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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第48話 退避

王都から十五万人の民間人を退避させる計画が決定すると、最初に問題になったのは、その人数をどうやって動かすかだった。


 王家だけで十五万人を移動させようとすれば、必要な馬車、荷役馬、御者、食料、宿泊場所、護衛兵を確保するだけで莫大な負担になる。王国軍の輸送部隊を使えば軍事物資の輸送へ支障が出るし、避難民を軍の隊列へ混ぜれば、軍事行動そのものを遅らせる危険もあった。


 そこで、俺は商工組合連合会へ協力を求めることにした。


 商工組合連合会は、すでに王都と地方都市の商店、工房、商会、市場組合、輸送業者、倉庫業者などを緩やかに結び始めている。まだ完成した全国組織ではない。それでも、民間の荷車や馬車、人夫、倉庫、宿泊施設、地方市場の情報などをまとめる能力は、王家だけでは持っていないものだった。


「十五万人ですか……」


 王宮へ呼ばれたリアは、避難計画の資料を見ながら息を吐いた。


「はい」


「軍だけで動かすのではなく、商工組合連合会が中心になって民間輸送網を使う」


「その通りです」


 俺は王都と周辺地域の地図を広げた。


「王家運輸は軍事輸送と重要物資を優先する。商工組合連合会には、避難民の移動そのものを担当してもらいたい」


「分かりました。ただ、通常の商業輸送とは違います」


 リアはすぐに資料へ目を通し始めた。


「荷物だけなら、空いた馬車へ積んで行き先を決めればいい。でも人間はそうはいきません。子供や老人、病人もいます。家族を離ればなれにすれば混乱するし、途中で体調を崩す人も出る」


「だから、商工組合連合会が地域ごとの組合を使って調整する」


「はい」


 リアの目が少しずつ変わっていく。


 商人として商品を運ぶために作り始めた組織を、人を運ぶために使う。


 それまで積み上げてきたものが、全く別の形で役に立とうとしていた。


「まず、各地区の商店組合と市場組合から、地区ごとの住民数を確認します。そこへ商会組合と輸送業者の組合から、利用可能な馬車と荷役馬の数を出してもらう」


「宿は?」


「宿泊施設も組合経由で確認します。街道沿いの宿や商館だけじゃなく、商会が持っている倉庫や空き施設も一時的な避難場所として使えるか確認します」


「食料は?」


「各地の農産物商人と市場組合へ連絡します。避難民が到着する地域では、必要な食料を事前に集めておく。王家が全てを運ぶのではなく、現地の商人が現地で調達できるようにします」


 俺は頷いた。


 これなら、王家の輸送部隊を必要以上に拘束しなくて済む。


 さらに避難民を各地域へ分散させることで、一か所へ十五万人が集中する事態も防げる。


「問題は、帝国側へ渡す避難民と、国内へ残す避難民をどう分けるかです」


 リアが地図を見る。


「全員を帝国側へ送る必要はない。安全に避難できる地域へ移せる人間は、そちらへ回す」


「ただし、王都に残る人数はできるだけ減らす」


「はい」


 リアは頷いた。


「王都から出す人数を最大化しながら、移動できる人間を安全な場所へ分散させる。その上で、どうしても西へ移動できない人間については、帝国軍へ保護を求める」


「その役割を、商工組合連合会に任せる」


「はい」


 リアはしばらく地図を見つめていた。


「……今まで商工組合連合会は、商人が商売をしやすくするための組織だと思っていました」


「今もそうだ」


「でも、それだけじゃないんですね」


「ああ」


 俺は答えた。


「物を運ぶ仕組み、人を運ぶ仕組み、情報を伝える仕組み。商業を繋ぐために作ったものは、平時だけじゃなく非常時にも使える」


 リアは静かに頷いた。


「分かりました。連合会として引き受けます」


 その日のうちに、商工組合連合会から各地域へ一斉に連絡が送られた。


 王都の商店組合は地区ごとの住民数を確認する。


 市場組合は食料の在庫と、周辺から追加調達できる量をまとめる。


 商会組合は保有する馬車と荷役馬の数を報告する。


 輸送業者は利用可能な御者と運行可能な街道を確認する。


 宿泊業者は空室を調べる。


 倉庫業者は一時的に避難民を受け入れられる施設を報告する。


 さらに、地方の組合には「何人を受け入れられるか」という報告まで求められた。


 これまで商工組合連合会が扱ってきたのは、商業登録、契約、品質、価格、輸送、取引などの問題だった。


 しかし今回は、その全てを一つの避難計画へ組み込む。


 王都から出る人間の数を把握し、どこへ向かわせ、どの街道を使い、どこで休ませ、どこで食料を補給し、最終的にどこへ落ち着かせるのか。


 そのために必要なのは、軍事指揮ではなかった。


 商人が日常的に使っている情報網と輸送網だった。


「王都南地区、避難対象三万二千人」


「東地区、一万八千」


「西地区、二万四千」


 商工組合連合会の臨時事務所では、次々に報告が集まっていく。


「輸送可能馬車、四百二十台」


「予備を含めれば五百台程度まで増やせます」


「街道沿いの宿、受け入れ可能人数三千」


「空き倉庫を利用すれば、さらに五千」


「食料商組合から、小麦、豆、干し肉、塩を確保できます」


 通常なら別々の商売に使われている情報が、今は一つの目的へ向けられている。


 リアはそれらをまとめながら、一つずつ避難計画へ落とし込んでいった。


「一地区から全員を一度に動かさないでください。家族単位を崩さず、病人と老人を優先して先に出す。その後に一般の住民を移動させる。途中で軍の輸送と重ならないよう、街道の使用時間も分けます」


「了解しました」


「王家運輸の馬車とは別に動かします。ただし、途中の主要宿場では互いに位置情報を共有してください」


「はい」


 リアの指示が各組合へ伝わっていく。


 王家が命令して全てを動かしているわけではない。


 王家は避難の方針と必要な基準を定める。


 実際の移動計画は、商工組合連合会が作る。


 それぞれの地域で、自分たちが持っている輸送力と施設を使って、住民を動かす。


 商工組合連合会がこれまで作ってきた横の繋がりが、そのまま避難網へ変わっていった。


 避難が始まると、王都の景色は大きく変わった。


 普段なら商店の商品を積んでいた馬車に、今は家族が乗っている。


 荷物を運ぶための荷車には、最低限の生活道具が積まれている。


 商店主が、自分の店を閉めて隣人を避難させる。


 輸送業者が、普段なら商品を運ぶ道を人間のために使う。


 市場組合が、避難民へ配る食料を集める。


 商工組合連合会は、それぞれの地域の状況を確認しながら、次の輸送計画を作り直す。


 もちろん、混乱も起きる。


 予定していた馬車が故障する。


 街道が混雑する。


 避難先で受け入れ人数が予定より少ないことが分かる。


 それでも、商業活動を通じて普段から人や物の動きを把握している者たちは、問題が起きるたびに別の輸送手段や受け入れ先を探していった。


 それは軍隊のような統制ではなかった。


 しかし、商人たちが普段から培ってきた情報と信用によって、巨大な民間輸送網が一つの目的へ向けて動いていた。


 そして王都から外へ出る住民が増えるにつれて、城内の人口は少しずつ減っていった。


 それに伴って、王都に残った食料を消費する人数も減っていく。


 籠城になった場合、これは非常に大きな意味を持つ。


 十五万人を抱えたまま戦うのと、その大部分を外へ移した状態で戦うのでは、必要となる食料、水、医療物資、衛生管理の負担が全く違う。


 さらに、避難民の多くが王家運輸と商工組合連合会の輸送網によって西部や周辺地域へ分散されれば、帝国軍へ直接引き渡す必要がある人数も減らせる。


 それでも、王都から完全に安全な地域へ逃がせない住民は残る。


 その人々については、先に決めた方針に従って帝国軍へ保護を求める。


 使者には、彼らが非武装の民間人であること、アンティクイランド王国が戦闘に巻き込まないために避難させていること、帝国軍に保護を要請することが明記された書状が渡された。


 そして、その使者が王都を出る日。


 俺は王都の城門を離れていく避難民の列を、遠くから見つめていた。


 商工組合連合会が作り上げた輸送網によって、王都の住民は少しずつ外へ移動している。


 これは軍事作戦ではない。


 しかし、王都を守るためには非常に重要な作戦だった。


 そして、その背後では十五万人を受け入れるかどうかという難題を、帝国側へ突きつける準備も進んでいた。


 帝国は、この民を受け入れることができる。


 しかし受け入れれば、約二十五万人の侵攻軍を支えながら、さらに十五万人の生活を維持しなければならない。


 受け入れなければ、戦闘を避けるために民を逃がそうとしたアンティクイランド王国の申し出を拒むことになる。


 どちらを選んでも、帝国には負担が残る。


 俺はそのことを考えながら、遠ざかっていく馬車の列を見つめた。


 王都から出ていくのは、単なる避難民ではない。


 彼らは商工組合連合会が日常の商業活動の中で築き上げてきた、人と人との繋がりによって動かされている。


 商人が商人を知っている。


 輸送業者が街道を知っている。


 宿が宿と繋がっている。


 市場が市場と情報を交換している。


 その全てが一つに重なり、今は王都の住民を生きたまま戦場から遠ざけるための巨大な網になっていた。


 戦争になれば、軍隊だけが国を守るわけではない。


 商人も。


 職人も。


 輸送業者も。


 市場の人間も。


 それぞれの仕事が、別の形で国を支える。


 俺はそのことを、目の前を通り過ぎていく避難民の列を見ながら、改めて実感していた。


 そして、王都の城壁の内側では、残された兵士たちが籠城の準備を続けている。


 帝国軍はまだ遠くない。


 商工組合連合会による避難が進む一方で、王都そのものの戦争準備も、最終段階へ入ろうとしていた。

数値に矛盾があったので修正しました

平時


第1軍団:1,000

第2軍団(海軍):500

第3~第5軍団:各500

第6軍団:1,000

第7軍団:1,500

第8・第9軍団:各500

諸侯軍:3,000

平時常備兵力:9,500

海軍:8隻


戦時


第6・第7軍団を除く通常軍団:2倍

予備騎士:+600

士官候補生:+1,100

第6軍団:+500

第7軍団:+500

諸侯軍:+7,500

戦時基本兵力:22,700

傭兵:+7,000

戦時最大:約29,700

海軍:30隻

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