第14話 エドリアン公爵家誕生
エドが十五歳になった。
俺より三歳下の弟であるエドは、これまでエクィトゥム王国への留学を続け、政治、行政、外交について学んできた。幼い頃には王宮の中を走り回っていた少年も、今では帰国してから以前とは比べものにならないほど落ち着いた雰囲気を身につけている。留学先で何を見て、何を考え、どれだけ成長したのか。その全てを俺が知っているわけではないが、今日の彼の表情を見れば、もう単なる「年下の弟」として扱うことはできないのだと感じていた。
そして十五歳になったこの日、父上はエドの今後について、一つの大きな決断を下そうとしていた。
王城の一室には、父上――アウレリウス王を中心に、軍務卿、財務卿、外務卿、内務卿、法務を担当する重臣たちが集まっていた。俺とティアも同席しているが、誕生日の祝いというにはあまりにも重々しい顔ぶれであり、これから行われるのが単なる王族の爵位授与ではないことはすぐに分かった。
「エド」
父上が呼びかける。
「はい、父上」
エドが一歩前へ出る。
「お前も十五歳になった。これまでの留学では、政治、行政、外交について多くを学んだと聞いている」
「はい。エクィトゥム王国では、自国とは異なる制度についても学ぶ機会をいただきました」
「ならば、これからは学ぶだけではなく、実際の王国運営に関わってもらう」
父上はそこで一度言葉を切り、エドをまっすぐ見た。
「私は、お前に将来的な宰相の役割を担ってもらいたいと考えている」
エドの表情がほんの少しだけ変わった。
驚いていないわけではない。だが、突然知らされたというより、自分の中でもすでにある程度覚悟していたことを確認したような反応だった。
「王国の宰相となる者は、王族であるという理由だけで周囲が従うような立場ではない。行政を理解し、官僚や貴族と交渉し、自分自身の判断で国家を支えなければならん。そのためには、王家の庇護だけに頼らない政治的な基盤が必要になる」
父上が続ける。
「だから、お前には爵位を与える」
エドは静かに顔を上げた。
「公爵位を?」
「ああ。今日より、お前をエドリアン公爵とする。そして、お前を初代当主とするエドリアン公爵家を新たに創設する」
室内にわずかなざわめきが起こった。
公爵位そのものが珍しいわけではない。だが、今回の意味は、王族の第三王子へ高位の爵位を与えるというだけではない。父上はエドに、自分自身の家と家臣団、財政基盤、政治的人脈を作るための土台を与えようとしている。
「謹んでお受けいたします」
エドは深く頭を下げた。
「エドリアン公爵として、王国のために務めを果たします」
「それでいい」
父上は頷いた。
こうして、エドリアン公爵家が正式に誕生した。
ただし、公爵家が生まれたからといって、その日のうちに一つの巨大な政治勢力が完成するわけではない。これから邸宅を整え、家臣を集め、財務を管理し、他の貴族家との関係を築いていかなければならない。それらを最終的に担うのは王家ではなく、エド自身だった。
「公爵家についても、王家が全てを用意するわけではない」
父上が説明する。
「最初の基盤は王家から与える。だが、その後にどのような家を作るのかは、お前自身で決めろ」
「承知しました」
「将来、宰相を担うならば、王の弟だからという立場だけで仕事をしてはならん。自分自身の家臣と、自分自身の考えで国家を支えられるようになれ」
「はい」
エドの返事は迷いがなかった。
俺はその姿を見ながら、弟が今日から別の責任を背負い始めたことを実感していた。
王族であることは変わらない。
しかし、これからはそれとは別に、公爵家当主としての責任まで持つことになる。
儀式が終わった後、俺はエドと二人で王城の廊下を歩いていた。
「おめでとう、エド」
「ありがとうございます、兄上」
エドは少しだけ笑った。
「まだ公爵になったという実感がありません」
「朝までは十五歳になっただけだったからな」
「そうなんです。留学から戻ってきて、少し国政について学び始めるものだと思っていたら、公爵家まで作られるとは思いませんでした」
「父上は、それだけお前に期待してるんだろう」
俺がそう言うと、エドはしばらく黙っていた。
「兄上」
「何だ?」
「私に、本当に宰相が務まるでしょうか」
俺は少し考えてから答えた。
「今の時点で分かるわけないだろ」
エドが苦笑する。
「ですよね」
「でも、最初から完璧である必要もない。俺だって、王になった後のことを全部知っているわけじゃない」
「兄上でも?」
「ああ。王太子だからって未来が全部見えるわけじゃない」
エドは少し安心したような表情を見せた。
「なら、私もこれから覚えていきます」
「そうしてくれ」
俺は頷いた。
「俺が王になったら、国のことを全部一人で見ていくのは無理だ。軍事も外交も財政も内政も、全部一人で処理していたら、どこかで必ず限界が来る」
「だから、私に行政を任せる」
「ああ」
エドは少し考えた後、静かに答えた。
「分かりました。兄上が王国全体を見られるように、私は行政を支える人間になります」
「頼りにしてる」
「はい。私も兄上を頼りにしています」
その返事を聞いて、俺は少しだけ笑った。
十五歳の少年に宰相を任せるのは、今すぐという話ではない。これから何年もかけて経験を積み、その役割に相応しい人間になることを期待されている。
だからこそ、エドリアン公爵家の創設も、単なる褒賞ではない。
将来の王国を支える一つの柱を、今のうちから育て始めるための制度なのだ。
その後、エドリアン公爵家の設立準備が本格化した。
王都に公爵家の邸宅を用意し、家臣となる官僚や文官を集め、財務を担当する者、法務を担当する者、外交を補佐する者など、それぞれの役割を決めていく。エド自身も候補者について一人ずつ説明を受け、どの人物が自分の考えに合うのかを考えながら選んでいった。
王家が最初の人材を推薦することはあっても、最終的な判断はエドに委ねられる。
それは、将来の宰相に必要な政治的自立を身につけさせるためでもあった。
「この者は財務省で長く働いています」
「こちらは外務部門の経験があります」
「この者は法務を専門としております」
エドは一人ずつ話を聞き、ときには細かな質問までしている。
俺は少し離れたところから、その様子を見ていた。
留学前のエドなら、もっと単純に人を見ていたかもしれない。
今は違う。
自分の家に誰を置くのか。
誰に財政を任せるのか。
誰を外交の窓口にするのか。
誰を側近として信頼するのか。
それを考えなければならない立場になっている。
そして、その選択が将来のエドリアン公爵家そのものの性格を決める。
数週間後、公爵家の家紋も正式に定められた。
新しく生まれた家の象徴。
王家から派生した家でありながら、独立した政治基盤を持つことを示す印だった。
それでもエドは、王家と対立するための家を作ろうとしているわけではない。
俺が王位を継いだ時、その政権を行政面から支える家を作る。
それが父上の意図であり、エド自身もその役割を理解していた。
その夜。
俺は王太子宮から王都を眺めていた。
今日、弟は十五歳になった。
そして、エドリアン公爵になった。
かつてエクィトゥムへ留学するために王都を離れた少年が、今では自分自身の公爵家を持ち、将来は宰相として国政を支えることを期待されている。
俺たちの周囲では、すでに次の時代への準備が進んでいた。
ティアは王太子妃として政治活動を本格化させている。
リアはへーロース商会の代理として、商工組合連合会の設立議論へ参加している。
コリウスとルリウスは士官学校を卒業し、それぞれ父親の領地へ戻って領地経営を学び始めた。
西方評議会も動いている。
王国軍の制度も変わっている。
そして今日、エドリアン公爵家が生まれた。
俺は窓の外を見ながら考える。
王国を支えるのは、王一人ではない。
軍を支える人間がいる。
領地を支える人間がいる。
商業を支える人間がいる。
王宮を支える人間がいる。
行政を支える人間も必要になる。
その一人として、エドがこれから歩き始める。
まだ十五歳。
これから学ばなければならないことは多い。
それでも、今日という日は確かな節目だった。
エドリアン公爵家。
それは単に新しい爵位を持つ家が一つ増えたという話ではない。
俺が将来王となった時、その行政を支えるための新しい政治基盤が生まれたということだ。
そして、俺自身もまた、いつか王として国を背負う日へ向けて、少しずつ準備を進めていくことになる。
エドが十五歳になったこの日。
王国の次の時代へ向けた準備が、また一つ進んだ。




