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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第10話 ノマデース部族連合

 西方評議会が正式に発足してから、しばらくの時が過ぎていた。


 王都レクィエリアの旧王弟宮には、今では西方各国の大使とその側近が常駐し、最高評議会、軍事理事会、経済理事会もそれぞれ活動を始めている。加盟国間では軍事衝突を禁止し、共通通貨として大陸で広く流通している帝国通貨を用い、関税を引き下げるための制度作りも進んでいた。外敵から攻撃を受けた場合には、必要に応じて西方評議会連合軍を編成することまで決められている。


 かつて大陸では、帝国、王国、公国、侯国、伯国といった国家がそれぞれ独立して存在していた。国と国の間で条約を結ぶことはあっても、複数の主権国家が恒久的な本部へ代表を常駐させ、三つの共同機関を持ち、投票によって共同体としての意思を決める組織は存在しなかった。


 だからこそ、西方評議会の成立は大きな変化だった。


 しかし、その頃、東方のアエテリア帝国では、同じように国家そのものを変える改革が進められていた。


 しかも西方とは正反対の方向へ。


 帝都インペリア。


 先の帝国内戦が終わってからというもの、皇宮では復興事業と並行して、帝国の制度全体を見直す協議が続けられていた。


 ある日の政務会議。


 皇帝ホスティス・インペラトル・ポテンス・アエテリアの前には、先の内戦についてまとめられた報告書が積まれていた。


「まず確認します」


 重臣の一人が資料を開く。


「先の内戦における政治的な原因について、各地から提出された報告を集約しました」


「読め」


 ホスティスが短く命じる。


「はい」


 重臣は書類を見ながら続けた。


「第一に、元老院内部の派閥対立。第二に、皇帝選出を巡る各構成国の権力闘争。第三に、構成国が保有する軍事力が帝国軍と独立して存在していたこと。第四に、帝国政府、元老院、構成国政府が、それぞれ異なる権限を主張できたこと。第五に、帝国の重大政策について、皇帝の命令だけでは直ちに全構成国を動かせない場合があったことです」


 別の重臣が口を挟む。


「しかし、それらは五百年以上続いてきた制度でもあります」


「そうだ」


 ホスティスは頷いた。


「だからこそ、一つずつ分けて考える必要がある」


 彼は報告書へ指を置いた。


「元老院は、帝国にとって必要だった」


「はい」


「構成国の意見を聞く場として機能していた」


「その通りです」


「皇帝選出制度にも、意味はあった」


 重臣たちは黙っている。


「皇帝が単なる世襲君主ではなく、帝国全体の合意によって選ばれるという制度だった。だからこそ、多くの構成国が帝国へ属し続ける理由にもなった」


「では、なぜ廃止を?」


 ホスティスはしばらく考えてから答えた。


「制度が存在することと、その制度が現在の帝国に適していることは別だ」


 会議室が静かになる。


「先の内戦で何が起きた」


 ホスティスが問いかける。


「皇帝選出の権利そのものが、各派閥にとって政治的な武器になった」


「はい」


「誰を皇帝にするかで派閥が形成され、構成国が候補者を支援し、元老院議員がそれぞれの陣営へつく。皇帝候補が複数存在すれば、それだけで帝国全体が分裂する可能性が生じる」


 重臣は黙って頷いた。


「では、元老院の権限を整理するとどうなります?」


 別の重臣が尋ねた。


 ホスティスは、長い時間をかけて続けてきた制度の一つ一つを、まるで解体するように説明していった。


「元老院は、帝国法の審議、構成国間の権限調整、予算の承認、外交政策への意見具申、皇帝への諮問、そして皇帝選出に関与していた」


「つまり、元老院は帝国の政治機構そのものだった」


「そうだ」


 ホスティスは答える。


「しかし、皇帝選出制度を残したまま軍事権まで中央へ集めれば、皇位を巡る政治闘争はむしろ激しくなる可能性がある」


「皇帝が変われば、帝国軍70万人の指揮権まで一気に変わる」


 別の重臣が気づく。


「その通りだ」


 ホスティスが頷く。


「ならば、皇帝の地位そのものを争わせない」


 そこではじめて、皇帝の後継制度についての本格的な議論が始まった。


「皇帝選出制度を廃止する」


 ホスティスの言葉が、会議室へ落ちた。


「では、次の皇帝は?」


「ポテンス朝が継承する」


「世襲ですか」


「ああ」


「皇太子を定める?」


「そうする」


「皇帝位を巡る選挙そのものをなくす」


「そうだ」


 重臣たちは互いに顔を見合わせた。


 それは帝国の歴史において非常に大きな変更だった。


 これまでの皇帝は、帝国制度の中で選ばれる存在だった。


 これからは違う。


 ポテンス朝の皇族が、代々皇帝位を継承する。


「皇帝陛下」


 別の重臣が慎重に尋ねる。


「これは、帝国が王国のような世襲君主制へ変わることを意味するのでしょうか」


「そうではない」


 ホスティスは即答した。


「帝国そのものは帝国だ。構成国も存在する。帝国が複数民族と複数地域から成り立つ国家であることも変わらない」


「ただ、帝国の最高統治者を誰が継承するのかについてだけは、もう争わせない」


「それによって、少なくとも皇位継承を理由に帝国全体が分裂する危険を減らす」


 重臣が頷く。


「先の内戦の再発防止が目的」


「それだけではない」


 ホスティスが答える。


「後継者が決まっているということは、帝国軍にとっても重要だ」


「皇位を巡る争いが起こらなければ、軍の指揮系統を安定させられる」


「つまり、政治の継承と軍の継承を一緒に安定させる」


「そうだ」


 これが、皇帝選出制廃止の本当の理由だった。


 皇帝を選ばなくする。


 皇位をポテンス朝へ固定する。


 その上で、帝国軍の指揮権も皇帝へ集中させる。


 帝国の最高意思決定を、選挙や元老院や構成国の派閥闘争から切り離す。


 ホスティスが作ろうとしていたのは、そのような国家だった。


 だが、元老院を解散し、皇帝の継承を世襲へ変えるだけでは、帝国内戦の原因を全て取り除くことはできない。


「構成国の領土については?」


 重臣が尋ねる。


 ホスティスは帝国地図を広げた。


「先の内戦によって、いくつかの国は国家として存続できなくなった」


「はい」


「旧ウェトゥス派の勢力も、旧元老院派の勢力も、すでに国家としての基盤を失った地域がある」


「その領土をどうするのです?」


「帝領へ編入する」


 さらに、ポテンス王国の領土も帝領へ加えられることになった。


 結果として、帝国全体の約3分の2が皇帝直属の帝領となった。


「残る3分の1については?」


「国家として存続させる」


 ホスティスは答える。


「ただし、帝国全体に関わる権限については整理する」


「その一つが軍事権ですか」


「ああ」


 構成国が独自に軍を持ち、帝国軍とは別の命令系統を維持していれば、先の内戦と同じ問題が再び発生する可能性がある。


「軍事権を帝国へ返上させる」


「各構成国軍を帝国軍へ統合する」


「常備兵力30万人」


「戦時兵力70万人」


「その指揮権を、皇帝の下へ集める」


 これで、帝国の改革は一つの線に繋がった。


 元老院を解散する。


 皇帝選出制度を廃止する。


 ポテンス朝による世襲制へ移行する。


 内戦で滅亡した派閥国家の領土とポテンス王国の領土を帝領へ編入する。


 残る構成国の軍事権を帝国へ集める。


 そして30万人の常備軍、70万人の戦時軍を皇帝の下で一元的に指揮する。


 それぞれは別々の政策に見えて、その実、同じ目的へ向かっていた。


 帝国を再び分裂しにくい国家へ作り直す。


 ホスティスが目指していたのは、それだった。


 そして、その改革の影響が、帝国東方のノマデース平原へ届く。


「帝国軍からの正式な通達です」


 ノマデース族長会議の場へ、一人の帝国官僚が入ってきた。


「何でしょうか」


「ノマデース弓騎兵についてです」


 族長たちが顔を上げる。


「これまでノマデース民族は、帝国から要請があった時に弓騎兵を提供してきました」


「第四次カヴィーレスターン戦争でも、多数の男衆を出した」


「その通りです」


 官僚が頷く。


「ですが、今後は制度が変わります」


「どう変わる?」


「ノマデース弓騎兵を帝国軍へ完全編入します」


 族長たちの表情が変わった。


「完全に?」


「はい」


「戦時だけではなく?」


「平時から帝国軍の正式な部隊として編制します」


 族長の一人が立ち上がる。


「待ってください」


 官僚を見る。


「我々の弓騎兵は、帝国軍の通常の兵士とは違う」


「承知しています」


「ノマデース弓騎兵は、ノマデースの男衆そのものだ」


「その事情も承知しています」


「ならば、なぜだ」


 官僚は少し間を置いた。


「帝国軍を構成国ごとに分けておくことが、先の内戦を引き起こした原因の一つだと帝国政府は判断しています」


「今後は帝国軍の指揮系統を一つに統一する」


「そのため、ノマデース弓騎兵だけを例外にすることはできません」


 族長は黙った。


「帝国は我々を必要としている?」


「はい」


「だから、我々の弓騎兵を帝国軍に組み込む」


「その理解で構いません」


「我々の生活は?」


 官僚は少し表情を曇らせた。


「その問題については、帝国政府へ報告します」


「しかし、軍事制度そのものについて例外を設けることはできません」


 それ以上、族長たちは強く抵抗しなかった。


 帝国がノマデース民族を敵視しているわけではない。


 むしろ、その弓騎兵が高い軍事的価値を持つからこそ、帝国軍として正式に確保したい。


 帝国の中央集権化という大きな制度改革の中では、それは自然な帰結だった。


 だがノマデース民族にとっては、別の意味を持つ。


 彼らの生活を支えてきた男衆が、これまで以上に長く平原を離れる。


 家畜の世話をする人手が減る。


 季節ごとの移動を支える人間も減る。


 狩りをする者も減る。


 帝国軍にとっての常設化は、ノマデース民族にとっては生活への負担の増大だった。


「……今は、従うしかない」


 族長の一人が静かに言った。


「帝国と正面から争える力は、我々にはない」


 そうして、ノマデース弓騎兵は帝国軍へ編入された。


 しばらくすると、ノマデース平原では男手不足が目立つようになった。


「家畜の移動が遅れている」


「今年は狩りへ出られる人数が少ない」


「部族間の移動にも人手がいる」


「帝国軍へ行った男たちは、以前のように簡単には戻れない」


 不満は積もる。


 しかし、帝国そのものを否定する者ばかりではなかった。


「帝国が強くならなければ、また内戦になる」


「中央が軍をまとめる必要があるというのも分かる」


「我々だけが例外になれば、他の地域から不満が出るだろう」


 そんな意見もあった。


 だからこそ、ノマデース側の不満は単純な「帝国への憎しみ」にはならなかった。


 帝国には帝国の事情がある。


 自分たちにも自分たちの事情がある。


 問題は、その二つが両立しなくなっていることだった。


 そんな中、西方から戻ってきた商人が、ノマデースの族長たちへ一つの話を持ち込んだ。


「西方評議会というものができたそうです」


「西方評議会?」


「はい。複数の国が加盟する共同体です」


「何をする?」


「国同士の軍事衝突を禁じる。関税を下げる。共通通貨を使う。外敵に攻撃された国には、加盟国が共同で軍を出す」


 族長たちは話を聞いていた。


「帝国には、そういうものはないな」


「似たような制度ではありません」


 商人が答える。


「それに、アエテリア帝国亡命政府も加盟している」


 その言葉に、族長たちが顔を見合わせる。


「亡命政府が?」


「はい」


「帝国から離れた者たちが政府を作り、それが西方評議会という組織に加盟している」


「その通りです」


 しばらく沈黙が続いた。


 それまで、ノマデース民族にとって帝国から離れることは現実味のない話だった。


 帝国は強大であり、ノマデースだけでは対抗できない。


 しかし今は違う。


 帝国の外には、国家同士が協力する仕組みが生まれている。


 亡命政府という政治主体も存在する。


「……我々にも、国家を作る方法があるのではないか」


 誰かが言った。


「ノマデースの部族をまとめる?」


「そうだ」


「ノマデース部族連合国」


 その名前が、少しずつ口にされるようになった。


 それはまだ構想だった。


 帝国から独立すると決定したわけでもない。


 ましてや、帝国に戦争を仕掛ける計画でもない。


 ただ、自分たちの生活について自分たちで決められる国家を作ることができないか。


 もし国家になれば、西方評議会へ加盟を求められるのではないか。


 そうした可能性を考える者が、少しずつ増えていった。


 その話は、帝国軍へ編入されたノマデース弓騎兵の間にも伝わった。


「平原で国家を作る話が出ているらしい」


「本当か?」


「ノマデース部族連合国だそうだ」


「我々が帝国軍にいるのに?」


「だから今すぐ動くわけではない」


「将来に備える」


 彼らは、帝国軍兵士としての立場を捨てなかった。


 表向きには帝国軍の命令に従う。


 帝国軍の訓練を受ける。


 帝国軍の部隊として行動する。


 しかしその一方で、同じ民族の者同士が少しずつ連絡を取るようになった。


 平原に残った男衆も、部族ごとの連絡役を作った。


 誰がどの部族と繋がっているのか。


 どこなら安全に会えるのか。


 何人程度なら集められるのか。


 そうした情報を慎重に共有する。


 それは、今すぐ帝国へ反乱するためのものではない。


 ただ、自分たちの将来の選択肢を失わないための準備だった。


 やがて、それらの集まりは秘密裏に、


 ノマデース部族連合軍


 と呼ばれるようになった。


 ある夜。


 帝国内部に潜伏していたアエテリア帝国亡命政府の現地部隊のもとへ、一人のノマデース弓騎兵が現れた。


「ノマデースから来た」


 亡命政府側の男が慎重に周囲を確認する。


「帝国軍の弓騎兵か?」


「はい」


「それなのに、ここへ?」


「表向きには帝国軍兵士です」


「では、今ここにいること自体が危険だと分かっているな」


「分かっています」


 弓騎兵は懐から一通の封書を取り出した。


「これを届けてほしい」


「どこへ?」


「西方評議会本部」


 男が眉を寄せる。


「何が書いてある?」


「ノマデース部族連合からの意思表示です」


「具体的には?」


「帝国と西方評議会の間に戦争が起きた場合、ノマデース部族連合も西方側へ協力する意思がある」


「独立の話も?」


「ノマデース部族連合国という構想があります」


「正式な国家では?」


「まだ違います」


「西方評議会への加盟申請でもない?」


「はい」


 弓騎兵は静かに答えた。


「今すぐ帝国に対抗するつもりもありません。ただ、我々には我々の生活があります。その生活を自分たちで守るために、将来の道を考えたい」


「だから、先に意思だけを伝える」


「そうです」


 亡命政府側の男は封書を受け取った。


「分かった」


「頼みます」


「必ず届ける」


 弓騎兵はそれ以上話さず、夜の中へ戻っていった。


 数日後。


 王都レクィエリア。


 西方評議会本部、最高評議会議長室。


 初代最高評議会議長アトラシート伯爵のもとへ、一通の封書が届けられた。


「帝国内部からです」


 伯爵は受け取った封書を見る。


 差出人には、


 ノマデース部族連合


 とある。


「……ノマデース?」


 伯爵は封を開いた。


 書状には、帝国の中央集権化によってノマデース弓騎兵が帝国軍へ完全編入されたこと、その結果として遊牧生活に負担が生じていること、そしてノマデース部族連合国という構想が広がっていることが記されていた。


 さらに、帝国軍へ編入されたノマデース弓騎兵とノマデース平原に残った男衆の一部によって、秘密裏にノマデース部族連合軍が組織され始めていること。


 最後には、帝国と西方評議会の間に戦争が起きた場合、ノマデース部族連合も西方側へ協力する意思があると書かれていた。


 伯爵は最後まで読み終えると、しばらく黙っていた。


 これは正式な加盟申請ではない。


 国家としての承認要求でもない。


 ましてや、帝国に対する開戦宣言でもない。


 ただ、帝国内部の一民族から届いた、極めて慎重な意思表示だった。


 しかし、その内容は決して軽く扱えない。


「……この情報を外へ出すわけにはいかないな」


 伯爵はそう呟いた。


 最高評議会には31の国家・政治主体から代表が集まっている。ここへ正式に持ち込めば、ノマデースが独立を考えていることも、帝国軍へ編入された弓騎兵が秘密裏に連絡網を作っていることも、広く知られる可能性がある。


 そうなれば、一番危険になるのは書状を送ってきたノマデース側だ。


 伯爵は封書を閉じた。


「評議会の議題にはしない」


 そして、その日のうちに国王アウレリウスへ直接報告することを決めた。


 その夜。


 アウレリウス王の執務室には、国王、レノ、アトラシート伯爵、そして必要最小限の王国上層部だけが集まっていた。


 伯爵が封書を机へ置く。


「陛下。帝国内部から、極秘の連絡が入っております」


 父上が封書を見る。


「誰からだ?」


「ノマデース部族連合です」


「……ノマデース?」


 父上が封を開く。


 俺も隣から内容を確認した。


「帝国軍へ編入された弓騎兵が、ノマデースの将来について動いている」


 父上が呟く。


「はい」


 伯爵が答える。


「ノマデース部族連合国という構想が広がっているようです。さらに、帝国軍へ編入された弓騎兵と平原に残った男衆の一部によって、ノマデース部族連合軍が秘密裏に組織され始めているとのことです」


「そして、帝国と西方評議会が戦争になった場合には、西方側へ協力する意思を示している」


「はい」


 父上はしばらく黙っていた。


「西方評議会には?」


「報告しておりません」


「最高評議会にも?」


「はい」


「それでいい」


 父上は即答した。


「これは西方評議会の正式な案件ではない」


 俺は頷く。


「それに、今ここで情報が漏れれば、ノマデース側に危険が及びます」


「その通りだ」


 父上は書状を封筒へ戻した。


「帝国には帝国の事情がある。中央集権化も、元老院解散も、皇帝選出制度の廃止も、帝国を安定させるための改革なのだろう」


「はい」


「しかし、その結果としてノマデースが自分たちの将来を考え始めたとしても、それもまた彼らの事情だ」


 伯爵が頷く。


「こちらから余計なことをする必要はありません」


「そうだ」


 父上は封書を机の上へ置いた。


「ノマデースから正式な申し入れが来るまでは、こちらから動かない」


「承知しました」


「この件を知る者も増やさない」


 俺も頷いた。


「王国上層部だけで管理します」


 それで話は終わった。


 西方評議会の正式な議事録には、この情報は残らない。


 最高評議会にも報告されない。


 他の加盟国の代表にも伝えられない。


 ノマデースが本当に国家を作るのか。


 西方評議会へ加盟を求めるのか。


 それとも今の帝国への従属を続けるのか。


 それは、まだ分からない。


 今はただ、一つの民族から届いた一通の書状が、アイティクイランド王国のごく限られた上層部によって厳重に保管されている。


 帝国では、皇帝ホスティスによる国家改革が続いている。


 西方では、西方評議会が新しい共同体として動き始めている。


 そして、その二つの大きな政治秩序の間で、ノマデース民族はまだ誰にも知られない形で、自分たちの将来について考え始めていた。


 それだけだった。

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