第052回
『Mikiko's Room(https://mikikosroom.com/)』で連載した、会津若松への旅行記(原題は「単独旅行記Ⅶ」)です。
この回のオリジナルは、↓のページに掲載しています。
https://mikikosroom.com/archives/49529283.html
なお、「小説を読もう!」では、写真を2分の1サイズに縮小して投稿しています。
フルサイズの写真は、上記オリジナルページをご覧下さい。
特に断りのない写真は、わたしが撮影したものですので、ご自由にお使いください。
なお、本文のみをまとめた総集編(後書きはありません)は、↓のページからご覧いただけます。
https://mikikosroom.com/archives/24257587.html
み「この三畳間は、いわゆる『取次の間』ってやつかな?
書生なんかが常駐して、客の応対をする間」
ハ「家老屋敷に、書生なんかいたんか?」
み「知らんけど」
み「奥にあるのは、一人用のコタツっぽいな。
会津の冬は寒いからね。
コタツにあたりながら、ここに詰めてたんじゃないの?」
ハ「3つもあるで」
み「3人いたんじゃないの?」
ハ「狭まっ。
1人1畳や」
み「寝るわけじゃないんだから、十分でしょ。
しかしやっぱり、狭い和室って落ち着くよね。
内田百閒が建てた家ってね、三畳間が3つ連なっただけの間取り。
三畳御殿って呼ばれてた」
ハ「変人らしい家やな」
み「実際、変人だったけどね。
でも、わたしにとっては、一つの理想に近い間取りね。
今の新築住宅やマンションって……。
必ず、だだっ広いフローリングのリビングがあるでしょ。
わたしはあれが、大嫌い」
ハ「なんでやねん」
み「何すんのよ、あんなところで」
ハ「くつろぐんやないか。
ソファーとか置いて」
み「ぜんぜん寛げないって。
上が吹き抜けだったりしたら、さらに最悪」
ハ「ええやないか。
明るうて」
み「落ち着かないでしょ。
暖房も効かないし。
わたしが家を建てるとしたら……。
ぜったい、狭い和室が連なった間取りにする。
三畳は、さすがにちょっとだけど……。
四畳半なら十分だよ。
逆に、六畳じゃ広すぎる。
部屋の隅まで手が届かない」
ハ「単なる無精もんやがな」
み「ところで、あれ何?
ベロ出してて。
失礼じゃないの?
客を迎えるのに」
ハ「『会津唐人凧』て書いたあるようやな」
み「即、検索!」
ハ「ふむふむ。
元々は、400年くらい前に、大陸から長崎に伝わった凧やて」
み「400年前って、江戸初期だよね。
長崎から会津まで伝わったんなら……。
全国的にポピュラーな凧でもおかしくないじゃない。
でも、初めて見たぞ、こんなベロ出してる凧」
ハ「実際、こないな凧が見られんのは……。
九州北部くらいみたいや。
それが、ぽつーんと会津に伝わっとるんやな」
み「なんで?」
ハ「謎やそうや」
み「♬長崎から船に乗って……。
会津に着ーいた♬」
ハ「着かんわい!
会津に海があるかいな。
しかしこの凧、戊辰戦争のとき……。
篭城した若松城の城内から、空高く挙げられたそうやで」
み「何のため?」
ハ「もちろん、味方の士気を鼓舞するためやがな。
大河ドラマの『八重の桜』にも出てきたみたいや」
み「何じゃこりゃ?」
ハ「『酒槽』て書いたあるな」
み「西郷頼母は、お酒も造ってたってこと?
密造か?」
ハ「西郷頼母の屋敷にあったものやないやろ。
看板に『歴史資料館 第2展示室』てあるがな」
み「紛らわしい。
純粋に、当時の屋敷を再現すればいいのに」
ハ「見所がないんやないか。
質素すぎて」
み「それがまたいいんじゃないの」
み「どあー。
いきなり、クライマックスの部屋に来た」
ハ「自刃の間やな。
戦の足手まといになることを潔しとせんかった女子が……。
ここで、自ら命を絶ったわけやな。
西郷邸では、一族の婦女子、21名が自刃したそうや」
み「なんで、そんなことが出来たのか……。
だって、江戸時代になってから、270年近く経ってるわけでしょ。
その間には、戦なんかなかったわけじゃない。
祖父母どころか、その時代に生きてた人で……。
戦争体験を持った人なんて、ひとりもいなかったのよ。
それが、いざ戦となったら、いきなり自刃って……」
ハ「戦はなかったとしても……。
戦時の心がけだけは、しっかりと伝えられて来たちゅうわけやな」
み「げに教育は恐ろしい」
み「でも、右に立ってる茶髪の兄ちゃんって、官軍だよね」
ハ「茶髪のわけあるかい。
『赤熊』やがな。
戦場で、自軍の指揮官の居所がわかるように被ってたそうや。
藩によって、色が違てたみたいやで。
長州藩が『白熊』、薩摩藩が『黒熊』。
『赤熊』は、土佐藩やな」
み「こんなとこまで踏みこんで来て、とどめを刺したってこと?」
ハ「ちゃうようやな。
踏みこんだときには、もうほとんどこの状態やったそうや。
で、わずかに息があった女子が……。
その気配に気づき、『敵か味方か』と問うた。
もう、目も見えんくなりかけてたんやろな。
それでも、自刃に使った刃を向け、必死に戦おうとするそぶりを見せた。
官軍の赤熊はとっさに、『味方だ、味方だ』と叫んだ。
死を目前にした女子が、さらに戦おうとする姿は見るに忍びなかったんや。
すると女子はホッとした顔を見せ、『介錯を……』と頼んだ。
赤熊は、涙ながらに介錯したそうや」
み「ううっ。
可哀想すぎる」
ハ「そのときの女子は……。
西郷頼母の長女、細布子。
当時、15歳やったそうや」
み「15歳で……。
どうしてそんなことが出来る……。
わたしなら、絶対に無理」
ハ「今の日本に、これが出来るおなごなんておらんやろ。
教育が人を作るっちゅうことやな」
み「教育、恐るべし」
ハ「有名な辞世の歌やな。
頼母の妻、千重子が詠んだものや」
●なよ竹の風にまかする身ながらも たわまぬ節はありとこそきけ
み「もの凄い覚悟……」
ハ「千重子はことのき、まだ33歳やった」
み「今の33歳とは、まったく別の人間だね」
ハ「これは、それぞれの辞世の歌やな」
み「もういい。
とても見てられん」
ハ「系図もあるで」
み「てっ、撤収!」
■教育、恐るべし
とにかく、会津武家屋敷の「自刃の間」はショッキングでした。
1度来てたので、わかってたんですけどね。
でも、改めて衝撃を受けました。
↓西郷頼母の妻、千重子の辞世……。
●なよ竹の風にまかする身ながらも たわまぬ節はありとこそきけ
これを目にしたときはやはり、涙が溢れそうになりました。
そして、15歳で、自らの介錯を頼んだ細布子。
逆立ちしても、真似できません。
確かに、すごい人たちです。
でも、どう考えても、正しい行動だったとは思えません。
しかし、何が正しいかは、そのときの社会が規定するものです。
それを教えるのが、教育です。
会津藩で、面々と教え継がれてきた武士道精神。
素晴らしい教育システムだったと思います。
しかし、あまりにも素晴らしすぎて……。
立ち止まって考えることが許されなかった感があります。
まさに、教育は恐ろしい。
わたしは、教職に就かなくてほんとに良かったと思います。
しかし、学校の先生、成り手が減ってるそうですね。
激務であることが、完全に知れ渡ってしまったからでしょうから。
SNSなどでは、先生たちの悲鳴も溢れてるのでしょう。
今の時代、夢を抱いて職に就くってこと……。
出来なくなっちゃったんじゃないですか。
どんな職業でも、ネットの情報で実態がわかってしまいますから。
しかしこのままでは、教育自体が成り立たなくなってしまいます。
やっぱりまず、教壇に立つ以外の雑用を減らしてやるべきです。
事務職員などをちゃんと配置して……。
先生が給食費なんか集めなくていいようにしなければなりません。
あと、大きな負担となってるのが、部活でしょう。
この指導も、外部に委託すべきでしょうが……。
しかし、事故などが起きたときの責任問題が難しそうですね。
それならせめて、部活の担当のある先生は、午後から出勤とかに出来ませんかね。
ま、そんなことが出来るような人員の余裕は、あるわけないんでしょうけど。
となると、AI先生ですかね。
あ、そうそう。
しばらく前から気になってた、生成AI。
「ChatGPT」とgoogleの「Bard」。
どちらも、少しですが使ってみました。
わたしの感じとしては、googleの「Bard」の方が正確性が高いようです。
でも、みなさん。
ご自分の知ってることを、質問してご覧なさい。
とんでもない嘘っぱちを、自信満々の上から口調で答えて来ますから。
自分が知らないことを質問した場合……。
その答えが正しいかどうかの裏付けをちゃんと取らないと、危なくてしょうがないですよ。
まだまだ、提出レポートなどに使うには危険が大きいと思います。




