
実際には何も言えず茫然としていると、お父さんがため息を一つつく。
「千草、そうじゃない」
「あら、でも事前確認は大切でしょう? 巧君がちゃんと言ってくれるなら私は大歓迎よ」
「彼も千早もまだ高校生だ」
「いいじゃないですか、千早もちゃんと将来を考えた上で言ってますよ? 現実で傷つくことも踏まえた上で、この人しかいないって思ってますよ」
「千草……君は昔から思い込んだら一直線だな」
「あら? だって、私はあなたを選んだことを今でも間違いないって思ってますから、あの時はこの娘より少し年上でしたけど、絶対あなたしかいないって思ったから今ここにいるんですよ?」
「……」
お父さんがうっと言葉に詰まっていた。
千早のお母さん……千早に似てるの容姿だけじゃないんだな。
なんていうか肚の座り方が似てる。
……それから、さりげなく全力で惚気られた気がする。
「私はこの娘の気持ちを尊重しますよ」
穏やかな笑顔のままはっきりとした主張は変えない。
「尊重するのはいい、ただ楠木くんのためにももう少し待ってやりなさい。私が言いたいのはそれだけだ」
「では、反対ではないんですよね?」
「……ふぅ、そうだ。反対する気はない」
え? その言葉に俺もビックリする。
「あら♪」
「実際、彼ほど千早を大事にしようと行動してくれる人物がそうそう居るとも思えんしな」
困ったように視線を俺に戻す。
うん、困るよな……俺がその立場でもすごく困ると思う。
「結局は時期だ。せめて大学くらいは出てからだろう」
……お父さんの意見に全面的に賛成だった。
「ですって、千早」
お母さんが千早に目線を移すと、そこには涙ぐんだ千早が居た。
「千早……」
「巧ぃ、私、私……」
思わず抱き寄せ……たくなったけど、今はさすがに自重する。
「千早、さすがにまだ早いよ」
俺の言葉にまともにビクッと震える。
「そんな、巧は私と結婚したくないの? 私、巧と結婚したいよっ」
「いや、千早。そりゃ俺も千早と結婚したいけど……さすがに高校生でそれは早い」
「だって、法律で18歳で結婚できるんだよ。あと一年でクリアだよっ」
「待て、落ち着け……日本の初婚平均はもっと高い」
「他の人なんて関係ないよっ。私がっ、巧とっ、結婚したいのっ!」
「……そりゃ俺だって千早以外となんて考えてないよ」
俺にとって唯一だし。
「え♡ じゃぁ、結婚しよ♪ 今すぐだっていいよ私」
「待て待て待て待て」
一瞬で笑顔を取り戻し、千早が迫ってくる。
その様子を見ていたお父さんが改めてため息をつく。
「千早……さすがにプロポーズもまだで結婚の挨拶は無理があると思うぞ」
お父さんに諭され、千早がキョトンとした顔をする。
「プロポーズ? 私、されたよ?」
千早の言葉に一瞬で空気が止まった。
「へ?」
俺は思わず間の抜けた声を出す。
「『覚悟しろよ千早、お前は一生俺だけの千早だっ』って」
「千早っ!?」
言った。確かにそれは言った。言ったんだよ。本気だよ。
「だから、私」
千早は幸せ満開の笑顔から頬を朱に染める。そして、両の頬に手を添えて恥ずかしそうに、それでいて、『世界一幸せっ』と言い出しそうな顔でこう言った。
「『巧のものにされちゃった』♪」
「ちょ、待って千早ぁっ!!」
俺は思わず声を上げていた。
はい、千早爆弾が投下されました♪
いやぁ、本当に凶悪ですね、この爆弾。
さて、ここからどうなることか?
正成パパが超冷静なのはなんでだろう?




