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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第55話 本番

城門の上にある建造物内部の第三軍団司令部で第三軍団軍団長カシウス・ゲンス・デイ・アンティクイランドは国王夫妻が無事、城壁内に退避したことに安堵していた。


あの2人が死ねば未婚で次期宰相として教育を受けていた18歳の王弟エドリアンが後を継ぐことになるが、エドリアンの政治基盤は未だ母の先王第三王妃セレネ頼りだ。セレネは先王の愛人から王妃に成り上がり、第三王子派を結成した傑物だ。


愛人から成り上がった支持基盤の弱い王妃が参加して生き残れるほど派閥争いは甘くない。しかし、セレネは弱小ながらも重要な実務者層である中央男爵を纏め上げ、第一王子派に第三王子派の意向を反映させる形で吸収され、ヴィクトリアの乱後は王太子派内部で権力闘争を繰り広げた。


もし、今エドリアンが王になることがあれば旧国王派と旧第二王子派が政争を繰り広げる中で実質的にセレネが率いるであろう王弟派はこの2派閥を圧倒するだろう。


この国の状況を鑑みればそんなことが許される状況ではない。


つまり何が言いたいのかというと、国王夫妻にもしものことがあればこの国は終わるということだ。


以後はもう城壁の上に立つなどという危険極まりないことはやめてほしいと切に思う。


そもそもカシウスもヴィクトリアの乱とカシウス公爵家で内紛が起こるまでは王弟だったカシウスは国王に次ぐ権力を保持し、王弟派を率いて第二王子派、第一王子派、第三王子派などの派閥と権力闘争を繰り広げていたのだ。もう政界はこりごりだが、権力闘争が激化する危険性はこれでもかというほど味わっている。


もうこんなことはに二度と起きないで欲しいと思っている思考をカシウスは打ち切る。


ここは戦場なのだ。


感慨にふける暇があれば次の行動を指示しなければいけないだろう。


そしてカシウスは第三軍団の攻城兵器射撃戦を担当していた第四兵士部隊長に命を下す。


「カタパルトとバリスタ、オナガ―の全力をもって残りの攻城塔三基を破壊せよ!」


しかし、それにかえってきた返答はカシウスの望むものではなかった。


「お言葉ですが閣下、カタパルトとオナガーの射程に収めるには近すぎるほど敵は既に接近しております。現在、攻城塔三基を射程に収めることが可能なのはバリスタのみです。」


そう、接近する攻城塔に対応しきれないほど敵の数が多すぎたのだ。


カシウスは国王夫妻の魔法攻撃によって油断していた自分を心の中で叱咤した。


魔法攻撃の効果は圧倒的だった。敵の士気を挫き、攻城兵器を破壊し、周辺の部隊を殲滅したほどに。

しかし、敵は帝国軍だ。500年もの間、大陸を支配していた大帝国アエテリア帝国である。数も、質も、魔法などという奇跡の一つや二つで覆せるほど戦争は甘くなかった。


当初の予定では攻城兵器の射撃戦によって敵攻城兵器の内、攻城塔、破城槌をすべて破壊し、オナガー、カタパルト、バリスタとの射撃戦に移るという計画だったのだ。大量に作成していた攻城兵器と帝国の急造の攻城兵器の数なら十分に破壊は可能だと判断していたのだ。

だが、帝国軍はその想定を大きく上回った。多少上回る程度なら対応は十分に可能である。

しかし、それを大幅に裏切る数となると流石に対応しきれない。


想定よりも早く帝国軍との接近戦になるだろう。


「歩兵部隊を敵到着予定場所に展開せよ!バリスタは引き続き攻城塔を狙い、その他の攻城兵器は帝国の攻城兵器を破壊だ!梯子を掛けようとする帝国兵にも警戒を忘れるな!」


「っは!」


もう間もなく接近戦が始まる。


_______________________________________


帝国一等兵のヴァルは一世一代の出世のチャンスに心が躍っていた。


ヴァルは元々、帝国の元老院派構成国の小国、フュートジェット侯国の候都からやってきた下級騎士が治める25軒の家と150人程度の人口しかない小さな村の出身だった。


ヴァルは木材・土・藁などを使った簡素な建物の家でに住み、日の出の前に起き、家畜の世話をし、朝食をとって畑を耕し、昼に簡単な食事を摂った後に畑仕事を再開し、帰宅して家畜の世話や 道具の修理・薪割り・食料の加工などをして日没後に休むというような何の変哲もない生活を送っていた。

これといって貧しい訳でもなく、穀物を粥やライ麦パンと豆や野菜のスープを味わって食べていた。


しかし、ある時、ヴァルに村を治めていた下級騎士に従軍者になれと命じられたのだ。

戦になれば、村の若い農民のうち何人かが領主のもとへ召集され、槍や盾を与えられて騎士の隊列に加わるのはよくあることだ。従軍して下級騎士の目に留まれば従士として仕えることも夢ではない。


そんな甘い考えで従軍したのが間違いだったのだ。帝国史上最大の内戦である帝国内戦に身を投じてしまったのだ。フュートジェット侯国軍は皇帝派に抵抗する弱小勢力であり、すぐに軍は壊滅しフュートジェット侯国は滅亡した。命からがら生き残ったヴァルも故郷の村は焼かれ、旧フュートジェット侯国候都の貧民街で過ごしていた。


そんな貧民街で新しい噂が広まっていた。


「おい、聞いたか?」


話しかけてきたのはジェル。貧民街で出会った戦友である。

もちろん例の噂の件は知っている。


「ああ、皇帝が新しく新兵を大量に募集するんだろ。」


「お前はどうすんだ?」


「応募するに決まってんだろ。今度こそ出世してやる!」


「おう!」


そうしてヴァルはジェルと新兵募集に応募し、帝国三等兵として入軍した。


食事と寝床付きの給料は金貨三枚(三万円)だ。三等兵は新兵で赤い上着と剣だけが支給され、訓練が終了すると二等兵へ昇進し、厚手の赤い布・綿・羊毛などを詰めた厚手の防護衣、革製の腕当て、革製の手甲、革製の脚部装具・ブーツ、帽子に近い形状の革製頭部防具、盾、剣、腰帯・革ベルト類が支給される。給料も金貨十二枚になる。すくななすぎると感じることもあったが食事と寝床代があるので文句はない。


そして治安維持中にフュートジェット侯国軍残党を数名打ち取ったことでヴァルとジェルは一等兵に昇進し、盾は頑丈なものが支給され、給料も金貨十五枚ほどに上がった。異例の昇進だが、ここからさらに昇進し、士官候補の准尉になるには少尉、つまり分隊長以上の推薦が必要なのだ。他には敵将の首を取らない限りは推薦と士官学校入学以外に方法はない。


士官学校は裕福な者が通う教育機関であり、軍を抜ける必要がある。その間寝床と食事、学費を稼ぐなどということは不可能だ。敵将を打ち取るのも現実的ではない。一等兵と准尉には壁があるのだ。


しかし、チャンスは転がり込んできた。二人が所属する帝国南西部方面軍第二師団の出動命令が南西部方面軍司令部から転がり込んできたのだ。


目標はアイティクィランド王国王都レクィエリア。


第二次ルイナーエ大戦が勃発したのだ。


ヴァルとジェルは第二師団の歩兵部隊の第一連隊に所属していたが、司令官だった中佐が戦死し、二人が配属されていた分隊も弓による攻撃をもろに受け分隊長だった少尉とその補佐だった准尉が一人戦死したのだ。


分隊は十人で構成されており、一人の分隊長である少尉、二人の補佐である准尉、二人の一等兵、五人の二等兵がいたが、その内少尉と准尉一人が戦死したため、分隊の再編の際に生き残った准尉が少尉に昇進し、上等兵であったヴァルとジェルは准尉という士官候補に昇進したのだ。戦死した二人の穴を埋めるように三等兵が二人入隊したが、まともな訓練を受けておらず、最低限の装備も整っていない新兵が攻城戦に投入されるとは想像していなかった。


しかし、そんなヴァルの思考を断ち切るように推し進めていた攻城塔の後ろから追従していた中隊の中隊長である大尉の命によって城壁への突撃準備を行い、遂に攻城塔は城壁前に到達。


遂にレクィエリア攻防戦の本番が幕を開けたのだった。

ヴァルとジェルの話はおまけです!二人の戦記物語もお楽しみください

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