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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第5章 シルウァニア戦争
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第49話 王族数

 その夜。


 王宮の一角にある小さな会議室には、数人の法衣貴族が集まっていた。


 正式な御前会議ではない。


 国王もいない。


 王太子もいない。


 議事録も作られない。


 表向きには、王宮の各部署を担当する高位官僚たちによる非公式な意見交換。


 しかし、集まっている者たちは、王国の中枢で長年政務を担ってきた人間ばかりだった。


 その中心に座っているのは、宮内卿兼教務卿マスドリート子爵。


 王宮の内部を取り仕切る宮内卿であり、王立貴族学院や王立士官学校を含む教育行政も担当する教務卿でもある。


 そのほかにも、財政、外交、法務、宮廷行政などを担当する法衣貴族たちが席についていた。


「では、非公式の意見交換として始めましょう」


 マスドリート子爵が静かに口を開いた。


「本日の議題は、王家の将来についてです」


 テーブルの中央には、一枚の資料が置かれていた。


 現在の王族一覧。


 そこに記されている人数は――6人。


 国王アウレリウス。


 第三王妃セレネ。


 第三王妃の子である第三王子エドリアン。


 亡くなった第一王妃リヴィアの子である王太子レノウィウス。


 エクィトゥム王国第三王女として嫁いできた王太子妃グラーティア。


 そして第一王妃の子である第一王女サナティア。


「内乱前は14人でした」


 マスドリート子爵が言う。


「現在は6人です」


 誰も口を挟まない。


 数字だけなら、それだけのことだ。


 しかし、法衣貴族たちは、この6人の年齢と立場まで把握している。


「王弟カシウス殿下の家系が大きく失われたことが最大の要因です」


 王宮行政を担当する貴族が言った。


「2人の夫人のうち1人。ロリウスを含む2人の子。いずれも内乱後の粛清によって失われています」


「残った方も王族としての立場を維持できていない」


 別の貴族が続ける。


「カシウス殿下と1人の夫人、そして1人の子については大幅な降格。さらに旧ガルディシア伯爵領の名目上の代官となった子も、旧公爵家を子爵家と男爵家の2家に分けて降格させたことで、王族から離れました」


 マスドリート子爵は静かに頷いた。


「結果として、14人いた王族が6人になった」


「そして問題は人数だけではない」


 財政を担当する法衣貴族が言う。


「次世代を担える世代が少ない」


 室内の空気が少し重くなる。


「国王陛下と第三王妃殿下」


「王太子殿下」


「王太子妃殿下」


「第三王子殿下は現在13歳」


「第一王女殿下は12歳」


 全員が、その意味を理解していた。


「エドリアン殿下については、将来がある程度決まっています」


 マスドリート子爵が資料をめくる。


「現在13歳。エクィトゥム王国王立貴族学園の4年生。5年生まで修了し、14~15歳の成人を迎えた後、公爵位を授与。その後は宰相職へ」


「親しい者からはエド、と呼ばれている方ですね」


「はい」


 別の貴族が頷く。


「政治の中核を担う存在になります」


「となると、王家の血統を増やすという意味では、まだ時間が必要ですな」


 誰かが呟いた。


 マスドリート子爵も否定しない。


「そして第一王女サナティア殿下」


 資料がめくられる。


「現在12歳。王立貴族学院3年生」


「以前話に出ていた、亡命政府との婚約案ですか?」


「そうです」


 外交担当の貴族が答える。


「亡命政府首班ヴェリュグ・レクス・ウェトゥスは現在15歳。旧ウェトゥス王家の血筋を持つ。サナティア殿下との婚約が成立すれば、アンティクイランド王国と亡命政府の政治的結びつきは非常に強くなるでしょう」


「ただし、これは外交政策としての意味が大きい」


「その通りです」


 マスドリート子爵が言った。


「王家の人数を増やすという意味では、短期的な解決にはならない」


 沈黙が続く。


 そして、誰かが慎重に言った。


「そうなると――」


 一瞬、言葉が止まる。


「王太子殿下と王太子妃殿下に期待されるものが、大きくなりますな」


 その言葉に、全員が反応した。


 王太子レノウィウス。


 王太子妃グラーティア。


 現在すでに婚姻関係にあり、王家の次世代を担える立場にいる2人。


「王太子夫妻には、王家の後継者を確保していただく必要があります」


 宮内卿兼教務卿であるマスドリート子爵は、淡々とした口調で言った。


「しかし、それをどこまで公然と求めるべきかは別問題です」


「王太子妃殿下はエクィトゥム王国第三王女です。あまり強く要求すれば、エクィトゥム側との関係にも影響します」


「王太子殿下との婚姻自体が両国同盟の象徴でもありますからな」


「それに――」


 別の貴族が口を開く。


「王太子妃殿下は、今回の戦争で王太子殿下と共に実戦を経験されています。戦場から戻ったばかりの人物へ、王家の血統維持まで強く求めるのは酷でしょう」


 誰も反論しなかった。


 しかし、現実は変わらない。


 王族は6人。


 しかも、王家の次世代を担える年齢層は極めて限られている。


「ならば、別の手段を検討する必要があるのでは?」


 今度は別の法衣貴族が言った。


 その言葉に、何人かが顔を上げる。


「別の手段?」


「王太子家の婚姻関係を増やすことです」


 室内が静まり返った。


「……第二妃ですか」


 誰かが言った。


「具体的には、王太子第二妃を迎える案です」


 その言葉が落ちた瞬間、空気が明らかに変わった。


 誰も口には出していなかった問題。


 しかし、誰もが考えていた。


「政治的には理解できます」


 外交担当の貴族が言う。


「王太子夫妻のみへ次世代確保の責務を集中させるより、第二妃を迎えることで王太子家の血統維持の可能性を増やせる」


「だが、王太子妃殿下の立場はどうなる?」


 別の貴族が即座に返した。


「正妃の地位は変わらない」


「地位の話ではありません」


 その貴族は首を振った。


「エクィトゥム王国との関係です。グラーティア殿下との婚姻は、単なる個人的な婚姻ではない。両国の同盟関係そのものに関わっています」


「第二妃を迎えれば、エクィトゥム王国がどう反応するか分からない」


「それに王太子殿下本人がどう考えるかも問題になるでしょう」


 そこで、全員が黙った。


 レノウィウスはまだ若い。


 しかし、すでに実戦を経験し、王太子として戦争を指揮した。


 そのうえで、王家の血統維持という極めて個人的な問題まで政治的に決められる。


「まだ正式な案にするべきではないでしょう」


 マスドリート子爵が言った。


「現段階では、選択肢の一つとして検討するに留めます」


「妥当ですな」


「ええ」


「王太子妃殿下へ直接伝えるのも時期尚早でしょう」


 マスドリート子爵は頷いた。


「これは王太子夫妻本人へ問題を背負わせるための会議ではありません」


「まず我々が王家の将来について整理する必要があります」


 そして、しばらく考えた後、静かに付け加えた。


「国家として必要なことと、人として受け入れられることは、必ずしも一致しません」


 その言葉に、部屋が静かになった。


 法衣貴族たちは王家の血統を維持しなければならない。


 それは国家運営の一部である。


 しかし、王太子夫妻にも意思がある。


 特にグラーティアは、エクィトゥム王国から嫁いできた王女であり、すでに王太子と強い信頼関係を築いている。


 そして誰よりも、王太子と王太子妃の2人は、前世から続く長い絆を持っている。


 この世界の王侯貴族たちが知ることのできない、その特別な関係までは誰も知らない。


 だからこそ、王宮側から見れば、第二妃という案は単なる制度上の選択肢に見える。


 だが、当事者にとっては、決してそれだけでは済まない。


「本日はここまでにしましょう」


 マスドリート子爵が資料を閉じた。


「第二妃については、まだ案です。決定ではありません」


「はい」


「王太子殿下と王太子妃殿下へも、現段階では伝えない」


 全員が頷く。


「まずは王家の血統維持について長期的な計画を立てる。そして、外交面への影響も調査する」


 それが、この夜の結論だった。


 会議室から1人、また1人と法衣貴族たちが出ていく。


 最後に残ったマスドリート子爵は、机の上に残された王族一覧を見つめた。


 14人から6人。


 数字だけを見れば、ただの減少だ。


 しかし、その数字の一人一人に人生がある。


 そして王家の次世代を考えた時、その責務が誰に集中するのかも分かっている。


「……難しい問題だ」


 マスドリート子爵は小さく呟いた。


 国家としては、次の世代が必要。


 外交上は、婚姻関係を慎重に扱わなければならない。


 そして王太子夫妻自身にも意思がある。


 まだ誰も答えを出せない。


 だが、王家の血統維持という問題は、確実に王宮の中で動き始めていた。

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