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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第60話 命令

俺は収拾のつかない作戦室を見回し、深いため息をついた。


先ほどから報告が途切れることなく飛び交っている。ウィムーヌの戦況、第三軍団の防衛線、港湾地区の異変、海上の状況。次々と持ち込まれる情報に対して、それぞれ別々に対応策を考えようとしているせいで、司令部全体が一つの問題に集中できていない。


このままでは判断を誤る。


「静まれ!」


俺が声を張り上げると、室内にいた全員が一斉にこちらを向いた。


ようやく視線が集まったところで、俺は現在の状況を整理するように頭の中で組み立て直した。


そもそも、現状分析が疎かになりすぎている。


「ウィムーヌは、今の俺たちがどうにかできる問題ではない。考えてみろ。援軍を送ろうにも、陸路はすでに帝国軍によって塞がれている。海から送ろうにも、艦隊はほぼ壊滅状態だ。これでウィムーヌへ援軍を出せると思っているのか?」


誰も口を挟まない。


「エクィトゥムに任せろ。今は放置だ」


そう言い切ると、先ほどまで慌ただしかった作戦室に、少しずつ冷静さが戻っていくのが分かった。


余計なことに手を出す余裕はない。


今、俺たちが対処できる問題だけを見なければならない。


「現在、対処すべきはまず海。次に陸だ。第三艦隊については敵艦隊の規模を考えれば、壊滅したものとして動くべきだろう。ならば、敵が次に狙ってくる場所へ戦力を集中させるのが適当だ」


俺が地図上の港を指差す。


「港だ」


帝国艦隊が制海権を奪った以上、次に起こることは明白だった。


敵は艦隊を使って兵を上陸させる。


そして港を確保されれば、王都へ通じる海上輸送路がさらに危険になるだけでなく、帝国軍そのものが王都近郊へ直接戦力を展開できてしまう。


「港に配備されている第二軍団は?」


「兵士がおよそ百名です」


「これでは心もとないな」


俺が呟くと、それを察したのか、フェルディナン子爵が口を開いた。


エリシア同様、案外気が利く男だ。


「では、第四軍団にお任せください」


俺は第四軍団の規模を思い出す。


戦時編制では兵士九百人、騎士二百人。合計一千百人だ。


帝国軍が港へ上陸してくるなら、その規模ならば迎撃には十分な戦力になる。少なくとも、百人程度の守備隊だけで敵を迎えるよりは遥かにましだ。


「ああ。第四軍団を港へ回せ」


「承知しました」


フェルディナン子爵が即座に返答する。


だが、それでも不安が残った。


敵は海軍だけではない。制海権を奪った以上、帝国側は相応の陸上兵力を送り込んでくるはずだ。


ならば、少しでも敵の上陸を妨害できる手段を増やした方がいい。


「軍務卿、城壁の上にあるカタパルトは使うか?」


「はい。使用は可能です。ただ、現在は上陸阻止を優先した方がよろしいかと。城壁上の攻城兵器を港へ回すべきでしょう」


「ならば、城壁上に配置されている攻城兵器を、優先度の低いものから港へ回していけ」


「承知しました」


矢継ぎ早に命令を出していく。


今の王都防衛において、城壁の上にある攻城兵器よりも、敵が上陸する瞬間を叩くために使う方が価値は高い。


敵が陸へ上がってしまえば、後から止めるにはより多くの兵力が必要になる。


「中央右の第三軍団についてはどのように?」


別の士官から質問が飛んできた。


俺は地図へ視線を落とした。


第三軍団は今も帝国軍と交戦中だが、こちらから援軍を送る余裕はない。


「現状で打開策はほとんどない。第三軍団の奮闘に期待するとしよう」


それ以上の言葉は出なかった。


彼らが持ちこたえることを願うしかない。


一通りの命令を出し終え、俺が作戦室を見回すと、すでにフェルディナン子爵の姿はなかった。どうやら第四軍団を率いて港へ向かったらしい。


先ほどまで張り詰めていた作戦室には、僅かな安堵と、それを覆い隠すような疲労が漂っていた。


俺は侍女から渡された飲み物へ手を伸ばす。


毒見が済んでいることを確認してから、口を付けた。


王族ともなると、こういうプライバシーの侵害が日常になる。最初の頃こそ気になっていたが、今ではすっかり慣れてしまった。


それよりも、俺には別の問題がある。


水だ。


日本の水は軟水が多い。


しかし、こちらの世界の水はヨーロッパに近く、基本的には硬水が多い。しかも地域によっては天然の炭酸を含んでいるため、食卓へ運ばれてくる水が炭酸水だったりする。


この世界へ来たばかりの頃は随分と驚いたものだ。


だが、慣れてしまえば案外悪くない。今では食後の口直しとして飲むこともある。


日本でも天然炭酸水や硬水が採れる場所はあるらしく、炭酸を含んだ温泉もあるそうだ。ただ、こちらと比べれば圧倒的に少ない。聞いた話では関東の一部には硬水の地域もあるらしいが、日本で硬水を飲む機会はほとんどなかったため、少し興味がある。


ちなみに、アイティクィランドは基本的に硬水が多いが、ウィムーヌの一部では軟水が取れる。


その軟水は葡萄の生産に適しているらしく、ワインの質を支える一因にもなっている。


他にも、量こそ多くないものの、ウールなど質の良い産品が生産される地域だと聞いている。


こんな戦時中にするような話ではないが、国の意外な地理や産業を知るのは案外面白いものだ。


そんなことを考えていると、また扉が開いた。


「報告です!」


新たな伝令が駆け込んでくる。


嫌な予感がした。


「第四軍団長より、本格的な交戦が開始されたとのことです」


遂に始まったか。


俺は思わず港の方へ視線を向ける。


港が落ちれば、敵は海から王都へなだれ込んでくる。


そうなれば、こちらは第二防壁まで撤退せざるを得ないだろう。


それだけは何としても避けなければならない。


俺たちが海を失った今、残された時間は少ない。


_______________________________________


味方艦隊が圧倒的な戦力をもって敵艦隊を撃破していく光景を眺めながら、帝国海軍少将シャルヴィルト・デイ・グランゴルは次の命令を下した。


「レクィエリア平民街港へ上陸する! 陸上の敵は少数だ。早々に撃破し、上陸を成功させるぞ!」


「了解!」


周囲から威勢の良い返事が返ってくる。


シャルヴィルトの視界には、すでに敵艦隊の多くが戦闘能力を失っていく様子が映っていた。


これならば、海上での抵抗は大きな問題にはならない。


「この様子なら士気は問題なさそうですね、閣下」


副官の大佐も、少し安堵したように口元を緩めていた。


だが、その表情は長く続かなかった。


「閣下!」


見張りから声が飛ぶ。


「港に敵の増援です!」


副官の顔から安堵が消えた。


「戦力を確認しろ!」


すぐさま命令が飛び、見張りたちが港へ視線を集中させる。


帝国軍の想定よりも多くの兵が動いている。


シャルヴィルトはそれを見ながら、苦笑した。


「ただでは通してくれぬか」


想定よりも手間がかかる。


だが、退くつもりはない。


帝国軍はすでに制海権を奪った。


ならば、このまま港を確保し、レクィエリアへの新たな侵攻拠点を築く。


そのために必要なのが、目の前にいる敵を突破することだ。


そのとき、別の報告が届いた。


「閣下! 敵艦隊の殲滅に成功したとのことです!」


シャルヴィルトは一瞬だけ海へ目を向け、それから港へ視線を戻した。


海の戦いは終わった。


ならば、次は陸だ。


彼はわずかに口元を上げる。


「よし。ならば、我々も始めよう」


帝国艦隊の艦艇から、次々と上陸部隊が動き始める。


その先には、レクィエリア平民街港を守る第四軍団。


そして、その指揮官であるフェルディナン子爵が待ち構えていた。


両軍の距離が、少しずつ縮まっていく。


「敵、前進!」


港に帝国兵の姿が現れた。


フェルディナン子爵は剣を抜く。


「全軍、迎え撃て!」


その命令と同時に、港を挟んでいた両軍が一斉に動き出した。


レクィエリア平民街港で、本格的な交戦が始まった。

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