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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第65話 第二次総攻撃開始

第二次総攻撃が始まってから、帝国南西部方面軍第二師団第一歩兵連隊所属の少尉ヴァルは、部下を率いて前進を続けていた。第一次総攻撃を終えたばかりだというのに、帝国軍は再び大規模な攻撃を仕掛けており、今回投入された兵力は十万人に及んでいる。前回の総攻撃でも七万人もの兵が動員されたことを考えれば、今回の規模がどれほど大きいのかは言うまでもないが、ヴァル自身が目にしているのは、その十万人すべてではなく、自分の周囲で同じように前進している帝国兵たちと、そのさらに前方で戦い続けている城壁の守備兵だった。


 第一次総攻撃のあと、ヴァルは准尉から少尉へ昇進した。戦場で指揮官を失い、空いた場所へ順番に人が入っていく中で決まった昇進だったが、それでも階級が変われば背負うものも変わる。以前なら自分自身の戦いだけを考えていればよかった場面でも、今は後ろにいる兵士たちがどう動くかまで考えなければならない。しかも、現在ヴァルの下にいる兵士の中には、戦場へ出ることになったばかりの者もいる。訓練を終えた兵士だけで構成された部隊ならまだしも、第一次総攻撃で受けた損害によって再編された部隊には、新しく補充された兵も含まれているため、ヴァルにとっては彼らを守りながら前進させることそのものが、一つの重要な役目になっていた。


 もっとも、そのことを考える余裕が常にあるわけではない。目の前では帝国軍の兵士たちが途切れることなく進み続けており、後方からはさらに別の部隊が前へ送り出されている。十万人という数字は報告書に書かれているだけなら単なる兵力の規模にすぎないが、こうして戦場へ立ってみれば、同じ色の軍装をまとった兵士たちが自分の視界の端から端まで続いていることそのものが、その数字の重さを物語っていた。ヴァルが少し視線を上げれば前方には攻城兵器があり、そのさらに奥には城壁が見え、そこへ向かう兵士たちの列が何重にも重なっている。横を見ても帝国兵が進み、後ろを振り返っても帝国兵が続いているため、まるで軍全体が一つの巨大な塊になって城壁へ押し寄せているようだった。


 その中で最も目立っているのは、やはり攻城兵器だった。第一次総攻撃で破壊され、あるいは損傷したものを修復したのだろうが、それだけでは数が足りないと判断されたのか、新たに用意されたものも前線へ送り込まれている。前回の戦いで帝国軍が使った攻城塔や梯子の多くが破壊されたことをヴァルも知っている。それでも今回は、まるでそれらの損失を埋めるかのように大量の攻城兵器が前へ進み、城壁を目指していた。


 その攻城兵器へ向けて、アイティクィランド軍も激しく攻撃を加えている。城壁の上から矢や弩が次々と放たれ、攻城兵器の外壁へ突き刺さるたびに乾いた音が響き、場所によっては投石による衝撃まで加わっていた。帝国軍はそれを受けながらも前進をやめず、前にいた兵士が倒れれば後ろから別の兵がその位置を埋めるように進み、損傷した攻城兵器が止まれば、その脇を別のものが通り抜けていく。その動きを見ていると、帝国軍が今回の攻撃にどれだけ準備をしてきたのかが分かるようだった。


 それでも、すべてが順調に進んでいるわけではない。


 前方で、一つの破城槌が大きく揺れたかと思うと、その周囲にいた兵士たちが一斉に散った。ヴァルから見える範囲でも、すでに何度も攻撃を受けていたことが分かる。城壁からの攻撃が集中するたびに破城槌を守る兵士が減り、ついには破城槌そのものが動きを止めた。近くにいた兵士たちが立て直そうとするものの、続けて攻撃を受ければそれすら難しく、やがて別の場所にあった破城槌も同じように動きを失っていく。


 今回、破城槌は城門を破るために重要な役割を担っていたはずだった。だからこそ帝国軍も周囲へ兵を配置して守っていたのだろうが、アイティクィランド軍の攻撃はそれを上回ったのか、破城槌は次々に破壊されていった。最後に残ったものが動きを止めるのを確認した頃には、ヴァルにも破城槌が完全に使えなくなったことが分かった。


 しかし、破城槌のすべてが破壊されたからといって、帝国軍の攻撃全体が止まるわけではない。


 むしろ、それ以外の攻城兵器はなおも前進していた。


 梯子を運ぶ兵士たちが城壁へ近づき、別の場所では攻城塔がゆっくりと進んでいる。破城槌による攻撃が止まった分、帝国軍は城壁へ兵士を送り込むための手段へ力を集中させているようにも見えた。城門を破れなくても、城壁へ兵を乗せることができればいい。大量の兵力を持つ帝国軍にとっては、どこか一つの方法が使えなくなったとしても、別の方法へ切り替えられるだけの余力がある。


 ヴァルはその光景を見ながら、今回の総攻撃が前回以上に激しいものになるという予感を強くしていた。第一次総攻撃では帝国軍は七万人を投入した。それだけでもレクィエリアの城壁へ大きな圧力を加えることができたのだから、十万人もの兵が動く今回、その圧力がさらに強くなるのは当然だった。


 城壁へ近づくにつれて、攻撃はますます激しくなった。


 矢が雨のように飛んでくる。


 弩の矢が兵士の盾を叩き、鎧へ突き刺さる。


 帝国兵が倒れ、その身体を避けるようにして後ろの兵士が前へ出る。


 ヴァルは部下たちの位置を確認しながら進んだ。少尉としての彼にできることは限られている。攻撃全体の指揮を執る立場ではなく、自分に与えられた兵力をまとめ、その場で与えられた命令を実行することが役目だからだ。それでも、部下の誰かが遅れていれば声を掛け、隊列から外れそうになれば戻さなければならない。戦場ではほんの少しの乱れが、次の瞬間には大きな損失へつながる可能性がある。


「前を見ろ! 止まるな!」


 ヴァルは兵士たちへ声を飛ばした。


 部下たちがそれに応じて前進する。


 その直後、近くで一人の兵士が倒れた。


 だが、その兵士を助けるために足を止めることはできない。誰かが立ち止まれば、その周囲の兵士まで進めなくなり、後ろから押し寄せる兵力によって隊列そのものが崩れるからだ。ヴァルは一瞬だけ倒れた兵士へ目を向けたものの、すぐに視線を前へ戻した。


 やがて、最初の梯子が城壁へ到達した。


 運んでいた兵士たちが梯子を立てかけ、別の兵士たちがその後ろから続いていく。城壁の上ではアイティクィランド軍がそれを待ち構えていたが、帝国軍は一つの梯子だけに頼っているわけではなかった。倒された場所があれば、その近くへ別の梯子が運ばれ、さらにその脇から新しい兵が上っていく。城壁のあらゆる場所で同じことが繰り返され、次第に城壁そのものが梯子で埋め尽くされていくようだった。


 そのさらに後方では、攻城塔が城壁へ近づいていた。


 ヴァルから見ても、それは大きな遮蔽物として機能している。城壁から放たれる矢や弩を外壁が受け止め、その後ろに隠れている兵士たちは比較的安全に前進できる。しかし、攻城塔も決して無傷で進めるわけではない。何度も攻撃を受ければ外壁が損傷し、車輪が壊れ、進行が遅くなる。実際、ヴァルの目の前でも一つの攻城塔が攻撃を受けて傾き、その周囲にいた兵士たちが慌てて離れる場面があった。


 それでも、別の攻城塔が進んでくる。


 帝国軍の攻撃は止まらなかった。


 やがて、ヴァルたちの近くでも攻城塔が城壁へ接続した。


 塔と城壁の間に道が作られる。


 先頭の帝国兵がそれを渡り、城壁上へ進んでいく。


 その瞬間、城壁の上にいたアイティクィランド兵が一斉に動いた。


 最初に上がった兵士たちが押し返される。


 後ろから続いていた帝国兵が止まる。


 だが、そこで完全に押し戻されることはなかった。


 次の兵士が前へ出て、最初の兵士を支える。


 さらにその後ろから兵が続き、少しずつ城壁上へ帝国兵が増えていく。


 攻城塔が城壁へ接続したことで、今度は帝国軍が実際に城壁の上へ兵を送り込む段階へ入ったのだ。


 ヴァルから見える範囲だけでも、同じ光景がいくつも起きている。


 右側では別の攻城塔が接続し、その脇には何本もの梯子が並んでいる。


 左側でも帝国兵が梯子を上り、城壁上へ進んでいる。


 遠くに目を向ければ、さらに別の場所で攻城塔が城壁へ到達し、その周囲で激しい戦闘が始まっていた。


 帝国軍は城壁の一か所を破ろうとしているわけではない。


 城壁のあらゆるところから兵士を送り込もうとしている。


 それに対して、アイティクィランド軍もあらゆる場所で抵抗していた。


 ヴァルは城壁上で戦っている兵士たちの姿を目にした。


 その多くは、すでに満身創痍だった。


 鎧には傷があり、身体には血が付いている。疲労がはっきりと見える兵士もいる。それでも彼らは持ち場を離れない。帝国兵が一人でも城壁へ上がれば、その前へ出て押し返そうとする。


 前回の総攻撃を耐えたことで、彼らもまた大きな損害を受けているはずだ。


 それでも戦っている。


 ヴァルはそのことを、敵ながら素直に認めるしかなかった。


 帝国軍の兵力が多いからといって、アイティクィランド軍の士気が崩れているわけではない。


 城壁を守るために戦う兵士たちは、帝国軍が次々と押し寄せても退こうとしなかった。


 城壁の上に乗り込んだ帝国兵が増えれば、アイティクィランド軍もそこへ兵を集める。


 帝国兵が押せば、アイティクィランド兵が押し返す。


 どちらも城壁を失うわけにはいかない。


 ヴァルたちの部隊も、その戦場へ近づいていた。


 目の前では、先に城壁へ乗り込んだ帝国兵が押し合っている。後ろからさらに兵士たちが続いているが、城壁上の足場には限りがあるため、全員が一度に上がれるわけではない。


 そのため、先に上がった兵士たちがどれだけ踏みとどまれるかが重要になる。


 彼らが押し返されれば、後続の兵士たちは前へ出られない。


 逆に、少しでも足場を維持できれば、その間に後続の兵士たちが到着して兵力を増やすことができる。


 それを理解しているからこそ、帝国兵は必死になって前へ進もうとしていた。


 ヴァルは剣を抜いた。


 自分の部下が後ろにいる。


 少尉になってから初めて迎える大規模な総攻撃だったが、だからといって特別に扱われるわけではない。少尉である以上、部下を率いて前へ進まなければならない。


「続け!」


 ヴァルが叫ぶ。


 部下たちがその後ろへ続いた。


 帝国兵の列へ加わるようにして、ヴァルも城壁へ近づいていく。


 前方では、さらに梯子が城壁へ掛けられた。


 別の場所では攻城塔から帝国兵が乗り移った。


 アイティクィランド軍がそれを押し返す。


 しかし、帝国軍は次から次へと兵を送り込んでくる。


 ヴァルはその光景を見ながら、十万人という兵力がようやく現実のものとして迫ってきていることを感じていた。


 十万人いるから勝てるという単純な話ではない。


 攻城戦では、兵力を一度にすべて使えるわけではないからだ。


 城壁という狭い場所に押し込めば、投入できる兵士の数にも限界がある。だからこそ、帝国軍は梯子や攻城塔をあらゆる場所へ配置し、戦場を広げることで、その兵力を少しずつ城壁へ送り込んでいる。


 そして、アイティクィランド軍はそれを一つずつ止めようとしている。


 だが、全部を止めることはできない。


 破城槌はすべて破壊された。


 それでも、梯子が残っている。


 攻城塔も残っている。


 そして、それらを使う兵士の数は十万人に及ぶ。


 ヴァルはそう考えながら前へ進んだ。


 そのとき、左手の方から大きな歓声が上がった。


 アイティクィランド軍の兵士が、攻城塔から乗り込んできた帝国兵を一度押し返したらしい。


 帝国兵が数人、攻城塔の方へ後退していく。


 だが、後ろから別の兵士たちがすぐに前へ出てきた。


 押し返された場所へ、また新たな兵が入り込む。


 その様子を見ながら、ヴァルは改めて思った。


 この戦いは、簡単には終わらない。


 帝国軍も、アイティクィランド軍も、簡単には退かない。


 そのため、城壁上では同じような戦いが何度も繰り返される。


 攻城塔が接続し、帝国兵が乗り込む。


 アイティクィランド兵が押し返す。


 それでも帝国兵が続く。


 梯子からも兵が上がる。


 別の場所では攻城塔が新たに接続する。


 そして、そのたびに城壁上の戦闘が広がっていく。


 ヴァルたちが城壁へ到達する頃には、すでにいくつもの場所で帝国兵が入り込んでいた。


 それでも、アイティクィランド軍は崩れていない。


 満身創痍になりながらも、それぞれの持ち場で帝国軍を押し返し続けている。


 ヴァルは部下たちへ視線を向け、それから前方へ目を戻した。


 この先に待っているのは、さらに激しい戦いだ。


 城壁の上へ乗り込めば、攻城塔の外壁に守られていた時間は終わる。


 そこで待っているのは、剣と盾を使った近距離の戦いであり、敵も同じようにこちらを倒すために前へ出てくる。


 それでも、帝国軍は進むしかない。


 ここまで十万人を動かした以上、簡単に引き返すことはできない。


 ヴァルは剣を握り直し、先に城壁へ上がった帝国兵の後を追うようにして前へ進んだ。


 城壁の上では、すでに帝国兵とアイティクィランド兵が入り乱れている。


 梯子は次々と掛けられ、攻城塔からも兵士が乗り込んでいる。


 破城槌はすべて破壊されたが、それでも帝国軍の攻撃は止まらない。


 アイティクィランド軍もまた、満身創痍になりながらその攻撃を受け止め続けている。


 第二次総攻撃は、もはや城壁へ接近するための戦いではなかった。


 帝国軍が城壁そのものへ入り込み、アイティクィランド軍がそれを押し返す、城壁上の戦いへと変わっていた。

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