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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第27話 王国市場統合・商工業振興計画

王都レクィエリアの大通りには商人の荷車が行き交い、店先にはカヴィーレスターンから来た香辛料や染料、セプテントリアの織物、エクィトゥムの金属製品などが並び、人々は戦争の話よりも今日の商売や明日の仕事について話すようになっている。西方評議会によって加盟国間の関税が引き下げられ、帝国通貨が共通通貨として使われるようになったこともあり、大陸西部の交易は戦争後の混乱から回復したという段階をすでに越え、今度は新しい市場そのものを作ろうとする段階へ入り始めていた。


 その変化の中で、俺が最近特に注目していたのが、以前からリアが関わっていた商工組合連合会だった。構想段階では王都の商人や工房主たちが自分たちの取引慣行を整理するための緩やかな団体に過ぎなかったものが、今では少しずつ組織としての形を持ち始めている。工房組合、商店組合、商会組合、市場ごとの組合がそれぞれ独自に活動しながら、それらを地域単位で繋ぎ、さらに地域の組合同士を全国の連合会へまとめる仕組みである。政府が全てを直接監督するのではなく、商人や職人が自分たちの業界について最低限のルールを作り、組合間の問題をまず自分たちで解決する。その考え方は、少しずつ商業者の間へ広がっていた。


 ある日の午後、王宮では商工組合連合会と王国政府の合同会合が開かれていた。大規模商会だけではなく、地方都市の小さな商店、工房主、市場組合の代表、農産物を扱う商人なども参加している。リアも連合会側の代表の一人として席についており、各地から集めた報告書を手元に置きながら、現在の組織の状況を説明していた。


「現在、王都と主要都市では、かなりの組合が設立されています。ただ、地域によって規約や加入条件が違いますから、連合会としては共通部分を少しずつ整理しています。特に大商会からは全国共通の契約制度や商業登録を求める声が強い一方で、小商店からは、規則が増えすぎれば自分たちでは対応できないという意見も多く出ています。工房組合では品質基準の整備を歓迎する声があるものの、設備更新にかかる費用については慎重な意見が出ています」


 俺は資料に目を通しながら、リアの話を聞いていた。商工組合連合会の中では、大商会と小商店が完全に同じ意見を持っているわけではない。それは当然だった。大商会からすれば、全国で統一された制度があれば商圏を広げやすい。しかし小商店にとっては、大商会を基準とした規則が導入されれば、それだけで大きな負担になる可能性がある。市場組合には地域ごとの商習慣を守りたいという考えがあり、工房側には技術や品質を守りたいという意図がある。だからこそ、リアは全てを一つにまとめるのではなく、「全国で共通していなければ困るもの」と「地域や業種ごとに残していいもの」を分けながら調整していた。


「それで、今はどこまで決められている?」


 俺が尋ねると、リアは資料を一枚めくった。


「商取引の記録方法、基本的な品質表示、最低限の契約書式、組合間の仲裁手続きについては、かなり共通化できそうです。ただ、それ以上についてはまだ意見が割れています。特に市場の運営方法や販売時間、それから商会の規模による規則の違いについては、もう少し時間が必要です」


「急いで全部決める必要はない」


 俺はそう答えた。


「大きくすることより、長く使えることの方が重要だ」


 リアが頷く。


「私もそう思います。連合会を大きくすること自体が目的になったら、本末転倒ですから」


 その言葉を聞きながら、俺は商工組合連合会の現在の姿を改めて考えた。まだ完全な全国組織ではない。それでも、以前なら王都の商人同士でさえ個別に処理していた問題を、業種や地域の組合を通して調整できるようになりつつある。政府へ全てを持ち込まなくても、商人自身が話し合い、規則を作り、仲裁し、必要なことだけを国家へ求める。小さな変化に見えるが、王国全体の商業がさらに大きくなれば、その意味は決して小さくない。


 だが、資料を眺めているうちに、俺は一つの違和感にも気づいた。商工組合連合会の話には商店、工房、商会、市場が出てくる。しかし、運輸業や貿易業、娯楽業についての話がほとんどない。


 それには理由がある。


 アンティクイランド王国では、運輸業、貿易業、娯楽業の中に王家が主導している事業が多い。中でも陸上運輸業は、王家が事実上独占している。ぇクウス伯爵領の軍馬や荷役馬の買い取り先が殆ど王家だからだ。王都から地方へ商品を運ぶ主要な陸上輸送網、主要街道を利用した大規模な荷運び、王国の物流を支える馬車輸送などは、民間商会が自由に参入して競争する市場ではなかった。


王族がビジネスに手を出すのか?と思うだろうが、現代でも王族や貴族制度が残っている国の貴族がビジネスを行うのは珍しいことではない。特に、ヨーロッパのスイスとオーストリアに挟まれた小国リヒテンシュタイン公国(侯国とも)のリヒテンシュタイン公爵家のプライベートバンキング・アセットマネジメントグループ「LGT」などが有名だ。


 俺は、その事実を思い出しながら王国地図を広げた。


 商業を伸ばす。


 市場を広げる。


 それだけなら、商工組合連合会を育てればいい。


 しかし、商品を作る商人と、それを買う市場を繋ぐのは誰なのか。


 街道を通って商品を運ぶのは誰なのか。


 王都へ入ってきた商品を各地方へ配る仕組みを誰が握っているのか。


 答えは、王家だった。


「……ここも変える必要があるな」


 俺が呟くと、ティアが顔を上げた。


「どこ?」


「運輸だ」


 俺は地図を指した。


「商工組合連合会が成長して、商業そのものが大きくなっても、運ぶ仕組みが古いままだったら、そこで詰まる」


「でも陸上運輸は王家の仕事でしょう?」


「ああ」


 だからこそ、単純に民間へ開放するという話にはならない。


 王家が独占している理由もある。王国全土の陸上輸送を一つに管理できるため、軍事輸送や災害時の物資輸送、王都への食料供給、重要人物や公的物資の移動などを国家の都合に合わせて優先できる。民間だけに任せれば効率化できる部分がある一方で、国家に必要な輸送力を民間の都合だけで動かされる危険もある。


 俺が考えたのは、独占そのものを壊すことではなかった。


 王家が握っている輸送網そのものを、大きく近代化することだった。


 数日後、俺は再び父上――アウレリウス王の執務室へ向かった。今回は財務卿ペク―ニア伯爵、内務卿、商業担当官に加えて、王家の運輸事業を管理している役人にも同席してもらっている。


「父上。先日お話しした商業政策について、追加の案があります」


「聞こう」


 俺は新しい資料を机へ広げた。


「前回の案を、『王国市場統合・商工業振興計画』としてまとめ直しました」


 父上が資料へ目を落とす。


「市場統合だけではなくなっているな」


「はい。商工業だけを伸ばすのではなく、商業を支える国家基盤まで一つの政策として整えます」


 俺は最初に商工組合連合会について説明した。全国共通の商業登録制度、共通計量、品質表示、標準契約、商業仲裁、市場情報共有。そこまでは以前と同じだ。


 しかし、今回はそこから先がある。


「第二に、王家が独占している陸上運輸網を再編します」


 その言葉に、運輸担当官が資料へ目を向けた。


「現在の王家運輸事業は、王都と主要都市を結ぶ定期輸送、王国軍への物資輸送、公的輸送などを中心にしています。しかし、商業量が増えた現在、既存の馬車網では需要の増加に対応しきれなくなる可能性があります」


「具体的には?」


 ペク―ニア伯爵が尋ねた。


「主要街道ごとに王家運輸局の拠点を設けます。馬車、荷役馬、御者、整備工房、倉庫をまとめた輸送拠点です。単に馬車を増やすのではなく、輸送そのものを一つの体系として管理します」


「王家直営を拡大するということか?」


「基本的にはそうです。ただし、商工組合連合会や民間商会が保有する商品を王家運輸網で運べるよう、正式な貨物輸送契約制度を整えます」


 つまり、陸上運輸の独占そのものは維持する。


 だが、その独占を「王家だけが使える輸送網」から「王家が管理する公共的な物流基盤」へ変えていく。


 商人は自分で輸送網を作る必要がなくなる。


 決められた料金を支払えば、王家運輸網を利用して商品を遠方へ送れる。


 王家側には、運輸事業そのものから収入が入る。


 そして何より、輸送の安全性と安定性を国家が直接管理できる。


「それなら、大商会だけでなく小商店も使えるのか?」


 父上が尋ねる。


「使えるようにします」


 俺は答えた。


「荷物の量が少なくても、一定の条件を満たせば利用できるようにする。商会の規模によって輸送網へのアクセスそのものが変わらないようにします」


 リアが少し目を輝かせた。


「それなら、地方の小さな工房でも王都へ商品を売りやすくなります」


「ああ」


 俺は頷いた。


「そこが重要だ」


 さらに俺は、貿易業について説明した。


「貿易業については、完全な自由競争にはしません」


 父上がこちらを見る。


「今の制度を変えるのか?」


「制度そのものを廃止するわけではありません。王家主導の貿易事業を維持しながら、商工組合連合会や民間商会が海外の商取引へ参加しやすくします」


 アンティクイランドでは、貿易にも王家が強く関わっている。国家にとって重要な交易路、関税収入、外交上必要な商品などを王家が直接扱えるようにするためだ。


 だから、ここでいきなり完全自由化をすれば、王家の権益だけではなく国家戦略そのものへ影響が出る。


「例えば、王家が指定した主要貿易品については、王家が優先的に取引を行う」


「一方、それ以外の商品については、認可を受けた民間商会が貿易を行えるようにする」


「そして、大商会だけではなく、一定の条件を満たした中小商会も参加できるようにする」


 父上は少し考えた。


「王家の権益は残す。しかし、商人が海外へ出る道も広げる」


「はい」


 俺は答えた。


「そうすれば、王家と民間が競合するのではなく、それぞれ違う役割を持てます」


 商業が拡大している以上、王家だけで全ての貿易を扱い続けるのは難しい。


 かといって、王家が完全に手を引けば、国家戦略上必要な交易まで民間任せになってしまう。


 だから、王家が基幹部分を握りながら、その外側へ民間商会を増やしていく。


 最後に、娯楽業についても触れた。


「娯楽業も同じ考え方です」


「娯楽まで政策にするのか?」


 父上が少し意外そうに尋ねる。


「王都では、劇場、競技場、祭り、宿泊施設など、王家が関与している事業がかなり多いです」


「ただ、王都の人口と商業が増えている今、これを王家だけで運営する必要はありません」


「王家主導の大規模施設は残す」


「一方で、民間の劇場、飲食店、宿、遊興施設などが参入できる余地を広げる」


 俺は資料を示した。


「ただし、税と営業許可について共通のルールを作る。違法な賭博や犯罪の温床にならないよう監督は国家が行う」


「つまり、ここも王家独占から一部開放するのか」


「はい。ただし、国が全てを放棄するわけではありません」


 ティアが横から口を挟む。


「王都に来た人が楽しめる場所が増えるなら、街全体ももっと活気づきそう」


「その通りだ」


 娯楽業は単なる遊びではない。


 人が集まる。


 宿へ泊まる。


 食事をする。


 商品を買う。


 地方から人が訪れる。


 その結果、周辺の商業も活発になる。


 だから、経済政策としても意味がある。


 父上が資料を閉じた。


「つまり、お前が考えているのは、商工業だけを成長させる政策ではないな」


「はい」


 俺は答えた。


「商工業を成長させる。運輸を大規模に近代化する。貿易を王家の管理下に置きつつ民間参加を増やす。娯楽業についても民間参入を広げる。そして商工組合連合会には、民間側の自主的な運営を任せる」


「かなり大きな政策だ」


「王国全体の経済を成長させるなら、一つの業界だけ変えても意味がありません」


 そこでペク―ニア伯爵が資料を再び開いた。


「財政面から一つ申し上げます」


「何だ?」


「これだけの政策を同時に始めるなら、当然ながら初期投資が必要になります。特に王家運輸網の拡張、街道の改良、橋梁、倉庫、港湾設備などは、相当な額になるでしょう」


「分かっている」


 俺は答えた。


「だから、全てを一年でやるつもりはない」


 主要交易路から始める。


 王都とガルディシア。


 フレトゥム海峡沿岸。


 南東部の主要都市。


 そして地方の主要市場。


 まずこの幹線を整える。


 その後、地方へ枝を伸ばしていく。


「それなら予算を分割できます」


 ペク―ニア伯爵が答える。


「通常予算だけではなく、王家運輸事業からの収益や、港湾・市場施設の利用料なども一部再投資へ回せるでしょう」


「それでいこう」


 その後、リアを中心として商工組合連合会側との調整が始まった。


 王家運輸網を利用できるようになれば、商工組合連合会の活動範囲も大きく広がる。


 しかし、それによって新しい問題も出てきた。


「大商会からは、長距離輸送の優先枠が欲しいという意見が出ています」


 リアが報告する。


「小商店からは反対です。大商会が輸送枠を独占したら、自分たちは使えなくなると」


「当然だな」


 俺は答えた。


「なら、商会の規模だけで優先順位を決めない」


「では、どうします?」


「生活必需品、食料、緊急性の高い荷物、期限のある商品を優先する。その上で、通常貨物は申請順とする」


「なるほど」


「それなら、大商会だから有利という制度にはならない」


 リアが頷く。


「連合会側でも受け入れられると思います」


「ただし、王家運輸網そのものを商工組合連合会が管理するわけではない」


 そこだけは明確にした。


「運輸は王家の事業だ。連合会が管理するのは商業側のルールだ」


「分かりました」


 リアは資料へ書き込む。


 大商会と小商店の利益を調整する。


 しかし王家が持つ基幹産業の権限まで渡すわけではない。


 それぞれの領域を分ける。


 俺はその構造の方が、長期的には安定すると考えていた。


 それから半年。


 王国市場統合・商工業振興計画は正式に施行された。


 商会、商店、工房の商業登録制度が全国で統一される。


 計量制度と品質表示制度が整えられる。


 商業標準契約と仲裁制度が導入される。


 市場間の価格・供給情報の共有が始まる。


 商工組合連合会は、正式な民間団体として法律上の地位を得る。


 そして、その裏側では王家の事業も大きく変わり始めていた。


 陸上運輸については、王家独占を維持したまま輸送拠点と馬車網が拡充され、商人が利用できる貨物輸送制度が整備された。王家が物流網を管理することで、軍事輸送や災害時の物資輸送など国家に必要な輸送力を確保しながら、平時には民間商業の物流基盤としても利用できるようになっていく。


 貿易業については、王家が引き続き主要な戦略物資と重要交易を管理しつつ、認可を受けた民間商会が扱える貿易分野が広げられた。これによって、王家主導の貿易事業を残したまま、商会側にも海外市場へ進出する道が増えていった。


 娯楽業についても、王家が運営する大規模施設を維持しながら、民間の劇場、宿泊施設、飲食店などへの参入が認められていった。王都では人が集まる場所が増え、商店や工房だけではなく、その周辺の商業活動まで活発になっていく。


 商業を民間に任せる。


 国家が全てを管理しない。


 しかし、国家が握るべき基幹事業は維持する。


 そして、その基幹事業を国全体の経済成長へ繋げる。


 それが、俺の考えた政策だった。


 ある日の夕方。


 俺とティアは王宮の窓から、レクィエリアの街を眺めていた。


 大通りでは王家運輸の馬車が荷物を運んでいる。


 その荷物を待つ商人たちが市場へ集まり、店先では商品が並べられている。


 少し離れたところには新しく開かれた店があり、その隣では工房の看板が掲げられていた。


「街が変わってきたね」


 ティアが言う。


「ああ」


 俺は頷いた。


「でも、商工組合連合会だけじゃない」


「王家の運輸網も?」


「ああ。商人が売る商品を作るのは商工組合連合会の人たちだ。でも、それを運ぶのは王家だ」


「貿易も?」


「王家が基幹部分を握りながら、その外側を民間へ広げる」


「娯楽も同じだね」


「ああ」


 俺は窓の外を見る。


「国が全部をやる必要はない。でも、国が握るべきものを全部手放す必要もない」


 王家が持つ力。


 民間が持つ力。


 それぞれを一つの経済の中で組み合わせる。


 そのための制度を作る。


 それが、王太子として俺が少しずつ学んできたことだった。


「リアも、かなり忙しくなるね」


「そうだな」


「商工組合連合会が大きくなるほど、まとめることも増える」


「ああ。でも、あいつならやれるだろ」


 リアは大商会だけの組織にはしなかった。


 小さな商店。


 地方の工房。


 市場の商人。


 それらの声まで取り込みながら、少しずつ組織を大きくしている。


 俺一人で決めていたら、大商会に有利な制度になっていたかもしれない。


 リアが現場の声を持ってきてくれたからこそ、政策は形になった。


「レノ」


「何だ?」


「ちょっと嬉しそう」


「そうか?」


「うん」


 俺は窓の外へ視線を戻した。


「まあな」


 二年前、王都の人々は戦争の終わりを意識しながら暮らしていた。


 今では、戦争のない日常そのものが当たり前になっている。


 そんな時の移り変わりをふと、感じた。

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