第3話 東西対立
王立士官学校第三学年の夏課程が続く一方で、王都レクィエリアでは、西方評議会の結成へ向けた準備が急速に進んでいた。
シルウァニア戦争の講和会議でレノが提案したこの組織は、当初こそエクィトゥム王国、アンティクイランド王国、カヴィーレスターン・スルタン国、シルウィア公国、アエテリア帝国亡命政府という5勢力による戦後の軍事・経済協力を目的としたものだった。
しかし、各国が正式な加盟手続きを進めるにつれて、その規模は急速に拡大していった。
特に大きかったのが、セプテントリア連合公国の解体である。
かつてアエテリア帝国内部の派閥争いに敗れた国々は、帝国から独立した後、一つ一つの国として生き残ることが難しかった。そこで多数の小国を一つの連合としてまとめ、君主の国には大公位を置き、その下に公国、侯国、伯国を規模に応じて配置する独特の連合体制を築いていた。
それが、セプテントリア連合公国だった。
しかし西方評議会が成立したことで、状況が変わった。
関税を低くする。
共通通貨を使う。
加盟国同士の戦争を禁止する。
外敵から攻撃を受ければ共同で戦う。
それまでセプテントリア連合公国が一つにまとまるために必要としていた制度の多くを、西方評議会がより大きな規模で提供することになった。
そして各構成国は検討した。
連合公国を維持するより、それぞれ独立国家として西方評議会へ加盟した方が、自国の利益にかなうのではないか。
最終的に、その判断が下された。
セプテントリア連合公国元老院は、連合の解体と各構成国の西方評議会加盟を決議したのである。
加盟申請書には、26ヶ国全ての国名と代表者の署名が記されていた。
その筆頭には、かつて連合全体の君主を務めていた国家である。
ノルディア大公国。
そこに続くのが、かつて連合内で特に大きな勢力を持っていた6つの公国。
アルビオン公国。
ヴァルディア公国。
グランディス公国。
フロレスタ公国。
レグナリア公国。
ベルティア公国。
そして、その下に13の侯国が続く。
オルセリア侯国。
カルディア侯国。
ネヴァリア侯国。
リューディア侯国。
エルネスト侯国。
セレニア侯国。
ドレヴァ侯国。
マルティア侯国。
フェリオ侯国。
アルヴェナ侯国。
グレシア侯国。
トレヴィス侯国。
ヴァレンティア侯国。
最後に、比較的小規模な6つの伯国。
ローディア伯国。
ミレニア伯国。
ハルディス伯国。
エストリア伯国。
ノヴェリア伯国。
そして、カストリア伯国。
合計26ヶ国。
かつては一つの連合国家としてまとまっていた国々が、今度はそれぞれ別々の主権国家として、西方評議会へ加わろうとしていた。
ノルディア大公国を頂点として公国6ヶ国、侯国13ヶ国、伯国6ヶ国。
それぞれの規模は違う。
人口も違う。
財力も違う。
軍事力も違う。
それでも、セプテントリアの26ヶ国は一つの答えを選んだ。
単独で生き残るのではなく、西方評議会の一員として生き残る。
さらに、既存の5加盟勢力を加える。
エクィトゥム王国。
アンティクイランド王国。
カヴィーレスターン・スルタン国。
シルウィア公国。
アエテリア帝国亡命政府。
これによって、西方評議会は少なくとも31の国家・政治勢力を結びつける巨大な枠組みとなった。
しかも、それで終わりではなかった。
セプテントリア26ヶ国の加盟決定が伝わると、その周辺に存在する小国、都市国家、国境地域の諸侯国からも加盟希望が次々と届き始めた。
かつては国境を越えるたびに関税を払い、それぞれが異なる貨幣を使い、軍事と外交を独立して行っていた国家群が、西方評議会という一つの巨大な枠組みへ集まり始めていた。
加盟国間の関税は低くなる。
民族ごとの独自通貨は認められず、大陸で広く流通していた帝国通貨を共通通貨として使用する。
加盟国同士の軍事衝突は禁止される。
そして加盟国のいずれかが非加盟国から攻撃を受ければ、全加盟国が西方評議会連合軍を編成して共同で戦う。
経済理事会。
軍事理事会。
最高評議会。
さらに各国の大使とその側近が本部へ常駐する。
西方評議会は、もはや単なる戦後同盟ではなくなっていた。
その報告を受けたアエテリア帝国中央政府では、改めて緊急会議が開かれていた。
帝国宮殿の会議室。
中央には、皇帝ホスティス・インペラトル・ポテンス・アエテリアが座っている。
その側には、帝国軍元帥マギステル・エクィス・ミリトゥムが立っていた。
帝国軍の再編を担い、皇帝の中央集権化を軍事面から支える人物である。
「現在の西方評議会加盟国を読み上げます」
帝国官僚が書類を開く。
「エクィトゥム王国」
「アンティクイランド王国」
「カヴィーレスターン・スルタン国」
「シルウィア公国」
「アエテリア帝国亡命政府」
ここで一度、官僚が息を整える。
「続いて、旧セプテントリア連合公国構成国26ヶ国」
「ノルディア大公国」
「アルビオン公国」
「ヴァルディア公国」
「グランディス公国」
「フロレスタ公国」
「レグナリア公国」
「ベルティア公国」
「オルセリア侯国」
「カルディア侯国」
「ネヴァリア侯国」
「リューディア侯国」
「エルネスト侯国」
「セレニア侯国」
「ドレヴァ侯国」
「マルティア侯国」
「フェリオ侯国」
「アルヴェナ侯国」
「グレシア侯国」
「トレヴィス侯国」
「ヴァレンティア侯国」
「ローディア伯国」
「ミレニア伯国」
「ハルディス伯国」
「エストリア伯国」
「ノヴェリア伯国」
「カストリア伯国」
最後の名前が読み上げられた。
「以上31勢力です」
ホスティス皇帝は、しばらく黙っていた。
やがて大陸地図へ視線を向ける。
西側の広い範囲が、一つの政治的枠組みに覆われている。
「31……」
皇帝が呟いた。
「最初は、シルウァニア戦争の後に生まれた小さな協力体制だったはずだ」
「はい」
マギステル元帥が答える。
「しかし、今は違います」
元帥は地図上の西方へ視線を向ける。
「軍事同盟であると同時に、経済同盟でもあります。加盟国間の関税を低くし、共通通貨を使用し、加盟国同士の軍事衝突を禁じる。さらに外敵に対しては共同軍を編成する」
「そして、我が帝国と敵対する亡命政府まで加盟している」
「その通りです」
元帥は淡々と答えた。
「これは偶然ではないでしょう」
「では、何だ?」
「我々に対する抑止力です」
その言葉に、会議室の空気が重くなった。
ホスティス皇帝は答えなかった。
ただ、大陸地図を見つめ続ける。
ホスティス皇帝は、かつてのアエテリア帝国が持っていた力を理解している。
500年以上にわたって大陸全域に影響力を持った巨大国家。
だが、その旧帝国には大きな弱点があった。
構成国の権限が強い。
元老院が強い。
各地の政治勢力が独自の利益を持っている。
皇帝が何かを決めても、それがすぐ帝国全体の命令になるわけではない。
ホスティス皇帝は、その構造を変えようとしていた。
構成国の軍事権を中央へ集める。
外交権を中央へ集める。
財政権を中央へ集める。
元老院の政治的影響力を弱める。
帝国軍の命令系統を統一する。
皇帝を中心とした強力な中央集権国家を作る。
それが完成すれば、旧帝国とは違う。
より速く。
より強く。
より一つの意思で動ける。
「中央集権化が完成すれば、我々は旧帝国より強くなる」
皇帝が静かに言った。
「その通りです」
マギステル元帥が頷く。
「軍も一つになる。命令系統も一つになる。各構成国が勝手に軍を動かすこともなくなる」
「ならば、失われた大陸の支配力を取り戻すこともできる」
皇帝の視線が西方へ向く。
そこには、西方評議会がある。
「だから、彼らはこの組織を作ったのか」
「恐らく」
元帥が答えた。
「我々が強くなる前に、彼らもまとまろうとしているのでしょう」
ホスティス皇帝は目を細めた。
「ならば、こちらも準備しなければならない」
数日後。
アエテリア帝国政府は、西方評議会に対する正式な外交抗議を各国へ送った。
「西方評議会における軍事協力体制について、アエテリア帝国政府は重大な懸念を表明する」
「加盟国の一国が攻撃された場合、加盟国全てが軍事的に介入する制度は、特定国家を仮想敵とした集団的軍事体制と見なさざるを得ない」
「さらに、現在の帝国政権と敵対する亡命政府を加盟勢力として扱うことは、帝国の政治的正統性と主権に対する重大な干渉である」
最後には明確に、
「アエテリア帝国は、西方評議会の拡大について正式に抗議する」
と記されていた。
だが、その抗議によって加盟国が離脱することはなかった。
むしろ、逆だった。
帝国が西方評議会を警戒している。
その事実が明らかになったことで、加盟を迷っていた国家まで参加を急ぐようになったのである。
帝国が危険だと思っているなら、なおさら西方評議会に入った方が安全だ。
それは単純な理屈だった。
そして、その構図は少しずつ民衆にも伝わっていった。
「西方評議会って、帝国に対抗するための組織なんだろ?」
「帝国が抗議してるんだから、そうなんじゃないか?」
「エクィトゥムも入ってる」
「アンティクイランドもだ」
「カヴィーレスターンも」
「シルウィアも」
「アエテリアの亡命政府まで入ってる」
「セプテントリアも全部入ったらしいぞ」
酒場。
市場。
港。
商店。
工房。
街道。
農村。
人々はそこで、西方評議会について語るようになった。
そしていつしか、別の名前が使われ始める。
第二次諸国連合。
誰が最初に呼び始めたのかは分からない。
だが、過去に大陸西部三国同盟が「諸国連合」と呼ばれていたことを知る人々にとって、この名称は非常に分かりやすかった。
「第一次諸国連合はシルウァニアを倒した」
「今度の第二次諸国連合は帝国と戦うためのものだ」
そんな話が広がっていく。
もちろん、政治の場では誰も口にしない。
外交文書には書かれない。
最高評議会で使う者もいない。
正式名称はあくまで、西方評議会。
しかし民衆の間では、第二次諸国連合という名前が次第に定着していった。
王都レクィエリア。
旧王弟宮を改装した西方評議会本部では、その日も各国の代表が行き交っていた。
ノルディア大公国。
アルビオン公国。
ヴァルディア公国。
グランディス公国。
フロレスタ公国。
レグナリア公国。
ベルティア公国。
オルセリア侯国。
カルディア侯国。
ネヴァリア侯国。
リューディア侯国。
エルネスト侯国。
セレニア侯国。
ドレヴァ侯国。
マルティア侯国。
フェリオ侯国。
アルヴェナ侯国。
グレシア侯国。
トレヴィス侯国。
ヴァレンティア侯国。
ローディア伯国。
ミレニア伯国。
ハルディス伯国。
エストリア伯国。
ノヴェリア伯国。
カストリア伯国。
そして、その中心となる5つの加盟勢力。
エクィトゥム王国。
アンティクイランド王国。
カヴィーレスターン・スルタン国。
シルウィア公国。
アエテリア帝国亡命政府。
各国の旗が並び、経済理事会では関税について話し合われ、軍事理事会では共同防衛計画が作成され、最高評議会では各国の利害を調整する。
かつて王弟の宮殿だった場所が、今では大陸西部全体を結びつける場所となっていた。
「レノ」
ティアが窓の外を見ながら言う。
「本当に大きくなったね」
「ああ」
俺も廊下を行き交う各国の人間を見る。
「セプテントリアの26ヶ国が一度に加わったのが大きかったな」
「帝国も、かなり警戒してるみたい」
「ああ」
俺は西方評議会の旗を見る。
「当然だろうな」
「レノが作ったんだもんね」
「俺一人が作ったわけじゃない」
「でも、講和会議で最初に言い出したのはレノでしょう?」
「そうだな」
俺は少し考えた。
あの時、俺が考えていたのは、シルウァニア戦争で大量の人間が死んだことを無駄にしたくないということだった。
強大な国家が一つで動き始めたなら、周囲の国家も一つずつでは対抗できない。
だから、軍事的にも経済的にも協力できる仕組みが必要だと考えた。
それがここまで大きくなるとは、当時は思っていなかった。
「でも、これが本当に帝国への対抗組織になるなら……」
俺はそこで言葉を止めた。
「レノ?」
「まだ戦争になると決まったわけじゃない」
「うん」
ティアが頷く。
俺は窓の外を見る。
東ではホスティス・インペラトル・ポテンス・アエテリアが帝国を中央集権化している。
その隣には帝国軍元帥マギステル・エクィス・ミリトゥムがいる。
西では、多くの国家が西方評議会へ集まっている。
そして民衆は、その組織を第二次諸国連合と呼び始めている。
誰もまだ、正式に戦争を宣言してはいない。
それでも、東と西。
帝国と西方評議会。
巨大な二つの勢力が向き合おうとしていることだけは、もう誰の目にも明らかだった。
シルウァニア戦争は終わった。
しかし、それによって歴史が平穏になったわけではない。
むしろ――。
新しい時代が、静かに始まっていた。




