第4話 議席数
西方評議会の設立準備が始まってから、しばらくの時間が経っていた。
シルウァニア戦争の講和会議で俺が提案したこの組織は、当初こそ戦争終結後の軍事・経済協力を行うための枠組みに過ぎなかった。しかし、戦後処理が進むにつれて加盟を希望する国が増え、旧セプテントリア連合公国まで解体され、その構成国26ヶ国がそれぞれ独立国家として加盟を求めるようになったことで、状況は完全に変わっていた。
エクィトゥム王国。
アンティクイランド王国。
カヴィーレスターン・スルタン国。
シルウァニア公国。
アエテリア帝国亡命政府。
そして、セプテントリアを構成していた26ヶ国。
ノルディア大公国。
アルビオン公国、ヴァルディア公国、グランディス公国、フロレスタ公国、レグナリア公国、ベルティア公国。
オルセリア侯国、カルディア侯国、ネヴァリア侯国、リューディア侯国、エルネスト侯国、セレニア侯国、ドレヴァ侯国、マルティア侯国、フェリオ侯国、アルヴェナ侯国、グレシア侯国、トレヴィス侯国、ヴァレンティア侯国。
ローディア伯国、ミレニア伯国、ハルディス伯国、エストリア伯国、ノヴェリア伯国、カストリア伯国。
合計31の国家・政治主体。
これだけの数の国を一つの制度の下へまとめる以上、軍事同盟と経済同盟の仕組みだけでは足りない。
どの国が、どれだけの発言権を持つのか。
西方評議会の最終的な政治意思を、誰が決めるのか。
それを決める最高評議会の制度を作らなければならなかった。
そしてその日、王都レクィエリアの旧王弟宮中央会議室で、最高評議会の議席配分を決定するための設立準備会議が開かれた。
長い楕円形の机を囲むように各国代表が座っている。エクィトゥム王国代表、アンティクイランド王国代表、カヴィーレスターン・スルタン国代表、シルウァニア公国代表、アエテリア帝国亡命政府代表、そして26ヶ国の代表たち。国家の規模も違えば、人口も軍事力も財政力も違う。歴史も違う。それでも、今日だけは全員が同じ問題を話し合うために一つの部屋へ集まっていた。
俺はティアとともにアンティクイランド王国側の席についていた。
議事役が立ち上がり、資料を開く。
「それでは、本日の第一議題である最高評議会の議席配分について、事務局案を提示いたします」
室内の視線が集まる。
「西方評議会は、加盟国の国号を基準として基本議席数を定める方式を採用する案です」
資料が読み上げられていく。
「王国――6議席」
「大公国――4議席」
「公国――3議席」
「侯国――2議席」
「伯国――1議席」
そこまでは、大きな反応はなかった。
国号そのものに国家としての格を持たせる。
王国より大公国。
大公国より公国。
公国より侯国。
侯国より伯国。
この世界では、それほど奇妙な考えではない。
しかし、議事役はそこで一度だけ言葉を止めた。
「なお、帝国については10議席を基本案とします」
数人の代表が資料へ目を落とす。
「ただし、現在のアエテリア帝国は西方評議会の加盟国ではありません。したがって、現在のアエテリア帝国政府には議席はありません」
俺は小さく頷いた。
これは当然だ。ホスティス・インペラトル・ポテンス・アエテリアが統治する現在のアエテリア帝国は、西方評議会の加盟国ではない。東方に存在する帝国を、こちらの議会へ参加させるつもりなど最初からない。
問題は、その次だった。
「アエテリア帝国亡命政府については、通常の国号別配分とは別に、特殊な加盟主体として扱う案が提出されています」
そして議事役が、その数字を読み上げる。
「現段階の事務局案では、10議席です」
その瞬間、会議室の空気が変わった。
「待っていただきたい」
真っ先に声を上げたのは、セプテントリアの侯国代表だった。
「10議席というのは、あまりにも多いのではありませんか?」
「そうでしょうか」
亡命政府代表が答える。
「我々はアエテリア帝国を代表する亡命政府です」
「しかし、現在の亡命政府はアエテリア帝国本土を実効支配していない」
侯国代表が言い返す。
「領土がない以上、通常の帝国と同じ10議席を与えるのは適切ではないでしょう」
今度はエクィトゥム王国代表が口を開いた。
「私も同意します。亡命政府が重要な政治主体であることは認めます。しかし、10議席となれば、現在の帝国と同じだけの政治的発言力を西方評議会の内部に持つことになる」
「しかし、現在の帝国には議席がないでしょう」
「それはそうです」
「ならば、10議席は現在の帝国へ与えるものではなく、我々自身へ与えられるものです」
亡命政府代表は静かに答えた。
「そこを混同しないでいただきたい」
会議室にざわめきが広がる。
「ですが、我々も納得できません」
今度は別の侯国代表だった。
「我々は実効支配領土を持つ主権国家です。それなのに、領土を持たない亡命政府が10議席、我々は2議席では、政治的な格差が大きすぎる」
「その通りです」
別の代表も同意する。
「亡命政府には軍があるとしても、その軍は帝国内外へ分散している。全軍を一つに動かせるわけではない」
「経済力も、自前の経済圏を持っていません」
「他国の商業活動や支援に依存している部分も大きい」
「それなのに帝国10議席と同じなのですか?」
質問が次々に飛ぶ。
亡命政府側も黙ってはいなかった。
「我々には約2万1千人の軍があります」
元老院議員が立ち上がった。
「旧帝国軍の将校が存在し、元老院議員もいる。元老院書記もいる。旧帝国の貴族、官僚、政治家もいる。そして、現在はシルウァニア公国を監督している」
会議室の視線が集まる。
「我々は単なる亡命者の集団ではありません。国家としての統治機構を再構成し、政治的活動を継続している」
「だから10議席を求める」
「はい」
「しかし、領土を持たない」
「我々の政治的正統性は、領土面積だけで決まるものではありません」
「では、国家としての実効性は?」
「軍事力、政治組織、外交、行政、そして旧帝国の制度継承です」
議論は平行線を辿った。
俺は黙ったまま、各国の代表を見ていた。
大国側が問題にしているのは、亡命政府が持つ政治的影響力だ。
小国側が問題にしているのは、領土と実効支配だ。
シルウァニア公国が問題にしているのは、自分たちが公国として3議席しかないのに、実効支配領土を持たない亡命政府へ10議席を与えること。
そして亡命政府は、自分たちが単なる亡命団体として扱われることを拒んでいる。
誰も完全には間違っていない。
だからこそ、話が進まない。
「私は、亡命政府に10議席を与えることには反対です」
今度はカヴィーレスターン側が言った。
「ただし、彼らを3議席程度まで落とすことにも反対します」
会議室が少し静かになる。
「我が国は、亡命政府が西方評議会へ参加すること自体には賛成しています。彼らが現帝国政府と敵対していることも承知している。その政治的存在を無視するべきではない」
「では、何議席が妥当だと?」
「そこが、今議論すべきところでしょう」
その言葉で、会議室の空気が少し変わった。
10か、3か。
その二択ではない。
間に何かを置くことができる。
「一つ確認してもよろしいでしょうか」
ノルディア大公国代表が口を開いた。
「我々が議論している議席は、何を表すのです?」
「何を、とは?」
「人口ですか。国土ですか。軍事力ですか。経済力ですか。それとも国家としての格ですか」
会議室が静まり返った。
そこを明確にしなければ、亡命政府だけではなく、全ての国の議席数を決められない。
エクィトゥム王国が言うように国力を重視するなら、王国6議席というのは少ないかもしれない。
セプテントリアの小国が言うように国家としての平等を重視するなら、人口比例にしてはいけない。
シルウァニア公国の主張を重視するなら、実効支配領土のない亡命政府は低い議席にするべきだ。
亡命政府を重視するなら、政治的正統性を議席に反映する必要がある。
議事役もすぐには答えられなかった。
そこで、俺は椅子から立ち上がった。
「発言してもよろしいでしょうか」
会議室が静かになる。
「アンティクイランド王国王太子レノウィウス・デイ・アンティクイランドとして申し上げます」
俺は全員を見渡した。
「まず、国号によって基本議席を決めるという考えには、私は賛成です」
「王国6、大公国4、公国3、侯国2、伯国1。この仕組みは、国家としての格を制度上明確にできます」
「しかし、アエテリア帝国亡命政府だけは、この国号制にそのまま当てはめることができません」
亡命政府側へ目を向ける。
「なぜなら、亡命政府は通常の国家とは異なるからです」
俺は淡々と続けた。
「本土に実効支配領域を持たない」
「軍事力が各地へ分散している」
「独自の経済基盤も弱く、他国に依存している」
「この3点だけを見るなら、帝国10議席どころか、公国3議席でさえ多いという意見が出ても不思議ではありません」
亡命政府側の表情が少し硬くなる。
「しかし、逆に政治的な部分だけを見れば、彼らは通常の公国より遥かに大きな意味を持っています」
「約2万1千人の軍」
「旧帝国の元老院議員」
「元老院書記」
「旧帝国の官僚」
「旧帝国軍の指揮官」
「そして、旧帝国の政治的正統性を主張する亡命政府として活動している」
「さらに、現在はシルウァニア公国に対する監督権を持っている」
俺は一度言葉を切った。
「つまり、領土、軍事、経済という面では弱い。しかし、政治的・歴史的な影響力では非常に大きい」
誰も口を挟まない。
「ならば、その両方を考慮すればいい」
「私は、亡命政府を王国と同じ6議席にするべきではないと考えます」
そこでエクィトゥム側が少し頷いた。
「しかし、大公国と同じ4議席でも低すぎる」
今度はノルディア大公国側の代表が顔を上げる。
「では?」
俺は答える。
「5議席です」
会議室が静かになった。
「王国6議席より一つ下」
「大公国4議席より一つ上」
「その中間に置く」
侯国代表が口を開いた。
「ですが、領土を持たないのに大公国より上なのですか?」
「領土だけで決めるなら、4議席以下になるでしょう」
俺は答える。
「しかし、彼らには政治的な継承性がある。シルウァニア公国への監督権もある。2万1千人の軍もある。そして旧帝国の政治制度を継承している」
「だから5」
俺は続けた。
「逆に、王国と同じ6にしないのは、領土、経済、軍事の基盤が通常の王国より弱いからです」
「5なら、両方を評価できます」
会議室では、代表たちが互いに顔を見合わせている。
完全に納得しているわけではない。
だが、最初の10議席案よりは、明らかに現実味があった。
それでも、最大の問題が残っていた。
亡命政府を「何者」として扱うのか。
「5議席は理解できます」
亡命政府側の元老院議員が言った。
「しかし、それでは我々は正式な帝国政府として扱われない」
「その通りです」
俺は答える。
「少なくとも、この議席配分だけでは国家承認は決まりません」
「我々はアエテリア帝国の正統政府です」
「その主張を否定しているわけではありません」
「しかし認めてもいない」
「現時点では」
元老院議員が黙る。
「西方評議会が、あなた方を正式なアエテリア帝国の正統政府として承認するかどうかは、議席数とは別に決めるべきです」
「では、我々は何として加盟するのです?」
「アエテリア帝国亡命政府という特殊な政治主体としてです」
俺は答える。
「5議席も、その特殊性を考慮して与える」
「ただし、それは現在のアエテリア帝国を否定する国家承認そのものではない」
今度はエクィトゥム側の代表が頷いた。
「それなら、帝国との全面的な外交断絶を意味しない」
「同時に、亡命政府を単なる反乱勢力としても扱わない」
カヴィーレスターン代表が続ける。
「現実的な落とし所でしょう」
しかし、亡命政府側はまだ譲らなかった。
「将来的な承認について、何の保証もないのであれば、我々は5議席を受け入れるだけでは不十分です」
ヴェリュグが静かに口を開いた。
「我々には、自分たちがアエテリア帝国の正統政府であることを主張する権利があります」
「その権利まで奪うつもりはありません」
俺は答える。
「むしろ、そこは残します」
「ただし、西方評議会として国家承認を決定する時には、加盟国全体の合意が必要になる」
「つまり、5議席を得ても、それだけで帝国の正統政府として自動的に承認されるわけではない」
「はい」
ヴェリュグはしばらく黙っていた。
その隣で元老院議員たちが言葉を交わす。
やがて、ヴェリュグが顔を上げた。
「その条件であれば、我々は受け入れます」
ただ、その声に完全な満足はなかった。
むしろ、苦い妥協を受け入れた者の声だった。
シルウァニア公国代表も口を開く。
「我々も、5議席そのものには反対しません」
「ありがとうございます」
「ただし、亡命政府が我々の公国を監督する際、その権限を西方評議会の規則によって明確にしていただきたい」
「それも必要でしょう」
俺は答える。
「亡命政府がシルウァニア公国に対してどこまで権限を持つのか。シルウァニア公国自身の自治権をどこまで認めるのか。それを条約に明記する」
「それなら、我々も受け入れられます」
シルウァニア代表が頷いた。
さらに侯国側からも声が上がる。
「5議席という特例を認める代わりに、今後ほかの亡命政府や特殊な政治主体が加盟する場合にも、同様の特例を自動適用しないことを明記すべきです」
「同意します」
俺は答える。
「今回の5議席は、アエテリア帝国亡命政府という特殊な事情に対する特例です」
「今後、同じ条件を持たない政治主体が同じ議席を要求することは認めない」
それなら制度としても穴が少ない。
議事役が最終案を読み上げる。
「最高評議会の基本議席は、国号を基準として次の通りとします」
王国――6議席。
大公国――4議席。
公国――3議席。
侯国――2議席。
伯国――1議席。
「アエテリア帝国亡命政府については、通常の国号別配分とは別に、特殊加盟主体として――」
一度、議事役が全員を見る。
「5議席。」
誰も異議を唱えなかった。
「なお、現在のアエテリア帝国は西方評議会に加盟せず、議席も有しません」
「アエテリア帝国亡命政府の5議席は、現在のアエテリア帝国政府を代表する議席ではなく、亡命政府という特殊な政治主体に対して与えられる議席とします」
「亡命政府の正式な国家承認については、この議席配分とは別問題として扱い、将来の協議事項とします」
「また、亡命政府の政治的活動を理由として、その加盟自体を禁じるものではありません。ただし、西方評議会の軍事力を独断で使用することは認めません」
議事役が資料を閉じる。
「以上を本日の暫定合意とします」
会議室には、長い沈黙が流れた。
誰も完全には満足していない。
エクィトゥム王国は、国力に対して最高評議会6議席しかないことに不満を残している。
セプテントリアの小国も、亡命政府が自分たちより多い5議席を持つことに完全には納得していない。
シルウァニア公国も、監督権と自治権の問題を残している。
そして亡命政府も、自らを正式なアエテリア帝国の正統政府として承認されることまでは勝ち取れなかった。
それでも――。
会議は決裂しなかった。
それが一番大きかった。
「レノ」
ティアが小さな声で呼ぶ。
「何だ?」
「大変だったね」
「ああ」
俺は机の上の資料を見た。
5議席。
数字だけなら小さい。
しかし、その5という数字の中には、領土を持たない弱さ、分散した軍事力、他国に依存する経済力、旧帝国の政治的継承性、シルウァニア公国への監督権、そして現帝国との対立まで含まれている。
だから、5なのだ。
王国6より一つ下。
大公国4より一つ上。
亡命政府を過大評価せず、同時に過小評価もしない。
そして現在のアエテリア帝国には、議席を与えない。
東方の帝国と、西方の亡命政府を明確に別の政治主体として扱う。
それが、この日の議論で生まれた最初の形だった。
俺は窓の外へ目を向けた。
西方評議会の制度作りは、まだ終わっていない。
むしろ、ここからが本番だ。
経済理事会の議席。
軍事理事会の議席。
最高評議会の権限。
拒否権。
条約改定。
共同軍の指揮権。
加盟国間の紛争処理。
まだ決めることはいくらでもある。
だが、少なくともこの日。
大国も小国も、シルウァニア公国も、そしてアエテリア帝国亡命政府も、同じ机から立ち上がることができた。
西方評議会という新しい政治秩序は、そうやって最初の一歩を踏み出していた。




