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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第35話 軍備増強計画経過

フレイトゥム内海での海戦が終わってから、数日が経っていた。西方評議会の共同艦隊はそれぞれの拠点へ戻り、損傷した艦艇の修理や補給、乗組員の再配置を進めている。今回の戦闘によって、複数の加盟国が同じ作戦の下で艦隊を運用すること自体は十分に可能だと確認された一方、通信方法や補給の手順、艦隊同士の距離を保った連携など、実際に海で戦ってみなければ分からなかった課題もいくつか見つかっていた。


 もっとも、今日王宮の軍事会議室へ集められている理由は、その海戦の総括ではない。アンティクイランド王国では、以前から王国軍の軍備増強計画が進められており、今回はその計画が現在どこまで進んでいるのかを確認することになっていた。海戦があったから軍を増やすのではない。もっと前から始まっていた改革の途中経過を整理し、これからどこへ力を注ぐのかを決めるための会議である。


「それでは、現在の軍備増強計画についてご報告いたします」


 軍務卿アトラシート伯爵が席を立ち、手元の資料を開いた。父上――アウレリウス王の前には財務卿ペクーニア伯爵と内務卿、軍務省の担当官たちが並び、俺とティアも王太子、王太子妃としてその場に座っている。


「まず、現在の常備兵力から確認します。第1軍団は1,000人、第2軍団から第5軍団まではそれぞれ500人で、これら5個軍団を合わせた既存中央軍は3,000人です」


 俺は資料へ目を落とした。ここまでの編制は、俺が生まれる以前から続いていた王国軍の基本的な形だった。第1軍団だけが1,000人規模で、第2から第5軍団は500人規模。それほど巨大な軍ではないが、王国中央の常備戦力として長く維持されてきた。


「そして、王太子殿下がご誕生されてから、王国軍には4個の新設軍団が加わっております」


 伯爵が次のページをめくる。


「第6軍団は1,000人。ガルディシア統治軍を中核として、港湾、防衛施設、補給路の警備を担います。第7軍団は1,500人。モンタヌス占領軍を中核とし、現地の治安維持、行政施設の警備、周辺街道の監視を担当します。そして、第8軍団と第9軍団は、それぞれ500人規模で編成され、特定の占領地へ固定せず、中央から必要な方面へ増援を送り出す機動戦力として整備されています」


 俺はそこでようやく、王国軍の現在の姿を一つの形として捉え直した。第6軍団と第7軍団は、ガルディシアとモンタヌスという特殊な地域を維持するために必要になった例外的な軍団であり、第8軍団と第9軍団は、それとは違って王国中央そのものの戦力を厚くするために新設された通常編制の軍団だ。軍団が増えたことで、単純に兵士の数が増えただけではない。王国軍が平時から複数の方面へ対応できる余地も、以前より大きくなっている。


「以上で中央軍は6,500人です」


 アトラシート伯爵がまとめる。


「第1軍団から第5軍団までで3,000人、第6軍団が1,000人、第7軍団が1,500人、第8軍団と第9軍団がそれぞれ500人となります。これに諸侯軍の常備兵力3,000人を加えることで、現在の王国全体の常備兵力は9,500人です」


「9,500人か」


 父上が静かに繰り返す。


「はい」


 9,500人という数字だけを見ると、まだ大国の軍隊と比べるような規模ではない。しかし、以前の王国軍が3,000人規模の中央軍と諸侯軍を中心としていたことを考えれば、平時から維持できる戦力は確実に厚くなっている。しかも、第6軍団と第7軍団がそれぞれ特殊な地域を担当することで、中央軍をその場所へ張り付ける必要も減っていた。


 伯爵はさらに資料をめくった。


「次に、戦時編制です。現在の計画では、常備兵力とは別に追加戦力を動員します。諸侯軍から7,500人、王立士官学校の候補生から1,100人、中央軍から4,600人、そして第6軍団は戦時に500人を増員して1,500人、第7軍団は戦時編制として500人を配置する想定です」


 俺は頭の中で数字を合わせる。


 7,500。


 1,100。


 4,600。


 追加500。


 500。


 合計13,700人。


「したがって、現在の基本的な戦時兵力は23,200人です」


「常備9,500人に、戦時追加13,700人」


「はい」


 伯爵は頷いた。


「平時から維持する9,500人を基礎に、戦争になれば予備兵力と追加編制を組み合わせ、23,200人規模まで軍全体を拡張できる体制を整える計画です」


 ただし、その23,200人全てが前線へ送られるわけではない。諸侯軍には自領防衛の任務があり、第6軍団にはガルディシア、第7軍団にはモンタヌスという、それぞれ動かしにくい役割がある。戦争になれば戦力を増やせるということと、その全てを一つの場所へ投入できるということは別の話だった。


「候補生1,100人については、教育を優先します」


 その時、王立士官学校校長フェルガント男爵が口を開いた。


「戦時要員として計上されておりますが、原則として前線の戦闘部隊には投入いたしません。伝令、記録、補給、警備などの軍務補助を中心に経験を積ませ、卒業後の正式な士官任官へ繋げる方針です」


「それでいい」


 俺は即答した。


「将校不足を補うために学校を大きくしているのに、戦時になった途端に候補生を前線へ出して消耗させたら意味がない」


「はい」


 フェルガント男爵が頷く。


「今の拡張は、目先の兵数だけではなく、将来の指揮官を増やすためのものです」


 その説明を聞いて、俺は少し納得した。軍備増強という言葉を聞けば兵士を大量に集めることを想像してしまうが、本当に長期的な軍事力を作るのであれば、士官を育て、装備を揃え、補給を整え、必要な場所へ人を動かせる制度まで一緒に作らなければならない。


「もう一つ、現在の計画に関わる市場環境についてご説明します」


 今度は財務卿ペクーニア伯爵が資料を引き継いだ。


「現時点で、本国が必要と判断した場合には、追加で約7,000人の傭兵を雇用できる見込みです」


 ティアが資料を覗き込む。


「7,000人も確保できるんですか?」


「以前より契約条件も良くなっております」


 その理由を聞く前に、俺にはある程度想像できた。


「帝国軍の膨張か」


「その通りです」


 財務卿は頷いた。


「アエテリア帝国では中央集権化と軍制改革が進み、国家が自前で維持する常備兵力と戦時動員兵力が以前より大幅に増えております。その結果、これまで傭兵を必要としていた国家の一部が、自国軍によって不足分を補うようになりました」


「つまり、傭兵への需要が相対的に落ちた」


「はい。傭兵そのものが消えたわけではありません。むしろ、仕事を求める傭兵団に対して、雇い手の数が以前より少なくなったことで競争が強くなっています」


 俺は資料を眺めた。帝国が強くなること自体は、この国にとって歓迎できる話ではない。しかし、その軍備拡張が傭兵市場へ影響を与え、アンティクイランドにとっては以前より有利な条件で経験豊富な部隊を確保できる環境が生まれている。国際情勢は、必ずしも一つの方向へだけ影響を及ぼすわけではない。


「それなら、7,000人を今すぐ常備する必要はないな」


「はい」


「必要な時に契約できる状態を維持し、候補となる傭兵団の兵力と装備、訓練水準を普段から確認しておく。それで十分だ」


「その方針で進めています」


 アトラシート伯爵が頷いた。


「正規軍を国家の基盤とし、諸侯軍と予備兵力で戦時の厚みを作り、それでも不足する部分だけ傭兵で補う。その三段階で考えております」


 俺は頷いた。シルウァニア戦争のように、戦争が始まってから急いで兵を集めるのではなく、平時から使える戦力を持ち、必要な時だけ追加する方が、国の財政を圧迫しすぎずに済む。


 最後に、軍団新設によって生じた人事について説明が行われた。


「第6軍団から第9軍団まで4個軍団が増えた以上、それらを指揮する人間も必要になります」


 アトラシート伯爵が新しい資料を机へ置いた。


「現在、4人の中央貴族を新たに子爵として取り立て、それぞれの軍団長へ任命しております」


「4人とも子爵か」


「はい」


 俺は資料に並んだ名前を確認した。彼らは単に軍功があったから爵位を与えられたのではない。王国中央の軍事機構を支えるため、王家へ直接仕える立場として新しい家を作られたのである。


「第6軍団はガルディシアを担当するため、軍事だけでなく現地行政との調整能力を重視しております。第7軍団はモンタヌスの治安と行政施設の警備を担うため、占領地行政への理解を持つ人物を選びました。第8軍団と第9軍団は中央の機動戦力ですから、部隊運用と増援指揮の能力を特に重視しております」


「領地は?」


「大規模な世襲領地は持たせておりません」


 伯爵が答える。


「王都または各軍団の拠点に邸宅を与え、軍団長としての俸給と待遇を保障する中央貴族です」


 俺は頷いた。地方の諸侯とは違い、彼らは自分の領地を広げるためではなく、王家直属の軍を支えるために存在する。軍団が増えれば中央貴族も増える。軍の再編と貴族制度の変化が、同じところで繋がっていた。


「つまり、レノが生まれてから、第6、第7、第8、第9の4個軍団が追加され、その4個軍団を支えるために4人の中央貴族子爵家も新しく生まれた」


 ティアが確認する。


「そういうことです」


 俺は頷いた。


「軍備増強というのは、兵士だけを増やす話じゃないんだな」


「はい」


 アトラシート伯爵が答える。


「兵士、士官、軍団、指揮官、そしてそれを支える政治的な基盤まで、全部を一緒に整える必要があります」


 その言葉に、俺は資料を見つめた。


 現在の常備兵力は9,500人。


 戦時には13,700人を追加し、23,200人規模まで拡張できる。


 さらに、傭兵は約7,000人を必要に応じて追加契約できる。


 その一方で、第6軍団から第9軍団までの新設によって、4人の中央貴族子爵家も生まれた。


 戦争が終わってから長い時間が経った今でも、王国はまだあの戦争から何もかもを元へ戻したわけではない。


 むしろ、あの経験を土台にして、別の国へ変わろうとしている。


「まだ途中だな」


 俺が呟く。


「はい」


「なら、このまま続けよう」


 アトラシート伯爵が一礼した。


 ティアも小さく頷く。


 フレイトゥム内海での海戦が終わった後も、世界は止まっていない。


 西方評議会も変わり続けている。


 アエテリア帝国も軍を膨張させている。


 そしてアンティクイランド王国も、自分たちの国を守るために、以前から始めていた軍備増強を少しずつ進めていた。


 常備9,500人。


 戦時23,200人。


 追加可能な傭兵約7,000人。


 その数字は、今の王国軍が完成した姿ではなく、これからさらに変わっていく途中の姿を示していた。

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