第8話 西方評議会体制決定
最高評議会、軍事理事会、経済理事会。
西方評議会を構成する三つの機関について、議席数の大枠が決まった。
しかし、それだけでは評議会は動かない。
議席を持つ者が集まったとしても、意見が分かれた時にどうやって一つの結論を出すのか。その方法が決まっていなければ、毎回の会議は単なる話し合いで終わってしまう。
そのため、旧王弟宮の中央会議室では、三つの機関の権限関係と意思決定方式について、改めて協議が行われることになった。
俺はティアとともにアンティクイランド王国側の席へ座っていた。
会議室には、エクィトゥム王国、アンティクイランド王国、カヴィーレスターン・スルタン国、シルウァニア公国、アエテリア帝国亡命政府、ノルディア大公国、そしてセプテントリアの公国、侯国、伯国の代表が揃っている。
ここまでの話し合いでは、国家同士が自分たちの利益を主張し、それに対して別の国が反論し、最後は全員が納得できるところまで譲歩するというやり方が続いていた。
しかし、それでは毎回同じことになる。
全員が同意するまで話し続けなければ、何一つ決まらない。
しかも31の国家と政治主体が参加している以上、一ヶ国でも反対すれば決定できないという仕組みにしてしまえば、評議会そのものが機能しなくなる。
その日の議事役が立ち上がった。
「本日は、西方評議会における意思決定方式について協議いたします」
「最高評議会、軍事理事会、経済理事会の三機関を設けることは、すでに合意されております。しかし、各機関で意見が一致しない場合、最終的にどのような手続きをもって決定とするのかについては、まだ定められておりません」
エクィトゥム代表が口を開く。
「各国の君主が話し合い、最終的に合意した案を採用すればよいのではありませんか」
「それでは、合意できなければどうする?」
カヴィーレスターン代表が尋ねる。
「その場合は、協議を続ければよいでしょう」
「一日で終わらないかもしれません」
「数日かかっても必要なら協議すべきです」
別の侯国代表が言う。
「しかし31ヶ国です。重要案件なら、何十日かかるか分からない」
「それでも全員が同意することが最も安全です」
議場のあちこちから同意する声が上がった。
それは、この時代の貴族社会からすれば当然の考え方だった。
君主と君主が話し合い、双方が納得すれば条約が成立する。
納得できなければ成立しない。
どちらか一方が受け入れられないのに、他方の意見を押し通すという発想そのものが薄い。
まして、誰かが手を上げて賛成し、別の誰かが反対し、その人数を数えて「多い方を国家間の共通意思とする」などという仕組みは、この場にいる誰も知らなかった。
俺はしばらく沈黙していた。
そして、椅子から立ち上がった。
「発言してもよろしいでしょうか」
議場が静まる。
「どうぞ、殿下」
俺は全員を見渡した。
「今から提案する方法は、これまで大陸の貴族社会で使われてきた方法とは大きく異なります」
何人かが怪訝そうな顔をする。
「だから、まず仕組みそのものを説明します」
俺は机の上に一枚の紙を置いた。
「私は、西方評議会に『投票』という制度を導入することを提案します」
会議室が静まり返った。
「……投票?」
伯国代表が聞き返す。
「それは、どういう意味でしょうか」
俺は答える。
「一つの議題について、各代表が賛成か反対か、あるいは棄権かを示します。そして、その票を数える」
「数える?」
「はい」
「なぜです?」
別の代表が口を挟む。
「君主同士が話し合えば、そのようなものは必要ないでしょう」
「全員が同じ考えなら必要ありません」
俺は答えた。
「しかし、全員が違う考えを持っている場合はどうでしょうか」
「その時は、話し合えばいい」
「では、永遠に話し合いが終わらなければ?」
誰も答えなかった。
「西方評議会は31の国家・政治主体で構成されます。毎回全員の完全な合意を待っていては、戦争、侵略、交易障害、救援要請など、急いで決めなければならない問題へ対応できない」
「だから、あらかじめ決めた方法で、共同体として一つの結論を出す」
侯国代表が眉を寄せる。
「しかし、多い意見が正しいとは限らないでしょう」
「その通りです」
俺は頷いた。
「投票は、どちらが正しいかを決めるためのものではありません」
その言葉に、何人かが顔を上げる。
「全員が同じ考えを持つことが難しい時に、どうやって共同体として一つの決定を作るのか。その手続きを決めるためのものです」
会議室が静かになる。
俺は続けた。
「反対した国が間違っているという意味でもない。多数になった案が絶対に正しいという意味でもない。ただ、決められた条件を満たした案を、西方評議会の正式な決定とする」
「そして、反対した国も、その決定が条約に従って成立したものである限り、それを共同体の決定として認める」
エクィトゥム代表が腕を組んだ。
「つまり、負けた方も従うのですか?」
「はい」
俺は即答した。
「それが嫌なら、そもそも共同体を作ることができません」
その言葉に、会議室がざわついた。
「各国が自分の意見だけを通すなら、同盟など必要ない」
「だからこそ、決定方法を先に全員で決めておく」
「なるほど……」
誰かが呟く。
それでも、戸惑いは消えない。
これまでなら、君主が承認しなければ決定は成立しなかった。
それが、複数の代表が「票」を持ち、それを集計し、その数によって共同体の意思を決める。
この場にいる誰も、そんな政治制度を見たことがなかった。
「では、その投票は誰がするのです?」
ノルディア大公国代表が尋ねる。
「各国の代表です」
「国王本人でなければならない?」
「いいえ」
俺は答える。
「各国が正式に任命した代表なら誰でも構いません。ただし、その代表には自国を代表して投票する権限が必要です」
「つまり、代表が変われば票も変わる?」
「その時点で正式に任命された代表が投票します」
それを聞いた外務担当者たちが資料へ目を落とす。
「これは、君主本人が出席しなくても意思決定できる仕組みということですか」
「はい」
「それなら、大使を本部へ常駐させる意味も大きくなる」
「その通りです」
俺は頷いた。
「西方評議会は会議のたびに君主を呼び出す組織ではありません。各国から常設の代表を置き、その代表が継続的に議論へ参加する」
つまり、これまでの外交とは違う。
一度きりの会談ではない。
継続的な政治組織を作る。
「しかし、議席数が国によって違うのでしょう?」
カヴィーレスターン代表が資料を手に取る。
「最高評議会では我が国も6議席、伯国なら1議席です。この場合、投票はどうなるのです?」
「議席そのものを票として扱います」
俺は答える。
「最高評議会でカヴィーレスターンが6議席を持つなら、6票分の投票権を持つ」
「伯国なら1票」
侯国なら2票。
公国なら3票。
大公国なら4票。
王国なら6票。
そしてアエテリア帝国亡命政府は5票。
「なるほど」
エクィトゥム代表が呟く。
「では、大国にはそれだけ大きな発言力がある」
「はい」
「小国が何ヶ国集まっても、大国1ヶ国より弱くなる場合がある」
「だから、もう一つ条件を加えます」
俺は黒板へ新しい文を書いた。
加盟国数による投票。
「重大な案件については、議席数だけでは決めない」
「議席数の3分の2以上に加えて、加盟国数の3分の2以上が必要です」
会議室がざわつく。
「つまり、大国が数国賛成しただけでは決まらない」
「逆に、小国が多数集まっただけでも決まらない」
「両方の条件を満たさなければならない」
「そうです」
俺は答えた。
「大国には軍事・経済・政治上の大きな負担があるから、議席数によって発言力を持つ。しかし、小国にも国家としての意思がある。その双方を守るためです」
ノルディア代表が頷いた。
「かなり慎重な制度ですね」
「西方評議会は、一国の支配を避けなければならない」
俺は答えた。
「そのための仕組みです」
次に問題になったのが、議長だった。
「投票を行うのであれば、誰が会議を仕切るのです?」
伯国代表が尋ねる。
「議長を置きます」
「誰が?」
「投票で選びます」
「また投票ですか?」
思わず声が上がった。
俺は頷いた。
「はい」
「どのように?」
「加盟国から候補者を推薦し、その中から代表が一人を選ぶ」
「最多票を得た者が議長ですか?」
「基本的にはそうです」
「しかし、大国が票を多く持っています」
「だからこそ、議長選出だけは別の条件を設けます」
俺は説明した。
「議長選挙では、議席数だけではなく、加盟国数でも過半数を必要とします」
「つまり、大国の票だけでも、小国の票だけでも選べない」
「その通りです」
さらに俺は続けた。
「議長の任期は3年。再任は1回まで。同じ国から連続して議長を出すことは禁止します」
エクィトゥム代表が尋ねる。
「本部がアンティクイランドにあるのに、アンティクイランドも連続選出は禁止?」
「当然です」
俺は答えた。
「本部が我が国にあるからこそ、我が国だけが議長を独占できない制度にする必要があります」
そこには明確な意図があった。
西方評議会がアンティクイランド王国の支配下にあると思われれば、他国は安心して加盟できない。
「議長に決定権は?」
「ありません」
俺は即答した。
「議長は議事を整理し、採決を実施し、決定事項を公布する。しかし、一人で政策を決めることはできない」
「つまり、王でも皇帝でもない」
「はい」
「評議会の代表であり、支配者ではない」
「その通りです」
そして、ここで一つの新しい言葉が会議室に生まれた。
「選挙」
俺が言った。
「議長を選ぶための投票を、『選挙』と呼びます」
何人かが、その言葉を繰り返した。
「選挙……」
「候補者の中から一人を投票によって選ぶ」
「それが選挙です」
貴族社会には、そんな制度そのものが存在しない。
王は血統によって決まる。
公や侯も家系によって継承される。
官僚や軍人は君主から任命される。
誰かが複数の候補から投票によって役職を選ぶという発想は、彼らにとって完全に新しいものだった。
「議長以外にも選挙を使うのですか?」
カヴィーレスターン代表が尋ねる。
「軍事理事会議長も、経済理事会議長も同じです」
「さらに、西方評議会連合軍の総司令官を選ぶ場合にも、軍事理事会内で候補者を出し、投票によって選出する」
「これは便利そうですな」
軍事関係者の一人が呟いた。
「君主が毎回指名するより、各国の軍事専門家が選べる」
「ただし、総司令官は軍事理事会が選出するが、最高評議会の承認を必要とします」
俺は付け加えた。
「軍事だけで決めることも、政治だけで決めることも避ける」
さらに、俺は救援要請の仕組みまで提案した。
「次に、加盟国から救援要請が出された場合です」
議場が静まる。
「例えば、非加盟国から攻撃を受けた国が、本部へ正式に救援要請を提出する」
「その場合、軍事理事会がまず状況を調査します」
「明らかな侵略であれば、緊急防衛措置を取ることを認める」
「ただし、それだけで西方評議会全体が戦争状態へ入るわけではない」
エクィトゥム代表が尋ねる。
「では、最終的には?」
「最高評議会が投票によって共同防衛を発動するか決めます」
「時間がない場合は?」
「緊急時には軍事理事会が暫定防衛措置を取る」
「ただし、一定時間以内に最高評議会の承認を得る」
「それでも承認されなければ?」
「暫定措置を停止する」
カヴィーレスターン代表が頷いた。
「軍事理事会が勝手に戦争を始めることはできない。しかし攻撃された加盟国を見捨てることもない」
「そのためです」
また、加盟国同士の争いについても新制度が必要だった。
「加盟国同士の軍事衝突は禁止します」
「しかし、もし国境問題が起きたら?」
俺は答える。
「最初に外交交渉」
「それでも解決しなければ、最高評議会が仲裁」
「必要なら軍事理事会が停戦監視を行う」
「経済問題なら、経済理事会が資料を作成する」
「そして最終的な判断を、投票によって決める」
「つまり、加盟国は戦争ではなく、評議会の制度を使って争いを解決する」
シルウァニア公国の代表が静かに頷いた。
「それは我々にとって重要です」
敗戦によって国土を失ったばかりのシルウァニアにとって、大国との紛争を軍事力だけで解決しない仕組みは意味が大きかった。
最後に、投票そのものについてさらに細かな確認が始まった。
「投票は公開するのですか?」
侯国代表が尋ねる。
「通常の政策決定は公開投票」
「議長選挙のように、各代表への圧力が懸念される場合は秘密投票」
「軍事機密に関する議題も、必要に応じて秘密投票とします」
俺は答えた。
「そして、採決結果は記録する」
「賛成何票、反対何票、棄権何票」
「その結果と決定内容を議事録へ残す」
「将来、誰が何を決めたのか確認できるようにする」
これもまた、これまでの貴族社会には存在しなかった考えだった。
会議の記録自体は存在する。
しかし、「何人が賛成し、何人が反対したのか」を正式に記録し、その票によって共同体の意思が成立したという考え方は新しい。
議事役が、ここまでに決まった内容を一つずつ読み上げる。
「西方評議会は、加盟国代表による投票によって意思決定を行う」
「議席は投票権として扱う」
「通常案件は過半数で可決」
「重大案件は、議席数の3分の2以上に加え、加盟国数の3分の2以上を必要とする」
「最高評議会議長、軍事理事会議長、経済理事会議長は選挙によって選出」
「議長の任期は3年。再任は1回まで。同一国の連続選出は禁止」
「議長は単独の決定権を持たない」
「加盟国からの救援要請があった場合、軍事理事会が状況を調査し、緊急時には暫定防衛措置を取る。その後、最高評議会が共同防衛発動について投票する」
「加盟国間の軍事衝突は禁止し、紛争は外交交渉、仲裁、評議会による調停によって解決する」
「議事録と採決結果を記録し、原則として加盟国へ公開する」
最後まで読み終えたところで、議事役が資料を閉じた。
誰もすぐには口を開かなかった。
この会議で決まろうとしているものが、これまでの大陸政治とは全く違うからだ。
君主が命令するのではない。
有力貴族が決めるのでもない。
皇帝が最後に裁定するのでもない。
国家の代表が議席を持ち、その議席を票として使い、一定の条件を満たした多数によって共同体の意思を作る。
議長さえも血統や爵位ではなく、選挙によって決める。
そして、選ばれた議長にも絶対的な権力はない。
この大陸の貴族社会にとっては、あまりにも新しい政治の形だった。
「私は賛成します」
最初に声を上げたのは、カヴィーレスターン代表だった。
「世界最大の交易国家として、我が国は複数国家による長期的な共同体が必要だと考えています。そのためには、誰が何を決めたのか明確であることが重要です」
エクィトゥム代表も続く。
「我が国も賛成します。大国の議席を保障しながら、小国の国家数による意思も残すのであれば、十分に合理的です」
ノルディア大公国代表が頷く。
「我々も賛成です」
侯国、伯国の代表たちも少しずつ賛意を示していく。
そして最後に、アエテリア帝国亡命政府の代表が立ち上がった。
「我々も賛成します」
元老院議員が静かに言った。
「帝国では、政治は常に君主、元老院、派閥などの権力関係の中で動いてきました。しかし、国家同士が対等な席について、あらかじめ定めた手続きで意思を決めるという制度には、我々も学ぶべきところがある」
俺はその言葉を聞いて、少しだけ意外に思った。
最後まで反対すると思っていた。
しかし、彼らはむしろこの制度の新しさを理解している。
かつて元老院で権力闘争を経験してきた人間だからこそ、制度によって権力を制限する意味を理解できるのかもしれない。
その日の会議が終わった頃には、外はすっかり暗くなっていた。
代表たちはそれぞれの控室へ戻っていく。
俺も資料をまとめていた。
「レノ」
ティアが小さな声で呼ぶ。
「何だ?」
「投票って、本当に新しいね」
「ああ」
「これまで、こんなのなかったんでしょう?」
「なかった」
俺は答えた。
「少なくとも、この大陸の貴族社会ではな」
これまでは、身分が意思決定権そのものだった。
王だから決められる。
公だから命令できる。
侯だから家臣を従わせる。
伯も自分の領地では同じだった。
そこには、「一人一票」という考え方など存在しない。
まして、国家同士を一つの机に並べ、その代表が票を投じ、集計し、選挙で議長を選ぶなど、誰も考えたことがなかった。
それを今、俺たちは作ろうとしている。
「西方評議会は、本当に新しい組織になりそうだね」
ティアが言う。
「ああ」
俺は窓の外を見る。
旧王弟宮の前には、多くの国の旗が並んでいる。
この旗の一つ一つが、それぞれ別の国を表している。
王国。
大公国。
公国。
侯国。
伯国。
亡命政府。
その全てが、自分の国を残したまま同じ共同体へ入ろうとしている。
そして、その共同体の意思を決めるのは、一人の皇帝でも、一人の王でもない。
投票だった。
俺はまだ、この制度がどこまで大陸を変えるのか分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
この日、大陸の貴族社会には、それまで存在しなかった新しい考え方が持ち込まれた。
国家の代表が票を持ち、投票によって共同体の意思を決める。
そして、代表の中から選挙によって議長を選ぶ。
それは、単なる西方評議会の制度ではなかった。
大陸の政治そのものを変える可能性を持つ、新しい仕組みの始まりだった。




