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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第54話 集中射撃

目の前では帝国軍が再び攻城兵器を前線へ押し出しており、先ほどまでの激しい魔法攻撃によって一度は大きく乱れた敵の隊列も、後方から新しい兵士が加わることで少しずつ形を取り戻している。破壊された攻城塔の残骸を運び出す工兵の横を、新たな三基の攻城塔が前へ進み、その中央には防護設備を備えた破城槌まで姿を現していた。帝国軍は、最初の攻撃で失ったものを惜しむのではなく、失った以上に新しい兵器を投入して押し続けることで、こちらの防衛線そのものを疲弊させようとしているように見える。


 第一防壁上のアンティクイランド兵たちも、それをただ見ているわけではなかった。

先ほどの魔法攻撃で大きく消耗したとはいえ、弓兵は新しい矢を取り、弩兵は装填を終え、バリスタ隊は次の大型矢を固定し、カタパルト隊は投射物を運び込む。敵が近づくたびに指揮官が射撃対象を切り替え、攻城塔の周囲にいる歩兵へ牽制を入れながら、できるだけ攻城兵器そのものへ損害を与えようとしていた。

帝国軍の盾兵が密集していれば、その隙間を狙って弓と弩が飛び、攻城塔が露出すればバリスタが狙う。それでも帝国軍は前進を止めず、前列が崩れても後方から新たな兵士が入り、攻城兵器を押す人数を補っていく。戦場全体が、倒れる者を後ろから送り込まれる者が埋め続ける巨大な流れへ変わっていた。


「撃て!」


 城壁上から号令が飛び、無数の矢が帝国軍へ降り注いだ。弩兵の射撃がほぼ同時に重なり、バリスタが轟音とともに大型矢を放つ。その一本が攻城塔へ命中し、巨大な木製構造が大きく揺れた。だが、それでも帝国兵は押すのをやめない。周囲の歩兵が盾を前へ揃え、後方から別の兵士が前へ入ることで攻城塔の進行は再び安定する。カタパルトの投射物がそのすぐ近くへ落下し、地面が大きく揺れて隊列が乱れても、帝国軍は崩れた場所を別の部隊で埋め、何事もなかったかのように前へ進み続けていた。


 俺はその動きを見ながら、もう一度魔法を使う必要があると判断した。帝国軍の攻城兵器が第一防壁へ届く前に、一基でも多く止めておく。それが城壁上の兵士たちの損害を減らし、帝国軍が防壁へ取りつくまでの時間を稼ぐことにつながる。俺は前方を見ながら魔力を集め、ティアもほぼ同時に別の目標へ意識を向ける。俺が狙うのは左側の攻城塔、ティアが見るのはその中央を進む破城槌だった。


 俺が両手を前へ向けると、足元へ淡い碧色の魔法陣が浮かび上がった。円形の紋様が幾重にも重なり、その中心からさらに複雑な文様が広がっていく。氷雪の女神グラシエルを象徴するような紋が魔法陣の中心へ集まり、冷気が周囲へ広がったことで、先ほどまで熱を帯びていた戦場の空気まで一瞬だけ違ったものになる。帝国兵の中には、その異常を察してこちらを振り返る者もいたが、魔法陣が完成する速度の方が早かった。


「アエテリアの大地に祝福をもたらす氷雪の女神よ。哀れにも神の御力に縋る我に神の祝福を与えたまえ。我が願うは――『氷結』の祝福。我が祈りを聞き届け、御身が祝福を与えたまえ」


 詠唱の終わりと同時に魔法陣が強く輝き、その光が消えた瞬間、地面から無数の氷が一気に突き出した。攻城塔の周囲に密集していた帝国兵たちは対応する間もなく隊列を乱し、氷の奔流に巻き込まれた部隊は一斉に戦闘能力を失っていく。


盾を構えようとする者、後方へ退こうとする者、攻城塔を守ろうとする者が同時に動いたため、そこだけは完全に統制を失った空間へ変わった。攻城塔の周囲には、つい先ほどまで数多くの兵士がいたはずなのに、次の瞬間には戦列として機能する人間がほとんど残っていない。


攻城塔の重要な部分を氷をが貫き、その周辺に展開し、攻城塔の前進を担当していたであろう帝国兵を氷が貫く。胸、頭、腹などの致命傷になり得る部位を集中して貫いていく。


動かなくなった帝国兵の亡骸は氷によって固定されまるで動かない人形のようにも見える


 俺は結果だけを確認すると、次の詠唱へ移った。右手の前方に細長い魔法陣が現れ、先ほどよりも鋭い光が中心へ集まっていく。俺の魔法は攻城塔を止めるために使われた。それなら、あとは城壁上の兵器で仕留めればいい。そう判断し、魔力をさらに一点へ集中させた。


「氷雪の女神の力よ、我が手に集い、敵を貫く槍となれ――『氷槍』!」


 魔法陣の中心から巨大な氷槍が放たれ、攻城塔の中央部へ直撃した。構造を支えていた部分が大きく崩れ、塔はそのまま前方へ傾いていく。俺はそこで魔法を止め、城壁上へ視線を向けた。


「撃て!」


 待機していたバリスタが一斉に発射される。さらにカタパルトから投射物が飛び、弩兵も同じ攻城塔へ射撃を集中する。すでに動きを失っている巨大兵器へ複数の攻撃が重なった結果、その塔は最後まで耐え切れず、巨大な音を立てて崩れ落ちた。俺が担うのは、ここまでだ。あとは通常の兵器と兵士たちがやる。


 その隣では、ティアの周囲にも紅色の魔法陣が現れていた。俺の魔法陣とは違い、重なった円の中心から熱を帯びた光が広がり、その内部には灼熱竜アルデーンスを象徴する紋様が浮かんでいる。彼女の前方には破城槌があり、その周囲にはそれを守るために大量の帝国兵が密集していた。攻城兵器を失えば前進が止まることを理解しているため、兵士たちは盾を重ね、できる限り密集したまま前へ進もうとしている。


「アエテリアの大地を支配する灼熱竜アルデーンスよ。哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。我が願うは――『竜の鼻息』の力。我が祈りを聞き届け、御身が御力を与えたまえ」


 魔法陣が強く赤く輝いた。


 次の瞬間、巨大な炎が破城槌を中心として一気に広がった。密集していた帝国兵たちの隊列が大きく崩れ、破城槌の周囲を守っていた兵士たちが戦場から次々と脱落していく。攻城兵器だけを守るために集められていた部隊だっただけに、中心部を失ったことで全体の統制まで一気に乱れた。


破城槌を進めていた部隊とその周辺の部隊はティア魔法に包まれ、地獄の空間を生み出す。

炎の中から見える人影が悶え苦しんでいることが良くわかる。


すると、炎に包まれていた破城槌周辺からいくつかの物体が火を抜け出してきた。

しかし、その人だったものは悲鳴もあげる声すら出ないのか、数歩歩いたところで崩れ落ちた。


テーマパークのゾンビのような見た目だ。


ここまで苛烈に原型を失わせるほど強力な魔法をティアが行使できるのは大きい。


特に士気の面では。


そう考えていると炎に包まれ、脆弱になった破城槌を破壊するために第三軍団第四兵士部隊長が射撃命令を出す。


「今だ!」


 城壁上の兵士たちが一斉に反応する。


 バリスタ。


 カタパルト。


 弓兵。


 弩兵。


 全てが破城槌へ集中する。


 炎に包まれた攻城兵器へ大型の投射物が次々と叩き込まれ、その周囲に残っていた帝国兵とともに破城槌の構造が大きく崩れていった。


未だに炎の中に動いていた人影が破城槌と共に粉々に砕け散る。


血が飛び散り、骨は露出し粉々に矢が帝国兵だったものにこれでもかというほど刺さっている。


 戦場に再び大きな空白が生まれる。


 だが、帝国軍はその空白をすぐに別の兵士で埋めようとしていた。後方では新たな攻城兵器が動き、盾兵が前へ出て、弓兵と弩兵が再び城壁へ射撃を始めている。


 俺はその光景を見ながら、帝国軍が単なる「大軍」ではないことを改めて理解した。こちらが一度に千人を倒しても、その千人がいなくなった穴へ次の兵士が入り込む。攻城兵器を破壊すれば、後方から同種の兵器が出てくる。だからこそ、敵は局地的な損害を受けても全体として前進を止めない。


________________________________________


帝国軍の中から、一人の中佐が城壁上を見つめていた。


 帝国軍南西部方面軍の射撃部隊を指揮する陸軍中佐は、先ほどから攻城戦全体を観察していた。


 彼の役目は、単純に弓兵と弩兵へ射撃命令を出すことではない。どの目標を優先して狙うべきか、どこに火力を集中させれば敵の防御が崩れるのかを判断し、その判断を二個師団の射撃部隊へ伝えることだった。


 先ほどまでは攻城塔と破城槌が最優先だった。


 しかし、何度攻撃しても城壁へ到達する前に破壊されている。


 しかも、それを引き起こしている攻撃は普通の兵器ではない。


 氷。


 炎。


 自然現象そのものを戦場へ発生させる力。


 中佐は、これまで何度も確認されている記録と、自分の目の前で起きた現象を頭の中で照合していた。


「魔法発動地点を確認」


「はい」


「氷の魔法は?」


「城壁中央寄りです」


「炎は?」


「同じ周辺です」


「使用者の姿は?」


「確認しています」


 中佐は城壁を見る。


 そこには二人の人物がいる。


 王冠を戴いた男。


 その隣に立つ王妃。


 普通の魔術なら、ここまで広範囲へ影響を及ぼさない。


 しかも、この世界で自然現象を書き換える魔法を行使できる者は極めて少ない。数百年に一度しか現れず、その多くは王族や高位貴族の血筋から生まれる。


 そしてこの大陸で、魔法を使える者は二人しかいない。


「……そういうことか」


 中佐が呟いた。


「魔法使いは、国王と王妃はあの二人だ」


「アイティクィランド王と王妃!?」


「最優先目標を変更する」


 中佐は城壁を指した。


「今すぐ、あの二人を排除しろ!放てぇぇぇぇ」


________________________________________


俺は次の攻城兵器へ視線を向けていた。


 その瞬間だった。


俺が何が起きたのかを理解するより早く、城壁側に配置されていた護衛兵4人が矢に貫かれ、口や首、頭などから血を吹いて崩れ落ちた。


わずか数秒の出来事だったが帝国軍は俺たちへ向けて集中的に射撃していたのだと、その時になって初めて分かった。


 俺は倒れた四人へ一瞬だけ視線を向けたが、すぐに前方へ戻した。護衛はまだ26人残っている。そして、ここに留まり続ければ、次は俺やティア自身が狙われる。帝国軍が魔法使いを俺たち二人だと判断した以上、同じ場所に立ち続ける意味はなかった。


「下がるぞ」


「うん」


 ティアとともに城壁の後方へ移動する。残った護衛兵たちはすぐに二人の周囲へ集まり、退路を確保しながら同行した。第一防壁では、それとは関係なく戦闘が続いている。弓兵は射撃を続け、弩兵も応戦し、バリスタとカタパルトはなおも帝国軍の攻城兵器を狙っている。帝国兵も梯子を運び、攻城塔を押し、城壁へ取りつこうとしていた。


 つまり、俺とティアが後方へ下がっただけで、防壁そのものの戦況が変わったわけではない。四人の護衛兵が戦死したことも、護衛隊全体から見れば重大な損失ではない。残った26人がまだ任務を遂行できるし、第一防壁には第三軍団を中心とした防衛部隊が残っている。


これ以上俺たちがここにいては足手まといになるだけだろう。


早々に退散するのが吉だ。


それにしても兵士が数人死んでも、弁慶みたいだな。


なんて呑気な感想を抱けるくらい俺は争いに毒されてしまったらしい。

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