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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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プロローグ (第1話) 士官学校の夏

 シルウァニア戦争が終結してから、しばらくの時が流れていた。


 季節は巡り、王立士官学校では第三学年の夏課程が始まっている。


 俺たちも、もう17歳になった。


 王立士官学校へ入学した頃には、まだ軍事について学ぶ候補生の一人に過ぎなかった俺たちも、今では最上級生として後輩たちを指導する立場になっていた。しかも、その間にシルウァニア戦争を経験したことで、俺たちの立場そのものも変わっている。


 戦場へ出た者。


 軍を率いた者。


 重傷を負った者。


 家族や友人を失った者。


 そして、実際の戦争を知らないまま学校へ残った者。


 同じ第三学年になったとはいえ、以前と同じ候補生ではない。


 俺自身も、戦争前と今では、戦場という言葉に対する意味が全く違っていた。


 そんなある日の朝。


 王都レクィエリアへ向かう一台の馬車が、王宮の正門をくぐった。


 馬車には王家の紋章が掲げられている。


 その到着を、王宮の関係者たちは知っていた。


「第三王子殿下がお戻りになりました」


 その知らせが宮中へ伝わる。


 俺もティアとともに王宮の一室へ向かっていた。


「エド、帰ってくるんだね」


 ティアが嬉しそうに言う。


「ああ。もう15歳だからな」


 俺は答えた。


「留学に出てから、かなり経った」


「久しぶりに会えるね」


「そうだな」


 扉の向こうから人の気配がする。


 そして――。


「お久しぶりです、兄上」


 扉が開き、少年が入ってきた。


 エドリアン。


 かつては幼さの残る第三王子だったが、今では15歳となり、以前よりも落ち着いた雰囲気を身につけている。


「エド」


 俺は立ち上がった。


「帰ってきたか」


「はい。長い留学でしたが、ようやく戻ってまいりました」


 エドは笑う。


 ティアもその隣へ近づく。


「久しぶり、エド」


「お久しぶりです、ティア姉上」


 ティアが嬉しそうに笑った。


「元気そうでよかった」


「ありがとうございます」


 以前のエドなら、帰国したこと自体を喜ぶだけだったかもしれない。


 けれど今は違う。


 今回の帰国には、王族として別の意味があった。


 その日の午後。


 王城では、エドリアンの帰国に合わせた正式な王族会議が開かれた。


 父上――アウレリウス王。


 俺。


 エドリアン。


 そして王国の重臣たち。


 議題は、第三王子エドリアンの今後についてだった。


「エドリアン」


 父上が口を開く。


「留学を終えた今、お前にはこれから王国の中枢に入ってもらう」


「承知しております、父上」


「お前には、将来的に宰相職を担ってもらう予定だ」


 エドが静かに頷いた。


「これまでの留学で学んだ政治、行政、外交について、王国で実務として活かしてほしい」


「はい」


 父上はそこで一度言葉を切り、続ける。


「そのため、お前には新たな爵位を与える」


 部屋にいる者たちの視線が集まった。


「公爵位だ」


 エドが少しだけ目を見開く。


「公爵……ですか」


「ああ」


 父上が頷く。


「今日より、お前をエドリアン公爵とする。そして、お前を当主とするエドリアン公爵家を新たに創設する」


 俺は静かに弟を見た。


 第三王子という王族としての立場だけではない。


 将来の宰相として、独立した政治基盤を持たせる。


 王家の一員でありながら、公爵として独立した家を持つことで、宰相となった後も安定して政治を担えるようにする。


 これが父上の判断だった。


「お受けします」


 エドは深く頭を下げる。


「王国のために、必ず役目を果たします」


 その声には、以前にはなかった覚悟があった。


 15歳。


 まだ若い。


 それでも、これからは王族としてではなく、国家の政治を担う一人の人間として歩かなければならない。


 俺はその姿を見ながら、弟が本当に大人になって帰ってきたのだと感じた。


 そして、王宮ではもう一つ、大きな決定が近づいていた。


 アエテリア帝国亡命政府。


 その首班、ヴェリュグ・レクス・ウェトゥス。


 彼も16歳になっていた。


 そして、その隣には一人の少女がいる。


 サナティア。


 14歳。


 ヴェリュグの妹であり、亡命政府における旧ウェトゥス王家の血筋を受け継ぐ第一王女だった。


 サナティアは、以前からティアと面識がある。


 まだティアが王宮へ正式に関わる立場になる前、幼い頃のサナティアがアンティクイランドで暮らしていた時期に、ティアは彼女の遊び相手を務めていたことがある。


 そのため、サナティアにとってティアは単なる他国の王女ではなかった。


 姉のような存在だった。


「ティア姉様!」


 王宮で再会したサナティアが、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「サナ」


 ティアも笑顔になる。


「大きくなったね」


「姉様だって、すごく変わりました」


「そう?」


「はい。王太子妃になってから、もっと綺麗になりました」


 ティアが少し照れたように笑う。


「サナも、お姉さんになったね」


「14歳ですから」


「ふふ」


 二人の会話は自然だった。


 幼い頃から知っている者同士だからこそ、そこに外交的な緊張はほとんどない。


 その少し離れた場所で、ヴェリュグは静かに二人を見ていた。


 16歳。


 亡命政府の首班。


 そして今、彼には別の役割が与えられようとしていた。


 アンティクイランド王家とアエテリア帝国亡命政府の関係をさらに強固にするため、ヴェリュグとサナティアの婚約が正式に決まったのである。


 ヴェリュグ自身が政治を主導しているわけではない。


 亡命政府では今も、ハリウスや旧帝国元老院議員たちが実質的な政治判断を担っている。


 しかし、王族同士の婚姻は、そうした政治とは別の意味を持つ。


 アンティクイランド王家と旧アエテリア王家。


 その二つを血縁によって結びつける。


「兄上」


 サナティアがヴェリュグへ振り返る。


「これで、これからも姉様と会えますか?」


 ヴェリュグは少しだけ笑った。


「もちろんだ」


「よかった」


 サナティアが嬉しそうに笑う。


 その横で、ティアも微笑んでいた。


 一方、王国軍では別の改革が急速に進んでいた。


 シルウァニア戦争で大きな損害を受けたアンティクイランド王国軍は、戦前の状態へ戻ることを目指していたわけではない。


 同じ失敗を繰り返さない軍を作る。


 それが目標だった。


 まず行われたのが、傭兵の大量再編だった。


 戦争によって正規兵の不足が深刻になったため、王国は国内に残っていた傭兵を可能な限り集めた。


 ただ人数を増やすだけではない。


 集めた傭兵たちは再訓練され、王国軍の規律、命令系統、集団戦術、諸兵種間の連携などを徹底的に教え込まれた。


 そして、その中で能力の高い者は正規兵として編入された。


 これまでなら「金で雇われた兵士」として扱われていた者の一部が、正式に王国軍の兵士となっていく。


 戦争によって空いた穴を埋めるだけではない。


 王国軍そのものを大きくするための改革だった。


 王立士官学校も例外ではなかった。


 従来の教育制度では、1学年あたり300人という規模だった。


 しかし、戦争によって将校不足が明らかになると、入学者枠そのものが拡大された。


 新しい入学者枠は、1学年400人。


 校舎。


 寄宿施設。


 教官。


 訓練場。


 教材。


 全てを急いで増強する必要があり、学校そのものが一つの軍事拡張計画の一部へ変わりつつあった。


 そして、ガルディシア地方でも改革が進められていた。


 王領海峡補給都市ガルディシアには、戦争前から防衛軍が配置されていた。


 戦争中、その兵力は2,500人まで増員されていた。


 これは当時、ガルディシア地方の重要性を考えれば必要な措置だった。


 しかし戦後になって、王国軍全体の再編計画が進められると、ガルディシア防衛軍をそのまま2,500人規模で維持する必要性は薄いと判断された。


「ガルディシア防衛軍を1,000人規模へ縮小する」


 軍務卿の報告に、俺は資料へ目を落とした。


「残り1,500人は?」


「モンタヌスへ派遣します」


「シルウァニア王都か」


「はい。占領地の治安維持と行政施設の警備、補給拠点の保全を担当させます」


 なるほど。


 ガルディシアは重要都市だ。


 しかし戦争直後ほどの大規模な防衛兵力を置く必要はない。


 一方、シルウァニア王都モンタヌスは戦争に勝ったからといって自動的に安定するわけではない。


 新しい占領地。


 新しい行政。


 旧王国軍の残党。


 住民の不安。


 守るべき場所はいくらでもある。


「では、1,000人を第六軍団とする」


 アトラシート伯爵が頷く。


「承知しました」


「そして、モンタヌスへ派遣する1,500人を第七軍団とする」


「はい」


 こうして、新たに2つの軍団が生まれることになった。


 第六軍団。


 ガルディシア防衛軍1,000人を中核とする。


 第七軍団。


 モンタヌス派遣軍1,500人を中核とする。


 ただし、軍団を作るだけでは終わらない。


 それぞれの軍団長についても、人事上の大きな変化が生じた。


 今回、軍制再編と同時に、貴族制度の見直しも進んだ。


 特に問題となったのは、戦争による損害と帝国国境だった。


 帝国との国境に近い地域には、長年その圧力に苦しめられてきた子爵家が2家存在していた。


 この2家は、シルウァニア戦争以前から帝国方面への警戒と軍事負担を抱えており、そこへ今回の戦争による人的損害まで重なったことで、従来の領地を維持しながら軍務を担うことが難しい状況になっていた。


 そこで王家は、この2家を領地貴族から法衣貴族へ変更する決定を下した。


 領地を維持したまま軍事負担を抱え続けるのではなく、王国から新たな地位と役割を与え、中央政治へ取り込む。


 その際に生じた領地については、別の処理が行われた。


 戦争で功績を挙げた諸侯騎士家の中から、特に功績が認められた2家が男爵家へ昇格した。


 新たな男爵家には、旧子爵家の領地の一部が与えられ、王家への忠誠と軍事的功績を背景として、新しい地方貴族層が形成されていった。


 さらに、戦争で功績を挙げた兵士の中からも、一定数が貴族へ引き上げられた。


 先の戦争で断絶した諸侯騎士家。


 中央騎士家。


 そうした途絶えた家格の再建を目的として、功績ある兵士が新しい騎士家の当主として取り立てられていく。


 軍功によって身分を上げる。


 その制度そのものが、王国軍への新しい人材供給の仕組みになりつつあった。


 そして、新たに生まれた男爵家の中でも特に功績の大きかった2家については、さらに子爵家へ昇格させることが決まった。


 つまり、シルウァニア戦争によって、


 古い家が消える。


 新しい家が生まれる。


 領地貴族が法衣貴族へ変わる。


 騎士家が男爵家になる。


 男爵家が子爵家になる。


 戦争は、人だけではなく貴族社会そのものまで変えていた。


 そして、こうした改革の結果、アンティクイランド王国の軍隊は戦前とは異なる姿になっていった。


 正規兵を補充する。


 傭兵を再訓練する。


 士官学校の規模を4倍へ拡張する。


 ガルディシア防衛軍を1,000人規模へ縮小する。


 その余剰1,500人を第七軍団としてモンタヌスへ送る。


 そして新しい軍団長を、王国への忠誠と戦争での功績を持つ家から選ぶ。


 戦争で失われたものを、同じ形で取り戻すのではない。


 別の形で、新しく軍を作る。


 それが戦後のアンティクイランド王国だった。


 王立士官学校第三学年の俺たちは、その変化の真ん中にいた。


 今まで学んできた国家戦略。


 軍事。


 財政。


 外交。


 そして実際の戦争。


 その全てが、今度は新しい制度として目の前に現れている。


「レノ」


 ティアが隣から声をかける。


「何だ?」


「今年の夏も、忙しくなりそうだね」


「ああ」


 俺は苦笑した。


 17歳。


 第三学年。


 エドは15歳で帰国し、エドリアン公爵家を立ち上げ、次期宰相への道を歩き始める。


 ヴェリュグは16歳。


 サナティアは14歳。


 俺とティアの婚姻によって築かれた関係には、さらに新しい王族同士の婚約が加わった。


 軍も変わる。


 貴族社会も変わる。


 西方評議会も大きくなり続けている。


 そして、俺たちが通う士官学校まで、その変化に合わせて姿を変えようとしている。


「第三学年か」


 俺は校舎の窓から外を見た。


 1年前まで、俺たちはただ戦場へ行くための訓練をしていた。


 今は違う。


 戦争の後に何を作るのか。


 国をどう変えるのか。


 軍をどう作るのか。


 そして、次の世代をどう育てるのか。


 それまで学んできたことの全てが、これからの俺たちの課題になっていた。


 夏は始まったばかりだった。

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