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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第5話 亡命政府の位置づけ

 だが、アエテリア帝国亡命政府の5議席については、まだ完全には納得されていなかった。


 会議が一度まとまりかけた後も、いくつかの代表は席を立たず、議席配分の根拠についてさらに説明を求めていた。特にセプテントリアの諸侯国とシルウァニア公国の代表にとっては、王国より1議席少ない5議席、大公国より1議席多い5議席という位置づけが、あまりにも特殊だったのである。


「私は、5議席そのものを今すぐ否定するつもりはありません」


 セプテントリアのある侯国代表が口を開いた。


「しかし、その数字がどのような基準で算出されたのかを明確にしていただきたい。国号で決めるのであれば、侯国2、公国3、大公国4、王国6という原則でよいはずです。亡命政府だけが5になるのであれば、その例外には、それだけの根拠が必要でしょう」


 会議室の何人かが頷く。


「その通りです」


「亡命政府は帝国ではない」


「しかし、公国や大公国と完全に同じでもない」


「だからこそ、5という数字の意味を明確にする必要がある」


 俺はその言葉を聞きながら、静かに資料へ目を落とした。


 確かに、その通りだった。


 数字だけを出しても、納得は得られない。


 5という議席を与えるなら、なぜ4ではなく、なぜ6ではないのかを説明しなければならない。


 俺は椅子から立ち上がった。


「では、私から整理してご説明します」


 会議室が静かになる。


「アエテリア帝国亡命政府の5議席は、国号だけで決定したものではありません」


 まず最初に、俺は一枚目の資料を示した。


「第一に、領土です」


 資料には簡単な表が記されている。


「亡命政府には、現在、独自の国家として実効支配するアエテリア帝国本土がありません。この点は明確な弱点です。したがって、帝国として10議席を与えることは適切ではない」


 亡命政府側も、その事実については反論しなかった。


「一方で、完全に無領土の政治組織というわけでもありません」


 俺は次の資料へ移る。


「現在、シルウァニア公国は亡命政府の監督下に置かれている」


 シルウァニア公国代表が静かに頷いた。


「軍事、外交、内政について、亡命政府は一定の監督権を持っている。もちろん、公国そのものを亡命政府が直接併合しているわけではありません。シルウァニア公国は公国として存続している」


「しかし、亡命政府が実際の政治的影響力を持つ領域が存在していることは事実です」


 ここで俺は一度言葉を区切る。


「つまり、領土面では帝国10議席に値しない。しかし、領土を全く持たない政治組織として3議席以下に落とすことも、現在の実態とは合わない」


「これが第一の理由です」


「第二に、軍事力です」


 今度は軍事資料を開く。


「亡命政府には、現在確認されているだけでも約2万1千人の軍事要員が存在しています」


 会議室の一角がざわつく。


「ただし、ここでも過大評価はできません」


 俺は続けた。


「約2万1千人が一か所に集まっているわけではない。レクィエリア、アエテリア帝国内部、カヴィーレスターン、セプテントリア、エクィトゥム王国内部へ分散している。そのため、通常の国家が保有する2万1千人の正規軍と同じようには扱えません」


「一方で、その全てが単なる武装集団でもない」


 旧帝国軍出身者が存在する。


 元司令官がいる。


 参謀がいる。


 補給部門がある。


 情報部門がある。


 医療や伝令を担当する者もいる。


「つまり軍事力は、王国や帝国と同じ水準の国家軍ではない。しかし、侯国や伯国の小規模な軍事力を遥かに上回る、独立した軍事組織として存在している」


 それだけではない。


「シルウァニア戦争では、亡命政府軍が実際に連合軍として戦場へ投入されました」


 俺はそこで、ヴェリュグと亡命政府側の代表を見る。


「彼らは単に軍を持っていると主張しているだけではない。実際に西方評議会へ軍事力を提供した実績があります」


「これも、3議席では低すぎる理由です」


「第三に、政治的正統性です」


 俺がこの言葉を口にした瞬間、亡命政府側の何人かが顔を上げた。


「これが、亡命政府を単純な公国として扱えない最大の理由です」


 俺はゆっくり続ける。


「亡命政府には、旧アエテリア帝国の元老院議員が10名いる」


「元老院書記もいる」


「旧帝国軍の高級将校がいる」


「旧ウェトゥス派の貴族もいる」


「旧元老院派の貴族もいる」


「官僚もいる」


 そして――。


「旧王族の血を引く首班、ヴェリュグ・レクス・ウェトゥスがいる」


 会議室の視線がヴェリュグへ集まる。


「彼らは、単に帝国に反旗を翻した軍閥ではありません。旧帝国の法と政治制度を知る人間が一定数残っており、彼ら自身がその制度の継承者であると主張している」


 ここには、シルウァニアにも、セプテントリアにもない特殊性がある。


「これは国家規模とは別の政治的価値です」


「人口が多いから議席を与えるわけではない」


「軍が強いから議席を与えるわけでもない」


「旧帝国という巨大な政治体の制度と正統性を継承することを主張し、それを裏付ける人材と記録を持つ」


「その政治的機能を無視することはできません」


「第四に、実際の統治機能です」


 俺は次の資料を開いた。


「亡命政府には、軍事だけではなく、行政機構があります」


 補給。


 財務。


 外交。


 情報。


 人事。


 法務。


 伝令。


「当然、本国を直接統治しているわけではありません。したがって、完成した国家行政機構と同じ評価をすることはできない」


「しかし、単なる亡命者の集会所でもない」


 俺は資料を指した。


「彼らは長期間にわたって組織を維持している。各地へ人員を配置し、軍事組織を管理し、外交交渉を行い、シルウァニア公国の監督にも関与している」


「国家として完全ではないが、政治組織としての実効性はある」


 これも、3議席では無視することになる。


「第五に、経済力です」


 今度は、あえて弱点から説明した。


「ここは亡命政府側にとって明確な減点要素です」


 亡命政府の代表たちも静かに聞いている。


「亡命政府は独立した広域経済圏を持っていません。税収を安定して確保できる領土もほとんどない。軍事活動や政府機構の維持には、他国の支援、協力者からの資金、商業活動などへ依存している部分が大きい」


「つまり、経済力という面では王国どころか、大公国や公国と比較しても弱い」


 だから6にはできない。


 むしろ、この点だけを見れば議席数はさらに下がる。


「しかし、だから3になるわけでもありません」


 俺は答える。


「亡命政府は、経済力が弱い代わりに、政治・軍事・外交の機能を維持しています。国家の総合的な力を一つの数字だけで表すことができない以上、経済力だけを理由に切り下げるのも適切ではありません」


 俺は最後の資料を机へ置いた。


「そして、第六に、西方評議会への貢献です」


 会議室が静かになる。


「亡命政府は、我々が作ろうとしている西方評議会へ、すでに軍事力を提供している」


「シルウァニア公国の監督についても、戦後処理の一部を引き受けている」


「旧帝国の法制度、政治制度、軍事制度に関する知識を、西方評議会へ提供できる」


「外交面でも、現在のアエテリア帝国との関係を理解している人間が存在する」


 つまり、亡命政府は単に「加盟したいから加盟する」という存在ではない。


 西方評議会にとって、かなり特殊な機能を持つ存在だった。


「以上をまとめると、こうなります」


 俺は黒板へ数字を書いた。


 領土――弱い。


 経済――弱い。


 軍事――中規模以上。


 行政――限定的ながら存在。


 政治的正統性――極めて強い。


 外交的価値――極めて高い。


 西方評議会への貢献――大きい。


 そして、その下に、


 5議席


 と書いた。


「これが、私が5議席を妥当と考える理由です」


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 最初に沈黙を破ったのは、エクィトゥム王国代表だった。


「つまり、領土と経済だけなら4以下。しかし、政治的正統性、軍事力、外交的価値を加味すれば4では足りない」


「そうです」


「一方で、独自の国家領土と安定した経済基盤がない以上、王国と同じ6にはできない」


「その通りです」


「だから5」


「はい」


 今度はノルディア大公国の代表が尋ねた。


「我々、大公国より上になるわけですが」


「そうなります」


「我が国には領土があります。軍もあります。経済もあります。それでも4議席です」


「承知しています」


 俺は答える。


「だからこそ、これは国力順位ではありません」


 そこが重要だった。


「5議席だから大公国より強い国家だ、という意味ではない」


「大公国4議席より一つ多いからといって、領土や経済が上という意味でもありません」


「亡命政府という特殊な政治主体に対し、政治的機能を評価して特例として5議席を与える」


 ノルディア代表はしばらく考えた。


「……それなら理解できます」


 しかし、シルウァニア公国代表はまだ完全には納得していなかった。


「それでも、一つ確認したい」


「どうぞ」


「亡命政府が我々を監督していることが5議席の根拠になるのであれば、我々がその監督下にあることで、亡命政府の議席を増やす必要があるということになるのでしょうか」


「いいえ」


 俺は即答した。


「逆です」


「逆?」


「亡命政府がシルウァニア公国を監督することは、亡命政府の実効的な政治機能を示す一つの証拠です。しかし、シルウァニア公国そのものの主権を消すものではない」


「つまり、亡命政府5議席とシルウァニア公国3議席は、それぞれ別のものです」


 シルウァニア代表が黙って聞く。


「シルウァニア公国には3議席がある。それは公国としての国家的地位に基づく」


「亡命政府の5議席は、旧帝国の政治的継承性と、現在持っている特殊な政治・軍事機能に基づく」


「双方を分けて考える必要があります」


「……理解しました」


 シルウァニア代表が静かに頷いた。


 最後に、亡命政府側から質問が出た。


「では、5議席は固定されるのでしょうか」


「固定ではありません」


 俺は答えた。


「西方評議会は加盟国の実態に応じて制度を見直すことができるようにするべきです」


「つまり、我々が将来、正式な国家として領土を得れば?」


「再検討する」


「逆に、組織としての活動能力を失えば?」


「その場合も再検討します」


 元老院議員はしばらく考えていた。


「合理的ですね」


 そして、静かに頭を下げた。


「我々としても、5議席を受け入れます」


 ただし、その表情には複雑なものがあった。


 10議席を求めていた。


 しかし、それは認められなかった。


 正式な帝国政府としての承認も、この場では得られない。


 それでも3議席まで落とされることもなかった。


 王国より一つ下。


 大公国より一つ上。


 その中間に位置する5議席。


 それは、亡命政府が現在置かれている奇妙な立場を、そのまま数字にしたようなものだった。


 国家ではある。


 しかし、通常の国家とは違う。


 領土はない。


 しかし、政治機能はある。


 経済力は弱い。


 しかし、軍事力はある。


 祖国を支配してはいない。


 しかし、シルウァニア公国を監督している。


 そして何より、旧アエテリア帝国の政治的正統性を主張するという、他の加盟国には存在しない特殊な役割を持っている。


 だから5。


 それが、西方評議会がこの時点で出した答えだった。

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