第43話 決断
短編(消えた武将に転生した 予告編)を少し前に投稿しました。
気付いたら計25000PV!
ありがとうございます!
セパラーティオ川を越えた帝国軍によってアンティクイランド中部と南部の防衛線が崩れてから、さらに数日が経っていた。
中部ではウィムーヌ子爵領へ退いた部隊が、ようやく新しい防衛線を形にしつつあった。セパラーティオ川沿いのように長大な国境線をそのまま守るのではなく、守るべき地点を絞り、その地点同士を街道で結びながら帝国軍の進撃を止める。第五話と第六話で決断された撤退は、結果だけを見れば成功していた。渡河防衛そのものには失敗したが、中部軍は壊滅せず、南部軍も指定された地点まで下がり、各部隊は再び組織を取り戻し始めていた。
しかし、撤退に成功したことと、戦況が好転したことは同じではない。
東側から帝国軍は絶えず前進している。
中部の貴族領は次々に失われ、帝国軍の先頭はウィムーヌ子爵領の東側まで迫っていた。西側には外海があるため、大軍で大きく回り込まれる可能性こそ低い。しかし、それはウィムーヌが安全だという意味ではない。むしろ東から迫る帝国軍を正面から受け止めるための、狭い防衛線が出来上がっただけだった。
北部では、エクウス伯爵らがなおも持ちこたえている。だが、その南に位置するプラエシディウス伯爵領では帝国軍の先遣部隊が確認されていた。
そしてプラエシディウスのさらに先には、ガイウシア子爵領がある。
ガイウシアはエクィトゥムとの国境に接している。
そこが残っている限り、アンティクイランドとエクィトゥムの間には援軍を通す道がある。逆に、プラエシディウスが落ち、そのままガイウシアまで抜かれれば、エクィトゥムからの援軍を陸路で受けることが難しくなる。
南では、さらに別の問題があった。
帝国軍二十万人によってセパラーティオ川の南部流域へ侵入されたことで、そこに存在した貴族領は一つずつ陥落していた。守備隊は西へ下がり、領主は王都へ避難し、住民も王領方面へ向かっている。その結果、街道には軍用の荷車と避難民が重なり、輸送そのものが次第に難しくなっていた。
そしてついに、帝国軍の先頭部隊が王領東端からそれほど遠くない位置へ進出したという報告が届いた。
王領。
アンティクイランド王家が直接支配している土地。
王都レクィエリアへ食料を送り、王家の収入を支え、行政を維持し、必要なら軍を支える場所。
その王領が戦場へ入れば、王都はもう遠くない。
ここまで来れば、帝国軍が目指しているものを誰も誤解できない。
アンティクイランド王国そのものだった。
王太子宮の執務室では、朝から休む間もなく報告書が届いていた。
俺は机へ積まれていく書状を一枚ずつ確認していた。
プラエシディウス。
ウィムーヌ。
王領。
それぞれの地域の報告が、別々の書状として届く。
「北部からです」
グラフィルが新しい書状を差し出した。
「プラエシディウス伯爵領東部で、帝国軍の進出を確認」
俺は封を開ける。
内容に目を通す。
敵の先遣部隊はまだ大規模ではない。
しかし、その後方からさらに兵が続いている。
「ガイウシアは?」
「現在のところ、まだ健在です」
グラフィルが答える。
「ただし、プラエシディウスとの距離を考えれば、次の攻撃対象になる可能性は高いでしょう」
「そうか」
俺は書状を置いた。
これまで何度も、同じ言葉を聞いてきた。
まだ健在。
まだ持ちこたえている。
まだ戦える。
まだ終わっていない。
けれど、どの「まだ」も、その次には新しい危機を連れてきた。
次の報告は中部だった。
「ウィムーヌ子爵領からです」
今度はアトラシート伯爵が直接持ってきた。
「帝国軍の先頭部隊が東側街道へ集結しつつあります」
「攻撃は?」
「まだです。ただし、偵察活動が増えています」
「なら、明日とは限らないな」
「はい」
伯爵は一度言葉を止めた。
「ただ、中部軍は防衛陣地の整備を続けております。撤退してきた部隊の再編もほぼ終わり、ウィムーヌ周辺だけを見れば、昨日よりは安定しております」
俺は頷いた。
昨日より安定している。
その言葉に、少しだけ救われるような気持ちになる。
だが、次の書状がそれを打ち消した。
「南部からです」
外務卿が報告する。
「王領東端へ向かう帝国軍の距離が、さらに縮まっているようです」
俺は地図へ目を落とした。
北にプラエシディウス。
その先にガイウシア。
中央にウィムーヌ。
南に王領。
その西に王都。
どれも別々の場所なのに、一本の線のように繋がっている。
「エクィトゥムからの援軍は?」
「まだ大規模な増援は来ておりません」
アトラシート伯爵が答えた。
「セプテントリアもシルウァニアも完全には安定していません。カヴィーレスターンでも帝国軍との戦闘が続いています。そのため、エクィトゥムとしても自軍を一気に引き抜くことはできないようです」
その説明は理解できた。
だからこそ苦しい。
エクィトゥムは敵ではない。
味方だ。
しかも西方評議会の中で最大級の軍事力を持つ。
なのに、その軍をこちらへ送るためにも、他の戦場がある。
ノルディアを失った。
セプテントリアでは各国が降伏しながらも軍がゲリラ化している。
シルウァニアは帝国軍に降伏したが、周辺の戦線は安定していない。
カヴィーレスターンは十五万人規模の帝国軍と戦い続けている。
だから、エクィトゥムは今すぐ二十万、三十万という大軍をこちらへ送ることができない。
「つまり、時間が必要なんですね」
「はい」
アトラシート伯爵は静かに答えた。
「エクィトゥムの援軍が到着するまで、今の戦線を維持しなければなりません」
俺は地図を見た。
その言葉が重かった。
昼過ぎ。
さらに報告が届いた。
「南部軍からです」
今度の内容は、これまでより明確だった。
「帝国軍の先頭部隊が、王領東端から二日程度の距離まで接近しているとのことです」
室内の空気が変わった。
「二日……」
ティアが小さく呟く。
俺も地図を見る。
王領の東端。
そこから西へ進めば、王都へ続く街道がある。
帝国軍が二日で到着できるのなら、こちらにも同じだけの時間しかない。
しかし、それは帝国軍が王領へ入るまでの時間に過ぎない。
そこから王領を突破すれば、さらに王都へ迫ってくる。
「王領の防衛準備は?」
「現在進行中です」
「南部軍の兵力は?」
「撤退してきた部隊を含め、可能な限り集めています」
「どの程度だ」
報告役の士官が資料を見る。
「完全な集計ではありませんが、少なくとも一万五千人程度は王領東端へ集結できる見込みです」
「帝国軍は?」
「それを大きく上回ります」
誰も、その数字を聞いて驚かなかった。
すでに何度も同じことを経験している。
敵の方が多い。
こちらは足りない。
だから、地形を使う。
防衛線を短くする。
時間を稼ぐ。
援軍を待つ。
それしかなかった。
その日の夕方、緊急軍事会議が招集された。
王宮の大広間には、アウレリウス王、俺、ティア、軍務卿アトラシート伯爵、財務卿ペクーニア伯爵、外務卿、内務卿、そして各軍団長が集まっている。
長机の中央には、アンティクイランド全土の地図が広げられていた。
そこには、帝国軍の進撃状況が次々と書き込まれている。
東側。
赤い印が増えている。
セパラーティオ川を越えた帝国軍二十万人。
その一部は中部へ進み、ウィムーヌを目指している。
南部ではさらに別の部隊が王領へ向かっている。
北部では五万人規模の帝国軍が進み、エクウス伯爵領の防衛線を圧迫している。
その南にプラエシディウス。
さらに西にガイウシア。
「現在までの戦況を整理します」
アトラシート伯爵が立ち上がった。
「中部軍はウィムーヌ子爵領へ後退し、現時点では再編をほぼ完了しています。東側の貴族領については大部分が陥落しておりますが、ウィムーヌの西側には外海があるため、敵の大規模な迂回は困難です」
伯爵が地図を指す。
「したがって、ウィムーヌは中部軍の集結地点であると同時に、北部と南部を繋ぐ中央の要所となっています」
次に北側へ指を移す。
「プラエシディウス伯爵領では、敵先遣部隊が確認されています。ただし、現在はまだ大規模な攻撃を受けておりません」
「そして、その西側にガイウシア子爵領があります」
フェルディナン子爵が続けた。
「ガイウシアはエクィトゥムとの国境に接しております。ここが残る限り、エクィトゥムからの援軍を受ける道を確保できます」
父上が尋ねる。
「プラエシディウスが落ちた場合は?」
「それだけなら、まだガイウシアで止めることができます」
「ガイウシアまで抜かれれば?」
フェルディナン子爵は答えなかった。
代わりにアトラシート伯爵が口を開く。
「エクィトゥムとの陸路連絡が切れます」
「つまり?」
「援軍の到着そのものが困難になります」
父上は黙って地図を見つめた。
「では中部は?」
別の軍団長が尋ねる。
アトラシート伯爵がウィムーヌを指した。
「ウィムーヌを抜かれれば、北部と南部の連絡が切れます」
「南部は?」
今度は王領を指す。
「王領を抜かれれば、王都へ続く街道が開きます」
会議室が静かになった。
父上が地図へ手を置く。
「プラエシディウス」
「はい」
「ガイウシア」
「はい」
「ウィムーヌ」
「はい」
「王領」
誰も返事をしなかった。
それぞれが別々の地域なのに、一つでも崩れれば他の地域へ影響が及ぶ。
北部を守る。
エクィトゥムとの連絡を守る。
中部を守る。
南部を守る。
そして王都を守る。
しかし、その全てに十分な兵力を置くことはできない。
「エクィトゥムの援軍が来るまで、どうにか耐えるしかない」
アトラシート伯爵が言った。
「その通りです」
軍団長の一人が答える。
「しかし、援軍の到着時期は?」
「まだ確定していません」
「では、どれだけ耐えればいいのかも分からない」
別の将軍が地図を叩いた。
「王領まで敵が来ているんだぞ。王都の防衛をもっと厚くすべきだ」
「王都を厚くすればウィムーヌが薄くなる」
「ウィムーヌより王都を守るべきでしょう!」
「ウィムーヌが落ちれば、帝国軍はそのまま南へ回れる!」
「なら、北部を捨てろ!」
「北を捨てればエクィトゥムとの連絡が切れる!」
議論が一気に激しくなる。
俺はその声を聞きながら、地図を見つめていた。
どれも間違いではない。
だからこそ、どれも選びにくい。
王都を守りたい。
でも王都だけを守ったら、帝国軍はその手前まで進んでくる。
ウィムーヌを守りたい。
でも南が崩れれば王都が危険になる。
プラエシディウスを守りたい。
でも、そこへ兵を送ればウィムーヌが薄くなる。
ガイウシアを守りたい。
でも、そこへ大軍を置けば中部と南部が苦しくなる。
全て必要だった。
しかし、全てを守れるだけの軍はない。
その現実が、議論を出口のないものへ変えていた。
「王都へ撤退する」
突然、一人の軍団長が言った。
「前線を全て王領の西側へ下げ、王都防衛に集中するべきです」
別の者が反論する。
「それでは帝国軍に王領を無傷で渡すことになる」
「王都を守ることが最優先だ」
「王都の前で戦うより、もっと東で止めるべきだ!」
「東で止められないから、ここまで下がってきた!」
さらに別の声が上がる。
「それならエクィトゥムに全てを任せればいい!」
その言葉に、アトラシート伯爵が強く反応した。
「それはできません!」
会議室が静かになる。
「エクィトゥムは現在、帝国軍と複数方面で戦っている。今すぐ我々のために全軍を送れるわけではない。援軍が来る前に我々が崩れれば、到着したところで意味がない」
誰も反論できなかった。
だからこそ、耐える。
それしかない。
その時だった。
父上が席を立った。
騒がしかった会議室が、一瞬で静まり返る。
アウレリウス王は地図を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……ここまでか」
俺は父上を見た。
「父上?」
父上はしばらく答えなかった。
やがて、王座へ視線を向けるように静かに言う。
「私は、今日まで王だった」
その言葉が、会議室に落ちる。
「父上、何を――」
「聞け」
いつもの穏やかな声だった。
しかし、そこにはこれまでにない強さがあった。
「私は以前から退位を考えていた」
室内の何人かが息を呑む。
「ただ、戦争の最中に王を替えるべきではないと思っていた。王位継承を巡って国内が動揺すれば、それだけで国家に負担を与えるからだ」
「しかし、今の戦況を見れば、状況は変わった」
父上は地図上のプラエシディウス、ウィムーヌ、王領へ順に目を向ける。
「北部ではプラエシディウスが狙われている。その先にはガイウシアがあり、そこが切れればエクィトゥムとの連絡が失われる。中央ではウィムーヌが、南では王領が攻撃されようとしている」
「そして、どれか一つが崩れれば他も連鎖する」
父上はそこで初めて俺を見た。
「レノ」
「はい」
「お前は王太子として、これまで多くの仕事をしてきた」
「軍も経験した」
「戦争も経験した」
「王宮の政治も知っている」
「財政も知っている」
「外交も知っている」
俺は黙って父上を見つめた。
「だから――」
父上が一歩前へ出る。
「今日から、お前が王になれ」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
王。
その言葉自体は、いつか自分に来るものだと理解していた。
父上が高齢になれば。
あるいは退位すれば。
その時、俺が王になる。
そう思っていた。
だが、それはもっと先の話だと思っていた。
平和な王都で。
十分に準備をして。
父上から教えを受けながら、少しずつ引き継いでいくものだと思っていた。
それなのに、今は違う。
東から帝国軍が来ている。
南部では王領が目前まで迫られている。
北ではプラエシディウスとガイウシアが危ない。
中部ではウィムーヌが次の戦場になろうとしている。
そんな場所で、王位を受け取れと言われている。
王冠が、急に重いものになったように感じた。
「……今、ですか」
ようやく口から出た言葉だった。
「ああ」
父上は頷いた。
「今だ」
「俺には……まだ早いと思います」
「そう思うだろう」
父上は静かに答える。
「私も、お前にもっと時間を与えたかった」
その言葉に、胸が詰まった。
「だが、王というのは、自分の都合で時期を選べるものではない」
「国が必要とする時に、王座へ座る者が必要になる」
俺は地図を見る。
帝国軍の赤い印。
それが、王都へ向かって広がっている。
この状況で「自分にはできない」と言えばどうなる。
父上が王のまま続ければ、俺は王太子として補佐できる。
でも、その先に何がある。
王国が危機に陥っている時に、王太子が「まだ王ではない」という理由で最終決断から逃げることはできるだろうか。
たとえ制度上できたとしても、自分自身がそれを許せない。
俺は、戦争で何度も「大丈夫」と言ってきた。
本当は大丈夫ではなくても、言わなければならない時があった。
今回も同じなのだろう。
怖い。
王になるのが怖い。
王座に座るということは、自分の命だけではなく、国そのものの運命を背負うということだ。
失敗すれば、多くの人間が死ぬ。
父上がその重さを知っていることも分かる。
それでも、今この瞬間に自分へ渡そうとしている。
俺はしばらく黙っていた。
そして、一つだけ父上へ尋ねた。
「父上は……退位された後、どうするつもりですか」
「王ではなくなる」
父上は答える。
「だが、この国から逃げるつもりはない」
「必要ならば、これまで通りお前を支える」
「ただし、最終的な責任は王であるお前が負う」
俺は目を閉じた。
責任。
それを負う覚悟があるのか。
今までだって、軍を率いた。
失敗した。
兵士を失った。
その責任から逃げようとしたこともあった。
それでも戦場から帰ってきた。
今度は国そのものを預かる。
それは、あの戦争より重いかもしれない。
だが――。
この国を守るために必要なら、やるしかない。
「分かりました」
俺は顔を上げた。
「俺が王になります」
会議室が静まり返る。
「今ここで、第三代アンティクイランド王国国王として王冠を受けます」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥にあった迷いが消えたわけではない。
むしろ、怖さは残っていた。
けれど、それ以上に「逃げない」と決めた感覚があった。
今の自分にできることをやる。
それしかない。
王家の侍従が、奥から一つの箱を持ってきた。
箱が開かれる。
そこに、王冠があった。
これまで何度も見た王冠だった。
父上が戴いていたもの。
俺がいつか受け継ぐと考えていたもの。
それが今、目の前にある。
父上が王冠を手に取った。
「レノウィウス」
「はい」
「お前に王位を譲る」
そして、父上は王冠を差し出した。
俺は両手でそれを受け取った。
想像していたより重かった。
金属の重さだけではない。
その下に、王国そのものが乗っているようだった。
王座へ座る。
その瞬間、父上は一歩下がった。
俺は前方を見た。
軍務卿。
財務卿。
各軍団長。
ティア。
そして王国のために働いてきた者たち。
誰もが俺を見ている。
「国王陛下として、宣誓を」
侍従の声が響いた。
俺は王冠の前で立ち、いざとなった時に王位継承ができるように覚えてきた、
氷雪の女神グラシエルへ祈りを捧げる。
そして、王国がどれほど苦しい状況へ置かれていようとも、王として責任から逃げないことを誓う。
Ego, Rex Anticuillandae,
我、アンティクイランド王たる者、
hoc in momento Coronam suscipio,
今この時、王冠を受け、
atque pondus Regni et Regiae Potestatis in me recipio.
王国と王権の重きを我が身に引き受ける。
Coram Graciele, Dea Glaciei et Nivis,
氷雪の女神グラシエルの御前において、
coram Populo meo atque coram hoc Regno,
我が民と、この王国の御前において、
solemniter et irrevocabiliter juro.
我は厳粛に、そして撤回することなく誓約する。
Quamvis me omnes calamitates urgeant,
いかなる災厄が我が身に迫ろうとも、
quamvis Fatum ipsum contra me insurgat,
運命そのものが我に牙を剥こうとも、
hoc Regnum numquam deseram,
我は決してこの王国を遺棄せず、
Populum meum numquam derelinquam,
決して我が民を見捨てず、
nec officium meum Regium umquam abiciam.
王たる我が務めを、決して投げ捨てぬ。
Etiamsi hostes terras nostras ferro et igne vastaverint,
たとえ敵が我らが国土を鉄と火をもって蹂躙し、
etiamsi ad portas Regiae Urbis pervenerint,
王都の門前にまで迫り来ようとも、
ego gladium meum non deponam,
我は剣を置かず、
nec a proelio recedam,
戦場より退かず、
donec ultimus miles stet,
最後の一兵が立ち続ける限り、
atque donec ultimum robur Regni mei permaneat.
王国に最後の力が残るその時まで戦う。
Etiamsi universus Populus meus
たとえ我が民すべてが、
sub gravissimis aerumnis gemat,
耐え難き苦難の下に呻吟し、
et sors nostra in profundissimam noctem cadat,
我らの命運が最も深き闇へと沈もうとも、
ego a Solio meo non fugiam,
我は王座より逃げず、
Coronam meam non abiciam,
王冠を投げ捨てず、
sed Populo meo in adversis omnibus adsum.
あらゆる逆境において我は民と共に在る。
Leges Divinas atque leges Regni custodiam,
神の法と王国の法を守り、
iustitiam sine odio exercebo,
憎悪なき正義を行い、
misericordiam sine infirmitate praestabo,
弱さに屈することなく慈悲を施し、
nec cupiditate aut ira iudicium meum corrumpam.
欲望や怒りによって我が裁きを汚さぬ。
Salus Regni mei salus mea erit,
我が王国の安寧を我が安寧とし、
vita Populi mei vitae meae pretiosior erit.
我が民の命を我が命よりも尊きものとする。
Non ad meam gloriam Coronam gero,
己が栄光のために王冠を戴くのではなく、
sed ad officium meum implendum.
我が務めを果たすためにこれを戴く。
Vita mea Regno consecrata est.
我が命は王国に奉献された。
Corpus meum scutum Populi mei erit.
我が身は民を護る盾となす。
Gladius meus ultimum iudicium erit contra hostes Regni.
我が剣は、王国に仇なす敵への最後の裁きとなす。
Sanguis meus, si necesse fuerit,
必要とあらば我が血の一滴に至るまで、
pro Regno et Populo meo effundetur.
王国と我が民のために捧げん。
O Graciele, Dea Glaciei et Nivis,
おお、氷雪の女神グラシエルよ。
Tu, quae super montes aeternos vigilas,
永遠の山々より我らを見守り給う御身よ。
exaudi verba mea et suscipe iusiurandum meum.
我が言葉を聞き届け、この誓約を受け取り給え。
Si mendax sum, me iudica.
我が言葉に偽りあらば、我を裁き給え。
Si meo officio prodidero, me condemna.
我が務めを裏切らば、我を罪に定め給え。
Si Populum meum deseruero,
我が民を見捨てることあらば、
ne mihi misericordiam praestes.
我に慈悲を与え給うな。
Quamdiu Rex ero,
我、王たる限り、
Anticuillandam defendam,
アンティクイランドを守護し、
terras eius custodiam,
その国土を護り、
Populum eius protegam,
その民を庇護し、
leges eius et honorem eius servabo.
その法と尊厳を守る。
Quamdiu Coronam geram, Rex sum.
この王冠を戴く限り、我は王なり。
Quamdiu Rex sum, non fugiam.
王たる限り、我は逃げぬ。
Quamdiu Populus meus superest, non cedam.
我が民ある限り、我は退かぬ。
Quamdiu Regnum meum vivit, ego vivam.
我が王国が生きる限り、我もまた生きる。
Graciele, Dea Glaciei et Nivis,
氷雪の女神グラシエルよ。
da mihi fortitudinem Regis,
我に王たる強さを与え給え。
da mihi sapientiam ad Regnum gubernandum,
王国を治める知恵を与え給え。
et da mihi animam firmam,
揺るがぬ魂を我に与え給え。
ut usque ad extremum diem meum
我が最後の日に至るまで、
Regno meo fidelis permaneam.
我が王国に忠実なる者であり続けられるように。
Ne me deseras, Graciele.
我を見捨て給うな、グラシエル。
Ne me deseras.
我を、見捨て給うな。
最後の言葉が、静かな会議室へ落ちた。
俺はゆっくりと息を吐いた。
怖さが消えたわけではない。
王になったからといって、帝国軍が消えるわけでもない。
プラエシディウスが安全になったわけでもない。
ガイウシアが守られたわけでもない。
ウィムーヌの防衛線が完成したわけでも、王領への侵攻が止まったわけでもない。
何一つ、状況は変わっていない。
ただ一つ。
その全てを最終的に背負う人間が変わった。
父上から俺へ。
王冠が移った。
その事実だけが、はっきりと分かる。
アウレリウスは、俺の前へ進み、静かに頭を下げた。
そして口を開く
“Rex esto.”
王たれ。
この瞬間、戴冠の儀が終了した。
「国王陛下」
その呼び声を聞いた瞬間、現実がはっきりした。
俺は第三代アンティクイランド王国国王になった。
そして、その最初の仕事は祝賀でも式典でもない。
目の前の戦争だった。
「父上」
「何だ?」
「引き続き、協力してください」
父上は静かに笑った。
「もちろんだ」
ティアも俺の隣へ立った。
「私もいるよ」
「ああ」
俺は地図へ目を向けた。
東には帝国軍。
北にはプラエシディウスとガイウシア。
中央にはウィムーヌ。
南には王領。
その先には、王都レクィエリア。
王になったからといって、急に全てを解決できるわけではない。
むしろ、これからが本当の始まりだった。
その夜、王都レクィエリアの外では、帝国軍の先鋒が王領へ向けてさらに西へ進んでいた。
そして王宮では、第三代アンティクイランド王国国王レノウィウス・デイ・アンティクイランドによる、最初の戦時会議が始まろうとしていた。
即位誓約の言語はラテン語です!どうやらキリスト教の式典などでよく使われる言語で、日常的に話している人はおらず、ヨーロッパの言語の大本を辿ればラテン語に行き着くことが多いそうです。
英語では皇帝はエンペラーで、ラテン語ではインペラトルです。微妙に似てる気がしなくもないですね。
即位誓約の読み方です。
Ego, Rex Anticuillandae,
エゴ、レクス・アンティクイッランダエ
hoc in momento Coronam suscipio,
ホク・イン・モメントー・コローナム・ススキピオ
atque pondus Regni et Regiae Potestatis in me recipio.
アトクェ・ポンドゥス・レグニ・エト・レギアエ・ポテスターティス・イン・メ・レキピオ
Coram Graciele, Dea Glaciei et Nivis,
コーラム・グラキエレ、デア・グラキエイ・エト・ニウィス
coram Populo meo atque coram hoc Regno,
コーラム・ポプロ・メオ・アトクェ・コーラム・ホク・レグノ
solemniter et irrevocabiliter juro.
ソレムニテル・エト・イレウォカービリテル・ユーロ
Quamvis me omnes calamitates urgeant,
クァムウィス・メ・オムネス・カラミターテス・ウルゲアント
quamvis Fatum ipsum contra me insurgat,
クァムウィス・ファトゥム・イプスム・コントラ・メ・インスルガト
hoc Regnum numquam deseram,
ホク・レグヌム・ヌンクァム・デセラム
Populum meum numquam derelinquam,
ポプルム・メウム・ヌンクァム・デレリンクァム
nec officium meum Regium umquam abiciam.
ネク・オッフィキウム・メウム・レギウム・ウンクァム・アビキアム
Etiamsi hostes terras nostras ferro et igne vastaverint,
エティアムシ・ホステス・テッラス・ノストラス・フェッロ・エト・イグネ・ウァスタウェリント
etiamsi ad portas Regiae Urbis pervenerint,
エティアムシ・アド・ポルタス・レギアエ・ウルビス・ペルウェネリント
ego gladium meum non deponam,
エゴ・グラディウム・メウム・ノン・デポナム
nec a proelio recedam,
ネク・ア・プロエリオ・レケダム
donec ultimus miles stet,
ドーネク・ウルティムス・ミレス・ステト
atque donec ultimum robur Regni mei permaneat.
アトクェ・ドーネク・ウルティムム・ロブル・レグニ・メイ・ペルマネアト
Etiamsi universus Populus meus
エティアムシ・ウニウェルスス・ポプルス・メウス
sub gravissimis aerumnis gemat,
スブ・グラウィッシミス・アエルムニス・ゲマト
et sors nostra in profundissimam noctem cadat,
エト・ソルス・ノストラ・イン・プロフンディッシマム・ノクテム・カダト
ego a Solio meo non fugiam,
エゴ・ア・ソリオ・メオ・ノン・フギアム
Coronam meam non abiciam,
コローナム・メアム・ノン・アビキアム
sed Populo meo in adversis omnibus adsum.
セド・ポプロ・メオ・イン・アドウェルシス・オムニブス・アッスム
Leges Divinas atque leges Regni custodiam,
レゲス・ディウィナース・アトクェ・レゲス・レグニ・クストディアム
iustitiam sine odio exercebo,
ユスティティアム・シネ・オディオ・エクセルケボ
misericordiam sine infirmitate praestabo,
ミゼリコルディアム・シネ・インフィルミターテ・プラエスタボ
nec cupiditate aut ira iudicium meum corrumpam.
ネク・クピディターテ・アウト・イーラ・ユーディキウム・メウム・コルンプァム
Salus Regni mei salus mea erit,
サルース・レグニ・メイ・サルース・メア・エリト
vita Populi mei vitae meae pretiosior erit.
ウィータ・ポプリ・メイ・ウィータエ・メアエ・プレティオシオル・エリト
Non ad meam gloriam Coronam gero,
ノン・アド・メアム・グロリアム・コローナム・ゲロ
sed ad officium meum implendum.
セド・アド・オッフィキウム・メウム・インプレンドゥム
Vita mea Regno consecrata est.
ウィータ・メア・レグノ・コンセクラタ・エスト
Corpus meum scutum Populi mei erit.
コルプス・メウム・スクートゥム・ポプリ・メイ・エリト
Gladius meus ultimum iudicium erit contra hostes Regni.
グラディウス・メウス・ウルティムム・ユーディキウム・エリト・コントラ・ホステス・レグニ
Sanguis meus, si necesse fuerit,
サングィス・メウス、シ・ネケッセ・フエリト
pro Regno et Populo meo effundetur.
プロ・レグノ・エト・ポプロ・メオ・エフンデトゥル
O Graciele, Dea Glaciei et Nivis,
オー・グラキエレ、デア・グラキエイ・エト・ニウィス
Tu, quae super montes aeternos vigilas,
トゥー、クァエ・スペル・モンテス・アエテルノス・ウィギラス
exaudi verba mea et suscipe iusiurandum meum.
エクサウディ・ウェルバ・メア・エト・ススキペ・ユースユランドゥム・メウム
Si mendax sum, me iudica.
シ・メンダクス・スム、メ・ユーディカ
Si meo officio prodidero, me condemna.
シ・メオ・オッフィキオ・プロディデロ、メ・コンデムナ
Si Populum meum deseruero,
シ・ポプルム・メウム・デセルウェロ
ne mihi misericordiam praestes.
ネ・ミヒ・ミゼリコルディアム・プラエステス
Quamdiu Rex ero,
クァムディウ・レクス・エロ
Anticuillandam defendam,
アンティクイッランダム・デフェンダム
terras eius custodiam,
テッラス・エイウス・クストディアム
Populum eius protegam,
ポプルム・エイウス・プロテガム
leges eius et honorem eius servabo.
レゲス・エイウス・エト・オノレム・エイウス・セルワボ
Quamdiu hanc Coronam geram, Rex sum.
クァムディウ・ハンク・コローナム・ゲラム、レクス・スム
Quamdiu Rex sum, non fugiam.
クァムディウ・レクス・スム、ノン・フギアム
Quamdiu Populus meus superest, non cedam.
クァムディウ・ポプルス・メウス・スペレスト、ノン・ケダム
Quamdiu Regnum meum vivit, ego vivam.
クァムディウ・レグヌム・メウム・ウィウィト、エゴ・ウィワム
Graciele, Dea Glaciei et Nivis,
グラキエレ、デア・グラキエイ・エト・ニウィス
da mihi fortitudinem Regis,
ダ・ミヒ・フォルティトゥディネム・レギス
da mihi sapientiam ad Regnum gubernandum,
ダ・ミヒ・サピエンティアム・アド・レグヌム・グベルナンドゥム
et da mihi animam firmam,
エト・ダ・ミヒ・アニマム・フィルマム
ut usque ad extremum diem meum
ウト・ウスクェ・アド・エクストレムム・ディエム・メウム
Regno meo fidelis permaneam.
レグノ・メオ・フィデリス・ペルマネアム
Ne me deseras, Graciele.
ネ・メ・デセラス、グラキエレ
Ne me deseras.
ネ・メ・デセラス
アウレリウスの返しが、先王が新王を正式に認める意味で
“Rex esto.”
レクス・エスト
です!




