第61話 港防衛戦
第二軍団第三艦隊は壊滅した。
帝国海軍が勝利した。
その報告がレクィエリアへ届いた時点で、次に起こることは明らかだった。海戦に勝った帝国軍が、そのまま海を渡って兵を送り込んでくる。そうなれば、港は単なる荷揚げ場ではなく、帝国軍にとって新たな戦場への入口になる。レノウィウスが第四軍団を港へ向かわせ、さらに城壁から使用優先度の低いバリスタを移すよう命じたのも、そのためだった。
第四軍団はすぐに動いた。先頭を騎士が進み、その後ろを歩兵が続き、さらに何台もの荷車が列を作っている。荷車には矢や盾だけでなく、城壁から外されたバリスタと、その運用に必要な部材が積まれていた。兵たちは長い行軍ですでに疲れていたが、誰も足を緩めようとはしなかった。港を失えば町の内側へ敵が入り込む。その危険を兵士たち自身が理解していたからである。
「急げ! 港へ着いた者から配置につけ! 荷車は止めるな!」
馬上からフェルディナン子爵が声を飛ばし、前方の騎士へ合図を送った。騎士はその命令を受けると先へ走り、さらに別の兵へ伝える。第四軍団が一つの塊として動くのではなく、先に到着した者から港の守りを整え、後から来る兵がその空いた場所を埋めるという形で、軍勢は少しずつ港へ流れ込んでいった。
やがて前方に海が見えた。
そして、その海の向こうには帝国海軍の船影が浮かんでいた。
「……もう来ているか」
フェルディナンは馬を止め、しばらく海を見つめた。先の海戦でこちらの艦隊が敗れた以上、帝国軍がここへ来るまでに時間があるとは考えていなかったが、実際に姿を見れば緊張の度合いは違う。港にはすでに第二軍団から回された兵が集まっているものの、その数は百ほどしかない。そこへ第四軍団の歩兵九百と騎士二百が次々と到着していく。
「第四軍団長、フェルディナン子爵にございます」
港の守備を預かっていた騎士が駆け寄った。
「現在の兵力は?」
「第二軍団から回された兵が百ほど。それに今、第四軍団の兵が到着しております。港の入口には歩兵を配置し、騎士は後方で待機させております」
「それでいい。騎士はまだ動かすな。敵が上陸してきたところを見てから使う」
フェルディナンは海へ視線を戻した。帝国軍の船はすでにかなり近い。先頭には大型の軍船が並び、その後ろには兵と物資を載せた輸送船が続いている。その間を縫うように小型の舟がいくつも進んでいた。見ただけで分かる。帝国軍は海戦の続きをするつもりではない。あの船団は、この港へ兵を上げるために来ている。
「バリスタは?」
「まだ据え付けの途中です」
「急がせろ。間に合わなければ、運んできた意味がない」
騎士が去ると、フェルディナンは荷車から降ろされていくバリスタを見た。十六基。すべてを同時に使えるとは限らないが、城壁から移してきた分が加わったことで、港から海へ向けてそれなりの数を揃えることができた。
兵器の一部には武具強化魔術が施されている。木材や金属を強くし、弦や滑車にかかる負荷に耐えさせるためのものだった。しかし、魔術を施したからといって兵器そのものが勝手に動くわけではない。巨大な矢を運ぶのも、弦を引くのも、狙いを合わせるのも兵士たちの仕事であり、一発撃つたびに再び装填しなければならない。だからこそ、何を狙うかが重要になる。
「軍船ではなく、輸送船を狙え」
フェルディナンの言葉に、バリスタの指揮をしていた騎士が振り向いた。
「軍船ではなく、ですか?」
「ああ。あれを沈めるのは簡単ではない。軍船を相手に撃ち合っている間に、輸送船が港へ着けば意味がない。兵を運んでくる船を減らせば、その分だけ敵の上陸が遅れる。港を守るなら、船そのものより、そこから降りてくる兵を考えろ」
「承知しました」
命令が各所へ伝わり、兵たちが動き始めた。
帝国軍の船がさらに近づく。甲板に立っている兵士の姿も見えるようになってきた。盾を構えている者もいれば、弓を手にしている者もいる。小舟には槍兵が詰めており、いざというときにはそのまま岸へ乗り上げるつもりなのだろう。
「まだだ」
フェルディナンはバリスタ兵を急かさなかった。狙いを定める前に撃ってしまえば、海へ落ちた矢を回収することもできない。次の一射が整うまでの時間を考えれば、一発の失敗が積み重なれば取り返しがつかなくなる。敵がさらに近づき、輸送船の船体がはっきりと見える距離になったところで、彼はようやく手を上げた。
「今だ。放て!」
何基ものバリスタから、巨大な矢が一斉に放たれた。
最初の一本は輸送船の帆柱を直撃し、太い木材を折った。帆が崩れ落ち、船上の兵たちがそれを避けるために動き回る。続く矢の一本は船腹へ突き刺さり、さらに別の一本が甲板を貫いた。命中した矢の衝撃で船体が大きく揺れ、港の兵たちから思わず声が上がる。
「当たったぞ!」
だが、フェルディナンはその声に振り向かなかった。海上では、別の輸送船がすでに前へ出ている。その輸送船を守るように大型軍船が横へ回り、こちらの射線を塞ごうとしていた。
「敵も分かってきたな」
フェルディナンが呟いた。
帝国軍も、こちらが輸送船を狙っていることに気づいたらしい。大型軍船を前に出し、後ろの輸送船を隠しながら進む。それを見れば、こちらも狙いを変える必要がある。しかし、最初の一隻を逃せば、その後ろから来ている輸送船まで自由にしてしまうことになる。
「見えるところを撃て。軍船に無理に当てる必要はない」
再び命令が伝えられ、バリスタ兵が装填を始めた。その間にも帝国軍は近づいている。そして今度は大型軍船の甲板から大量の矢が放たれた。
「盾を!」
港の兵士たちが一斉に盾を掲げる。
矢が次々と盾へ突き刺さる。強化魔術の施された盾は壊れにくくなっているが、衝撃まで消えるわけではない。腕に重さが伝わり、何人もの兵が歯を食いしばって耐えている。
「持ちこたえろ! まだ敵は岸へ届いていない!」
フェルディナンが声を張る。
兵たちは盾の隙間から海を見た。帝国軍は確実に近づいている。だが、こちらも次の一射を準備している。ようやく装填が終わり、バリスタ兵が狙いを定めた。
「放て!」
巨大な矢が飛び、軍船の脇を抜けて輸送船へ突き刺さる。船体が揺れ、甲板に積まれていた箱や樽が滑った。その直後、別の矢が船尾へ突き刺さり、船の進行が乱れる。フェルディナンはそれを見てすぐに次の命令を出した。
「もう一度だ。あの船を止めろ!」
三基目の矢が放たれ、今度は船体中央へ深く突き刺さった。
輸送船が明らかに傾いた。甲板上で兵士たちが慌てて動き、海水が船内へ入り始めているのが遠目にも分かる。船尾が沈み、積荷の一部が海へ滑り落ちていく。やがて船体は大きく傾き、兵たちが小舟へ移ろうとするより先に、その船は海面へ姿を消した。
最初の輸送船が沈んだ。
だが、フェルディナンは海を見たまま、次の船へ視線を移した。
「次を狙え」
帝国軍はまだいる。
輸送船を一隻沈めたところで、敵の攻撃そのものが止まるわけではない。むしろ、ここからが本番だった。
軍船がさらに前へ出てくる。
その陰から、今度は小舟がいくつも姿を現した。
「小舟です!」
騎士が叫ぶ。
「弓兵を前へ」
弓兵たちが港の前に並んだ。小舟には盾を構えた帝国兵が詰めている。先頭の者が盾を持ち上げ、その後ろに槍兵が身を寄せていた。こちらが矢を放つことを予想し、被害を抑えようとしているのだろう。
「放て!」
弓が一斉に放たれる。
小舟へ矢が降り注ぎ、何人かの帝国兵が倒れた。それでも小舟は止まらない。船底が岸へ乗り上げると、帝国兵が次々に飛び降りた。
「来たぞ!」
アンティクィランド兵が槍を構える。
先頭の帝国兵が盾を前へ出した瞬間、槍がぶつかった。盾同士が押し合い、後ろからさらに兵が押し込んでくる。岸は広くないため、上陸した兵が一度に横へ広がることはできない。そのため、最初に上がった兵たちは港の守備兵を押し退けることに集中しなければならなかった。
「押せ!」
アンティクィランド兵も前へ出る。
しかし、敵の小舟は一隻ではない。二隻目が岸へ着き、さらに三隻目が続く。帝国軍は一度に大量の兵を上げるのではなく、次々と兵を送り込むことで、最初の上陸部隊が崩れないようにしていた。
「右が危ない!」
副官が叫んだ。
右側では帝国兵の数が増え、守備兵が押され始めている。
「騎士を出しますか!」
「まだだ」
フェルディナンは即座に答えた。
「敵をもう少し中へ入れろ」
「しかし、前が持ちません!」
「持たせろ。今動かせば、次の攻撃に使う兵力がなくなる」
フェルディナンは戦場を見ながら、少しずつ兵を下げるよう命じた。無秩序に逃げれば崩れるが、意図して下げれば違う。帝国兵を港の内側へ引き込み、船から上がってくる兵との間に距離を作る。それが狙いだった。
「一歩下がれ。まだ下がるな」
帝国兵が進んでくる。
アンティクィランド兵は耐えながら後退した。
さらに一歩。
その頃には、上陸していた帝国兵の隊列がかなり港の奥へ入っていた。後ろから次々と兵が来ているが、狭い場所へ兵を詰め込みすぎたせいで、前方の兵が動きにくくなっている。
フェルディナンはその瞬間を待っていた。
「今だ」
剣を抜く。
「騎士を出せ!」
待機していた騎士たちが動いた。
港は狭いため、騎士全員での大規模な突撃はできない。それでも、帝国兵の側面へ数騎が切り込めば十分だった。盾を並べて進んでいた帝国兵の隊列に隙間が生まれ、そこへアンティクィランド兵が槍を押し込む。
「押し返せ!」
港の兵士たちが一斉に前へ出た。
帝国兵の列が崩れる。
海岸へ戻る兵が現れ、小舟へ逃げ込もうとする者も出始めた。
「追うな!」
フェルディナンの声が飛ぶ。
「港から出るな!」
前へ出ようとしていた兵たちが足を止める。
「海へ出れば船から撃たれる。ここを守れ!」
兵たちはその場に踏み止まった。
第一波は退けた。
しかし、フェルディナンは海から目を離さなかった。
帝国軍はまだ小舟を集めている。
「終わっていない」
その言葉どおり、しばらくすると敵の船が再び動き始めた。
今度は先ほどより明らかに整っている。大型の軍船を前へ出し、その陰から輸送船を近づけ、小舟を左右へ分けている。こちらの守備兵を一か所へ集めさせないつもりなのだろう。
「こちらを散らすつもりです」
副官が言った。
「ああ。だからこちらも持ち場を守らせろ。隣が押されたからといって、勝手に全員で動けば別の場所が空く」
命令が伝令によって運ばれていく。
港の兵士たちは、それぞれの持ち場へ戻った。
第二波が近づく。
この頃にはバリスタも再び準備を整えていた。残った矢を数えれば、何度も撃てるわけではない。それでも、撃てるうちは撃つしかない。
「輸送船を狙え!」
バリスタから矢が放たれる。
一発は外れた。
二発目も船の脇を通り過ぎた。
三発目がようやく帆柱へ突き刺さり、帆が大きく崩れる。
帝国軍は速度を落とさない。
「もう一度!」
兵たちが急いで装填する。
巨大な弦を引き、矢を固定し、狙いを合わせる。
その間にも小舟が岸へ近づいてくる。
「来るぞ!」
弓兵が矢を放ち、港の歩兵が槍を構える。
帝国兵が上陸した。
今度は最初から数が多い。
最初の攻撃で港の守り方を知った帝国軍は、狭い場所へ無理に兵を押し込まず、いくつもの地点から少しずつ上陸を進めていた。右では帝国軍が押しているのに、左ではアンティクィランド兵が敵を押し返している。中央では両軍がほとんど動かず、ただ激しく押し合っていた。
「右へ五騎!」
フェルディナンが命じる。
「左の槍兵は二列だけ下げろ。後ろの列を前へ!」
命令が伝わる。
騎士が動き、左では兵が入れ替わる。
戦場そのものが一つの大きな塊として動いているわけではない。いくつもの小さな戦いが同時に起こり、その一つが崩れれば隣にも影響が出る。だからフェルディナンは、全体を大きく動かすのではなく、崩れそうな場所へ兵を送ることで戦線を維持していた。
そして、その指揮を続けながら、彼自身も前線にいた。
兵たちがフェルディナンの姿を見れば、それだけで足を止める理由になる。逆に指揮官が後方へ下がれば、敵の数が自分たちより多いという不安が、兵の動きへそのまま表れる。
帝国兵の槍が突き出された。
フェルディナンは剣で受け流し、強化された刃で槍の柄を断った。敵兵が体勢を崩したところへ味方の槍が入り、その兵が下がる。すぐに別の敵が前へ出てくる。
そのときだった。
横から別の槍が伸びた。
フェルディナンは身をひねったが、完全には避けられなかった。穂先が鎧の脇へ入り、強い衝撃が身体を揺らす。
「閣下!」
騎士が叫ぶ。
「構うな!」
フェルディナンは槍を押し退け、そのまま前へ出た。鎧の内側に熱を感じる。傷は浅くない。だが、今ここで立ち止まれば、周囲の兵の目が自分へ集まる。
「左を支えろ!」
フェルディナンは声を張った。
兵たちが動く。
「中央はそのままだ! 敵をこれ以上入れるな!」
自分の身体より、戦線の方を見た。
今のところ崩れていない。
ならばまだ指揮できる。
帝国軍がまた前へ出てきた。
こちらも押し返す。
騎士たちが側面へ回り、歩兵が槍を揃えて押し込んでいく。帝国軍の先頭が崩れ、後ろの兵が前へ出られなくなる。
「今だ、前へ!」
フェルディナンの命令に合わせ、アンティクィランド兵が一斉に進んだ。
そのとき、港の奥からバリスタの音が響いた。
残っていた一基が、輸送船へ向けて矢を放ったのだ。
巨大な矢が船腹へ深く突き刺さり、船体が大きく揺れる。続く二本目は甲板を貫き、三本目は船尾を破った。船が徐々に傾いていく。
その輸送船には、上陸を待つ帝国兵が乗っていた。
船が傾けば、岸へ送り込むこともできない。
それが一瞬だけ帝国軍の動きを止めた。
フェルディナンは見逃さなかった。
「押せ!」
兵たちが一斉に前へ出る。
今度こそ帝国兵の列が崩れた。
岸へ上がっていた兵は次々と後退し、小舟へ戻る。後続の船も、先頭の兵が押し返されたことで岸へ入ることができず、港の前で動きを止めた。
「追撃はするな!」
フェルディナンは繰り返し命じた。
「港を離れるな!」
兵たちがようやく足を止める。
やがて帝国軍の小舟が一隻、また一隻と岸から離れていき、大型の軍船も港から距離を取っていった。
海戦に勝った帝国軍が、港から退いていく。
少なくとも、今回の上陸は失敗した。
港の兵たちから大きく息を吐く音が聞こえた。歓声を上げる者もいたが、続かなかった。周囲には負傷した兵が倒れ、壊れた盾や折れた槍が散らばっている。バリスタも何基かは壊れ、海上では沈みかけた輸送船が波に揺れていた。
フェルディナンは剣を下ろした。
そこでようやく、自分の脇腹へ視線を落とした。
鎧の隙間から血が流れている。
「……これは、思ったより深いな」
近くにいた騎士が駆け寄った。
「閣下、すぐに医師を」
「先に他の兵を診させろ」
「しかし、閣下の傷も――」
「負傷者を運ぶ場所を作れ。まだ戦える者は持ち場へ戻せ」
騎士が言葉を失う。
「閣下」
「私は後でいい」
それでも騎士は納得できない様子だったが、フェルディナンはもう一度同じ命令を繰り返した。
「これは命令だ」
それ以上、騎士は逆らえなかった。
フェルディナンは港を見渡す。
帝国軍の船はまだ海の向こうにいる。撤退したように見えるが、海戦で勝った以上、これだけで諦めるとは考えられない。今は上陸に失敗しただけで、港そのものを諦めたわけではないだろう。次に来るときは、今回の戦いをもとにしてさらにやり方を変えてくるはずだった。
「バリスタを直せるか?」
「いくつかは。矢はかなり減っています」
「残っている分を数えろ。使えるものは一つも無駄にするな」
部下が走っていく。
「歩兵は交代させろ。前に出た者をそのまま残すな」
別の兵へ命令を出す。
フェルディナンは最後まで戦場を見ていた。
そのとき、ふと娘のことが頭に浮かんだ。
エリシア。
普段は人と話すことに妙に気を遣うくせに、剣を持つと急に頑固になる。以前も鍛錬を切り上げるよう言えば、まだできると言って聞かなかった。かと思えば、少し褒めればどう返していいのか分からなくなって、変なところで黙り込む。
昔から少し変わった娘だった。
それを直した方がいいと思ったことはない。
むしろ、あの性格だからこそ剣を続けられるのだろう、と考えたこともある。
「……あいつは、相変わらずだろうな」
それだけ呟いた。
今どこにいるのか。
何をしているのか。
それ以上は考えなかった。
今は港を守れたことの方が重要だった。
だが、視界が少しずつ狭くなってくる。
足元が不安定になる。
「閣下?」
騎士が再び支えた。
フェルディナンは何か答えようとしたが、言葉が出てこなかった。
港を見た。
壊れたバリスタ。
負傷した兵。
海上の帝国軍。
そして、まだ倒れていないアンティクィランドの旗。
それを確認すると、フェルディナンは目を閉じた。
第四軍団長フェルディナン子爵は、その場で息を引き取った。
*
「報告します!」
司令部の扉が開いた。
レノウィウスは地図から顔を上げた。
第四軍団を港へ向かわせてから、それほど時間は経っていない。しかし伝令の表情を見れば、報告がただの戦況報告ではないことは分かった。
「言え」
「港への帝国軍上陸を確認しました。第四軍団は第二軍団の残存兵と合流し、これを迎撃しております」
「港は?」
「守られております。帝国軍の上陸部隊は、すでに港から退きました」
レノウィウスは頷いた。
「敵の船は?」
「輸送船を複数撃沈しております。帝国軍は大型軍船を残したまま、港から離れているとのことです」
「そうか」
港は守られた。
だが、まだ話は終わっていない。
「第四軍団の損害は?」
その質問に、伝令の兵士がわずかに顔を伏せた。
「……第四軍団長、フェルディナン子爵が戦死されました」
レノウィウスの手が止まった。
ほんの一瞬、司令部が静まり返る。
「状況を」
「敵との交戦中に負傷されましたが、その後も指揮を続けられました。敵の上陸部隊を港から退けた後、負傷が深く……その場で亡くなられたとのことです」
「そうか」
レノウィウスは地図へ視線を戻した。
第四軍団を港へ回したのは自分だった。
城壁からバリスタを移すよう命じたのも自分である。
その命令の結果、港は守られた。
しかし、フェルディナン子爵は戻ってこない。
「戦功を記録しておけ」
「はっ」
「港の守備は継続。負傷兵を整理し、第四軍団の次席を指揮官に立てろ。兵力が足りないなら、後方から回せる兵がないか調べろ」
「承知しました」
兵士は一礼する。
「それから……」
レノウィウスは少しだけ考えた。
「ティアを呼んでくれ。」
「はっ」
兵士が退出する。
扉が閉まり、再び司令部は静かになった。
レノウィウスは地図を見つめる。
港は守られた。
しかし海は敵のものだ。
帝国軍は一度退いただけであり、次の攻撃は必ずある。今回の上陸が失敗した以上、次はもっと多くの兵を用意し、こちらの守りを崩す手段を考えてくるだろう。
だから、こちらも備えなければならない。
第四軍団の指揮官を失った今、兵力をどう動かすか。どこから援軍を出し、どこを削るか。港だけではなく、各軍団の戦線も確認しなければならない。
フェルディナン子爵の死を考えている暇はない。
少なくとも、今は。
レノウィウスは地図の上で港の位置を確認した後、次の報告を待った。
「次を」
伝令が呼ばれる。
司令部の外では、兵士たちが慌ただしく行き交っている。
港では第四軍団の兵が再び持ち場へ戻り、壊れたバリスタの修理と負傷兵の搬送が始まっている。
海の向こうには、まだ帝国軍の船が残っている。
戦いは、一度の上陸失敗だけでは終わらなかった。




