第057回
『Mikiko's Room(https://mikikosroom.com/)』で連載した、会津若松への旅行記(原題は「単独旅行記Ⅶ」)です。
この回のオリジナルは、↓のページに掲載しています。
https://mikikosroom.com/archives/49777648.html
なお、「小説を読もう!」では、写真を2分の1サイズに縮小して投稿しています。
フルサイズの写真は、上記オリジナルページをご覧下さい。
特に断りのない写真は、わたしが撮影したものですので、ご自由にお使いください。
なお、本文のみをまとめた総集編(後書きはありません)は、↓のページからご覧いただけます。
https://mikikosroom.com/archives/24257587.html
み「でー!
また出た、『自刃の間』。
さっき、見て来たじゃないの」
ハ「さっきなのは、展示用の部屋やったんと違うか?」
み「そう云えば、妙に前面展望が開けてたよな。
確かに、自刃するなら……。
こういう薄暗い、奥まった部屋になりそうだ。
説明書き、読んで。
怖くて読めん」
ハ「手間のかかるやっちゃ。
『慶応四年(一八六八)八月二十三日早朝、西軍は会津城下に総攻撃を開始した。
お城より全員登城の命が下ったが、西郷家の婦女子は「足手まといになるまい」と考え、この部屋にて自らの命を断った。』とな」
み「全員登城って……。
婦女子まで戦闘員にするってこと?」
ハ「ちゃうやろ。
婦女子を城に入れて、守ろうとしたんや」
み「なるほど。
それで、“足手まとい”か。
自分らを守るためには……。
兵を割かなきゃならないわけだからね。
だから、ここでの死を選んだってことか」
ハ「あんたならどうする?」
み「この場から逃げます」
ハ「そやろな。
で、城に行くんか」
み「行くかいな。
敵が攻めて来るとわかってるのに。
隠れ場所なら、いくらでもあるでしょ。
落ち武者狩りしてるわけじゃないんだから……。
民家の隅々まで、いちいち調べないよ。
8月なんだから、凍え死ぬ心配はないし。
炭小屋にでも隠れて時を待つ」
ハ「忠臣蔵か」
み「『第二の間』。
『祖母や女の子達の間』か。
ここで、お祖母さんと遊んだりしてたんだろうね。
お手玉とかで。
わたしさ、お手玉で一度やってみたかったことがあるんだ」
ハ「何や?」
み「障子に数字を書いて……。
ストラックアウト」
ハ「半殺しにされるで」
み「張替えの前ならいいでしょ。
どうせ破るんだから。
シルバー人材センターとかでさ……。
障子の張替えも請け負ってるじゃない。
それに雇ってくれないかな。
張替え前の、破り方専門。
お手玉持って、いつでも参上します」
ハ「半殺しや」
み「げ。
『奥一の間』。
一の間が後に来た。
説明書き、読んで」
ハ「誰か、代わってくれや」
み「文句言わない!」
ハ「『家老の寝室として使われ、書院造りとなっている。
この場面は、父の寝室で遊んでいる子供達を、母の千重子が叱っている所である』」
み「家老と奥さんって、一緒に寝てなかったの?」
ハ「普通の武士の家やったら、一緒やったやろな。
せやけど、ここは半分、公邸やからな。
違ごたんやないか」
み「それでも、子供は生まれてるわけだよね」
ハ「何が言いたい?」
み「なさることは、なさってたってことでしょ」
ハ「こっから、奥方の寝室に通たんやないんか」
み「めんどくせー。
ていうか、普段から、こんな格好してたのかね?
めんどくさすぎ。
会津の夏なんか暑いよ、盆地だから。
アッパッパじゃなきゃ過ごせないと思う」
ハ「心がけの問題やな」
み「でも、この毬で……。
ストラックアウトしてたんじゃないの?」
ハ「半殺しやて」
み「お、ここは説明書きが目の前にあって助かる。
しかし、お湯を手桶で運んだ?
そりゃ大変だろ」
ハ「奥方がやってたわけやないがな。
そういう役目をする使用人がおったっちゅうことや」
み「確かにね。
ぜったいに、家族だけじゃ暮らせない家だよな」
み「『脱衣室』に『厠』か。
しかし……。
この消化器、当時は無かったよね」
ハ「当たり前やがな」
み「でもなんで、ここに消化器を設置したんだ?
お風呂じゃ、火を使わなかったわけでしょ」
ハ「今かて使こてないがな。
配置的に、ここがええ塩梅やったんやないか」
み「確かに、妙にマッチしてるけど」
み「『化粧の間』。
化粧するだけの部屋ってこと?」
ハ「化粧っちゅうか、身支度する部屋やろ」
み「あの複雑そうな着物を着るとか?」
ハ「せやな」
み「しかし、なーんか……。
怨念の籠もってそうな部屋だな。
鏡の前で髪を梳いたら……。
ごっそりと髪が抜けるとか」
ハ「四谷怪談か!」
■足軽
わが家は昔、日曜の夜、NHKの大河ドラマを見る習慣がありました。
裏に面白いチャンネルがあっても、変えることは許されません。
仕方ないので、一緒に見てました。
戦国時代の話、けっこうやってましたよね。
なので、合戦の場面は頻繁に見ました。
草原の左右から、両軍が砂煙をあげて殺到してきます。
先頭切って走っていくのは、足軽たち。
で、両軍がぶつかるわけです。
足軽は、簡単な鎧兜です。
どう考えても、最後まで生き残れるとは思えません。
わたしは、何であんなことが出来るんだろうかと不思議でした。
あたり前ですが、死んだら終わりなんですよ。
わたしならどうするだろうと考えました。
回れ右して逃げるのは、返って危ない。
卑怯者とみなされ、味方に斬り殺されるかも知れません。
なのでもちろん、前には行きます。
でも、もちろん敵とはやり合わない。
で、折を見て倒れます。
早い話、死んだふり作戦。
生きるか死ぬかで戦ってるときに……。
すでに地面に倒れてる兵を刺したりはしないでしょう。
で、戦が終わって、死屍累々の「兵どもが夢の跡」になってから……。
そーっと起きあがるわけ。
ていうか、そもそも、足軽なんかにならなきゃいいわけですよね。
徴兵されるわけじゃないんでしょ?
↓でも、『コトバンク』のこちら(https://kotobank.jp/word/%E8%B6%B3%E8%BB%BD-25257)のページに、そうじゃなさそうなことが書いてありました。
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●足軽
武家時代の歩卒、雑兵のこと。
「足軽く駆け回る者」の意。
鎌倉時代の軍記物にすでに足軽という名称がある。
当時の戦争は、騎馬による個人的戦闘が主であるから、足軽は、主要戦闘力としてではなく、後方攪乱、放火などに使用され、荘園の一般農民から徴発された。
鎌倉時代末期から南北朝動乱以降、戦闘形態が、個人的戦闘から次第に歩卒による集団的戦闘に変化していくに従って、戦争における足軽の活躍が顕著になった。
室町時代には、平時は農耕に従事する農民が戦時には陣夫として徴発される体制が一般的に成立した。
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徴兵されるんじゃないですか。
農民として静かに暮らしてた人が、いきなり戦場に引っ張られるってこと?
農民っていうか、小作民ですかね?
帰ってこない人もたくさんいたんでしょうね。
わたしならもちろん……。
逃げます。
いちいち、追っ手なんか差し向けないでしょう。
カムイ外伝じゃあるまいし。




