第四章 其の参 執着 鬼が求めしもの
追矢誠司郎の活躍により、鬼の脅威はひとまず去った。
そして、二人の「鬼狩り」によって、明かされる鬼の存在。
彼らの言葉から、「あの日」の巧に何が起こったのか?
察した神奈はたまらず巧を問い詰めるのだった。
「さて、もう大丈夫でしょ? 話してもらうわよ?」
神奈の有無を言わさぬ半眼が俺ににじり寄っていた。
「分かった分かった」
「私が電話で千早のことを頼んだ。巧は長野公園に行った。ここまではあってる?」
「あぁ、展望台まで千早を呼びかけながら上がった」
「あのクソ野郎は?」
俺も改めて思い出す。惨殺された男……千早のストーカーだ。
「……俺が見つけた時には殺されてた。展望台の下は血まみれだったよ」
「叩きつけられたってことかぁ……千早は?」
「見当たらなかった、でも」
「鬼が居た……」
「そういうことだ」
「では、ここから俺から話しても構わんか?」
そう言ったのは追矢さんだった。
そっか、この人からなら第三者視点も交えて話ができる。
「先日この地域に強力な鬼が潜伏している可能性に行き当たった」
切れ長の目がスッと引き上げられる。
「該当地域で鬼による惨殺の痕跡を追っていた。そこで浮上したのが楠木巧、君の事件だ」
そう、さっき話をし始めていた事件の事だ。
「男が惨殺されていた。痕跡のみだが人の力とは思えない惨状でだ」
追矢さんの言葉を聞いて千早がビクッと反応し、震えながら俺にギュッとしがみついていた。話が怖かったというより、ビックリしたような感じではある。
俺は寄り添う千早を抱き留めて肩をさする。落ち着いて欲しい。ただそれだけだった。
何故か萱島さんの瞳が一瞬光って見えた。
「君が助かった理由は分からない。だが、鬼が去った後、神ヶ丘千早を無事に保護した。こういう経緯だったな?」
「はい、今日みたいに飛び去って行きました。あ、そうだ。あいつの死体」
持ち去られていた。
「どうして持って行ったんだ?」
俺は疑問を口にしていた。
「喰われた。ということだ」
「喰う……んですか?」
「君も言っていただろう?」
トントンと自らの左肩を指し示す。
それは俺の抉られた肩口の場所を差していた。
俺も神奈も千早も思わず目を剥いていた。
いや、確かに喰われたけど、全身ともなれば話は違う。
「鬼は桁外れの力を奮う。だが、相応の代償がある」
少し考え込むように、だが、変わらず淡々とした口調。
「精神崩壊と極端な生命力消費だ。これらを外部から補う為、奴らは人の魂と肉体を欲する」
明確に「人を喰う」を肯定された。
「鬼というやつはな、執着が強い。一度これと決めた獲物を徹底的に囲い込んで独占する。当然横取りを嫌う」
そこでもう一度俺に視線を合わせ、俺の左肩を指さす。
「おそらくだが、君は奴に味を覚えられた。『収穫』に来たと言うことだ」
「え? えぇぇええぇぇぇぇぇぇぇ……?」
「……あんたモテるわねぇ……」
神奈が遠い目をして何の慰めにもならない事を呟いていた。
「人外に食材としてモテてどーしろっつーんだよっ!?」
まったく嬉しくない。そもそも『モテる』のカテゴリーに入れるな。
「やだっ、巧が食べられちゃうなんて絶対ダメェッ」
隣では半分泣きながら千早が俺にくっついている……可愛い……って今はそうじゃない。
「時々いるがな、『好かれる』人間というやつは」
そして、小さくかぶりを振った。
「だが、好かれているかどうかはどうでもいい。問題は『引き寄せる要因が必ずある』ということだ。鬼と二度遭遇するというのは偶然と片づけるには出来すぎている」
そして、俺を指さす。
「故に最悪を想定し、君たち全員を保護したうえで、やつを迎え撃って始末する」
否応なし……ということか。
「ちょちょちょっ、先輩っ。あまりにも一方的ですよ」
萱島さんが慌てて口を挟んでいる。
「萱島樟葉、今日の事態でもう猶予がないのは分かってるはずだ?」
すっと一睨みする。その目線に若干もの言いたげではあるが、萱島さんも黙り込む。
「理屈は分かってますよ」
「ならば素直に聞け。あの女の鬼を、次こそ確実に仕留める必要がある。更なる犠牲を出す訳にはいかん」
「ちょっといいかな?」
神奈が小さく手を挙げていた。
「なんだ?」
「さっきからあの女の鬼だけ指してるみたいなんだけどさ、他の鬼って可能性はないの?」
「当然の疑問だな。さっき鬼の習性を話しただろう?」
「え? うん」
「鬼は独占欲が強い。故に鬼が複数体同じ場所にいると、ほぼ確実に発生する事がある。鬼同士の潰し合いだ」
「縄張り争い?」
「そうだ。徹底的に行われる」
その言葉を聞いて、先ほどの暴力の化身同士が相争う様が俺の脳裏をよぎる。
またたく間に荒廃するだろう文明の産物達……。
「せ、世紀末……」
「先にモヒカンにしとく?」
「モブにしようとすんな」
神奈の茶々に小さく半眼で返しておく。
「……私は巧がモヒカンになってもトトロになっても受け入れるよ」
「……頼むから今の俺を受け入れといてくれ」
何故か乗っかってきた千早には額に指を当て瞑目して返しておく。
「話を戻すがいいか? つまり、この潰し合いが行われることによって結果として一地域において鬼は基本的に一体ということになる。複数体居る場合とは完全な上下関係で一方が隷属しているか、縄張り争いの最中だけということになる」
改めて周辺を見渡していた。
山道の一部が見事な更地と化している。
「この有様を見ればわかると思うが、この地域近辺で潰し合いの痕跡はない。そして、隷属についてだが、前提として双方それなりの理性が必要だ。アレはそれほど残っていない」
改めて神奈に視線を戻していた。
「故に、この地域を押さえる鬼は奴であり、一体のみだと考えている」
「了解。納得したわ。もう一個いい?」
神奈が腕組みしながら質問を重ねる。
「なんだ?」
「あんたの話がそのまま事実だとしたら、あの鬼の女って数日前に人一人を喰ってるってことでしょ? そんな頻繁に食事してたらもっと騒ぎになると思うんだけど?」
「鋭いな。さて、どこまで話すべきかだが、まず通常の食事は食事として摂っている。故に日に三食などというサイクルにはならない。そして、こっちがキモだが、鬼の食人衝動はかなり個体差がある。総じて強力な鬼ほど頻度が高まる。理由は単純だ。燃費が悪い」
「強いほど大食いってこと?」
「そういうことだ。奮う力に比例する」
「……あいつってそんなに喰ってるの?」
「対峙した時に放っていた鬼気が相当淀んでいたからな。犠牲者はそれなりに居ると見て間違いない」
「そんなの分かるの?」
「なんとなくだ」
「……そこ感覚なの?」
「示すべき指標がないからな」
「えぇえぇぇ……」
「ごめんなさいね、天見さん。この人、ロクな説明機能付いてないの……」
萱島さんが眉間に人差し指を当てながら渋面を作っている。
「まぁ、いいわ。次を聞きたいから、あの鬼って数日前に『一人分』の食事をしてるはずよね? もう『次』が必要になったってこと?」
「なるほどな。さっきの質問はそういう意味か。判断が難しいところだが、奴らがわざわざ人前に現れる理由というのは意外と限られている」
「見た限りだと何かあったところでどうにでもできそうだけど?」
「野生の肉食動物は無意味に獲物達の前に出てくるのか?」
「……なるほどね」
警戒させないのも狩りのうち、ということか。
「今回の事態、奴なりの理由があるのは確実なんだがな。意味もなく同じ人間の前に現れる例などほぼない。もっとも目撃者に『二度目があった』という理由も含むがな」
「目撃者……二度目が…無い…。っ!?」
何かに思い至った神奈が青ざめてこちらへ振り返る。
「ちょっ巧、あんたなんで生きてるのよっ!?」
「失礼なっ!! 生きてたら悪いかっ」
「悪くないけどっ、あんた最初に肩喰われてるのに何で見逃されてんのよっ!!」
指摘され、考えてみる。
目撃者に二度目がない?
一度目で……居なくなるから?
何で? 人食い鬼。
……あれ? ちょっと待って。
俺は治りきっていない左肩を見る。
サーっと顔から血の気が引いていった。
「何で生きてんのっ俺っ!?」
「私に聞くなぁっ!!」
神奈からボレーの如く叩き返される。
あの病室の事情聴取で目の前の二人が動揺した理由がようやく俺にも分かった。
隣でしがみつく千早ががくがくと震えて、俺を引き寄せる力を強めていた。
小さく「やだ、そんなのやだ」と繰り返している。
「そういうことだ。俺達に見えてない理由があるのだろうが、異常事態なのは間違いない」
追矢さんがそう言って締める。
……事情はある程度分かってきた。
確かに追矢さんの「俺たちを囮にして迎え撃つ」という話は理解できる。
「理屈は分かった。でも対応するならするで俺達だって保険が欲しい」
「道理だな」
「本当に安全なのか?」
「最善を尽くすとしか言えん。大前提として奴に対抗できる戦力は俺だけだ。増援は期待するな。もし居ても奴のエサが増えるだけになる」
「……ねぇ、さっきあの人を『最高戦力』って言ってたけど、もしかして鬼狩りで戦えるのこの人だけとか?」
「違います。ちゃんと同様の戦闘能力を持つ人は居ますけど、この件で対応できるのは結果的にあの人だけになるってことです」
「どんな組織なのよ」
「それは、ちょっと……オープンな組織でもありませんし……」
あはは、と乾いた笑いを浮かべながら返している。
「と私からも補足していいですか?」
萱島さんが小さく挙手していた。
「その、この人ってとんでもなく失礼で酷いこと言ってるように思うかもしれないんですけど楠木君達の事を凄く気遣ってるんです。このままだといつ襲われるのか分かったもんじゃありませんから」
時が止まる。
「はい?」
神奈が首をひねっていた。
「とん……っでもなく言葉が足りませんけど、早く日常を取り戻すための提案なんです」
「マ……?」
「本気と書いてマジと読みます」
萱島さんが真顔で返してくる。
「……? 説明が要るのか?」
眺めていた追矢さんが首をかしげてポツリと零していた。
「要らないと思わないでください」
萱島さんは心底疲れた表情で大きなため息をついていた。
「まず最初に言っておくと、私達は一度接触した鬼を引き出す術を持っています」
「はい?」
思わず間の抜けた声が出る。
いや、だったら何で俺達を捕まえておく必要が。
「でも、呼び出したからといって一直線に来るかはわかりません。途中であなた達に危害が及ぶ恐れがあります」
あ、はい。
「ですので、保護させてください。うちの黒ずくめが片付けたら無事解放されます」
ペコリと頭を下げる萱島さん以外に言葉を発する者はいなかった。
えっと、どうやら俺達は囮ではなかったらしい。
ついに鬼との正面対決作戦へと進みます。
誠司郎さんはマジでコミュ障です。
この人、必要最低限の事しか話してくれません。
かつて作者がこの作品作りで頭を抱えた要因の一つが彼です。
まぁ、なんといいますか彼の場合は生まれついての環境が要員だったりするわけなんですが……。




