舞踏会に行くことになる。
短め。
朝起きると、そこは知っている天井だった。いつも通りの。
視界に違和感があるのだけれど、そういえば左目が開きにくい……。目ヤニかしら?
いや、違う。
――――鳩に刺されてなかった?
自覚したとともにジンジンと疼きだす左目。それを抑えようとして左目に手を当てるけどもちろんそんなので痛みが治まるわけでもない。
そこまで痛くはないものの、継続する痛み。ああ、もう、なんでこんなことに!
ドアがゆっくりと開かれて、あわてて体を起こす。そこには、急に起きたケガ人に驚くイザベラがいた。
私もイザベラも言葉を発するタイミングを失い黙っていると、イザベラの目からじわじわと涙が溢れだす。
「だ、だぃ」
じょうぶ、と尋ねたいけれども、のどが渇いて声が出ない。急いでつばを飲み込む。
「イザベラ、どうし――」
「うああああああああん! ああああああああ! あああ、ああ、ああああああ!」
叫び、狂いように泣き崩れ始めるイザベラ。あああもう泣かないで、泣かないでちょうだい! イザベラが泣いてるところなんて見たくない!
ベットから下りてイザベラに近づくけど、やはり視界に違和感がある。なんなのかしら?イザベラの泣き声に気づいて下から誰かが上がってくる音がする。
「ほら、淑女が泣いちゃダメじゃない。ほら、泣かないの」
「うぐっ、うぎっ、うう、ああああああああ! ごめんなさい! 本当にごめんなさいっ!」
ただひたすらに謝るイザベラに、誰かが横に立つ。顔をあげれば、見たことがあるような少年がいる。……あら? 家族の誰かかと思ってたんだけど。
「本当に、申し訳ございませんでした! 謝っても許されないことだとは思っております! しかし、どうか、どうか!」
奴隷なみに這いつくばり、謝ってくる少年。
――――ああ。鳩使い。
――――許すわけが、ないでしょう?
なんて。
心の中で許せない気持ちもあるけど、もちろん許す気持ちもある。相対する気持ちだ。
確かに鳩を飛ばしたのはこの少年だけど、別に人間に動物が操れるわけもない。だからこの人は悪くない。でもその鳩を管理する責任はこの少年にある。だからこの人が悪い。
「謝罪を、受け入れます」
「アリー! 起きたの!? 大丈夫!?」
「お姉様……」
ドタドタと下から上がってくるお姉様とお母様。
私の部屋は階段の近くで、その階段は玄関へと続いている。玄関の吹き抜けの窓から差し込む光からするに、どうやら今は昼ごろらしい。鼻を聞かせれば、料理のにおいがする。
未だに体を起こさないイザベラを立たせ、同じように頭を下げる少年に声をかける。
「お立ちくださいまし」
もう謝罪を受け入れたんだから、立てばいいのに。まぁ、謝罪を受け入れた途端何事もなかったように立たれたら、それはそれで苛立つけれど。
「ありがとう、ございます」
よく見たら、いや、よく見なくても、この少年の着る服はそこらへんと同じような衣服だということがわかる。
「あのー、こちらへ。アリーにはあとでご飯もってくから、部屋で寝てなさい」
「はーい」
私のいないところで色々な処分が下されたらしい。といっても、治療費とか、そこらへんぐらい。
サーカスの中は暗いに等しかったので、幸いというべきか、自分たちの買っていた鳩が観客の目をつついたことはあまり広まらずに済んだらしい。まあ王室御用達だし、客が少なくなったら困るものね。
鳩については何も触れなかっただとか。……動物にはどのくらいのばつが妥当か、なんてわからないし、別にいいわ。もちろん恨んではいるけれど。
マローからは謝罪の手紙が来た。私のことを知ってることにも驚いたけど、別にマローは悪くないというのに。
それと……イザベラが、心身不安定になっていた。
この前、なぜかイザベラが私に謝ったことと関係しているらしいけど……。まあ、イザベラが心配である。
そしていよいよ、オーガスタス様主催による舞踏会の開催が三日後に迫っていた。
お姉様がだんだんわくわくしているのを見ると、どうやら殿方を捕まえる気満々らしい。私は……、マローのことがあって、よくわからないし。
片目しか見えない私をもらってくれる殿方がいるかどうかさえわからない。しかも、頻繁に訪れない場所以外では、片目だけによる距離感のなさで転びやすいのだ。だから、ね。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ、ふぅ」
意味もなく長い溜息を吐いて――とりあえず、今日はもう寝よう。おやすみ。
気が付けば、もう舞踏会当日になっていた。……あーあ。
楽しみを隠し切れないお姉様。複雑な気持ちの私。沈んだ気持ちのシンデレラ。
付き添いでお母様に、使用人としてシンデレラ。このご一行で舞踏会。……すっごい微妙だけど、何事もうまくいきますように、なーんて。
今更ですが、シンデレラは主人公です。……のはず、です。
これ、まるでシンデレラが主人公の作品の、そのお姉様のスピンオフみたいっすねー……あはははは。