第62話 第一次総攻撃終了
帝国南西部方面軍第二師団第一歩兵連隊所属のヴァル准尉が、辞令を受け取ったのは、朝の冷え込みがまだ残っている時刻だった。
総攻撃の1日目が終了し何とか撤退に成功後、少尉と中尉の推薦により少尉への昇進を果たした。
紙面に記された文字を見つめながら、ヴァルはしばらく顔を上げなかった。そこには自分の名とともに、新しい階級が記されている。少尉。これまでなら、いつか自分もそこへ届きたいと考えたこともあったはずだ。准尉として兵を率いる立場になったときでさえ、次は少尉、その次はさらに上へと考える余裕があった。しかし、今は違った。目の前にある昇進は、これまで積み上げてきた功績だけで与えられたものではなく、戦場で数多くの士官が失われ、その空席を埋める必要が生じた結果でもあることを、ヴァル自身がよく分かっていた。
隣ではジェルも同じ辞令を受け取っていた。二人ともこれまでの戦いで任務を遂行し、兵を率いて持ち場を守ってきた以上、実績を評価されたことに間違いはない。それでも、それだけでは同日に二人揃って准尉から少尉へ上げられた理由を説明しきれなかった。帝国軍は今、二十万人規模の大軍を動かしている。その一方で、前線に立つ士官の数は戦闘が続くほど減っていた。兵がどれほど残っていても、それをまとめ、命令を伝え、戦場で判断する者がいなければ部隊は動かせない。だからこそ、戦場から戻ってきた下級士官の中から実績のある者を引き上げ、空いた席へ押し込むように昇進させる必要があった。
「少尉になった気分はどうだ?」
ジェルにそう聞かれ、ヴァルは辞令を折りながら苦笑した。
「准尉のときより肩が重い」
「やっぱりそうなるか」
「お前も同じだろ」
「同じだな」
以前なら、二人で昇進を祝う言葉くらいは出てきただろう。しかし今は、互いの顔を見ても笑う余裕はなかった。少尉になったということは、これから自分の名前の下に付く兵の命を預かるということでもある。上官から命令を受け、それを伝えるだけでは済まない。命令が曖昧でも状況を判断しなければならず、上官の意図を読み違えれば自分だけでなく、率いる兵まで危険に晒す。これまで准尉として感じていた責任とは、重さが違った。
それ以上に、今の帝国軍では実力主義が急速に強まっている。戦場で結果を出した者が上へ進み、部隊を維持できなかった者が責任を問われる。それは兵士だけではなく、将校にも向けられていた。特に師団長を含めた佐官級以上の将校にとって、他師団から兵を借りるという判断は、それほど簡単なものではない。損害によって兵が足りなくなったなら、余裕のある別師団から二等兵を引き抜けばいい。軍全体だけを考えれば、その方が合理的である。ところが、それをすれば「自分の師団で生じた損害を自分で埋められなかった」と見られる危険がある。今の帝国軍では、それが師団将校の失策として扱われれば、次に失うのは兵士ではなく自分の地位かもしれない。
だから、師団長も、その下の佐官級将校も、できるだけ他師団を頼ろうとはしなかった。自分の師団で欠員が出れば、自分たちの手で残った兵を組み替え、足りないところには一段下の兵を入れ、それでも足りなければ訓練途中の新兵まで引き上げる。見栄や意地だけで説明できないほど、現在の帝国軍には「自分の部隊を自分で維持する」という圧力が強く働いていた。
その結果が、ヴァルがその日に受け持つことになった分隊だった。
通常の歩兵分隊であれば、少尉一名、准尉二名、一等兵二名、二等兵五名の十名編制である。ところが、目の前へ並んだ十名を見れば、その違いはすぐに分かった。少尉はヴァル一人、准尉は本来二人のところ一人しかおらず、一等兵も二人ではなく一人だけ。その不足を埋めるように二等兵が四人配置され、それでも足りないため、訓練がまだ終わっていない三等兵が三人加えられている。人数だけなら十人だが、指揮と経験の層が薄くなっていることは明らかだった。
ヴァルは三人の三等兵を順に見た。盾を持つ手に力が入りすぎている者、立ち姿を何度も直している者、隣の兵の装備を見て自分の留め具を確認している者。誰一人として、戦場を何度も経験した兵士には見えない。それでも三人とも、少尉になったばかりの自分を前にして姿勢だけは必死に整えている。
「三等兵が三人ですか」
隣に立つ准尉が、苦い顔で確認した。
「訓練の進み具合は?」
「終了していません。本来なら、もうしばらく後方で訓練を続ける予定だったそうです」
ヴァルはしばらく黙っていた。これまで何度も聞いてきた「本来なら」という言葉が、こんなところでも出てくる。訓練を終えてから前線へ送る。本来なら准尉を二人置く。本来なら一等兵も二人揃える。本来なら損害を受けた部隊へ、経験のある兵を補充する。しかし、戦争はその「本来」を待ってくれない。
「まあ、仕方ない」
ヴァルがそう言うと、准尉が少し驚いたように顔を上げた。
「仕方ない、ですか?」
「ああ。十人いるなら、十人で戦うしかない。二人不足しているからといって、八人になったわけじゃない」
そう答えてから、ヴァルは三等兵たちへ目を向けた。
「お前たちはまだ訓練が終わっていない。だから、分からないことは勝手に判断するな。自分でできると思っても、迷ったら近くの上の者へ聞け。失敗することより、分からないまま勝手に動く方が怖い」
三人は緊張した顔で頷いた。
ヴァルはそれ以上多くを語らなかった。今から向かう戦場では、訓練不足を恥じる時間も、階級の違いを気にする時間もない。誰がどこまで戦えるのかを見極め、それぞれにできる役割を与え、十人を十人とも生きたまま戻す。それが少尉になった自分の最初の仕事だった。
*
夜明け前から、帝国軍の陣地はいつもとは違う騒がしさに包まれていた。
レクィエリアに対する陸上攻撃は、それ以前から続いていたため、前線が静かなわけではない。城壁の近くでは小規模な衝突が繰り返され、矢や石が飛び、負傷者が後方へ運ばれるという光景も珍しくなかった。だが、この朝だけは前線へ向かう兵の数が明らかに違っていた。二万人の歩兵が追加で投入されたのである。これまで攻撃を続けていた兵を合わせれば、第一次総攻撃に参加する歩兵は七万人に達する。
帝国軍の総兵力は二十万人。つまり、その三分の一以上にあたる七万人を、一つの城塞都市を包囲する戦場へ一度に投入することになる。
ヴァルはその数字を聞いたとき、改めて帝国軍の規模を思い知らされた。七万人という数字だけでも現実離れしているのに、それでもまだ総軍のすべてではない。後方には残りの兵力が存在し、補給を支える兵もいれば、予備として待機する兵もいる。今日の攻撃で七万人を使ったとしても、帝国軍はなお次の攻勢を準備できる。
ジェルと並んで前線へ向かう途中、二人は何度も周囲を見回した。いつもなら同じ道を歩くのは数個の部隊程度だが、今日はどこまで行っても兵がいる。盾を背負った歩兵の列、槍をまとめて運ぶ兵、矢の入った箱を載せた荷車、攻城塔を押すための人員、梯子を担ぐ兵たちが絶え間なく前へ流れていた。
「これだけの兵を使っても、まだ十三万人残るんだな」
ジェルの声に、ヴァルは前方を見たまま答えた。
「そうだ。だから今日で終わるとは思わない方がいい」
「最初から長期戦を考えているってことか」
「少なくとも、帝国軍全体はそれに耐えられるように準備しているんだろうな」
その会話を終えた頃には、レクィエリアの城壁がはっきりと見えるようになっていた。
城壁の上にはすでに守備兵が並んでいる。弓兵、槍兵、石や矢を運ぶ者たちがそれぞれの位置に配置されており、こちらの攻撃を待ち構えていることが一目で分かる。一方、帝国軍側では攻城塔がゆっくりと前進していた。木材を組んだ巨大な構造物の周囲には盾を持った兵が付き、城壁から放たれる矢を防ごうとしている。その横では梯子を担いだ兵が列を作り、さらに城門へ向かって歩兵が集まり始めていた。
一か所だけを狙うわけではない。城壁のどこを見ても帝国兵がいる。
どこが本命なのかを守備側に悟らせず、城壁全体へ圧力をかける。それこそが第一次総攻撃だった。
「前進!」
指揮官の声が響き、帝国兵が歩み始める。
ヴァルも自分の分隊を連れて進んだ。敵の射程へ近づくまで、できるだけ隊列を乱さない。やがて城壁から最初の矢が飛んできた。ヴァルが「盾を上げろ」と命じると、十人の兵がほぼ同時に盾を掲げた。三等兵の一人だけ反応が遅れたが、その隣にいた二等兵が肩を押して位置を直す。
矢が盾へ突き刺さった。
さらに二本、三本と飛んでくる。
攻城塔が前進する。
梯子を運ぶ兵が走る。
別の場所では城門へ向けて兵が集まる。
戦場全体が一つの流れとなって、レクィエリアへ押し寄せ始めた。
*
城壁へ取り付いた後の戦いは、これまでの小規模な攻撃とは明らかに違っていた。
梯子を立てれば、その上から矢や石が降ってくる。兵が登り始めれば、守備兵が槍を突き下ろして梯子から落とそうとする。別の場所では攻城塔が城壁へ接近し、橋を渡して兵を送り込もうとしている。城門の前では正面から歩兵が押し寄せ、城壁上から矢を浴びながらも少しずつ距離を詰めていた。
ヴァルの分隊は梯子を運ぶ兵の後ろへ付き、その周囲を守っていた。先頭の兵が梯子を立てる。別の兵がそれを押さえる。その間にも城壁から矢が飛び、盾へ突き刺さっていく。
一人の帝国兵が梯子を登り始めたところで、上から槍が突き出された。兵は咄嗟に身体をずらしたが足場を失い、そのまま下へ落ちた。後ろにいた兵が一瞬止まる。
「続けろ!」
前方の指揮官が叫ぶ。
梯子は倒れていない。
ならば登る。
帝国兵は再び梯子へ取り付いた。
その光景を見ていたヴァルの分隊の三等兵が、わずかに足を止めた。
「少尉殿……」
「どうした?」
「あそこへ、登るんですか」
声が震えていた。
ヴァルも一度だけ城壁を見上げた。高い。しかも上には敵兵が待っている。訓練途中の新兵が恐怖を感じるのは当然だろう。
「お前は登らなくていい」
三等兵が目を見開く。
「梯子を支えろ。上がる兵を守れ。それがお前の役目だ」
「……はい!」
声に少しだけ力が戻った。
ヴァルはそれを確認すると、別の場所へ目を向けた。戦場では、全員に同じ働きを求める必要はない。経験のある兵が前へ出て、新兵が後ろを支える。それぞれができることをすることで、十人の分隊として機能する。
その間にも戦場では変化が続いていた。
帝国兵が城壁上へ到達した場所がある。歓声が上がる。だが、守備兵が一斉に集まり、ほどなくして帝国兵が押し戻される。別の場所では梯子が何本も立ち、さらにその横では攻城塔が城壁へ横付けされた。攻城塔から橋が伸び、兵が一気に渡り始める。
レクィエリア側が一か所へ兵を集めれば、その隣に帝国軍が新たな梯子を掛ける。
帝国軍が一か所へ集中すれば、別の場所から守備兵が集まって押し返す。
攻城塔が止まれば、そこへ弓兵を集めて別の攻撃を支える。
戦いは城壁全体を覆い始めていた。
そして、そのために必要だったのが七万人という兵力だった。
兵士が一人倒れても、その後ろから別の兵が前へ出る。梯子が折れても、後方から別の梯子が運ばれてくる。攻城塔が損傷して停止しても、別の攻城塔が別方向から進んでくる。
ヴァルは自分たちが今戦っている場所だけを見ていたが、それでも帝国軍の物量が尋常ではないことを感じ取っていた。
同時に、レクィエリア側も必死になっていることが分かる。守備兵は簡単には引かない。城壁を取られれば都市そのものが危うくなるため、一度取られた場所を奪い返し、梯子を押し倒し、攻城塔から出てくる帝国兵を押し返している。
この日ばかりは、どちらも簡単には崩れなかった。
*
戦場の背後では、戦闘とは別の問題を巡って帝国軍とレクィエリア側の間でも議論が激しくなっていた。
帝国軍が保護していたレクィエリアの住民についてである。
帝国軍は進軍の過程で、戦場へ巻き込まれることを避けるため、一部の住民を自軍の管理下に置いていた。しかし、第一次総攻撃が始まり、戦場が都市周辺まで広がったことで、その住民を今後どこで保護するのか、どこまで移動させるのか、さらに戦闘が都市内部へ及んだ場合にはどうするのかという問題が一気に現実味を帯びてきた。
帝国軍としては、保護を続けるならそのために兵を割かなければならない。後方へ送るなら輸送手段も護衛も必要になる。戦場に残すなら戦闘に巻き込まれる危険が増える。レクィエリア側からすれば自分たちの住民であり、帝国軍がその扱いを独断で決めることに対しても当然反発がある。
そのため、帝国軍側とレクィエリア司令部の間では、住民の扱いを巡る議論が次第に激しくなっていた。
もちろん、ヴァル自身がその会議へ出ているわけではない。彼が知っているのは、前線と後方を行き来する士官たちの言葉や伝令から伝わる断片だけだった。それでも、兵力や城壁の攻撃だけでなく、保護されている住民の問題まで上層部が同時に処理しなければならないほど、この戦争が複雑になっていることは理解できた。
兵士であるヴァルからすれば、目の前の城壁を落とすことだけでも難しい。それなのに、その後に町をどう扱うのか、住民をどうするのかまで考えなければならない。戦場から離れた司令部では、自分たちには見えない別の戦争が続いているらしい。
だが、それを考えている余裕は長く続かなかった。
次の攻撃が始まったからである。
*
昼を過ぎても帝国軍の攻勢は止まらなかった。攻城塔が一つ壊れれば別の攻城塔が前へ出され、梯子が折られれば新しいものが運ばれてくる。城門へ集められた兵が押し返されると、別の場所へ新たな歩兵が投入される。帝国軍は一度に七万人を前線の同じ場所へ押し込むのではなく、複数の地点へ分散させながら攻撃を続けていた。
やがて、レクィエリア側では正規兵だけでは各所を支えきれなくなったらしい。
アイティクィランド側はついに傭兵まで前線へ投入した。
その姿を見たヴァルは、守備側の余裕がかなり失われていることを理解した。傭兵たちは正規兵と同じ装備をしているわけではなく、隊列の整え方にも違いがある。しかし、彼らも槍や弓を手に取り、金で雇われた兵として戦場へ入っていく。正規軍だけで足りないのなら傭兵まで使う。それは、レクィエリア側もまた使える戦力を惜しみなく投入しているということだった。
ヴァルの分隊も何度か持ち場を移された。右側の梯子が増えればそちらへ向かい、中央で帝国兵が城壁へ取り付けば中央へ送られる。そのたびに准尉と位置を確認し、二等兵を振り分け、新兵にはできるだけ危険の少ない役割を与える。
朝は装備を持つだけでも緊張していた三等兵たちが、昼を過ぎた頃には自分の役割を理解し始めていた。梯子を支える者、矢を運ぶ者、負傷兵を後方へ移す者。それぞれが自分にできる仕事をこなしている。
ヴァルは、それを見てわずかに安心した。
しかし、安心できる時間は短かった。
「少尉! 右から敵が増えています!」
准尉の報告に、ヴァルはすぐに右へ向いた。
帝国兵が梯子を何本も並べている。さらに少し離れた場所には攻城塔が進んできていた。
「二等兵二人を右へ回せ。残りはここを維持する。三等兵の一人は矢を運べ、もう一人は梯子を支えろ。残りは負傷者が出たら後ろへ送れ」
命令が飛ぶ。
兵たちは迷わず動いた。
ヴァル自身も前へ出る。
槍を受け、盾を押し、空いたところへ別の兵を入れる。誰かが倒れれば隣の兵が穴を埋め、疲れた兵が下がれば後ろの兵が前へ出る。
少尉になったばかりのヴァルには、それが自分の最初の分隊を率いる戦いになった。
自分を含めて十人。
通常編制とは違う、いびつな十人。
准尉は一人しかおらず、一等兵も一人だけ。経験の浅い二等兵が多く、さらに三等兵まで入っている。
それでも十人は十人として戦える。
ヴァルはそう考えながら、目の前の兵を押し返した。
*
午後も終わりに近づいた頃、ようやく帝国軍の攻撃に変化が現れ始めた。
朝から絶えず前へ出ていた攻城塔の進みが遅くなり、梯子を運んでくる兵の間隔も少しずつ広がっている。城壁へ向かっていた兵士たちの足取りにも疲労が見え、攻撃そのものの勢いが落ちてきた。
帝国軍の損害が積み重なっている。
攻城塔の損傷も大きい。
梯子もかなり失われた。
兵士たちは長時間の戦闘で疲れ切っている。
それでも帝国軍は崩れなかった。
むしろ、後方から少しずつ撤退の合図が届くと、前線の兵たちは秩序を保ったまま後ろへ下がり始めた。
ヴァルはそれを見て、最初は敵が敗走しているのかと思った。
だが、すぐに違うと分かった。
後方では別の兵たちが待っている。壊れた攻城塔を回収する兵、負傷者を運ぶ兵、まだ使える梯子を集める兵、そして今日一度も前線へ出ていない歩兵たち。その数は決して少なくなかった。
帝国軍は負けて逃げているのではない。
今日の攻撃を終えただけなのだ。
「……撤退か?」
近くにいた二等兵が尋ねる。
ヴァルはしばらく後方を見た後、「戦場からはな」と答えた。
「でも、軍全体が退くわけじゃない」
兵士はその言葉を聞いて、後ろを振り返った。
そこには、まだ大量の帝国兵がいる。
「今日だけで七万人が戦ったんだよな」
「ああ」
「それでもまだいるのか」
「二十万人だからな」
単純な引き算をすれば十三万人が残る。
もちろん、そのすべてを翌日に前線へ出せるわけではない。補給を担当する兵も必要だし、負傷者の処置や警戒を行う兵も必要になる。だが、今日七万人を投入してなお、帝国軍が戦争を続けられるだけの余力を持っていることは間違いなかった。
ヴァルは自分の分隊へ目を向ける。
十人全員がいる。
朝に出発したときと同じ人数だ。
少尉一名、准尉一名、一等兵一名、二等兵四名、三等兵三名。
普通の分隊とは違う。
本来なら他師団から経験のある二等兵などを引き抜いて編制を整えるという方法もある。しかし、今の帝国軍では、それをすれば「自分の師団の損害を他人に補わせた」と受け取られかねない。師団長や佐官級以上の将校にとって、他師団へ頼ることは単なる補充の問題ではなく、自分の実力を疑われる問題だった。
だから、ヴァルの分隊には三等兵が三人いる。
訓練の終わっていない新兵が前線に出ている。
それでも今日、一日を生き残った。
ヴァルは、それだけで十分だと思った。
「帰るぞ」
そう声を掛けると、兵たちが歩き始めた。
少し離れたところからジェルがこちらへやってくる。
「少尉殿」
「なんだ、少尉殿」
「その呼び方、やっぱり慣れないな」
「俺もだ」
二人はわずかに笑った。
しかし、その視線はすぐに後方へ向いた。
帝国軍の撤収は続いている。
今日戦った七万人が戻っていく一方で、まだ前線へ出ていない兵がそのさらに後ろにいる。
レクィエリアは落ちなかった。
帝国軍は第一次総攻撃で多くの兵を失い、攻城塔も梯子も消耗した。それでも軍そのものは崩れず、十三万人近い兵力を後方に残している。
ヴァルはそこで初めて、自分がこれから戦う戦争の長さを実感した。
今日だけで七万人が戦った。
それだけの人数が攻めても、レクィエリアは落ちなかった。
ならば次はどうするのか。
帝国軍がさらに兵を増やすのか、それとも今日の戦いから得た情報を使って攻め方を変えるのかは分からない。ただ、一つだけ確かなのは、今日の攻撃で帝国軍が全力を使い果たしたわけではないということだった。
むしろ、帝国軍は今日の戦いによってレクィエリアの守りを見た。どこに兵が集まり、どこなら攻城塔を近づけられ、どこに梯子を掛ければ守備兵が動くのか。その情報を持ったまま、次の攻撃を準備することができる。
第一次総攻撃は終わった。
しかし、それは帝国軍にとって敗戦の終わりではなく、次の攻撃へ向けた一日の終了に過ぎない。
ヴァルは歩きながら、後方へ去っていく帝国軍の列を見つめた。
自分は今日、少尉になった。
そして初めて、自分自身の分隊を率いた。
十人の分隊だった。
通常の編制とは違い、准尉も一人足りず、一等兵も一人足りない。その不足を二等兵と三等兵で埋めている。それでも十人で一日を戦い、生きて戻った。
それだけで十分だった。
しかし、その先にはまだ十三万人近い兵がいる。
今日の七万人でレクィエリアを落とせなかった帝国軍が、次にどのような攻撃を仕掛けてくるのかは分からない。
分からないからこそ、ヴァルは自分の分隊をもう一度確認した。
全員いる。
なら、それでいい。
明日のことは、明日になってから考えればいい。
ただし、明日は今日より厳しい戦いになるかもしれない。
第一次総攻撃は終わった。
だが、二十万人の帝国軍にとって、それはまだ長い攻城戦の最初の大きな一日が終わっただけだった。




