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後日談 彼女のお宅訪問記 ―事前ですか? 事後ですか?― その1

あの日、鬼と化した千早を引き戻し、俺と千早は正式に交際を開始していた。

色々とバタバタしていたのもつかの間、気づけば一か月。

そんな時に千早からこんなことを言われた。

「お父さんとお母さんに挨拶に来てほしいの。二人とも巧に、私を助けてくれたお礼を言いたいって言ってるし」

そんな気を使わなくてもいいのにな。


これがあんな騒動になるなど、この時の俺は考えもしなかった。

 俺は神ヶ丘正成(まさしげ)。ある必修科目で助手を務めている。

「才ノ神……」

 目の前の泣き出しそうな後輩を見て俺は嘆息する。

 長い髪が所在なさげに揺れて、潤んだ瞳は途方に暮れていた。

 キャンパスでも有名な清楚系の美人ではあるが、どこか抜けているような雰囲気があった。

 それにしても少しばかり無防備が過ぎる。

「流石に相談に来るのが遅い」

 手渡された未完成のレポートを見て頭が痛い。

「あの、もうどうしたらいいか分からなくなって……」


 ――――――


 そんな二十数年前のある出来事が脳裏をよぎったのは、目の前で展開される現状を見てのことだった。

「『巧のものにされちゃった』♪」

「ちょ、待って千早っ!!」

 恥ずかしそうに頬を染めつつも堂々と言い放った娘に、隣に座る少年がまともに狼狽していた。

 その光景に私は言いようのない既視感を覚えていた。

 少し隣を見る。娘とよく似た面差しだが、同じ時を重ねてきた妻がニコニコと微笑みながら座っている。

 あの頃と比べてお互い年を取ったものだが、変わらず魅力的な女性だ。

 だが、そうだな……自分の経験も踏まえて現状を確認する必要がありそうだと考えていた。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 時は少しだけ遡る。



 週末を控えた金曜日、放課後のことだった。

「今日ね。巧が私の家に来るんだぁ♪」

 向かい側に座っている千早が出し抜けにそんな事を言い出した。

 のほほんとした言葉に、神奈は一瞬目を見開き⋯⋯頭を押さえながらしばし黙考し問う。

「ねぇ、千早……」

 この時点で胃の辺りに軽く左手を添えている辺り、なかなかお労しい。

「念の為聞きたいんだけど、今日は家に親御さんは?」

「え? 居るよ?」

 キョトンとした顔であっさりと答えてきた。

 神奈はわずかに安堵したように息をつく。

「そう……なら良か……」

「うん♪ 結婚したい人がいるからって」

「良くなかったぁっ」

 頭を抱える。

 胃痛の予感は的中していた。

「あんた、一体、何でそうなっちゃうのよ」

「え? だって、結婚するなら順序が大事って……」

「そこじゃないっ、そっちは良い。いや良くないっ。そもそも付き合って一ヶ月の高校生に結婚の挨拶させるんじゃないっ」

「違うよ神奈っ! 一ヶ月じゃなくてっ、私が巧を好きになってから一年以上っ」

「そういう問題じゃないっ。だから、そもそも高校生だとっ!!」

「もうすぐ法律的に結婚できちゃうね♡」

 ヒートアップした神奈に、別の意味で盛り上がっている千早が応じる。

「ばっきゃろぉぉぉ」

 話の通じない親友に業を煮やした神奈が苦悩していた。

「あぁ、6月の花嫁かぁ⋯⋯憧れちゃうなぁ♪」

 虚空を見上げる千早がふんわりとした表情で零していた。

 絶対に頭の中に幸せいっぱいのBGMが流れている。

「そっちに行くな、戻ってこいっ」

 千早と神奈のやり取りを見ていたクラスメートは「あー」という諦めたような、納得したような目で眺めている。

「だって、ジューンブライドだよっ、乙女の憧れだよっ」

「今そっちの話はしてないからっ」

 ゼェゼェ息をつきながら神奈は再び話を引き戻しにかかる。

「おまたせ千早」

 だしぬけに声がかかる。

 現れたのは、件の楠木巧当人。

「あ♡ 巧、待ってたよ♪」

 輝くような笑顔で千早が振り返っていた。

「あぁ、今日は挨拶に行くんだったよな?」

 そんな巧の言葉にギョッと目を剥いて神奈も振り返る。

「ちょ、巧? あんた⋯⋯」

 わなわなと震えながら問いかける神奈に対して、巧はいたって平常心。

「ん? どうしたんだ神奈?」

「あんた、挨拶って⋯⋯」

「え? あぁ、ここ最近千早に色々あって、俺が何かと世話焼いて怪我とかしてたし、何かお礼を言いたいからって言われちゃってさ……入院中も来てくれたんだから別にいいんだけどな」

 照れくさそうに頬をポリポリ掻きながら平和的な予定を口にする。

「あ⋯⋯」

 神奈は理解した。

『この娘、一番重要な事項を伝えてないっ!?』

 神奈の顔から血の気が引く。

「じゃ、神奈、またね♪ 行こっ」

「ん? あぁ、神奈またな」

「あ、ちょ、ま⋯⋯」

 思わず呼び止めようとした時だった。

「待って天見さん」

 神奈の片腕をクラスメートが捕まえていた。

「へ?」

「このまま送り出してあげましょっ」

「は?」

 神奈が「何言ってんだこいつ」と隠しもせず顔に張り付けたまま振り向いた先には 、とてつもない愉悦を浮かべたハイエナ女子高生が居た。

「絶対その方が面白いから」

「おぃ、ふざけんなっ、待って巧っ、ちょ、放せっ、はぁなぁせぇぇぇっ」

 教室に神奈の叫びが虚しく木霊した。

はい、後日談となります。

「彼女のお宅訪問記 ―事前ですか? 事後ですか?―」の始まりです。

サブタイトルは110番通報した時に確認されるアレですね。

何も知らないまま神ヶ丘家を訪問する巧、はてさてどうなることでしょう?

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