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第五章 その弐 顕現 蒼眼の鬼狩り

不法侵入を知らせるため樟葉の元に現れる神奈。

樟葉は「心配無用」と言いつつ、ちょっとした御礼と言いこの場での見学を提案する。

果たして鬼と対峙するというのはどういうものななのか?

 先ほどの駐車場が見えてくるのは、神奈が駆けてほどなくだった。

「萱島さぁんっ」

 神奈の声にポニーテールの知的美人が振り返る。

 あちゃーと言いたげな顔で額を押さえていた。

「天見さん……バンガローに居てくださいと……」

「それはすいません。でも、ここの敷地に不法侵入してきてる人たちが居て」

「あー、なるほど。たまにいるんですよねぇ。閉鎖してる場所に率先して入りたがる、そういう習性持った人種って」

「今からやること考えたら対応しないとダメなんじゃ?」

「なるほど、ありがとうございます。気を遣わせちゃいましたね。でも、そういうのは大人の仕事ですよ。あなた達はまだ背負わなくていいんですよ」

「そういわれても」

「天見さんは本当にいい娘ですよねぇ。自分がその時すべきことっていうのを考えられるんですから。今は大人が居るんですから任せちゃっていい時ですよ。楠木君と神ヶ丘さんは?」

「あ、バンガローです。二人で待ってもらってます」

「二人で……ですって」

 何故か落雷に打たれたように樟葉が身を震わせる。

「萱島さん?」

 様子の変化に思わず神奈は首をかしげた。

「天見さん……本当にありがとうございました」

 何故かとてつもない感謝が表明されていた。

「私はまだ頑張れそうです」

「は、はぁ……」

「とりあえず安心してください。今からやる処置で全部できちゃいますから、良かったら見ていきますか? 本当はダメなんですけど、天見さんはちゃんと黙ってくれそうな娘ですからね。ちょっとした御礼です」

 そう言ってくるりと踵を返す。

「楠木君と神ヶ丘さんはどんな様子でしょう? 不安がってません?」

「あー、多分今は落ち着いてます」

「へぇ、何かあったんですか」

「……私の尾行がばれて千早が怒り出しちゃいまして」

「あらら~、でも心配なのはしょうがないですからねぇ。でも、どうやってとりなしたんですか?」

「えー……あぁもういいか……千早は私の初デートは巧と一緒に追いかけるそうです。それで勘弁してくれるみたいです」

 樟葉がピタッと足を止める。

「ダブルデート……」

 ボソッと零れる。

「はい?」

「いいえ、何でもないですよ」

 どこか吹っ切れたような笑顔だった。

「私はもっと頑張れそうです」

「は、はぁ……」

 何故かつやつやとした樟葉が神奈を連れて進んでいく。

「何故ここに来ている? 天見神奈」

 暗闇の中の黒ずくめという明らかにホラー作品における向こう側のような人物が佇んでいた。

「いや、なんていうか」

「先輩、天見さんは第三者の侵入を知らせに来てくれたんです。彼女からしたら懸念事項なのは確かですし、ちょっとこの後を見せてあげようかなと」

 樟葉の言葉に誠司郎は瞑目する。

「邪魔をしないなら別に構わん」

 誠司郎は虚空に視線を移し、腰から小太刀を鞘ごと手に取った。

「さすが先輩は話が分かりますね」

「いや、私が訳わかりません」

 神奈の呟きはスルーされていた。

「今から張るんですよね?」

「あぁ、張ると同時に呼ぶ。すぐに退避しろ」

「張る? もしかして結界とか?」

「うーん、説明しがいのない娘……」

「じゃぁ、呼ぶって……」

「こういうことだ」

 手にしている鞘付きの小太刀を横水平に構える。

 キィィ……ン

 半ば程度まで抜いて、誠司郎は目を閉じる。

「ふっ!」

 小さく息を吐くと、カッと目を見開き、素早く納刀する。

 澄んだ音が月夜に吸い込まれていった。


----------------


「――Gu?」

 不意に顔を上げる。

 紅い双眸が、ある一点を睨み据える。


----------------


「……何をしたの?」

「大したことではない。疑似的に鬼の気配を起こし、奴が受け取りやすいように放った」

「ちょっ、そんなことしたら」

 神奈がすぐさま顔色を失う。

「ふむ、察しがいいな。そうだ。同じ場所に鬼が複数いるとき……」

 ズンッ

 小柄な女性の形をした異形の怪物が佇んでいた。

「潰し合いが起こる」

「GuRuaaAAaaaa!!!!」

「さぁ、もう下がっておけ天見神奈。萱島樟葉、頼んだぞ」

「では、先輩、後はお願いします」

 樟葉が神奈の手を取ってそそくさとその場から下がっていく。

「さて、今日の今日で悪いが……」

 キンッと小太刀を抜き放ち乙鬼と相対する。

「リターンマッチだ」

「GaaAAaaaa!!」

 乙鬼は怒りの形相で真正面から突進してくる。

 受ける誠司郎は半身になって躱し、胴を薙ぐ。

 乙鬼の到達点に置いた白刃が真横に疾走った。

 ガギ……ッ、ゾン!

 硬質な音の後、乙鬼の胴に赤い線が走る。

 走った線から血がしぶいた。

「浅い、か」

 事も無げに告げる。


 ブアッ!!


 が、駆け抜ける寸前で身を翻した乙鬼の踵が跳ね上がり誠司郎の顔を刈りに行く。

 ブンッ

 残像。代わりに在るのは小太刀の刃。

 ギィッ

「ブレが大きいと刃も入らんな……」

 小太刀を振りぬいた動きに連動し、誠司郎は乙鬼の背後へ身を滑り込ませている。

 大きな動きもなく、体を捌いたのみ。

 乙鬼からすれば掻き消えたようにも見えたはずだ。

 乙鬼は振り向きざま、背中越しに爪を振るう。

 苦も無く避ける。

「GYiO!!」

 続いて両の爪が時間差で振り下ろされ……空を切る

 黒い影はゆらりと数歩下がったようにしか見えない。

 誠司郎が乙鬼の猛攻を捌き始めていた。

「GyyyyyRyyyy」

 乙鬼の苛立ちが不協和音となって響き渡った。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 十数メートル離れた位置では神奈と樟葉が待機している。

「な、何かあいつ前より殺気立ってないっ!?」

「あー、それはそうですね。『目の前に他の鬼が居る』って感知したらあんな感じです」

 神奈の問いかけに事も無げに言葉を返す。

「え?」

「さっき天見さんが思い至った話の実演版がこれです」

 凄まじい殺気を放ちながら、乙鬼は誠司郎に襲い掛かっていた。

 前回あっさり退いた時と異なり、誠司郎への意識を逸らす気配が全くない。

 『確実に殺す』---その意識だけは、離れてみている神奈にも明確に伝わっていた。

「ここ大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。さっき先輩が張った結界って人払いと侵入した鬼を出さないものです」

「はい?」

「境界線の向こう側なんですよ。ここが」

「……こんな近いの?」

「半径大きくてあんなの捕まえておけると思います?」

「ごもっとも……」


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 乙鬼の猛攻は激しさを増す。

 両の爪、手足すべてが暴力の化身、空を薙ぎ、地を割る威力が余すことなく振るわれる。

 上下左右変幻自在に繰り出される猛攻を、相対する黒の化身はその姿が示すかの如く、全てを無に帰していく。

 当たらない、いなす、躱す、捌く、全ての猶予はミリ単位。

 無傷の誠司郎に対し、乙鬼の体には数多の切り傷が赤い筋を残している。

 しかし、全て浅い。

「GaAAaaoOooo!!」

 乙鬼の動きに苛立ちが生まれ始め、動きが雑になっていく。

「決め手に欠けるな」

 淡々とした調子で呟く。

 相対する乙鬼は何かに思い至ったように誠司郎から距離をとる。

 彼女は手近にある巨大な物体に手を伸ばす。

 両手で掴んだそれを大きく踏み込みながら放り投げた。


 放物線を描き誠司郎に飛んでいくランクル250。


 萱島樟葉の時間はコマ送りになっていたらしい。

「いやあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ガシャァッ!! ゴォンッ! ガンッ……カラカラカラ……

 誠司郎に当たることなく地面を抉り、何度も跳ねながら転がっていく。

「ランクル君がぁあぁぁぁっ、私のっ、私のぉぉっ!!」

 新車のランクルがたった一撃で無残な鉄塊へと変貌し、大きな絶叫が木霊していた。

「か、萱島さん、落ち着いて」

 慌てて神奈が樟葉を揺さぶっていた。

「やはり、成らねばムリか……萱島樟葉、天見神奈を下げろ」

「ふ、ふふふふ……もうやってます。大丈夫ですから思いっきりやっちゃってくださいっ!! 殺っちゃってくださいっ!! やっちゃいましょうっ!! 仇をとってくださいっ!!」

 下げろとは避難のことだったらしい。

 確かに戦闘範囲からある程度離脱できている。

 キンッと小太刀を納刀し、腰のホルスターらしき物へ下げる。

 両の拳を握りしめ力を貯めるように腰を落とし地を踏みしめる。


「こぉ……っ!」


 短い息吹……。


 ザワリと空気が震撼する。


「Gu、Gyy……」

 鬼がたじろいている。目の前の男の空気を受けて、数歩たたらを踏み、踏みとどまる。

 鬼の気配で揺らいでいた景色が新たな変動によって更なる暴威にさらされていた。


「グゥウォオッ! ガアァアッ!!」


 誠司郎が咆哮を上げる。


 ゴォッ


 誠司郎を軸に衝撃波が、風が弾ける。

 瞬く間だった。

 髪留めが爆散し逆立つ黒髪、あふれ出る生命力、こめかみから伸びた二房が角のように屹立する。

 全身の筋肉が隆起し、一回り分厚さをもたらしていた。

 鋭く尖った牙、伸びた爪、その姿は……彼の前に立つ鬼と寸分違わぬ異形の姿。


 いや。


 ただ一つ明確に異なる部分がある。

 対峙する鬼の双眸が紅く染まっているのに対し、誠司郎の目は蒼く輝いている。


「な、っななななぁっ」

 余りのことに語彙が品切れを起こしていた。

 横にいる樟葉に説明を求めるように視線を向ける。

「あれって、あの人って……まさかっ!?」

「あれが……鬼を狩るため鬼と化す生粋の鬼にして人類の護り手・鬼狩り追矢です」


「アマリ コノスガタヲ サラスノハ マズイカラナ」

 黒い鬼は紅い双眸の乙鬼を見据える。

「シマツ サセテモラウ」

 対峙するのは乙鬼、先の躊躇いを打ち捨てて誠司郎に躍りかかる。

 右爪。


 ガッ


 先ほどまで体術で完璧な回避を見せていた誠司郎が、そのまま微動だにせず受け止める。 左手で乙鬼の右腕を完璧に掴み取っていた。

 乙鬼の腕がブルブル震えている。誠司郎の左腕を押し切れず、同時に振り払うことさえできないのが一目瞭然だった。

「……コレデゼンリョクカ? オクノテガアルナラ ダシオシミシテイル バアイデハナイゾ?」

 応える代わりに乙鬼の左足が振りあがった。捕らえられた右腕さえ利用しての廻し蹴りが誠司郎の頭部を襲う。


 ゴンッ


 体術の音とは思えない鈍く重量感ある衝撃。

 右腕で容易く防いでいた。

「……クラッテモ モンダイ ナサソウダッタナ」

「Guu……GyoAaAaaaaaAA!!」

 乙鬼は一声天に咆哮し、今度は体を反転させ、その勢いのまま真上から左足をけり落とす。


 胴回し回転蹴り。


 技を知ってか知らずか、甚大な威力を持つ大技。


 ガンッ!!


「……ホントウニ コレガ ゼンリョクト イウノカ?」

 防ぎもせず頭部に蹴りを喰らいながら言葉を放つ。

「Gyyyyyy、gaAaaa!! aAaaaAAAAA!!」

 乙鬼の叫びは先ほどまでの威嚇ではなく、明らかに怯えを含むようになっていた。

 顔を背け、いやいやするように首を左右に振る。

「ザンネンダガ オチタジテンデ オマエノ メイウンハ キマッテイル」

「gYuyyyyy……aYyyyyy」

 乙鬼はギリッと歯を食いしばり唐突に左手を振り上げて自らの右肘に叩き下ろす。


 バギュッ


 鮮血が舞い散った。

 乙鬼は右腕の肘から先を断ち切り、後方へ飛び退る。

「ナルホドナ シッポキリカ ホンノウニシテハ ナカナカノハンダンダ」

 乙鬼はそのまま背を向けて全力の逃亡に入った。

「ダガ」

 誠司郎は既にその乙鬼の正面に立ちふさがっていた。

「オレヨリ ハヤクウゴケナイノナラ ニゲルノハ ムリダナ」

 人間的感情を失ったはずの乙鬼の顔に明白な絶望が浮かんでいた。

「カイシャクダケハシテヤル オマエノ アクムモオワル ヒトオモイニユクガイイ」

 誠司郎が腕を真横に振るった。

 その場に残ったのは、頭部を失った乙鬼の体。

 頭部は誠司郎の右腕にあった。

「モウクルシムナ」

 右手に持つ乙鬼の頭部から紅い輝きが失われていく。

 逆立っていた髪は力を失いどさりと地面に垂れ下がった。

ついに誠司郎の本領発揮です。

樟葉が「最高戦力」と豪語するだけあり、圧倒的な戦闘力を誇ります。

大木なぎ倒したり、鉄棒の一撃頭部に喰らっても平然としていた乙鬼さんを理不尽な暴力で圧倒してしまいました。


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誠司郎は本気でヤバいです。

樟葉が別の意味でヤバい回ではありますね。生き生きしてやがる……。


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