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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第64話 暗雲

翌朝、俺はカイと話していた。


 昨日の軍議では、帝国軍が建造している攻城兵器を完成前に破壊するための手段として、夜襲が提案された。敵陣へ少数の騎兵を送り込み、建造中の攻城兵器を破壊したところで、できるだけ早く城内へ戻る。目的だけを見れば分かりやすく、帝国軍の次の攻撃を遅らせるためには意味のある作戦だった。


 ただ、会議が終わったあとに改めて確認してみると、実際に実行するには問題が多いことが分かった。


 俺はそのことをカイから聞いていた。


「夜襲計画は頓挫か」


 俺のつぶやきにカイが答える。


「はい、攻城兵器が建造されているのはこちらの攻城兵器の射程範囲外。夜襲でこれ程の距離を移動し、撤退するのはほぼ不可能に近く、特に退却する際に城壁外にある道を態勢を立て直した帝国軍に封鎖されれば、全滅もあり得ると。その為、夜襲計画は頓挫しました」


 カイの説明を聞きながら、俺は頭の中で昨夜の案をもう一度考え直していた。


 夜襲の目的そのものは変わらない。攻城兵器を壊すことができれば、帝国軍の次の攻撃を遅らせられる可能性があるし、昨日の第一次総攻撃で大きな損害を受けたこちらにとって、その時間は決して小さくない。だからこそ昨日の会議でも、夜襲という言葉が出たときには、それを現実的な案として検討する価値があると思えたのだ。


 しかし、その作戦が成立するためには、攻城兵器を破壊したあとにこちらへ戻ってこなければならない。建造場所が遠ければ遠いほど、そのために必要な時間は増える。しかも、こちらが攻城兵器を破壊したことで帝国軍に夜襲部隊の存在を知られれば、当然ながら敵は追撃しようとするだろう。行きはまだ敵の警戒が十分ではないところを狙えるとしても、帰りまで同じ条件が続くとは限らない。


 そのうえ、カイが言ったように、城壁の外にある道を帝国軍に封鎖されれば、逃げるための道そのものを失うことになる。


「攻城兵器を壊すこと自体はできるかもしれない。でも、壊したあとに戻れないなら意味がない」


「はい。攻城兵器の破壊だけを考えれば、夜襲は成立する可能性があります。しかし、部隊を戻すところまで含めて考えると、危険が大きすぎます」


「特に今は、第一次総攻撃の直後だからな」


「そうですね。帝国軍もまだ完全に立て直してはいないと思いますが、それでも昨日よりは夜襲を警戒するでしょうし、こちらが動けばそれに合わせて兵を動かすだけの余力もあるでしょう」


 俺は何も言わずに頷いた。


 帝国軍が二十万人の兵を擁しているという事実は、昨日の総攻撃が終わったからといって変わらない。七万人を投入した第一次総攻撃で多くの兵を失ったとしても、残っている兵はまだ大量にいる。こちらが夜襲に出した部隊が敵の主力とぶつかるようなことになれば、少数であることはそのまま不利になる。


「じゃあ、夜襲は使えない」


「はい」


 簡単な答えだった。


 けれど、俺の中では、それで話が終わるわけではなかった。


 夜襲を使えないとなれば、帝国軍が建造している攻城兵器をどうするのかという問題が残る。完成する前に壊せるのなら、それに越したことはない。だが、その方法が使えない以上、別の手段を考えなければならない。


 俺は少し考えてから、カイに尋ねた。


「今日の会議では、このことも話すことになるだろうな」


「おそらくは。少なくとも、攻城兵器の建造をそのまま放置するわけにはいかないでしょう」


「完成すれば、また使われるからな」


 そう口にしたところで、俺は自然と昨日の戦闘を思い出していた。


 帝国軍は攻城塔や梯子を使い、城壁全体へ圧力をかけてきた。こちらはそれを何とか退けたが、あれと同じことをもう一度受ければ、今度も同じように凌げるとは限らない。昨日の戦いで受けた損害が残っている以上、次の攻撃に備えるための時間は必要だった。


 それなのに、帝国軍はすでに次の攻撃へ向けて準備を始めている。


「行くか」


「はい」


 俺とカイは、その日の会議が行われる場所へ向かった。


 歩きながら、俺は夜襲について考えていた。


 夜襲を取りやめる以上、攻城兵器を完成前に破壊するという方針も同時に捨てることになる。建造場所が射程の外にある以上、こちらから無理に接近して攻撃する方法には、昨夜の時点で示された問題が残るからだ。


 そうなると、残された方法は一つだった。


 帝国軍の攻城兵器が完成したあと、敵がそれを使うために前へ出てきたところを狙うしかない。


 敵が攻勢に出れば、攻城兵器も前へ移動する。


 そこまで来れば、こちらの攻撃も届く。


 ただし、それは同時に、帝国軍が大規模な攻撃を仕掛けてくるということでもある。


 つまり、攻城兵器を破壊できるようになるまで、こちらは帝国軍の攻撃を待たなければならない。


 そのことを考えながら、俺は会議室へ入った。


     *


 すでに何人かが集まっていた。


 昨日の戦いを終えたばかりだというのに、今日もまた軍務を担当する者たちが揃っている。疲労が残っているのは、ここにいる誰もが同じだった。それでも、帝国軍が待ってくれるわけではない以上、こちらも休み続けることはできない。


 会議が始まると、まず昨日の第一次総攻撃について確認が行われた。


 帝国軍は七万人を投入し、攻城塔や梯子を大量に使って城壁へ攻撃を仕掛けた。こちらも大きな損害を受けたものの、敵に城内への突破を許すことなく、第一次総攻撃を終わらせることには成功している。


 ただし、それで戦いが終わったわけではない。


 帝国軍にはまだ大量の兵力が残っている。


 そして、その兵力を使うための攻城兵器が今も作られている。


「夜襲について、改めて確認しておきたい」


 会議に参加している者の一人がそう言った。


 俺もそちらを見る。


「昨日は建造中の攻城兵器を狙って夜襲を行う案が出ましたが、確認の結果、実行は難しいようです」


「陛下」


 別の者が続ける。


「攻城兵器の建造場所は、こちらの攻城兵器の射程から外れています。そこまで夜間に部隊を移動させれば、接近そのものより、帰還の方が問題になります。建造場所へ到達して攻城兵器を破壊したあと、敵に気づかれれば、その時点からこちらは追われることになります」


「しかも、戻る道は一つではないとしても、長い距離を移動する必要があります」


「敵がその間に道を押さえれば、逃げ切れません」


 昨日の会議でも出ていた話だが、改めて聞いても結果は変わらない。


 夜襲を実行すること自体が不可能なのではない。


 しかし、目的を達成したあとに部隊を無事に戻すことまで考えると、危険が大きすぎる。


「夜襲は取りやめるしかないな」


 俺がそう言うと、反対する者はいなかった。


「問題は、そのあとです」


 すぐに別の者が口を開いた。


「攻城兵器はそのまま建造されます。完成を防げない以上、帝国軍は次の攻撃にそれを使うでしょう」


「だったら、敵が攻勢に出てきたところを狙うしかない」


 俺がそう言う。


 それに対して、何人かが頷いた。


「完成した攻城兵器が前へ出てくるのであれば、城壁から攻撃することはできます」


「そうだな」


「ただ、その場合でも問題があります」


 別の者が続けた。


「帝国軍は攻城兵器だけを前へ出すわけではありません。昨日と同じように、多くの兵をその周囲に配置するでしょう。攻城兵器を狙おうとすれば、その兵たちも同時に相手にすることになります」


 俺は地図へ目を向けた。


 確かにその通りだった。


 帝国軍が攻城兵器を守るのは当然だ。何のために作った兵器なのかを考えれば、それを無防備に城壁へ近づけるはずがない。


 昨日の第一次総攻撃でも、攻城兵器の周囲には大量の兵がいた。


「それでも、城壁から破壊するしかないのでは?」


「それが一番安全だとは思います。ただ、攻城兵器を優先する場合、こちらも攻撃のために兵力を割く必要があります」


「城壁の防衛に影響が出るということか」


「はい。帝国軍が複数の場所から同時に攻撃してきた場合、攻城兵器だけを狙うことに集中すれば、その分だけ他の場所が手薄になります」


 その意見に、何人かが考え込む。


 確かに、攻城兵器を壊すこと自体は重要だ。


 だが、それに集中しすぎれば、別の場所から敵が城壁を破ってくる可能性がある。


 帝国軍は第一次総攻撃でも、広い範囲へ兵力を投入してきた。


 次も同じような攻撃をしてくるなら、こちらが攻城兵器だけを見ているわけにはいかない。


「ならば、攻城兵器を破壊するための部隊を別に用意すればいい」


 そう言った者もいた。


「城壁の防衛を担当する兵とは別に、攻城兵器への対処を任せる部隊を用意しておけば、城壁を守る兵力を減らさずに済みます」


「どれだけの兵を使う?」


「そこまでは、まだ……」


 言葉が止まる。


 当然だった。


 今のレクィエリアに、余裕のある兵力が大量にあるわけではない。


 正規兵だけでは足りず、傭兵まで前線へ送り出している。


 しかも昨日の戦いで損害を受けている。


 そんな中で、さらに攻城兵器だけを狙う別の部隊を作るとなれば、当然ながら兵力の問題が出てくる。


「昨日の戦闘で消耗した兵を考えれば、簡単ではないでしょう」


「しかし、攻城兵器を放置するわけにもいかない」


「分かっています。ただ、城壁を守る兵力を減らすこともできません」


 また話が止まった。


 どちらも正しい。


 攻城兵器は危険だ。


 だから、壊さなければならない。


 しかし、それだけを優先して城壁の防御を薄くするわけにもいかない。


 俺は地図を見ながら、昨日の戦況を頭の中で思い返していた。


 帝国軍は七万人を使った。


 次の攻撃で、また同じ数を投入してくる可能性はある。


 それ以上になる可能性だってある。


 その時に、こちらがどこか一つへ兵力を集中させれば、他の場所への対処が難しくなる。


「攻城兵器が前線へ出てくるまで待って、そこで狙うのはどうでしょう」


 また別の意見が出る。


「敵の主力が動き始めてからなら、攻城兵器も前へ出るはずです。そこに合わせて攻撃すれば、少なくとも完成したものを敵陣の中まで取りに行く必要はありません」


「それなら夜襲よりは安全です」


「ですが、敵の攻勢が始まってしまいます」


 今度は、すぐに別の声が入った。


「その時点では、こちらも敵と戦っています。攻城兵器を狙うために兵を動かす余裕があるとは限りません」


「それなら、攻城兵器を優先して破壊するのではなく、敵兵を食い止めながら狙うしかない」


「それは結局、昨日と同じ戦いになるのでは?」


 その言葉に、会議室が静かになる。


 昨日と同じ。


 その表現が示すものを、ここにいる全員が理解していた。


 昨日の第一次総攻撃では、帝国軍が攻城塔や梯子を使い、大量の兵を前へ出してきた。


 こちらはそれを止めた。


 だが、多くの損害が出た。


 次も同じことをやれば、今度はどうなるのか。


 攻城兵器を破壊するためには戦わなければならない。


 しかし、その戦い自体がこちらに損害を与える。


 そして、帝国軍にはこちら以上の兵力がある。


「では、攻城兵器の運搬中を狙うのはどうでしょうか」


 新たな案が出た。


「敵が攻城塔を前へ移動させる段階なら、城壁へ到達する前に攻撃できます。完成したものを直接壊すより、まだ対処しやすいのではありませんか?」


「そのためには、こちらから部隊を出す必要があります」


「はい」


「敵の攻勢が始まったあとなら、なおさら危険です。こちらから外へ出る部隊が、帝国軍の中へ入ることになります」


「それでも、城壁から狙うより確実かもしれません」


「確実とは言えません」


 別の者がすぐに反論した。


「攻城兵器を運ぶなら、その周囲には兵がつくでしょう。それに、帝国軍が攻城兵器を前へ出すということは、同時に大規模な攻撃が始まるということです。こちらが外へ出るのを待っている余裕は敵にもないでしょう」


「ならば、攻城兵器に対処する部隊を事前に外へ出しておく必要がある」


「それこそ敵に見つかれば終わりです」


 またしても、そこで話が止まった。


 俺は会議室の中を見回した。


 誰も案を出すことを諦めてはいない。


 だが、どの案にも問題がある。


 夜襲はできない。


 城壁から狙うなら、攻城兵器を守る敵兵と戦う必要がある。


 別働隊を作れば兵力が足りなくなる。


 外へ出れば敵軍の中へ入ることになる。


 それでも、攻城兵器は破壊しなければならない。


 その一つ一つが、どうしても噛み合わない。


 俺はしばらく地図へ視線を落としてから、口を開いた。


「結局、攻城兵器が完成するのを防げないなら、帝国軍が攻勢に出たときに破壊するしかない」


「はい」


「なら、その方法を考えるしかないな」


「その通りです」


 答えは簡単だった。


 問題は、その先だ。


 どうやって。


 その問いに、今のところ誰も答えられていない。


 会議は再び続いた。


 城壁の上から攻城兵器へ攻撃を集中する案について話し合い、その場合に別の場所の防衛へどれだけ影響が出るのかを考え、別働隊を作る案については必要な兵力が問題になり、外へ出て運搬中の攻城兵器を狙う案については撤退の問題が出る。


 同じ話が形を変えながら何度も繰り返される。


 決定的な違いを作れる案がない。


 だから、誰かが案を出しても、別の者から問題を指摘される。


 それに対して新しい案が出れば、そこにもまた問題がある。


 議論が堂々巡りになっていることは、次第に誰の目にも明らかになっていった。


 それでも、誰も簡単に「仕方がない」と言うことはできなかった。


 攻城兵器を放置すれば、次の総攻撃で使われる。


 それを考えれば、何とかして壊す方法を決めなければならない。


 だからこそ、決まらないまま時間だけが過ぎていくことが、余計に重く感じられた。


 そこへ、伝令が入ってきた。


「報告です」


 全員がそちらを見る。


「帝国軍の攻城兵器の建造が、昨日より進んでいるとのことです。新たに建造されている攻城塔についても、作業が続いています」


 報告を聞いて、誰かが地図へ目を落とした。


 俺も同じだった。


 分かっていたことだ。


 敵は、こちらが会議を終えるのを待ってくれているわけではない。


「前線の動きは?」


「今のところ、大きな攻撃の動きは確認されていません。ただ、昨日の総攻撃で後退した部隊が、再び陣地を整えているとのことです」


「そうか」


 俺は短く返した。


 まだ攻撃は始まっていない。


 それでも、帝国軍が次の攻撃に向けて動いていることだけは分かる。


 会議室の中では、その報告を受けて再びいくつかの意見が出た。


「攻城兵器の完成前に対処できない以上、こちらも準備しておくべきです」


「そのための具体策がまだ決まっていません」


「ならば決めなければなりません」


「決められるなら、すでに決めています」


 少し苛立ちを含んだ声が返る。


 だが、それに反論する者はいなかった。


 言っていることが間違っているわけではない。


 決めなければならない。


 しかし、決められる案がない。


 そのことが、この会議そのものを重くしていた。


 俺は再び地図へ視線を落とした。


 帝国軍の陣地。


 こちらの城壁。


 その間にある距離。


 そして、完成すればこちらへ向かってくる攻城兵器。


 考えても、すぐに答えが出てくるわけではなかった。


 やがて、一人が口を開く。


「今日は、ここまでにした方がいいのではないでしょうか」


 その言葉に、誰も反対しなかった。


「夜襲は中止する。攻城兵器が完成する前に破壊することはできないため、帝国軍の攻勢時に破壊することを前提として、引き続き具体的な方法を考える。それでいいでしょう」


 俺はその内容を確認するように頷いた。


「分かった」


 それで、その日の会議は終わった。


 結局、攻城兵器への具体的な対策は決まらなかった。


 夜襲は使えない。


 完成する前に破壊することもできない。


 だから、敵が攻勢に出て攻城兵器を前へ出してきたところを狙うしかない。


 そこまでは決まった。


 しかし、どのように攻撃するのか、誰を使うのか、どこで狙うのか、その詳細は決まらないままだった。


 会議室を出た俺は、しばらく廊下を歩いたあと、ふと外へ目を向けた。


 帝国軍の陣地には、いくつもの灯りが見えている。


 その下で、今日も兵士たちが動いているのだろう。


 損傷した攻城兵器を直し、新しいものを作り、次の攻撃へ向けて準備を進めている。


 こちらも次の戦いに備えなければならない。


 だが、具体的な方法はまだ決まっていない。


 俺はしばらく外を眺めたあと、視線を戻して歩き始めた。


 その頃には、帝国軍の準備だけが少しずつ先へ進んでいることを、改めて意識するようになっていた。

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