第56話 衝突
しばらく帝国兵視点が続きます。
帝国准尉ヴァルは今攻城塔の陰に隠れ、前進中である。
帝国南西部方面軍第二師団第一歩兵連隊の分隊に所属していたヴァルは破壊された破城槌の防衛部隊の再編と同時に第一歩兵連隊ごと攻城塔の先鋒を命じられたそうだ。
連隊の連隊長のファンディスカ・デイ・アフニメル中佐の演説を思い出す。
「アイティクィランド軍は傭兵が大部分を占めている。普段の力を発揮すれば必ず勝利できる!」
というような内容の兵士を鼓舞する演説だったが、果して攻城戦の激しさはその程度だろうか?
そんな不安を内面に隠しつつヴァルは盾を構えながら、新しく入った混乱している三等兵に声を掛ける。
「おい、落ち着け。攻城塔の裏に隠れている以上、弓に撃ち抜かれることはないぞ。」
「し、しかし准尉殿!」
三等兵が混乱した様子でこちらを見る。
「大丈夫だ。他のみんなを見ろ。三等兵以外が盾を持ち、構えている以上撃ち抜かれることは殆どない。
今は前進に集中しないと逆に危険だぞ。」
「はい!」
三等兵は少し落ち着いたようで二等兵の盾に守られながら前進している。
先ほどの恐怖の顔も少しはましになっているようだ。
そう、安堵していると隣で盾を構えている戦友の帝国准尉ジェルが声を掛けて来た。
「流石ですね!准尉殿!」
「からかうな。そういうお前も准尉だろ。」
「おっとそうだな。」
この男、絶対分かっていたな。
ジェルは元々そういう、少し、いや、かなり軽い男なのだ。
それ故にこうして気が重くなるのを和らげてくれるが。
なぜ、気が重くなっているかというと、攻城塔の先鋒という絶望的なまでに生存率が低い役割だからに他ならない。
攻城塔が城壁へ到達するまでは、塔そのものが巨大な遮蔽物となるため、その陰にいる兵士たちはある程度守られている。城壁から放たれる矢や投石も、多くは塔の外壁に阻まれる。そのため、兵士たちは盾を構えながら、攻城塔の進行に合わせて前進していけばいい。
だが、問題は城壁へ到達した後だ。
攻城塔が城壁へ接続すると、塔と城壁の間に渡し板が架けられる。そして最初の兵士たちが、その渡し板を渡って城壁上へと進出することになる。
ここから先、攻城塔という巨大な盾はもう兵士たちを守ってはくれない。
最初に城壁へ出る先鋒が確保できるのは、渡し板の出口周辺にあるごく狭い足場だけだ。しかも、その場所には当然ながら守備兵が待ち構えている。攻撃側がそこへ進出した瞬間、狭い空間で守備側との激しい戦闘が始まる。
先鋒の役目は、その場で敵を完全に撃破することではない。
後続の兵士たちが渡り終えるまで、狭い足場を維持することにある。
先鋒が守備兵に押し戻されれば、後続は城壁へ進めない。逆に、先鋒が踏みとどまって足場を維持できれば、その間に第一陣、さらにその後続が次々と城壁へ渡り、少しずつ攻撃側の兵力が増えていく。
兵力が増えれば、最初は渡し板の出口周辺にしかなかった足場を左右へ広げることができる。そして、城壁上に一定の範囲を確保して初めて、攻撃側はそこを橋頭堡として利用し、さらに多くの兵力を送り込めるようになる。
逆に、後続が十分に到着する前に先鋒が押し返されれば、攻城塔による攻撃はそこで頓挫する。
だからこそ、攻城塔の先鋒は最も危険な役割の一つなのだ。
彼らは後続の兵士が到着するまで、敵の反撃を正面から受けながら、その場に踏みとどまらなければならない。先鋒が戦える時間が長ければ長いほど後続が渡る時間を稼げるが、その分だけ先鋒自身が危険に晒され続ける。
そして、攻撃に失敗しても撤退する場合も簡単ではない。
後続の兵士から順に攻城塔へ戻り、その間、最後まで城壁上に残った先鋒が退路を支える。後続が撤退を終えてから先鋒が最後に下がり、全員が塔へ戻って初めて、攻城塔は再び城壁から離れることができる。
つまり、攻城塔による攻撃とは、単純に城壁まで塔を運べば終わりではない。
攻城塔の陰に隠れて城壁まで前進し、城壁へ接続した後は先鋒が最初の足場を確保する。後続がその足場を広げ、橋頭堡を築き、さらに兵力を送り込む。そこまで成功して、ようやく攻撃側は城壁を本格的に突破できるのである。
しかし、それはあくまで成功すればという条件の上で成り立つ。前進の成功、城壁に橋頭堡を築くという成功、撤退の成功。他にも様々な成功の積み重ねでやっと実行役である兵士は生き残ることができるのだ。
ヴァルは周囲を見回す。
訓練も終了せずに戦闘に参加させられた三等兵、繰り上げで昇進した二等兵、一等兵、准尉、少尉。
この部隊のどこにそんな成功を積み重ねる力があるのだろうか。
「ぐはっ」
予想通りというべきか。
ついさっき声を掛けた三等兵が矢に胸を撃ち抜かれたようで、前かがみになって倒れた。
即死だったようだ。
当然と言えば当然だろう。まともに訓練も受けておらず、盾すら支給されていない新兵が攻城戦の先鋒で生き残れる可能性など無きに等しい。
今すぐにでも逃げ出したいが逃げ出したとして脱走兵には傭兵か盗賊に落ちる以外に道はない。
兵士という職も世知辛いものだ。
そんなことを考えていると分隊長の少尉が声を発す。
「そろそろ城壁に攻城塔が接続される。攻城塔を登る用意をしておけ。」
「はっ。」
ヴェルはジェルと共に返答した。
そして攻城塔はレクィエリアの城壁に接続され、帝国兵とアイティクィランド兵の盾同士での押し合いが始まる。兵が押し詰められすぎるせいで剣がまともに振れないのだ。
では、この押し合いには何の意味があるのかというと、その答えは攻城塔の面積である。
攻城塔は体積はともかく面積が小さいのだ。そのため、少し押されただけでも攻城塔から落ちて落下死する。
つまり、今はとにかくアイティクィランド兵との押し合いに集中する必要があるだろう。
しかし_
「ぐふっ」
「がはっ」
別の分隊の准尉と一等兵、二等兵、少尉、三等兵まで多くの兵が敵の弓兵や弩兵に撃ち抜かれている。
敵も流石に帝国軍の圧倒的な遠距離射撃に苦戦すると司令部は踏んでいたようだが、想像以上にアイティクィランド弓兵や弩兵の質は高いようだ。
ヴァルは准尉が携帯している3本の投げ槍に目を向けた。
携帯しているのはたったの3本。
この3本を有効活用しなければならない。だが、それならほかの准尉とも協力した方が攻撃手段も増える。今協力できる准尉というと...
「ジェル!敵弓兵部隊の頭を狙う!位置を確認してくれ。確認でき次第、投げ槍を投げまくって分隊長でも中隊長でもいい、とにかくこのあたりの戦闘を指示している指揮官を殺す。」
「おう!まかせろ!」
そう言ってジェルは盾を構えながら視線を巡らせる。
その視界に、一人の男が目に入った。
「部隊長!敵歩兵部隊に増援が!」
「なんだと!?帝国軍と籠城戦を続けるにはこの損耗率では到底持ちこたえられんぞ!閣下に報告を!」
「はっ!」
部隊長?ジェルはそう思いながら自らの幸運を祝福した。
「おいおいおい、ヴァル!見つけたぞ!敵の部隊長!あれだ!」
ヴァルはジェルの指を辿り、その指が指し示す方向に目を向ける。
水のマントに銀の装飾が施された鉄製の防具。
幸いにも投げ槍が何とか届くであろう範囲だ。
そして、あの装備...
「確かに騎士かそれに準ずる立場の人間のようだ。それも上位の。」
「っへ。たまには俺もいい仕事するだろ。」
「ああ、『たまには』だがな。」
「っけ素直じゃねーな。まあいい。やるか?」
ジェルが俺に確認してくる。勿論、返答は....
「やるぞ。確実に殺す!」
「あいよ!」
そしてヴァルとジェルは同時に2本の投げ槍を投げた。
そして_
「部隊長!ご無事ですか!?」
「早く!応急処置をしろ!取り返しがつかなくなるぞ!」
アイティクィランドの部隊長は倒れ伏し、かなりの致命傷を負っているようだ。
「もうだめだ...」
ついに待ち望んでいた言葉が聞こえた。
その言葉を同じく耳を澄ませて聞き取った分隊長の少尉と少尉の上官である50人を率いる中尉がヴァルとジェルを称賛した。
「よくやった。准尉諸君。帰還後は少尉への昇進と勲章の授与が貴官らに行われるだろう。」
中尉と少尉の推薦があれば少尉への昇進は確実とみて良いだろう。
繰り上げの昇進で将校になれるとは思いもよらなかった。
しかし、将校になった以上はその責任を果たさなければならないだろう。
そうヴァルは決意を改め、指揮官の戦死によって混乱が広がり陣形が崩れ始めたアイティクィランド兵に目を向けた。
明日から3日間、投稿はお休みします。




