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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第7話 経済理事会の議席比

軍事理事会の議席配分について大筋の合意が成立した翌日、俺たちは再び王都レクィエリアの旧王弟宮へ集まっていた。西方評議会には、加盟国全体の政治的意思を決める最高評議会、共同軍の編成と運用を担当する軍事理事会、そして加盟国間の経済問題を扱う経済理事会の三つが置かれることになっている。最高評議会では国家としての格を、軍事理事会では共同軍へ提供できる軍事的能力を基準として議席を決める方向がすでに固まっていたため、今回の議題は経済理事会の議席配分だった。


 ただ、経済力というものは軍事力以上に一つの数字へまとめることが難しい。人口が多い国は国内市場が大きいが、人口だけでは富の大きさを測れない。広い農地を持つ国は穀物を大量に生産できるし、鉱山を持つ国は鉄や銀などの資源を供給できる。港を持つ国は海上交易によって利益を得られ、内陸国でも街道や市場を押さえていれば遠方の商人から多くの収入を得ることができる。さらに国家歳入が大きくても、軍事費や行政費、街道や港湾の維持費などの支出も大きければ、実際に共同体へ拠出できる財政余力は小さくなる。逆に、人口の少ない国でも、国家支出を抑えながら安定した余剰を確保していれば、長期的には大国以上の財政的な貢献を行える場合もある。


 そして、今回の議論をさらに難しくする存在があった。


 カヴィーレスターン・スルタン国。


 広大な砂漠を支配し、イスラム系の宗教文化を持つ交易国家。その国土の大部分を占めるのは農業には適さない砂漠だが、その代わりに古くから発達した隊商交易によって世界各地の商業を結びつけている。砂漠を横断する隊商路、そこへ接続するオアシス都市、海へ繋がる港湾都市、商館、市場、両替商、金融業者、商会、関税徴収所。それらが巨大な交易網を形成しており、香辛料、染料、宝石、織物、金属、塩、家畜などが遠く離れた国々の間を行き来している。


 そのためカヴィーレスターンは、単に交易が盛んな国ではない。世界最大の交易国家として、世界規模の商業そのものに影響を与えている。その交易網から生まれる関税や市場税、商業許可料などの国家歳入も非常に大きく、商業活動と国家財政が密接に結びついている。人口や国内生産だけを基準にすればエクィトゥム王国に及ばない部分があったとしても、商業と国家歳入まで含めた総合的な経済力では、むしろエクィトゥム王国を上回ると評価されていた。


 会議室には、そんなカヴィーレスターン代表が持ち込んだ分厚い資料が置かれている。その向かいにはエクィトゥム王国の経済資料があり、さらに俺たちアンティクイランド王国の資料、そのほか各国の財政報告や交易統計が並んでいた。


 議事役が立ち上がる。


「それでは、本日の議題である経済理事会の議席配分について協議を開始いたします」


 代表たちが一斉に資料へ目を向ける。


「最高評議会では国号、軍事理事会では軍事的貢献能力を基準としました。経済理事会については、国家歳入、域内交易額、人口、基幹物資の供給能力、財政余力を基本指標として、各国の経済的な総合力を評価する案を提示いたします」


 黒板へ五つの項目が書かれた。


 国家歳入。


 域内交易額。


 人口。


 基幹物資の供給能力。


 財政余力。


 その説明を聞くと、エクィトゥム王国代表が手を上げた。


「総合力という言葉について確認したい。国家歳入と交易額を単純に加算するなら、同じ商業活動を二重に評価することになりませんか」


「その懸念はあります」


 議事役が答える。


「ですから、単純加算ではなく、それぞれ異なる側面を評価する方式を想定しています。国家歳入は国庫に実際に入る収入、交易額は商業市場の規模として扱います」


 今度はカヴィーレスターン代表が口を開いた。


「我が国からも意見を申し上げます。交易額だけで国家の経済力を測るべきではないという点には同意します。しかし、世界最大の交易網を持つ我が国にとって、交易そのものが国家の重要な基盤です。隊商路、港湾、市場、商業都市を通じて生じる関税や市場税、商業許可料などは、国家歳入へ直接結びついております。交易規模と国家歳入を完全に別物として扱えば、逆に我が国の経済的な実態を過小評価することになるでしょう」


「その点については理解しています」


 エクィトゥム代表が答える。


「しかし、我が国は広大な農地と鉱山、工房を持ち、国内で大量の商品を生産しています。それらも同じように評価されなければならない」


「当然です」


 カヴィーレスターン代表は落ち着いて頷いた。


「だからこそ総合評価なのです」


 会議室のあちこちから同意する声が上がる。


 人口を重視してほしいという国。


 穀物や鉄の供給能力を評価してほしいという国。


 港湾と交易路を重視してほしいという国。


 財政の健全性を見てほしいという国。


 それぞれの経済構造が違う以上、全員が自国に有利な指標を求めるのは当然だった。


 俺はその議論をしばらく聞いていたが、やがて椅子から立ち上がった。


「発言してもよろしいでしょうか」


「どうぞ、殿下」


「アンティクイランド王国側の意見として申し上げます」


 俺は資料へ手を置いた。


「経済理事会の議席を決める際には、まず『経済力』と『共同体への経済的貢献能力』を分けて考えるべきでしょう。人口が多いから経済力が高い、交易額が大きいから経済力が高い、国家歳入が大きいから経済力が高いというように、一つの数字だけで決めてしまえば、必ずどこかに無理が生じます」


 代表たちの視線が集まる。


「国家歳入は国家がどれだけの収入を確保しているかを示す。域内交易額は市場と商業の規模を示す。人口は国内市場と労働力の規模を示す。基幹物資の供給能力は、共同体全体へどれだけ重要な物資を安定供給できるのかを示す。そして財政余力は、必要な支出を行った後にどれだけ継続的な余剰を残せるのかを示す」


 俺は一つずつ説明していく。


「つまり、経済理事会で評価するのは『どれだけ金を持っているように見えるか』ではありません。どれだけ大きな経済を持ち、その経済をどれだけ安定して維持し、そして共同体へどれだけ還元できるのかです」


 侯国代表の一人が頷いた。


「それなら、小国でも基幹物資を供給できれば評価されるわけですね」


「はい」


 俺は答えた。


「逆に、大国でも財政が不安定であれば、その点は考慮されるべきです」


 カヴィーレスターン代表が静かに笑った。


「実に妥当な基準だと思います」


 議事役が新しい資料を開いた。


「では、その考え方を基に、事務局が作成した議席区分を提示いたします」


 黒板へ六つの区分が書かれる。


 小規模経済――1議席。


 中小規模――2議席。


 中規模――3議席。


 大規模――4議席。


 大国規模――5議席。


 最大規模――6議席。


「すべての加盟国に最低1議席を保障します。その上で、複数年平均による総合経済評価に応じて追加議席を与えます。最大でも1国6議席です」


 エクィトゥム代表が尋ねる。


「その『総合評価』は、最終的に誰が決めるのです?」


「経済理事会の事務局が各国から提出された財政・交易資料を取りまとめ、加盟国へ公開した上で算定します。ただし、評価基準そのものは経済理事会で合意された規則に従うものとします」


「つまり、一国の都合で数字を操作できない」


「その通りです」


 侯国代表も資料を確認した。


「再評価は?」


「3年ごとです」


「単年度で大きく数字が変化しても?」


「議席は直ちには変わりません。戦争特需や不作など、一時的な要因だけで議席が動くことを避けるためです」


 何人かの代表が頷いた。


 最初に試算されたのは、エクィトゥム王国だった。


「人口、農業、鉱業、工房生産、国内市場、国家歳入、財政余力。その全てが西方最大級です」


 議事役が説明する。


「総合評価は大国規模、5議席とします」


 エクィトゥム代表がすぐに反応した。


「6議席では?」


「最大規模の6議席に届くかどうかは、交易と国家歳入を含めた総合評価で決まります」


「つまり、我が国はカヴィーレスターンに負けていると?」


「経済全体の総合評価ではそうなります」


 会議室がざわついた。


 しかし、カヴィーレスターン代表は静かだった。


「これは我が国の勝利というより、経済構造の違いでしょう」


「我が国は人口、農業、鉱業、工房で強い。しかし貴国は世界最大の交易網を持ち、それが国家歳入へ直接結びついている」


 エクィトゥム代表が黙る。


 しばらく資料を見た後、静かに頷いた。


「……分かりました。経済理事会なのですから、交易国家の経済力を正しく評価する必要はある」


 次に、カヴィーレスターン・スルタン国の試算が行われる。


「世界最大の交易国家」


 議事役が読み上げる。


「砂漠を横断する隊商路、港湾都市、オアシス市場、国際商業、金融、両替、関税などから得られる商業関連収入は世界最大規模です。また国家歳入もエクィトゥム王国を上回る」


 エクィトゥム代表が資料へ目を落とした。


「総合経済力、第1位」


「最大規模――6議席」


 カヴィーレスターン代表は静かに頭を下げた。


「異存ありません」


 砂漠の国。


 農地そのものは限られている。


 しかし、世界中の商品がそこを通る。


 商品が動く。


 商人が動く。


 金が動く。


 その流れから国家自身が莫大な収入を得る。


 それが、カヴィーレスターンの経済力だった。


 続いて、アンティクイランド王国。


「国内市場、農業、海峡交易、港湾、王領収入、商業活動を総合して大規模。4議席」


 俺は資料を確認した。


 シルウァニア戦争によって大きな損害を受けたものの、王領化されたガルディシア地方からの収入、フレトゥム海峡の交易、王都の市場などを持つため、西方の中では安定した経済基盤を維持している。


「異存ありません」


 俺は答えた。


 最高評議会では6。


 軍事理事会では4。


 経済理事会では4。


 同じ国でも、何を基準にするかによって数字は変わる。


 それがこの制度の考え方だった。


 次に、シルウァニア公国。


「旧シルウァニア王国の北東部を実効支配していますが、旧領の西半分と南東部を失ったことで、戦前より国家歳入と市場規模は大きく縮小しています。ただし、残された農地、港湾、地域交易を考慮し、中小規模――2議席」


 シルウァニア代表が資料を見る。


「軍事では1、経済では2ですか」


「はい」


「軍事力と経済力は別のものとして評価される」


「その通りです」


 シルウィア代表は静かに頷いた。


 そして最後に、アエテリア帝国亡命政府。


 その名が出た途端、会議室の空気がわずかに変わる。


「アエテリア帝国亡命政府」


 議事役が資料を確認した。


「亡命政府は、アエテリア帝国本土を実効支配していません。そのため、独自の徴税基盤を持たず、国家歳入の多くを自国領土から得ることもできません」


「シルウァニア公国を監督していますが、公国の歳入を亡命政府自身の国家歳入として扱うことはできません。また、活動資金についても他国の支援、協力者、商業活動などへ依存している部分が大きい」


「以上を踏まえ、経済規模は小規模。1議席とします」


 亡命政府側の代表が静かに資料を閉じた。


「政治では5、軍事では4、経済では1」


「はい」


 俺が答える。


「それぞれの理事会が異なるものを評価しているためです。亡命政府の政治的継承性は最高評議会で評価され、旧帝国軍の軍事専門能力は軍事理事会で評価されます。しかし経済理事会では、独立した経済圏と安定した国家財政を持っているかが重要になる」


 元老院議員が尋ねる。


「旧帝国の財政制度、通貨制度、関税制度についての知識は評価されないのでしょうか」


「それは重要です」


 俺は答えた。


「ただし、それは経済力そのものとは別です。皆様の専門知識については、経済理事会へ専門委員として参加していただく余地があります」


「議席とは別に、専門的な発言権を持つということですね」


「はい」


 亡命政府側はしばらく話し合った後、静かに頷いた。


「承知しました」


 その後、旧セプテントリア連合公国の構成国についても順番に確認された。


 ノルディア大公国は4議席。


 アルビオン公国、ヴァルディア公国、グランディス公国、フロレスタ公国、レグナリア公国、ベルティア公国の6公国は、それぞれ3議席。


 オルセリア侯国、カルディア侯国、ネヴァリア侯国、リューディア侯国、エルネスト侯国、セレニア侯国、ドレヴァ侯国、マルティア侯国、フェリオ侯国、アルヴェナ侯国、グレシア侯国、トレヴィス侯国、ヴァレンティア侯国の13侯国は、それぞれ2議席。


 ローディア伯国、ミレニア伯国、ハルディス伯国、エストリア伯国、ノヴェリア伯国、カストリア伯国の6伯国は、それぞれ1議席。


 小国の代表たちは、自分たちが大国と同じ発言力を持たないことを理解しつつも、最低1議席が保障されていることに意味を見いだしていた。


 経済規模が小さい。


 だから1議席。


 少し大きければ2議席。


 さらに大きければ3議席。


 国号ではなく、実際の経済力によって増減する。


 その考え方については、大きな反対は出なかった。


 すべての試算が終わったところで、議事役が合計を計算した。


「現在の経済理事会の議席配分案を確認いたします」


 資料が読み上げられていく。


「カヴィーレスターン・スルタン国――6議席」


「エクィトゥム王国――5議席」


「アンティクイランド王国――4議席」


「ノルディア大公国――4議席」


「シルウァニア公国――2議席」


「アエテリア帝国亡命政府――1議席」


「セプテントリア6公国――各3議席、合計18議席」


「セプテントリア13侯国――各2議席、合計26議席」


「セプテントリア6伯国――各1議席、合計6議席」


 議事役が計算する。


 6+5+4+4+2+1+18+26+6=72。


「合計72議席です」


 会議室に静かなざわめきが広がった。


 最高評議会とも違う。


 軍事理事会の74議席とも違う。


 経済理事会は72議席。


 それぞれの機関が異なる基準によって構成されることが、数字としても明確になった。


 エクィトゥム王国は最高評議会6、軍事理事会6、経済理事会5。


 カヴィーレスターン・スルタン国は最高評議会6、軍事理事会5、経済理事会6。


 アンティクイランド王国は最高評議会6、軍事理事会4、経済理事会4。


 アエテリア帝国亡命政府は最高評議会5、軍事理事会4、経済理事会1。


 同じ国でも、評価する対象が違えば議席も違う。


 それは矛盾ではなく、西方評議会が三つの機関を別々に設ける意味そのものだった。


「これで、経済理事会の議席配分については暫定合意とします」


 議事役がそう告げる。


 今度は誰も異議を唱えなかった。


 もちろん、各国が完全に満足したわけではない。


 エクィトゥムは世界最大級の生産力を持ちながら、カヴィーレスターンに経済力1位の座を譲ることになった。


 小国は、大国に比べれば少ない議席しか持たない。


 亡命政府は、政治5、軍事4に対して経済1という評価を受けた。


 それでも全員が、自国の強みと弱みをある程度反映した制度だと受け入れることができた。


 俺は机の上の資料を閉じた。


 これで、三つの機関の議席配分がひとまず固まった。


 だが、これは西方評議会の制度そのものが完成したという意味ではない。


 議席数が決まっただけだ。


 それぞれの機関が実際にどこまでの権限を持つのか。


 最高評議会と二つの理事会の関係をどうするのか。


 経済理事会に加盟国へどこまで拘束力のある決定を認めるのか。


 そして、本部に常駐する各国大使や事務局をどのように運営するのか。


 まだ別に決めるべき問題は残っている。


 しかし、それは今日の議題ではない。


 今日、決まったのはただ一つ。


 西方評議会経済理事会は72議席とする。


 政治は国家としての格。


 軍事は実際の軍事的貢献能力。


 経済は経済規模と共同体への経済的貢献能力。


 異なる物差しを使いながら、一つの共同体を作っていく。


 俺は資料をまとめながら、窓の外へ目を向けた。


 旧王弟宮の外では、各国の旗が風に揺れている。


 西方評議会の形は、少しずつ見えてきていた。


 しかし、まだ正式な組織にはなっていない。


 次に必要なのは、それぞれの機関を実際にどう動かすのかを決めることだった。

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