第12話 それぞれの道
西方評議会の最初の内部紛争が続いている一方で、王都レクィエリアでは、戦争によって変化した国内制度をさらに整える動きが進んでいた。
その一つが、商工業の再編だった。
きっかけとなったのは、以前のアルゲントゥム商会を巡る事件である。商会同士が競争すること自体は珍しいことではない。しかし、一部の商人が政治や貴族社会へ深く入り込み、自分たちの利益のために不正な手段まで利用するようになれば、問題になるのはその商会だけではない。商人全体への信用が失われ、取引そのものが不安定になる。
事件の後、王国内の商工業者の間では、自分たち自身で一定のルールを作る必要があるという意見が次第に強くなっていた。
そこで始まったのが、商工組合連合会の設立に向けた議論だった。
王都の会議室には、商会、工房、職人組合、運送業者、倉庫業者など、商工業に関わる様々な組織から代表者が集まっている。
その中に、へーロース商会の代理としてリアも席についていた。
「では、へーロース商会としての意見をお伝えします」
リアは手元の資料を確認してから口を開いた。
「私たちは、商工組合連合会の設立には賛成です。ただし、連合会が一部の大商会だけで運営される組織になることには反対します」
各商会の代表たちが耳を傾ける。
「大商会だけではなく、中小商会、地方の商人、工房、職人まで参加できる仕組みにするべきだと考えています」
「具体的には、どのような組織にするのです?」
別の代表が尋ねる。
「まず、業種ごとの組合を作ります。商会だけではなく、鍛冶、織物、食品、運送、倉庫、薬師など、それぞれの業界で必要な規則を決める。その上で、各組合を一つの連合会へまとめる形です」
「連合会では何を決める?」
「商取引の共通規則、品質基準、契約上の取り決め、加盟者同士の仲裁、それから加盟商会の認証です」
国家が全てを監督するのではなく、商工業者自身が市場の信用を守る。
それが今回の制度の中心だった。
「ただし、犯罪や国家安全保障に関わる問題まで連合会だけで処理するべきではありません」
リアは続ける。
「業界内の契約や規則違反は連合会で扱う。一方で、それを超える問題については王国へ報告する。その境界を明確にする必要があります」
さらにリアは、大商会だけで制度を固める危険性にも触れた。
「連合会が大きな政治力を持ちすぎれば、今度は別の問題が生まれます。へーロース商会としても、そこは避けたいと考えています」
会議室が少し静かになる。
誰も事件の名前を口にしなかった。
しかし、全員が何を意味しているのか理解していた。
会議が終わると、リアは資料をまとめた。
今日の議論を、自分の判断だけで決めることはできない。
リアはへーロース商会の当主ではない。
あくまで代理人として、この場へ来ている。
会議へ出席する。
商会としての意見を伝える。
他の商人たちの意見を聞く。
そして、その内容をへーロース商会へ持ち帰り、父へ報告する。
そこで初めて、商会として次の方針が決まる。
だからこそ、リアは一つ一つの発言を軽く扱わなかった。
「リア」
会場を出ようとしたところで、別の商人が声をかけてきた。
「若いのに、よく準備しているな」
「ありがとうございます。ただ、私一人で考えているわけではありません。商会の方々から事前に意見を聞いてきていますから」
「それでも、こういう場で代表として話すのは大変だろう」
「はい。でも、へーロース商会の代理として参加している以上、きちんと役目を果たしたいと思っています」
そう答えて、リアは資料を抱え直した。
その日の夜。
リアはへーロース商会へ戻ると、父へ会議の報告を行った。
「設立議論は、かなり具体的なところまで進んでいます」
リアが資料を渡す。
「業種ごとの組合を作って、その上に連合会を置く案です。加盟商会へ認証を与える案や、連合会と王国政府の役割を分ける案も出ています」
父は資料へ目を通す。
「お前自身はどう思う?」
「私は賛成です」
リアは少し考えてから答えた。
「ただ、大商会だけの組織にはしたくありません。へーロース商会のためだけではなく、商工業全体の信用を守る仕組みにする必要があると思います」
父は静かに頷いた。
「分かった。引き続き、お前に代理を任せる」
「はい」
リアは一礼した。
自分が商会を代表して会議へ出る。
その仕事には、これまでとは違う責任があった。
そして、その頃。
王立士官学校では、三年間の教育課程が終わりへ近づいていた。
コリウスもルリウスも、卒業後は父親の領地へ戻ることが決まっている。
戦争によって、人は減った。
街道や橋も傷んだ。
農業や商業にも変化が起きている。
王都では軍制改革が進み、各領地にも兵力報告が求められるようになった。
さらに商工組合連合会の設立が進めば、地方の商人たちも新しい制度へ対応することになる。
中央だけが変わるわけではない。
その影響は、少しずつ領地へ広がっていく。
「とうとう卒業ですね、殿下」
校舎の窓から外を見ながら、コリウスが言った。
「三年間、本当にあっという間でした」
「そうだな」
レノが答える。
「二人とも、卒業したら領地へ戻るんだろ?」
「はい、殿下」
コリウスが頷く。
「父上から、卒業後は領地の仕事を本格的に覚えるように言われています。税収の管理や農業だけでなく、街道や治安、領地の兵力についても見なければならないようです」
「私も同じです、殿下」
ルリウスが続けた。
「学校で学んだ内容を、今度は実際の領地で使うことになります」
コリウスは少し苦笑する。
「士官学校を卒業すれば、少しは楽になると思っていたのですが、どうやら逆のようですね、殿下」
レノは笑った。
「領主の仕事に卒業はないからな」
「その通りだと思います、殿下」
コリウスが頷く。
「しかも、今は中央の制度もかなり変わっています。これまで通りにやっていればいい、というわけにはいかないでしょう」
「王都で変わった制度を、領地でも運用できるようにしなければならない」
「はい、殿下」
コリウスはまっすぐに答えた。
「私たちの代で、そこをきちんと覚えたいと思っています」
ルリウスも頷く。
「各領地の兵力報告も始まりましたし、今後は領主側にも中央との連携がこれまで以上に必要になります」
「そうだな」
レノは二人を見る。
「今回の戦争でも、中央と地方、各軍同士の連携が問題になった。だから、これから領地を任される二人には、その橋渡しもしてほしい」
「承知しました、殿下」
コリウスは即答した。
「お任せください、と言えるほど簡単ではないでしょうが、できる限りやってみます」
その言葉には、コリウスらしい率直さがあった。
大きなことを簡単に約束するのではない。
難しいことは難しいと認めた上で、それでも引き受ける。
ルリウスが少し笑う。
「コリウスらしいですね」
「そういうお前だって、似たようなものだろう」
コリウスはそう言ってから、すぐにレノへ向き直った。
「失礼しました、殿下」
「構わない」
レノは苦笑した。
二人とも、入学した頃よりずっと大人になっていた。
やがて、卒業式の日が来た。
王立士官学校の式場には、三年間をともに過ごした候補生たちが整列している。
校長が壇上へ立った。
「諸君。本日をもって、三年間の教育課程を修了する」
「これから諸君らが進む道は、それぞれ違うだろう」
「軍へ進む者もいる。
領地へ戻る者もいる。
官僚となる者もいる。
家業を継ぐ者もいる」
候補生たちは静かに聞いていた。
「だが、どの道を選ぼうとも、国家を見ることを忘れてはならない」
「軍だけを見るな。
財政だけを見るな。
外交だけを見るな。
そして、自分の目の前だけを見るな」
「諸君らがこれから背負うのは、自分の家だけではない。その家に暮らす人々である」
卒業証書が一人ずつ渡される。
コリウス。
ルリウス。
二人も前へ出て、証書を受け取った。
そして席へ戻る。
これで三年間の学校生活が終わった。
卒業式が終わった後。
校舎の外で、コリウスとルリウスは最後に話していた。
「明日には領地へ戻るのですね」
コリウスが言う。
「はい」
ルリウスが頷く。
「次に王都へ来るのは、しばらく先になりそうですね」
「そうですね」
コリウスは校舎を見上げた。
「ですが、西方評議会もありますし、これからは昔より人の行き来も増えるでしょう」
少し間を置いて、コリウスが続ける。
「領地に戻っても、中央や他国との関係を無視していくことはできないでしょうね」
「ええ」
ルリウスも頷く。
「商工組合連合会ができれば、領地の商人たちも対応しなければなりません。税制や兵力報告だけでなく、商業の方にも変化が出てくるでしょう」
「中央で起きていることが、そのまま領地へ流れてくるわけですね」
「はい」
コリウスが答えた。
「だからこそ、私たちがきちんと理解して、領地へ伝えなければならない」
ルリウスが微笑む。
「コリウスは、すでに領主らしく考えていますね」
「まだ父上の隣に立つだけです」
コリウスは少しだけ笑った。
「本当に領主になった時に同じことが言えるかは、これからでしょう」
その言葉には、照れではなく現実感があった。
士官学校で学んだだけで領主になれるわけではない。
実際に領地を運営し、失敗すれば住民に影響が出る。
それを理解した上で、二人はそれぞれの領地へ戻ろうとしていた。
「では、またお会いしましょう、殿下」
コリウスがレノへ向かって頭を下げる。
「またな、コリウス」
「はい、殿下」
続いてルリウスも頭を下げる。
「私も、次にお会いする時までには少しでも成長していたいと思います」
「楽しみにしている」
「ありがとうございます、殿下」
二人はそれぞれの帰路へ向かった。
リアは、へーロース商会の代理として商工組合連合会の設立議論に参加している。
コリウスとルリウスは、これから父親の領地経営を学んでいく。
中央では軍制改革が進み、商業制度も変わろうとしている。
西方評議会という新しい国際組織まで生まれた。
その変化は、王都だけで終わらない。
やがて地方の領地にも届いていく。
戦争が終わったことで、仕事がなくなったわけではなかった。
むしろ、戦争によって変わった国を、これからどう運営していくのか。
それぞれの場所で、その仕事が始まろうとしていた。
リアには商業がある。
コリウスとルリウスには領地がある。
そしてレノには、王国そのものがある。
王立士官学校の三年間は、こうして終わった。




